表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不可視の非リア  作者: 新島 伊万里
ニセモノ
29/33

忘却から舞い戻ったニセモノ

「ところでさ、リンカって名字は何て言うんだ?ミハギがリンカリンカ呼んでたから今まで忘れてたんだけど」


 おもむろに口を開く。


「何って……白山しらやま、ですけど……?」


 急に何を聞いてくるのか?といった表情で見つめられる。そのやりとりを見ていたレナがニヤニヤしながら割って入る。


「もしかしてトウヤ君、まだ下の名前で呼ぶ事に慣れてないの?そういうのって意識する方が変に見えちゃうよ?」


「そんな事言われてもな……」


 これまではマリアをどう攻め崩すか、とか他の事に意識を割かなきゃいけなかったから特段意識してはいなかった。というかそんな事考える余裕がなかった。しかし今冷静になって考えてみるとやはり下の名前で呼ぶのは恥ずかしく感じてしまう。


「……レナ先輩やミハギちゃんは下の名前で、呼んでるんですけど……」


「それはそう呼べって言われたしなあ……」


「……じゃあ、私も名前で呼んでほしいんですけど……」


「……分かったよ」


 そう言われると弱い。確かに1人だけ名字で呼ぶのもそれはそれで少し差別している感じがして嫌な感じがする。まあ、呼べと言われればそう呼ぶようにはするんだけどさ……。


「やっぱ俺がそんな風に呼ぶのって違和感がある気がするんだよな」


「それはあの人達と比べているからだよ。違和感とかそのうち慣れるよ。それよりもそろそろ動くよ?」


 あの人達とは校舎の外のベンチで楽しそうに喋っている男女の群れを指す。物理的にも精神的にも距離を取っているから会話の内容はまるで聞こえない。でもまあ楽しそうに笑いあってたりするから、ニックネームとか名前呼びとかしてるんじゃないだろうか。多分そう。違いない。異論の余地は作ってられない。


 つまりこいつらはリア充であり俺達のターゲットになるのだ。違っていてもそれっぽいのだから襲う理由としては十分だ。ガバガバ判定に定評があるのが俺達リア充警察。細かい事は気にしちゃいけない。


「今回はミハギちゃんがいないから《植物》で視界を封じたりできないんだよね」


 後でリンカから聞いた事だがミハギは華道の家元の娘らしい。稽古が厳しい中、こそこそ抜け出してはリンカの様子を探ったり俺達と共に行動していたらしい。最近はサボっていた分の稽古もしなくてはならないという事であまり会えていない。リンカとはよく喋っているらしいけど。それにしてもそんな名家の娘が俺達の迷惑行為に加担していいのだろうか。名前に傷とかつかない?


「ミハギちゃんは何か大きな事をするんなら呼んで欲しいって言ってたんですけど……サボった分はまた他の日にすればいいわって言って……」


「それ最後は毎日稽古になるやつだよな」


 サラ金から金を借りて、それを返済するためにまた他のところから借りてってのをを繰り返して最終的に破産するやつだ。あいつも大変だなあ……。


「とりあえずさ、今は3人で攻めるしかないんだけどどうしよう?」


 それに対して速攻で最適解を提示する。この3人ならこれがベストだろう。


「《不可視》で不意を突いて、その隙に《接合》して、《麻酔》で全滅させる」


「そんなので決まる相手なんてたかが知れてるよ!もっと有名になりたいんだし、強力な相手を倒す方法とかを考えて欲しいなー」


「強力な奴をルーティンワークで倒す方法とかないだろ。その場のノリとしか」


 斉藤とか柴田だったか。そんな奴らだって逃げまくって作戦を考えてギリギリで勝ってる。今のは狩ってると掛かっているっていうと寒くなるだろうか。ってのはどうでもよくて、大体作戦なんてすぐに崩れる。予め決めた戦法だけじゃ不十分な気がするんだよな。


