接合した未来は―― 後編
「えっ……リンカちゃん……?」
「トウヤ君、その娘をどうしたの……?」
数秒遅れて2人が尋ねてくる。
「その事なんだが……えっとだな……」
少しばつが悪そうに俺は口を開く。実際なんと言えばいいのか。正解を探すあまり事実すら口にできない。それを見かねたリンカが俺の言葉を引き取ってくれる。
「この人に説得されたんですけど……。それで、自分が間違ってたって事に気づいたんですけど……」
「そう……なの……?」
ミハギが信じられないと言った目でこちらを見てくる。この役目はミハギに任せるハズだったので――俺の説得は同様を狙ったものだったのでここまで効いたのは想定外だったが――正直ミハギに合わせる顔がない。
「結果的にはそうだな……。悪い、アンタが本当は説得すべきだったのに」
「別に……いいわよ。何であれ最終的には決断を下したのはリンカちゃんでしょ?それで、目を覚ましてくれたのなら……もう……」
目にうっすらと涙を浮かべながらミハギは答える。
「ミハギちゃん……!その、ごめん、なさい……ずっと説得も何もかも無視してて……」
走り出してミハギを抱きしめながらリンカが言う。あの2人はあんな風な友達らしいやりとりを一体何年間できなかったのだろう。互いの環境や事情があって仕方無かったにせよ、現実から目を背けていたにしろ、今こうやって2人は一緒にいる事ができている。俺にはそんな大切な友達なんて作ってこなかったからその心情は分からない。けれどもあんな強い繋がりは万人が作れるものではない。それだけは理解する事ができた。
「上手くまとめられたみたいだね」
気づけば隣にはレナがいた。
「それで?一体何を言ったらあの娘の心を動かせたの?」
「ああ、それはな……」
俺とリンカが2人で近接戦を行っていた時、その時の会話をを思い出しながら俺は口を開いた。
*
「お前さ、本当はあいつらの事を友達だとも仲間だとも思ってないだろ。なのに何であいつらの言う事を聞いて友達のフリしてるんだ?」
「……!」
リンカの動きが止まる。目は見開かれてなぜ分かったのだと俺に聞いているようだった。
「おっと、戦闘してるフリでいいから動いてくれるか?急に立ち止まったら怪しまれる」
「……何で、何で分かったんですか……?そんな事、誰にも言ってないんですけど……」
再び俺に腕を振りかざしながら――明らかに俺を掴む意思は見受けられなかったが――リンカが聞いてくる。
「何でって会話に違和感があったんだよな。あいつらの名前を一回でも読んだところを俺は見てないから不自然に思ったんだよ」
「……そこを意識してたのが、あだとなったんですか……。あの人達は気づかなかったんですけど……」
「それにしてもそんな事を意識してまでやってるのにどうしてあいつらにくっついてるんだよ。友達止めればいいだけじゃないのか」
それを聞いたリンカは口を閉ざした。そのまま茶番のような戦闘を続ける事数分。ようやくリンカはその真意を語り始めた。
「……私がミハギちゃんとよく一緒にいたのは知ってますよね……。あの子と一緒にいるのは楽しかったです……。嘘じゃありません……」
だけど、と区切って理解されないかもしれないですけど、と念を押したうえで続きを話す。
「気がついたら、友達が1人、いつもポツンとしているのを人に見られるのが凄く、辛くて、恥ずかしくなっていたんです……。その劣等感がとても嫌でした……。だから、周りに人が多いグループにとにかく入ろうと考えたんです……。だけど、そこで私は本当に必要とはされてなくて……。それでも、大勢の人間に囲まれて、周りから見れば人生を楽しんでいる風に見えれば、それでいいかなって思って、耐えて……それで……ここまで……」
声量は後になるにつれてどんどんと小さくなっていく。
「そうか……確かにアンタが感じている通りそれは間違った行動だろうな。そもそも単に友達が多かったら幸せだなんて考えはおかしくないか?でも、その気持ちは俺やレナも分からない訳じゃない」
周りに人がいなくて寂しい思いをした事なんて非リアなら誰だって通る道だ。特に俺はそれが早かったように思える。
