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重き一撃

「トウヤ君、右から来てるよ!」


「分かってる!」


 飛来するボールを《真奈》で撃ち抜く。するとボールは軌道を変え、再び俺達を狙う。


「今度は左!」


「ああ!そっちはバット!」


 隙を見て斉藤がバットを持って突貫してくる。それについて今度は俺が声をかけ、これをいなす。あらゆる角度から来てもどちらかが視認できれば避けられる。


「協力して避けられると厄介っすね……」


 この激しい攻撃を上手く防げているのは2人揃っての連携があるからだ。1対1ならボールと斉藤本体の両方に対応するのは、今の体力では無理だっただろう。


 ……1人じゃできないこともあるとは本当、よく言ったものだ。


「仕方ないっすね……。これを使わせてもらうっす!」


 俺達から距離をとりピッチングの体勢を作る。そのまま振りかぶり、ボールを投げ、


「《台風の目(ジャイロボール)》!!」


 と、この廊下の窓ガラスを割らんばかりの大音量で叫んだ。斉藤の手から離れたボールは斉藤のすぐ手前で静止した。いや、正確には直進する事を止めている。


「トウヤ君、野球の変化球に途中で動きを止める球なんてあったっけ?」


「昔の少年漫画でなら見た事はあるけど、現実にはできないと思うぞ」


「でも、実際に止めてるよね?」


 そんな感じで異変に気付いた時には、ボールは新たな行動を開始していた。


 何だ?ボールの周辺に風が発生している?やがて、ボールを包む風は勢力を増していき、超小型台風というような見た目へと変貌を遂げる。


 その風圧は近くのガラスや斉藤の攻撃による瓦礫などを吸い込んでいく。それだけではなく、なおも回転数は上がっているように思える。


「ちょっ、私達も引っ張られてない!?」


「《台風の目》はその回転力で何でも中心に引きずり込むっす。君達みたいな小柄な高校生くらい、余裕っす」


 回転が増していき、風は俺の肌でも感じられる程にまで強まった。ビリビリと叩きつけるようなその風は不意に俺とレナの足を持ち上げる。


 ふわりと煽られるレナのスカートに一瞬気が取られそうになるが必死にその衝動を抑え込む。今はそれどころじゃないんだ、どうにかして逃げ出さなきゃいけないんだ……。


 その一瞬の遅れが命運を分けた。風の波に乗って漂う瓦礫に気づけなかった。


「痛えっ!」


「一発だけだと思わない事っす!」


 その言葉通り、無数の瓦礫やガラス片が俺達を包み、傷つける。高速の風と組み合わさって放たれる一撃一撃は刃物や鈍器の威力と何ら変わらない。


 しかし真に恐ろしいのはその数だ。痛い事を痛いと感じる前に次が飛んでくる。そんな苦痛に襲われながら俺達は少しずつ台風の中心へと引きずり込まれていく。飛んでくる障害物を必死に墜とそうとする俺達はその事に気づく余裕が無かった。


「甘いっす!こっちが本命っすよ!」


 そう言いながら斉藤はバットを振るう。完全にあいつの間合いだ。避ける術は持たず、クリーンヒット。


 俺達非リアは2人揃って吹っ飛ばされる。せめてものフォローはと思い、空中でレナを抱きそのまま床へ衝突する。何とかクッションにはなれただろうか。


「ありがとう、トウヤ君。痛くなかった?」


「強がりを言えなくなるくらいには痛かった……」


 こうやって茶化したり、痛いって素直に口に出すと少し痛みが和らぐ気がする。実際にはダメージが残っていてもそんな気分になれる事は大切だと俺は思う。それができるのは同じ志を持ったコイツがいるからだとも思う。