「……まあそうだよね。じゃあさっきの戦法が効かなかった場合はフィーリングで戦う!それでいいかな?」


「俺はいいけど」


「私も、問題ないですけど……」


 俺達が首肯したのを見てレナが号令をかける。


「じゃあ、3秒後に突撃するよ!リア充に鉄槌を下すために!」


 ……また変な言い回しを覚えてきたな。



 *



「……思ってたよりも、あっけなかったんですけど……」


 いつものようにレナの家で集まりながらリンカがコメントした。そういえばこれがこいつの初陣か。もう少しスリルがあるのを期待していたのだろうか。実際は痛くて辛くて逃げたくもなるんだけどなー。


「本当にね。もっと有名な部活のエースとかを狙った方が良かったのかなあ」


「今回は鬱陶しく感じた奴を突発的に狙っただけだしな。こんな時もあるだろ」


 結果から言うと完全勝利だった。例の攻撃にリア充達は成す術なく倒れていった。《自我》を発動させる余裕すら与えなかった、美しいまでに完璧な流れ。というか《不可視》状態での飛び蹴りが決まった時点で何となく勝ちは確信できた。俺程度の飛び蹴りを避けれない時点で格下だ、と最近の近接戦の経験から分かるようになった。


「そうだね。じゃあ今度はもっと良さそうなのを探してくるよ。楽しみにしててね!」



 *



 そんなミーティング紛いの事はものの数分で済んだが、その後に雑談なりなんなりしてダラダラ3人で過ごしたので帰りは夜になっていた。《イド》に補導されるような時間ではないものの外の世界は、特にこの山の中腹辺りは闇に包まれていた。そういえばなんでレナ達はこんなところに住んでいるんだ?この家に文句をつけるつもりはないが、立地はそれなりに不便なんじゃないか。帰りながらふとそんな事を思う。


「……先輩、考え事ですか……?」


「ん、まあそんなとこかな」


 暗くなって危ないと思ったのでリンカを家まで送る事にした。いくら強力な《自我》を持っているとはいえ年下だ。危険に晒すわけにはいかない、人として。それにマリアの逆恨みなどにも一応気をつけないといけないとも思ったからだ。リンカは、マリアはこちらには一切関与しなくなったと言っていたが万一には備えておきたい。非リアは用心深い生き物なのだ。


 ところで、俺達は何か目的があればそれを達成するためのコミュニケーションは欠かさない。会話が少ない分、会話の重要さを理解しているからだ。なんとも皮肉な話だよな。これは逆を言えば目的のよく分からない――もしかしたらそんなものは無いのかもしれない――雑談は極度に苦手という事になる。レナは性根がかなり歪んでいるものの、人当たりやスペックそのものはミハギと同じくリア充に近い気がする。だからこそ雑談でも話題を出したり色々俺達をリードしてくれる。


 だが俺とリンカはどうだろう。俺達2人では会話にかなり困る。3人、ないしは4人ならば何か変な事を言ったとしても誰か、というかレナやミハギがフォローしてくれるがこの面子だとなあ……。まして外には人の気配がない。互いの声が一層はっきり聞こえてしまうのでばつが悪い。そんな状況で行われる会話はリンカの、「……そこを右なんですけど……」とか「次は左なんですけど……」くらいのものだ。これ会話じゃないよな、多分。こういう時は何を話せばいいのだろうなマジで。


 いきなり好きな食べ物みたいな質問とかしても「そーなのかー」程度で互いに軽く流してしまう未来しか見えない。そこらへんのAIの方がマシな会話をしそうだなーとか考えて現実逃避をしたまま歩いていく。……早く家につかないかなあ。そんな事を思っていた時だった。


「2人で歩いてんだから色気のある会話とかしてほしいぜ。これじゃあ油断を狙えねえぜ、全くよォ!」


 誰だ?聞いた事の無い声だった。しかし振り返った瞬間には何か赤い塊が飛んできている。よく観察すると燃えているようにも見える。既にそれは目と鼻の先にまで迫っていて……ヤバい。


 不意打ちを行うのはよく行っていたが不意打ちを喰らうのがここまで切迫した状態になるとは。今回の場合は正々堂々戦うレイジのような人間が繰り出す、能力を見せつけるような不意打ちではなく完全に所見殺し、一撃で決める非リア(俺達)と同じ不意打ちのやり方であるように思われた。


