サイレント・コンタクト
昨日の騒動の後、家に帰ってからも俺は考えていた。どうすればあの集団を蹴散らせるかを。
しかし考えれば考えるほど深みにはまっていく。解決方法が思い浮かばない。今までは結果的に相手と個人戦ができたから勝機があった。
だが今回は違う。あいつらは絶対に集団で行動する。引き離すなんて不可能だ。俺とレナが二手に分かれたとしてもあいつらは磁石よろしく離れずに1人ずつ狙うだろう。逆に1人になった方が危ない。しかも下手に動けばリンカって子が危険に晒されると。
力になると言ったはいいが自分にはまるで何もない。奇策を思いついたり、並外れた能力があったり、他人を説得できるだけのカリスマ性や話術があれば……。気づけば、そんなどうにもならない事ばかり考えていた。そして朝になり思考は学校に行けという命令に侵食されていく……。
*
いつも通り放課後を迎える。それまでの過程は全てスキップだ。そして待ち受けるのは昨日から始まった通過儀礼。別に成長するために通るのではなくて文字通りリア充の間を通過するだけだが。通過儀礼の使い方が違う?気にしたら負けだぞ。
《不可視ん条約》を使い校門まで難なく辿り着く。レナはレナで勝手に行っているだろうし探すのも時間の無駄だ。俺は1人で例のカフェへと足を運ぶ。1人でいるところをマリアらのグループに見つかるとロクな展開にならない。それを見越してミハギが細い路地裏を通るルートを教えてくれていた。
自分から危険に首を突っ込みたくはないのでそれに従う。まだ外は明るいというのに道を照らす光の量はごく微量。こういう場所こそ逆に危険な気もするが、リア充はこんなところには近づかないか。あいつらは昆虫みたいにキラキラ光る所に集まるはずだし。
「何だ?」
ふと体に何かが触れたような感触を覚える。蛾か何かの虫だろうか。結構汚い所だし虫が出てもなんらおかしくはない。が、触れているのは小さな手。虫よりは可愛らしい存在ではあった。可愛らしいからといって歓迎するかは別問題だけどな。
「動かないで欲しいんですけど……」
「……能力で止めてるくせによく言うな」
それにしても静かに迫り来る少女に全く気づかなかった。そもそもの存在感の無いからか。いや、壁に張り付いてビルの上から歩いて俺に近づくなんて予想ができるはずがない。俺としたことが不意を突かれた。恐らくは《自我》を使ったのだろう。
見ると華奢な足はしっかりとビルに吸い付いていてそうそう外れないという事が伺える。他人だけでなく自分の動きも止められるのか、重力さえも無視して。
「こんな狭くて暗い場所だから、お前らが来るとは思わなかった」
「それは合ってるんですけど……。みんなには内緒で来たんですけど……」
「じゃあわざわざ1人で何しに来たんだ?まさか動きを止めれば自分1人でも倒せるだなんて考えた訳じゃないだろ?」
少し語気を強めた俺に一瞬怯えた様子を見せつつも彼女は答える。
「私達は、しばらくは、皆さんを襲うような真似はしないし、見つかるような場所にはいないようにすると決めたので、それを伝えようと思ったんですけど……」
「は?」
こいつは何を言ってるんだ?昨日はあれだけやる気だったのにどういう心境の変化なんだ。ミハギが乱入した時だって俄然好戦的になったように見えたが。
「みんな、ミハギちゃんと絡むのはやっぱり面倒だって言ってたんですけと……」
「あー、なるほど……」
確かにあの状況では売り言葉に買い言葉。あのように返すのが普通か。少なくともあの場で倒す気はあっただろうな。ただ、わざわざ追い回してまで関わりたいとは思わなかったのだろう。それに何となくあの派手な見た目で分かる。ミハギみたいなタイプは拒否反応でも示すのだろう。もしかしたらミハギみたいな人間を大量に連れて来て囲んでしまえば意外と簡単にあいつらを陥落させられるんじゃないか?
「何、ニヤニヤしてるんですか……?」
「え、いや、何でもないけど」
顔に出てたかー。レナの感性に少しずつ自分が同化しているみたいで怖い。本当にどうかしてるよ。うん、今のはつまらんね。
「それで?アンタはわざわざそれだけ言いに来たのか?返り討ちに遭う危険を冒してまで?」
「それは無いと考えたんですけど……。貴方達は理由無く無茶苦茶な事はしないと思ったんですけど……」
「リア充なら初対面でも襲うけどな」
そもそもそれが行動理念な訳だし。
「でも、私のために怒ってくれたんですけど……」
元々小さい声なのに更にモゴモゴ言うもんだから何を言ってるのか聞き取れなかった。俺もこういう風に話す事とか普通にあるから気持ちは分からないでもないが。
「悪い。もう1回言ってくれないか」
「あ……聞こえてなかったなら別にいいんですけど……。それよりもミハギちゃんの事でお願いがあるんですけど……」
そこで言葉を切った後、俺を真っすぐと見据える。昨日のミハギのように。しかし弱々しいながらも精一杯の音量――と俺は思う――でその言葉を紡ぐ。
「あの子を私達と関わらないようにして欲しい、です……。こっそり私の事を見に来ているのは知っているんです……。もう私なんかのために、時間を使わないで欲しいんです……。上手くやってください、お願いします……」
それだけ言うと彼女は俺の手を離し、壁に対して垂直な姿勢のまま足を動かし、危なげなくビルを登っていく。そのまま屋上へ到達し、姿が見えなくなる。俺は急な展開に話を覚えておくのが関の山でただ呆然とその様子を見つめていただけだった。一体俺にどうしろって言うんだよ……。