「だけど寂しいから周りのグループに入ろうとしたのはそれはそれで誇るべき行動力なんじゃないか?俺ならそんな真似はできなかった」
そんな勇気なんて俺は微塵も持ってなかった。だから1人でリア充に襲い掛かる生活に甘んじていたんだ。
「そうですか……。でも、そんな事を言っても今更どうしようもないです……。私はこのまま、ここで残りの学生生活を過ごすしかないので……ミハギちゃんにもあんな態度を取っちゃったし、もう、どうしようもないんですけど……」
「そんな事はないと思うけどな」
その言葉に、何を言ってるんですかとでも言いたそうな視線を投げるリンカを見据えて続ける。
「いいか、アンタがそんな風に感じるのは全部リア充のせいなんだ。ぱっと見、全てを持っているように見えるリア充がいるから自分が相対的にダメに見えてしまうんだよ。ならばそれを叩き潰せばいいだけの話だとは思わないか?アンタの小学生の時の、本来の行動力ならあのグループを抜けて奴らを断罪するなんて朝飯前じゃないのか?」
「……ここで、私に裏切れ、と……?それは褒められた行為じゃないから……私は受けませんよ……」
ジト目でこちらを見つめながらあっさりと棄却されてしまう。あわよくばここで味方に引き込んでおきたかったが仕方ない。今なら不意打ちで《麻酔》を入れられる確率は高い。そちらを優先させるべきだろうな。
動揺させるためではなく俺と似たような事を考えている奴だったから本気で仲間にしたかったんだけどな。このナイフを振りかざせば間違いなく俺の心象は最悪になる。でもそうすればリンカは俺よりもミハギに対して話しやすくなるかもしれないか。好感度の順位的に。
色々言い訳とか訳の分からない理屈を並び立てたがそれも終わり。悪く思うなよ、我が同志よ。そう頭の中で締めくくってナイフを握ろうとしたその時だった。
「……って昔の私なら言うと思うんですけど……今の私は、昔の私じゃないんです……。貴方のおかげで決心がつきました……これからの私は、私の望んだ事を叶えるために生き直します。それが、今の私の正義を貫く事になると思います……。だから、まずは……」
一度深呼吸をしてリンカは自分の手を強く握る。握った強さが決断の強さか。程なくして待っていたその台詞を口にした。
「あの人達を倒します。今からでもやり直すのは遅くないですよね……?」
「――当たり前だろ。俺だってつい最近だぞ?こうやって堂々と他人を襲うようになったのは」
「……そうですか……じゃあ、まずは、私が寝返った事を利用して騙し打ちを図りましょう……きっと上手くいきます……」
「こうして聞くと、幼少期のお前はただの伝説なんじゃないのかと疑いたくなるな……」
俺に似ていると思ったがどちらかというとレナに似ているのではないかと思ってしまった。割と手段を選ばないところとかな。
*
「――こうして後はアンタの見た通りだ。《接合》を駆使して一網打尽にしたってわけだ」
「なるほどね、つまりあの娘を口説いたって事なんだ。非リアのくせにやるねえ、トウヤ君」
「違うから!人聞きが悪い事を言うなって!」
流石に反論する。そんな下心ありの下衆野郎には成り果ててないと声を大にして言いたい。そもそもそんな心すら失いかけているのが非リアなのではないだろうか。人畜無害にして存在感が何一つ無い。目指しても無いのに気づいたらそんな風になっているんだよ。
「あはは、そんなの冗談だよー。それにしてももうちょっと気の利いた返しが欲しいところだね」
「非リアにそんなのを期待するなよ……」
「ねえ、それで?もうお話は終わったかしらぁ?アタシ今、すっごく機嫌が悪いのよぉ。そこの裏切り者を一体どうしようかと考えてるんだけどぉ?」
事の顛末を聞き終えたマリアが憤怒の形相で俺達を迎える。
「裏切り者って、あんな酷い扱いをしてたくせによく言えるわね!」
俺達の意思を代表してミハギが吠え返す。しかしそんな事は意に返さずにマリアは続ける。
「アンタ達はぁ、アタシ1人じゃ戦えないって思ってそうだけどぉ、それは間違いよぉ。本気を出すのは疲れるからぁ、全部周りに任せただけなのよぉ!!」