 などと考えているうちに飛んでくる物体や景色が横長に見える。これも襲った相手の《自我》なのだろうか。いや違う。俺は押し出されたんだ。リンカのタックルによって軽く感じるリンカの体だがそれでも俺を飛んでくる物体の射程圏外へ押し出す事はしてくれた。


「リンカ、お前は……!」


 そう、助けてくれた事には感謝するが問題はリンカだ。このままではリンカがやられる。どうにかして守らないといけない――!そんな俺を見てリンカは諭すように呟いた。


「……飛び道具の対処なら、任せて欲しいんですけど……」


 そして広げた手の平は飛来する物体の動きを完全に停止させる。まだリンカの行動は終わらない。止めた物体一つ一つに指先を当てる。そうして指先1本で全ての物質を停止させる。そのままその前方に《接合》された指先を、その物体から離れさせる事なく物体の後方へと滑らせて移動させる。


「……《フェンド・オフ》」


 今の言葉は恐らく英語で"fend off"だろう。すなわち"受け流し"という意味か。その言葉を発した途端、物体は息を吹き返したように動きだす。しかし、リンカの指先も体も運動方向には既に存在していない。つまり《接合》している間に自身の立ち位置を変えて飛び道具を受け流す技なのか。


「……中々の火力、なんですけど……」


 しかし受け流した当のリンカは辛そうな表情を浮かべており右手を抑えている。


「ああ、理解したぜ。動きは止める事ができても炎そのものは防げない、いや動きを止めるだけで極端に言えば毒などは防げないって事か。チッ、いつも通り睡眠薬を飛ばしてやればこんな事にはならなかったのか……慣れない事はするもんじゃねえぜ」


 いつも通り?睡眠薬?引っかかる単語があったが、それよりも優先すべき事がある。これ以上リンカに庇わせるわけにはいかない。とにかくリンカを守るように正面に立つ。何であれこうすれば誰だか知らない襲撃者も俺の方へ注意を向けるはずだ。


「お前は彼氏か何かか?さっき守られてたクセに今更オレの前に出てくんのかよ」


 そう言って闇の中から現れたのは俺よりも少し背が大きい少年、恐らく学生だろうか。短く整えた銀髪、そして男にしてはかなり白い肌、そしてそれらは赤と青のオッドアイを引き立たせている。


「俺は非リアだぞ?分かんないかなー、そんなのいる訳ないだろ」


 挑発しつつ《綾》と《真奈》を抜く。こいつらにデフォルトで装填されているのはレナらと知り合う前から使っていた特性のペイント弾。眠らせる事以外に危害を加える方法はないが、およそこんなシチュエーションにはもってこいだと言える。


「へえ、中々面白そうなものを持ってるじゃねえか……じゃ、存分に楽しもうぜッ!」


 そう言った直後には俺の懐まで一気に迫っていた。そのまま思い切りタックルを浴びてそいつと共に壁に激突する。その衝撃で《真奈》は落としてしまった。だが、


「いきなり突っ込んでくるのは驚いたけど……これで捕まえたぞ」


 背後と正面からダメージの板挟みにはされたがその見返りとして俺はその銀髪学生の服を掴んでいた。そして取っ組み合って転がり合う。そんな攻防は俺に軍配が上がった。俺は馬乗りになってそのまま《綾》を顔に突きつけてやる。


「心配しなくてもちょっと眠るだけだ。死にはしないぞ」


「ア?眠らせるだと?じゃあお前が俺のニセモノって事かよ。こんなところで会えるとは思わなかったぜ」


「何を言って――」


 俺が問い詰めようとした時に生じた隙。こいつは的確にそこを突いてきた。何か手を動かした直後、俺とそいつは互いに反対方向へと飛ばされた。殴られたというような感じではない。何というか俺達2人の間に突風が吹いた。そんな感じがしたんだ。


