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奇襲の上塗り

 太陽は全ての場所を等しく照らす。では太陽の出ていない夜はどうだろう。その時は都会の光、人間の営みの光が俺達を照らす。


 しかし、人間の目が全ての人間を等しく認識しないように――例えば非リアは多くの人の目に触れるとは言い難い――その光は全てを照らすとは限らない。路地裏もその1つだろう。とすれば目を背けたくなったのは眩しいからでは無いと言える。いや、こんなにまだるっこしく現実逃避をしてはいけない。ミハギの体には多数のアザが見られ、その体はリボンで拘束されていた。そのリボンは見間違えるはずもない。マリア達(あいつら)のだ。だが少し変だ。どうしてマリアもリンカもいないんだ?


「君達何してるの!」


 レナが容赦なく《麻酔》を飛ばす。即座に生成して飛ばす速度はやはり目で追いきれない。しかし、こいつらもやはり単純な攻撃は効かないらしい。グループの中の1人がリボンを回す、円を描くように。


 リボンが伸びる。そして隙間を作らないようにぴったりと渦巻き状になってゆく。さらに上がる回転速度。この戦法はまど記憶に新しい。5人のグループ全てを狙ったレナの範囲攻撃はリボンの作り出す空気の流れによって回転軸へと収束していく。奴らのリボンは特殊な素材なのか《自我》の影響か分からないが針は貫通せず勢いを完全に殺される。


「なんかこっちの人達も思ってたよりは大した事ないよねぇー」


「くっ……」


「先輩達、何で来たのよ……」


「何でも何もアンタを探しに来たんだよ。それと助けにも来た」


「余計なお世話よ。私1人でもどうにかするから」


「ボロボロなんだし無理はすんなよ。それにこれは俺達の為でもあるしな」


「トウヤ君の言う通りだよ。リア充を倒すのは私達の仕事だってね」


「私だってまだ戦えるわ、あまり舐めないで」


 そう言いながら立ち上がるミハギを守るように前に出る。奴らの得物はマリアらと同じリボン。あいつらと戦う予行演習と考えれば丁度いい相手な気がする。


「トウヤ君、どう攻める?」


「接近戦に持ち込むとかどうだ?」


 いくら伸縮自在とはいえ近すぎる相手にはリボンのしなりを活かして痛烈な一撃は加えられないはずだ。長い武器なら妥当な弱点だろう。しかしいざ戦闘となると頭が割と回るようになる気がする。


 何で今までこんな弱点に気づけなかったのだろう。何にせよドーパミンだかアドレナリンのおかげなのかな。こんな適当な事を考えるくらいにはハイになってきた。どこかリア充と戦う事にワクワクしている自分がいる。


「うん、いいね。それでいこうよ」


「そんな簡単に近づかせる訳無いっしょ」


 そう言ってリボンを伸ばしてこちらへと向かわせる女。動きが直線的で無い為避けるのが中々に難しい。レイジの剣筋なら急に変わったとしても直線的。どこを狙うかすぐ分かるが、こいつは別だ。一体どこを狙っているのか判断しにくい。


「このっ……!」


 とにかくギリギリまで引きつけて前に飛び込む。多少のかすり傷は気にしない。相手が変幻自在の動きならこちらは緩急をはっきりとつけて翻弄するまでだ。


「ちょこまかとウザいし!」


 伸ばしたリボンを横に薙ぐように一閃してくる。路地裏の広い所で戦闘になったとはいえリボンのリーチはこの場所には合っていなかった。リボンは周りの建物を傷つけつつ俺に向かう。雑居ビルのような建物の壁に見て分かるような傷をつけるのは恐ろしいが、傷つけた分だけリボンの速度が遅くなる。一瞬でも見えれば問題ない。


「当たるかよ!」


 スライディングで一気に姿勢を下げる。頭の上をリボンがすり抜ける。


「チョロチョロと目障りだって言ってんだし!」


 はっきり見えた。今度は下に叩きつけるようにリボンが俺を襲おうとする。が、横薙ぎからいきなりその動作に移るのは無理がある。リボンは布製だ。どうしてもたるんでしまい、挙動が遅れるんだよなあ。