風が吹いた。そう思った時には痛みが俺の、俺達の体を襲っていた。そこでやっと気づく。風が吹いたんじゃなくて俺達が高速で飛ばされたから風を感じたんだ。
俺とレナ、ミハギとリンカのペアを纏めて吹っ飛ばす――それも認識できないほど高速で――なんて真似が《自我》でできるというのか。今になって牙を剥く腹への鈍痛。間違いない、あのリボンを思い切り振って俺達をまとめて吹き飛ばしたんだ。さっき言ってた、面倒くさいから本気を出さなかったというのはある程度事実らしい。
痛みをこらえつつマリアの方を見る。そこには肩で息をしているマリアの姿があった。ここから考えられる事は一つ。リボンの性能を上げれば上げるほど、あいつへの体の負担が大きくなるという事だ。
「リンカぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
しかしそんな事はお構いなしにマリアは攻撃の手を緩めない。
「もう、私は……ただただ攻撃を受けるだけの人間じゃ、ないんですけど……!」
そう言ってリンカは周囲の砂山――さっきのリボンが地面を引き裂いたときにできたものだろう――を掴み、それを積み上げていき壁を作り出す。一向に崩れる気配がないのは《接合》を利用しているからか。リボンは攻めあぐねてどこか弱点を探るように壁を建設するリンカ達の様子を見る。360度壁を作り、ミハギの《植物》でさらにガードを固めかなりのクオリティの防壁には流石の《束縛》も対処に困るらしい。
「あの壁にリボンが触れたら《接合》で動きを止める事ができる。リンカちゃんも考えたね……」
壁を築きミハギと共に籠城戦を始める様子を俺達2人は茂みに隠れて見ていた。マリアはリンカ達の様子を観察すると同時に視界を絶えず移動させて俺達の位置を探っている。ここで下手に出ていく事は出来ない。あいつは俺達4人を纏めて吹き飛ばす事ができる。何か一つ、あいつの考えが及ばない策が欲しい――
「そんなにぃ、壁を作りたいならぁ、もっと立派な壁にしてあげるぅぅぅ!!!!」
「あっ、まずいよトウヤ君!」
「あいつっ……!」
触れたものの自由を奪う壁。冷静に考えればそれについてはマリアだってよく知っている戦法だ。そしてあいつのずる賢さにあれだけの《自我》を合わせれば必然対策も思いつくのは当然だった。しかしこの方法は卑劣すぎるのではないか。
マリアは突如リボンを地面に向かって放ち、それによりリンカが手にした砂山と似たようなものを作り出した。それをリボンで絡め取り、2人の防壁へと投げつけ始めたのだ。確かに《接合》があるから砂が飛んできたところでダメージそのものは負わない。起こる現象としては壁が分厚くなるだけだ。だがそれも暫く続けていけば屈強な砦は中からは出られない牢屋と変貌を遂げてしまう。
「これ、早く助けないとヤバいよ!」
「分かってる!けど、普通に行ったら一撃でやられる!どうすれば……」
そう、一撃でも喰らえば動きが鈍る。そこを確実に仕留められる。あいつはリボンの一撃に絶対の自信があるはずだ。逆に一撃さえ耐えてしまえば勝機が生まれる気もするが……。待てよ、ここにいるのは俺とレナだ。それならば――
「……なあ、今から俺が言う通りの事ができるか?」
「善処はするけど、少し顔引きつってない?何をする気?」
「何て事ない、俺らしい騙し討ちだよ」
*
「リンカちゃん、完全に閉じ込められたけどどうしよう?《接合》を解除して脱出できる?」
「……解除した瞬間に砂に押し潰されると思うんですけど……」
「じゃあ一生このままじゃない!……詰んでるわね」
「……ごめんなさい……私が、考えなしに壁なんて作ったから……」
「ううん、リンカちゃんのせいじゃないわ。それにまだ先輩達も残ってる。まだ終わってないわよ。あの人達なら絶対何とかしてくれるんだから!」
砂で固められたシェルターの傍でマリアが呟く。
「そんな期待は無駄じゃなあぃ?アタシのリボンに怯えて隠れてるのよぉ?もしかしたら尻尾巻いて逃げ帰ったかもしれないわねぇ!非リアなんて所詮逃げる事しかできない集まりでしょぉ!?」