「……大丈夫、ですか?」


 飛ばされた俺をリンカが上手くフォローしてくれる。背後で俺の背中に触れて《接合》を使って衝撃を全て打ち消してくれたのだ。俺と同じく飛ばされた銀髪は衝撃を受け流して、いや先程と同じ突風を操って曲芸師のように優雅に着地を決める。


「炎以外に風まで操れるのかよ……そんな《自我》があるなんて……」


「ア?それだけじゃねえよ、俺の《自我》は何だって出せるぜ。雷だろうと水流だろうとそれ以外にも何だってなあ!お前らはこの《カラー》様が断罪してやるぜ!」


 言い終わると同時に周囲を閃光が包み込む。急に昼になったのかと錯覚する程に眩しい。一瞬、カラーの姿が見えるがすぐに見えなくなる。


 お前は然るべき時に倒してやる、ニセモノさんよ……そんな声が遠ざかっていくのが聞こえる。そのかすかに聞こえた方向へ、カンを頼りに《綾》の全弾、13発を撃ち尽くした。弾丸に呻くような声はしなかったが何かパリンとガラス瓶の割れる音がしたような……。


「悪あがきにしてはいいセンいってたかもしれねえぜ?」


 そうコメントを残し今度こそ気配が消える。


「くっそ……」


 *


 再び世界のコントラストが落ちていく。その様子を見ていたのは俺とリンカの2人だけだった。


「……何だったんですかね、アレ……」


「ニセモノ、眠る、カラー……ああっ!」


 何が起こったんだと困惑しているリンカの横で引っかかる言葉を反芻していたが、やがて一つの仮説に辿り着く。


「あいつが俺のニセモノだ!ペイント犯だって事か!」


 深夜に襲撃したのもレイジ達が無線で受けた状況に合致している。つまりあいつがレイジ達の探すペイント犯。そして俺が最も探さないといけなかった相手。手がかりもなく探しようがなかったり忙しさにかまけて忘れてしまっていたが、まさかあっちの方から接触してくるとは。全くの偶然だが見つかったのだからこの際経緯は気にしまい。


「……あのカラーって人、先輩をこれからも付け狙う気がするんですけど……」


 リンカが不安そうにこちらを見る。確かにそんな捨て台詞を吐いてはいたな。けど、


「大丈夫。そっちの方がむしろ好都合だ。ちょっと私怨がある事を思い出してな」


 こいつを捕まえないと《イド》にまたとばっちりを喰らってしまう。そういう心配事はさっさと解消しておかないと。そう考える俺は宿題を速攻で片付けるタイプだ。今回は忘れてたから説得力がないかもしれんが。


「じゃあ、あの人が次のターゲット、ですね……」


 両手で握りこぶしを作ってるリンカを見て少し申し訳なく思ってしまう。


「それなんだけどな。今回は俺1人でやろうと思うんだけど」


「……どうしてですか?」


「いやだってこれ完全に俺個人の問題だし。あいつ、かなりヤバそうだったろ。そんなのに巻き込むわけには――」


 いかない、とまでは言わせてくれなかった。手をまっすぐに突き出され制止の合図を送ってリンカが言う。

「……見ず知らずの私の個人的なために、危険な目に遭いつつ、先輩は助けてくれましたよね……?」


「それは……」


 そう言われるとその通りとしか言えない。そうなるとリンカの意見にも同意せざるをえない気がする。これが何かの本で読んだミラーリングって技術か。違うか。


「……だから今度は私が、助けます……。それに、レナ先輩やミハギちゃんもいるんです……数で圧倒できます」


 そう言って浮かんだ微笑は月灯りに照らされてどこか幼さを残しつつも美しく感じた。


「意外に強気なんだな……分かった。どうせ断っても無駄だろうし。明日、みんなにこの事を話すか」


 一応しぶしぶ折れたって感じを出してしまったが、本当は協力してくれると聞いて嬉しかった。心強かった。そんな事は恥ずかしくて口には出せないけど。そんな心情を悟られないようにリンカの前方を歩きだす。顔は見られないように。


 そして再び歩くのは無言の帰り道。そんな中でぼんやりと考える。俺のニセモノが相手か……。一体どうしたもんかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