 襲いかかる軌道を見切り横に飛ぶ。その際、しっかりと地面に手をつける。体を支えて次の動きへ繋げるために。気づけば目の前の女とはもう3メートルくらいの距離。


 ――仕掛けるなら今だ。不恰好だが動きの鋭さだけは磨いてきた。今はその技術で十分だ。そう自分を鼓舞して引き金を引く。


「これ以上は近づかせなあっ!?」


 俺を迎え討とうとしたそのリア充はその場に倒れこむ。しばらくは起き上がれないだろうな。レナの《麻酔》で作った弾丸を撃ち込んだんだから。


「卑怯じゃん……接近戦に持ち込むって、言って……」


 女は俺に問いかける。言葉がたどたどしいのは《麻酔》が効いてきたからか。ふむ、こういうのは答えてあげるが世の情けとか言うんだっけか。


「接近戦をするとは言ったが、俺は格闘するなんて一言も言ってないぞ? あの距離からの発砲も接近戦だろ」


 そう言い残してレナの方へ向き直る。


 5人いたうちの1人は俺に向かってきた。つまり残りはレナの方へと向かった。レナはそいつらを捌ききれているのだろうか。


「1人倒すのに結構時間掛かったんじゃない?」


「こっちで引きつけてる私達の身にもなって欲しいわね」


「いや、相手が勝手に俺に1人しか(けしか)けられなかったんだけどな……」


 あいつらが大丈夫か、なんて杞憂だった。ミハギの出した大木や蔓がリボンの進行を阻み、その隙間からレナの小さな針が反撃を行う。すぐに互いの能力に合わせて共闘を行えるのは少し羨ましく見えた。


 俺の能力は《不可視》、自分のためだけの《自我》だから。自分にできないものを見せられるとやはり悔しくなる。俺みたいな人間の妬みほど気持ちの悪いものはない。だから、そんな感情を殺しつつ《不可視》を使う。今は自分に出来る事をしよう。


「なんか見えなくなった男がいるし!取り敢えずそいつどうにかするし!」


 そう1人が合図すると一斉に長いリボンが放たれる。手当たり次第にリボンをうねらせるのはレナの針を防ぐだけでなく姿の見えない俺を捉えるためか。そう考えるとリボンの軌道が少し低いようにも感じられる。多分足に絡めて自由を奪うって魂胆だろう。さてどうしたものか。


「ミハギちゃん、とにかく大量の大木を周りに出して!」


 そう思った時にレナが叫ぶ。《不可視》の使用中は自分の体から出る音を全て掻き消す。だからその要望を直接伝える事が出来なかった。ただ、あいつは何も言わなくても気づいたんだ。俺の今できる最高のパフォーマンスに。


「よく分からないけれどこれでいいかしら!」


 地面から木がニョキニョキと生えてくる。スペースがあるように感じられた路地裏の広場は窮屈になりかなり動きにくくなった。


 ――リア充にとっては。俺は姿を消したままその木に飛び移る。そして、その木を更に強く蹴り飛ばす。標的の正面から一気に背後に移動する。そこから1人の首元へ《麻酔弾》を放つ。


「どうしたしユリ!?っの、そこかっ!?」


 このグループの中のリーダー格であろう奴がリボンを放つ。《不可視》で消せない銃声から位置を把握したのはまあやるなと思う。しかし、今の俺には当たらない。辺り一面の大木――よく見るとビルの壁からも生えている――を縦横無尽に飛び回る。《不可視》のお陰で俺の移動先は悟られない。その状態での3次元的な移動を繰り返す。木から木へと時には手で、時には足で捕まり体勢をも変える。