「違うわよ!貴方達みたいな外道にそんな事言われたくないわ!」
「でも実際に出てこないじゃなあい。アタシがアンタ達を動けなくした時も結局助けに来なかったしねぇ」
「それは……」
反論するミハギの声がすぼんでいく。確かに否定できる材料がないよな。だから、今から与えないとな。
「こうやって逆襲するために決まってんだろ!《重弾》!!」
啖呵と同様に切るようにトリガーを引く。ズドンと、トラックや単車のエンジン音とは比べ物にならない騒音をまき散らしながら《重弾》は突き進んでいく。
「その距離から当てられるわけないでしょぉ!」
ひらりと身を躱しながらマリアが叫ぶ。俺とマリアの距離は20メートルは離れている。戦闘に慣れているあいつには確かに当てるのは難しいだろう。だがそんなものは最初から狙っていない。
「すぐに《接合》を解け!」
「!」
返事は無かった。そもそもリンカの声では《重弾》に掻き消されているだろう。だけど返事をしなくても言う事を聞いてくれたのが分かる。なぜなら崩れ落ちた砂を全て《重弾》が吹き飛ばしたのが目に入ったからだ。
「先輩……!」
「ふぅん、可愛い後輩を助けたかったのねぇ。でもそれでぇ?折角のチャンスを逃してアタシを倒せるのかしらぁ?」
眼前のマリアはリボンを伸ばしいつでも俺を迎撃できるように身構えていた。このまま正面から切り込むのは得策でないように見える。それでもここはやるしかない。
「それは今から……分かる事だろ!」
そう言って踏み出す。正直小細工らしい小細工は意味がない。これまでの様子を見る限り、こいつはリボンをあのグループの中で誰よりも正確に操作できるのだろう。ちょこまかと動いたところで容易に追跡される。それならば正面から殴り掛かるしかない。
「分かるも何もただ走って来るだけじゃぁ何もできないわよぉ!まだ分からないのぉ!?」
マリアは自身のリボンを上から下へと大きく振り下ろす。今まではその後に自分の腕を動かしてマリアはリボンを操作していた。だが今回の動きはそれとは違う。マリアは振り下ろした瞬間から微動だにしていない。代わりに動いた、変化を見せたのは伸びたリボンの先。そこがいくつにも分かれて独立した動きを見せながら俺へと迫って来る。
「まだ本気を出してないって言ったでしょぉ!?《八岐大蛇》!!」
気が付くとそのリボンのいくつかは地面の中を通り俺の背後にまで回っていた。そこから繰り出される連撃。
「当たるか、こんなもん!」
口ではそう言ったがかなりギリギリのタイミングでの回避だった。とにかく前方に思い切り飛び距離を稼ぐ。背後でドドドドンと何回も地面を叩きつける音が聞こえ、その恐怖がさらに俺の背中を押す。と思えば前や横からも似たような、しかしスピードはそれぞれ違う――俺が逃げた先に追撃を浴びせるためだろう――リボンの群れ。
「避けられるものなら避けてみなさいよぉぉ!!!あはははははははぁぁぁぁ!!!!!」
高笑いするマリアに対して返せる言葉は俺は持っていない。そもそもここまで来るのにかなり無茶をした。連日何かしらやっていたせいでろくに疲れだって取れてない。なんか思考が完全に中年のそれに染まりつつあるな……。
とにかくだ。これを完全に見切りながらマリアの元へ辿り着くなんて俺には出来ない。非リアにだって限界がある。いや非リアだからこそか。リア充ならここで「限界なんてやる!」みたいなかっこいい事を言えるんだろうなあ。うわうぜえ。とは言えここはまだ想定の範囲内だ。そもそも触れずに全てを躱すなんて自分のスペックから考えて不可能なんだよな。
だからちゃんと対応策を用意している。ネガティブ思考で起こりうる問題を想定し、それら全てに強迫観念で以て対処する非リアの恐ろしさを今から教えてやる。
「……リボンなんてどこから、そしてどれだけ飛んできても関係ないんだよ、こうすればな!――《重弾》!」
足元へ思い切り、重量の増したように感じられる引き金を引く。足元の地面を易々と抉りながら弾丸は地底へと進んでいく。それが作り出す衝撃波はリボンを俺に届かせる事は出来なかった。いかに高速で動かせるといっても軽いリボンの事だ。これだけの衝撃波には押し負けると踏んだ。そして、
「飛んでリボンから抜け出したっていうのぉ……!?」
衝撃波で動きの止まったリボン、よくよく見れば隙間がところどころにできている。小柄な俺がギリギリ飛び越えられるくらいのな。そこを抜けて衝撃波の推力を借りてマリアの元へと馳せ参じる。《綾》は腰のポーチに戻し、代わりに《麻酔》でできたナイフを握りしめる。
「これで……終わりだ!」
完全に捕らえた。狙いも完璧。後は軽くナイフで切り傷をつければ全てが終わる。俺はその事に全身全霊をかけて集中していた。周りの声も聞こえないくらいに。だから聞きそびれたんだよな。
「トウヤ君、上っ!」って仲間の忠告を。
ドスンと重りが背中に乗ったような感覚がする。軽い材質のはずのリボン。それなのに攻撃を喰らった時はどうしてこんなに重たく感じるんだ……。そのまま俺はナイフを突き立てる事能わず地面に倒れこんでしまう。くそ……あと一歩なんだ……。
「今の一撃はキレイに入ったわよぉ。もう反撃できる余力なんてないんじゃなぁい?……って返事すらできないのぉ!この人はこれで終わりねえ。じゃあ、残りもサッと片付けちゃおうかしらあ」
……ジリジリとレナ達の元へ歩いていくマリアを感じる。
「まだ1対3だよ?そっちの方が不利だと思うけど?」
「そんな風にぃ、強がっても無駄よぉ。本当は分かってるんでしょぉ?不利なのはそっちなんだって事ぉ」
レナが2人を守るように立っているが顔には焦りの表情を湛えている。そもそも正面に立ったところで《八岐大蛇》は防げない。それが分かっているからこそのあの表情だ。だからそんな風に立っていてもマリアを悦ばせる事しかできない。となるとその行為は無意味なように思えてしまう。だがその実、そうやってマリアの油断を誘う事には大きな意味がある。それを知っているのは俺とレナだけだ。
「1対3じゃなくて1対4だぞ。と言ってもここからは俺1人で十分なんだけどな」
呟くと同時に飛び上がり一気に加速する。頬が風で切れるくらい高速でマリアの背後を取る。
「何でよぉ……っ!」
リボンで咄嗟に防ごうとするが飛んでくるのは1本だけ。どうやら《八岐大蛇》はさっきのように思い切り振り下ろす動作が必要らしい。大技であるが故に隙が大きい感じのやつなのか。そんな仮説を立てつつリボンを裁断する。それと同時に《不可視》を発動する。
動けないはずなのに動く、その後に消えると来れば誰だってパニックに陥るだろう。そこを突いてやる。俺はマリアの周りを絶えず動きながらナイフを振り回した。
「ハッ、ハッ……見えないからって切れるとは思わない事よぉぉッ!!」
切れたリボンはその先からさらに新たなリボンを生み出す。それと同時に彼女の息が荒くなっていくのが見える。《束縛》は体力を消耗する代わりにリボンの威力の底上げや再生まで行えるというのか。
まさにメリットとデメリットで極度に自分を《束縛》する、そんな《自我》であるように思えた。ナイフの風を切る音である程度は対処していたマリアだがリボンを切り刻む毎にその防御は甘くなっていくのが目に見えて感じる。それでも俺を触れさせない辺りかなりの戦闘経験があるようだ。
「何で、確実にっ……仕留めたはずなのに……体は動かないはずなのよぉ……!」
己の負けが込んできたのかマリアが憎々しげに見えない俺に向かって聞く。別に冥途の土産にするつもりはないがタネあかしくらいはしておこうかと思い口を開く。
「ああ、普通だったらあの時に体は動かなかくなってると思う。だけども俺は動いている。不思議だよな?……ところであの金髪の《自我》って何だったか覚えてるか?」
「……まさか、アンタぁ……」
リボンの動きが一瞬止まる。まあ、驚くのも無理はないよな。下手すりゃマジで死ぬかもしれないし。
「お察しの通り。レナの《麻酔》で痛覚だけを感じなくした。単純だろ?」
止まった隙を見逃さず目に入るリボンを細切れにしていく。と同時にマリアが足をついて動きが止まる。ここが待って待って待ちまくって、そして最後に油断を誘って作り出した好機。――逃す手はない!