「やって、トウヤ君!」


 偶然俺に当たりそうなリボンはレナの針が上手く防いでくれた。顔をはっきり見る余裕はないがその顔はきっと満面のドヤ顔なんだろうな。


 そして隙を見せた相手から順に冷たいアスファルトへ叩きつける。粗方片付けて地面に降り立つと同時に《不可視》が切れる。2人が駆け寄ってくるのが目に入る。


「路地裏に倒れてるJKとか完全に事案だよね」


「変な疑いかけられるから黙っててくれるか?」


 これ以上イドに目をつけられたら俺の人生終わるんだけど。


「それで先輩、何で1人残してるのよ?」


「そりゃあ色々聞きたい事とかあるだろ」


 こいつらは名乗っていないがどう考えてもマリアらのグループだ。それならリンカが俺に言ったマリアらは接触してこないという話が嘘になる。俺はリンカとは完全な他人だが何となくこんな嘘を吐くような奴ではないと考えている。


「アンタは何でミハギを襲った?俺らを避けるんじゃなかったのかよ?」


「う……うるさいし!元はと言えばリンカがいたから!お前らがいたから!マリアがアタシらの事を見なくなったんだし!腹いせに何したっていいっしょ!」


「見なくなった?リア充は皆仲良しのウザい集団じゃないのか?」


 ちらりとレナを見る。首を振られる。リア充を倒すつもりではいるが奴らの生態は把握してないもんな。理解できないし。敵を知らず己しか知らないために百戦危ういのが俺達だ。


「あのね、割と派閥みたいなのとかもあって仲良くするのも大変だって聞くわよ……」


 俺らより少しリア充なミハギ先生が答えてくださる。うっわ何それ面倒くせえ。


「じゃあ、あなた達はハブられちゃったんだ」


 サラリとレナが口にする。リア充相手だと自分の針よりも物言いが鋭くなるから恐ろしい。


「ハブられてないし!」


 しかしそれに負けず劣らず鋭く、大声で女は返す。気温の低い夜、建物に囲まれた路地裏ではよく響く。


「アタシらだって一緒にいるし!なのにマリアがリンカとかいうのばっかり構うから!!だから、アンタら消してソイツも消して!それで、いつもの居場所を取り戻して!」


 そう叫ぶ女の顔は必死の形相だった。特に目は血走っていて迫力が凄まじい。その瞳はどす黒い感情で満たされているようだ。女の人をこんな風に怖いと思ったのは初めてだった。それにしてもこれってただの――


「それ、八つ当たりじゃないの?」


 俺が思い描くと同時にミハギが無慈悲にそう告げる。目の前の女がどうにもならない感情を炎のように燃やしているなら、こちらはどこまでも冷たく触れることすら躊躇われる氷のようなものだ。そして何もかもを貫く鋭さをも感じさせた。


「違うし!アンタらなんかと同じにすんなっての!」


「いいや八つ当たりだ、そんなもん」


 一言一言に必死に食い下がるそいつに追い打ちをかける。


「どうにもできない感情から実力行使に出る。その時点で八つ当たりだって分かってるだろ。それについてどうこう言う気は無い。ただ同じようにリア充に八つ当たりしてる身分で言わせてもらうとな、力が無かったらそれで終わりだ。何も出来ないのに騒ぐのは止めろ。鬱陶しい」


 コイツなんて居なければいい。そう思われたら排除されるのみだ。リア充はいつだってそうだ。知らない間にナチュラルに排除していく。コイツらのはそれとは比べ物にならないくらい下らないが、そんな事を思い出させるには充分だった。偏見だと言われても腹が立つものは立つ。


 ――そうだ、ここに丁度いいカモがいるじゃないか。


「いいか、勝たなきゃ何も言う権利は無いんだぞ」


 そう言っていつも通り麻酔弾を発射する。そして相手が動けなくなったのを確認する。理不尽、八つ当たり、奇襲、集団戦法。無秩序を無秩序で重ねた戦闘はようやく終焉を迎えた。