「今度こそ終わりだ!《不可視の輪舞》!!」
くるくると回転しながらナイフを目に入る箇所へ手当たり次第に振り下ろす。最後の意地で出現したリボンを切り裂き――これ以上は復活してこなかった――露わになった本体へナイフを切りつける。ナイフがマリアの肌に触れた時、時が止まったかのように辺りは静まり返った。そして、
「いいわよぉ……今回は勝ちを譲ったげるぅ……だけどぉ、そんな事をしてこの先もやっていけるのかしらねぇ……勝っても何も意味もないのによくやるわぁ……」
それだけ言ってマリアは沈んだ。甲高い声が聞こえなくなった夜。いつもの夜のはずなのに、その夜は普段よりも静かに感じた。
「終わったね……体は大丈夫?そろそろ《麻酔》が切れると思うけど……」
横を見るとレナが心配そうに駆け寄ってくれている。
「ああ、別に体は何て事ないぞ……?」
あれ、おかしい。体に力が入らない。というか力がどんどん抜けていく感じがする……。《麻酔》の効果が効きすぎなんじゃないのか……?そういえば初めて会った時もこんな感じだったっけ……。走馬燈は……。
*
目が覚めた時には俺はベッドの上にいた。デジャヴを感じつつも上半身を起こす。
「おはよう、今回は目覚めるのが早かったね」
「大丈夫……ですか?」
「どこか痛むところは無いかしら?」
「レナに余り心配を掛けさせるな、馬鹿が!」
口々に声を掛けられる。あれ、最後罵られてなかったか。気のせいか。そうだよな。
「多分、大丈夫じゃないかな」
「良かった!」
ふわっと体が軽くなったのを感じる。俺ってそんなに自然治癒力が高かったっけと思い返してると、自分がそれどころでは無い状況に立たされているのが分かった。……もしかしてレナが抱きついてる?
「ちょ……っ!?」
「本当に心配したんだよ!《麻酔》で痛覚を切るなんて危険なんだから!私じゃ他に有効な策が思いつかなかったから乗っちゃったけど、本当に怖かったんだよ!もしトウヤ君が死んだらどうしよ……うって……!」
気づけば鼻声になっている。俺の胸に顔を埋めて泣いているのを誤魔化そうともしている。恥ずかしさからそこを追及しようと考えたがそれはあまりにも野暮だ。となればこうするのがベストかな。……リア充みたいに上手くできないだろうけど。
俺はレナの背中に手を回して抱き返す。後は喋らなくても分かってくれるだろう。成り行きとはいえ一緒にここまで来てくれたこいつなら。
「トウヤ。お前、いつまでそうしてるつもりだ!?」
ドスの利いた声が突き刺さる。まずい、これは怪我人に放っていい殺気のレベルじゃねえ!2人して一瞬にして離れる。離れたせいでさっきの感触が鮮明に思い出されて恥ずかしい。非リアにあんな事されても対応に困るんだよな……。それをレナは平気でやり遂げる。本当にこいつは何なんだろうか。
「と、とにかくだよ!」
強引にレナが切り出す。
「これでミハギちゃんとリンカちゃんは仲直りできたし一件落着ってやつだよね!一緒にリア充を倒すって言ってくれたし、完璧だよ!」
先ほどとは打って変わってハイテンションのレナ。そのテンションがいつもの安心感を与えてくれる。
「私もそうしたいけれど、華道の練習とか色々あるからあんまり参加できないかもしれないわよ。どちらかというと今の私はリア充寄りな気もするし。予定がそこそこ詰まってるのよ」
「先輩……私の初陣は、ミハギちゃんにしたいんですけど……」
「ちょっと!ここにきて敵対とか止めてよ!」
「それは流石に冗談ですけど……それよりミハギちゃん。この2人は先輩なんだし敬語を使った方がいいんじゃないの……?今までに、しつれいな言葉使いで接したり……してないよね?」
「そ、それは……」
「別に今まで通りでいいよね?トウヤ君?」
「俺は楽なように喋ってくれれば何でもいいけど」
「レナの周りが一気に華やかになったな!よし、この娘達にも似合う武器を考えないとな!トウヤの時よりも燃えるぜ!!」
「可愛い後輩なんだから過度にヤバいのは止めてね、兄さん。訴えられた時の事も考えてあげてよ」
「待て。その話し方だと俺は訴えられてもいいってことになるのでは」
「そんなもんテメエで逃げやがれ!」
「理不尽だ!」
その日の水無川邸はいつもより賑やかだった。飛び交う声に包まれながら俺は思う。俺はかけがえのない仲間と出会う事ができた。今度こそ裏切られない、そう信じて止まない大切な仲間と。