「トウヤ君、さっき怒ってたように見えたけど……」


 おずおずとレナが質問する。そうだ、こんな感情はリア充に向けるべきだ。身内に向けてもどうしようもない。


「別に何でも無いぞ。鬱憤を晴らせたしすっきりしたから」


「ふふ、リア充を倒すとすっきりするでしょ」


 分かる分かると言わんばかりに満足げに頷くレナ。まあそれが分からない奴はこんな事に手を染めないんだろうけど。


「ただコイツらが本当にリア充と呼ばれる生き物なのかは疑問だけどな」


「誰がリア充かなんてのは個人の偏見だよ。取り敢えずこの人達はリア充だ!みたいに思っておけば倒した時にスカッとするからそれでいいと思うよ」


 暴論だろうと思いはしたがそっちの方が精神衛生上はいいからなあ……。反論のしようが無いな。ぐぬぬと心の中で詭弁を考えていると思い出したようにミハギが呟いた。


「それで、この人達どうする訳?ここに放置するのかしら?」


「そうだね。せめて救急車くらいは呼んであげようかな」


 そう言ってスマホを取り出すレナ。……待てよ、スマホ?


「それだ!」


「え、急にどうしたの?」


「スマホだよ。コイツらのスマホにマリア達からの連絡が来ていないか調べれば場所が特定できるかもしれないだろ」


「ちょっと待って先輩。そんな事して大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。私の《麻酔》が効いてる間は眠ってるし何されても分からないから」


「そっちじゃなくて法的な問題なんどけど……」


 そう言って始めは渋っていたミハギだったが俺達がガサゴソスマホを探し始めると諦めたようにそれに続いた。集団心理には誰も勝てない。集団に属せないヤバい子を除いて。取り敢えず手近なスマホを手に取りロック画面を開いて指を滑らせる。


「思った通りだ」


 メッセージの通知がみるみるうちに現れる。そこには明日集まる場所の指定したものとそれに対する返事で埋め尽くされていた。


 ……ふむ。これで大体の居場所は分かった。それにしてもまさか駅に集まるとは。ここは《桜》の中でも1番活気のある都市。駅から手軽に行ける距離に、ここにまさる遊び場はないはずだ。だから駅を使うという可能性を除外していた。こりゃ見つけられない訳だ。やられたな。


「明日のマリア達の居場所が分かった以上、私とトウヤ君はそこに行くけどミハギちゃんはどうする?1人で行く?それとも私達と一緒に来る?」


 それを聞いてハッとしたようにミハギがこちらを見る。しばらく目を逸らしていたがやがてこちらへ向き直り、喫茶店の時と同じように深々と頭を下げる。


「その、さっきは助かったわ……ありがとう。それと、強がったけど私1人じゃ何も出来なかった。だから、もう一度だけ私に力を貸してください」


「しょうがない。今回だけだよ?」


 そんなミハギに悪戯っぽくウインクをしてレナが返す。とにかくこれで一件落着だなとか考えていたが神様は俺達にそう簡単に平穏を与えたくはないらしい。


「そこのお前達!一体何をしているんだ!」


 発せられた声はビルとビルとに挟まれてかん高く響く。そのお陰で強い存在感が誇張される。その男の顔はよく見えないが纏っている服には心当たりがある。いつかの夜と同じように紺色の堅苦しすぎないスーツ。そうだ、《自我》を使えるリア充で組織された団体。正義の味方の具現。《イド》の一員に他ならなかった。


「ヤバい、逃げるぞ!能力は使うな!特定される!まだ顔は見られてないから上手く逃げればどうにかなる!」


「ちゃんとその子達を介抱してあげてね!」


 レナがそんな事を言うので俺達と倒されたリア充のどちらを優先させるかを決め兼ねているようだった。その隙に闇に紛れて逃走を図る。幸い俺達を追って来る事はしなかったようだ。まずは人助けを行うあたり倫理観がしっかりしていて本当に助かる。俺達なら即座に追跡してしまうもんな。しばらく走ってレナが言う。


「今日はこのまま自宅まで逃げ切る事!明日にまた喫茶店で会おうね!」


 その言葉を合図に俺達は各々の帰路へと散り散りに走っていく。明日こそが本番だ。今日よりも激しい争いになるのは分かっている。そもそも1回撤退した相手だしな。


 それでも明日はこの前とは違う。3人でならどうにか出来るような気がする。いつの間にか、何となくそんな事を思うようになっていた。



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