 ……ひょっとしたらいい仲間になれるかもしれないな。


「さて、トウヤ君。もう一度あの《自我》を使われたら厄介だと思わない?」


「確かにあれは何回も耐えられるような攻撃ではないよな……」


「私、あれを無力化できるよ?」


「は?どうやって?」


「内緒。だけど、絶対に成功するから信じて欲しいな」


 そう言われれば信じるしかない。多分何か準備してきたのだろう。レナの家にはイカれたシスコン武器商人がいるし。


「それで私が隙を作るから一発でカタをつけてよ。どうせ兄さんが私を守るためとか言って危ない物持たせたんでしょ?」


 ほぼほぼ合ってる。説明する手間が省けるくらいには。


「兄さんの考えは分かりやすいからね。大体予想がつくよ。それで、どんな兵器を持ってきたの?」


「内緒だ。でも一撃でアイツを倒せる事は保証できる」


「そっちも内緒なんだ。でもそれは頼もしいね。調子乗って失敗なんてしないでよ?」


「その台詞、そのまま返そうか?」


 そう言って立ち上がり、斉藤を見据える。コイツを、いや、リア充を一撃で沈める事ができるとすれば俺の《秘密兵器》だけだろう。


 ここは少しのミスも許さない場面か。いいさ、やってやるよ。


「相談は終わったんすか?」


 指先にボールを乗せてクルクルと回転させながら斉藤が聞く。何だよ、調子に乗ったバスケ部員かよ。


「ああ、いつでも来いよ」


 そう言って俺は《綾》のマガジンを入れ替える。普通の黒いマガジンではなく、鮮やかな赤色のマガジンを。


「何を準備したかは知らないっすが同じことっす!《台風の目》!」


 斉藤は指先のボールを軽く前へと弾く。少しずつ、けれども確実に回転数を増していくのが感じられる。どうやらあの強烈な回転を起こすのはすぐにはできないらしい。


 一体これをどうするのかと横にいるレナに目をやるが、彼女は何もしない。流石にこれには動揺を隠せない。


「お、おい、大丈夫なのかよ。早くしないとまた同じ目に遭うだろ!」


「心配症だね。焦らなくても大丈夫だよ。むしろ今じゃ早すぎるくらいだよ」


 何を考えているんだ。レナの奇策を考えている間にも回転は速くなっていく。無理を承知で俺が斉藤を倒そう。


 そう決意して《秘密兵器》に手を伸ばそうとした刹那、ようやくレナは動いた。それまで髪を結んでいた水色のリボンをほどき、


「たっ!」


 と声を上げて斉藤へ投げつけた。


 しかしリボンのような軽いものは当然ながら《台風の目》の回転には抗えない。凄まじい速さで回転するボールに、それ相応の速さで吸い込まれていくリボン。


「さっきのは何をしようとしたんすか?何も起きないみたいっすけど」


 心底不思議そうに斉藤が尋ねる。俺だって同じ気分だ。


「そろそろ起きると思うけど……」


 レナがそう呟くとほぼ同時に高速回転をしていたボールが破裂した。吹き荒れた風を制御するものは失われ、辺り一面に霧散する。リボンを失い下されたレナの髪がなびくのが印象的だった。


「そんな……どうして、僕の、ボールが……?」


「レナ、アンタ、何やったんだ……?」


 俺と斉藤、2人して唖然とする。


 俺達の反応を見て満足しているのか得意げに彼女は言い放つ。


「あのリボンさ、ちょっと特殊な剃刀で出来てるんだよね。兄さんの手作りで切れ味は抜群、布と同じように曲がるし手触りはいいってね。もちろん、自分を切らないように練習はしてるし安全だよ?」


 今日、レナの髪が眩しく見えたのは剃刀の刃に夕日が反射したせいだったのか。それにしてもあのボールを破裂させるあたり恐ろしい切れ味を持っているな。


「切れ味だけのせいじゃないよ。あのボールの速い回転が切れ味を上げたんだよ」


 さっき何もしなかったのは回転が上がるのを待っていたということか。


「なるほど……理解したっす。まさか装飾品が武器になっているとは考えが及ばなかったっす。だけどまだバットがあるっす。近距離戦で仕留めるっす!」


 冷静に対処し、次の行動に移る。強豪チームのキャプテンなだけはあるなと思う。


「トウヤ君!」


「任せとけ!」


 しかしどれほど冷静であったとしても俺のこの一手は読めないだろう。


「喰らええっっ!!」


 俺と《綾》の重なる咆哮。


 ――数秒後、そこには斉藤が倒れていた。


「兄さん、とんでもないものを君に渡したみたいだね……」


 壁に釘付けになりながらレナが言う。


 その壁にはとてつもなく大きな――斉藤達が空けたものとは比べものにならない程大きい――穴が空いていた。


「ところでさ、あれだけ大きな音を出したんだしそろそろ柴田が起きそうじゃない?」


「起きて間違いなくこっちに来るだろうな……。そこを叩くか。とりあえず準備したいことがあるし手伝ってくれ」


 そうして忙しなく動き出す。本当はもう少しリア充を倒した喜びに浸っていたかったんだが仕方ない。




 ――校舎が揺れた。そのおかげで目が覚めた。俺はどうやらあの金髪に眠らされていたらしいな。


 そのまま俺を放置していたのは単に足止めが狙いだったからかそれとも下手に攻撃して起こすのを避けたのか……。いずれにせよ、あの非リア2人を斉藤が相手しているのか。


 となると、さっきの音は斉藤の攻撃によるものだな。エアガンや針ではあんな音は立てられねえ。大方、《台風の目》でも使ったんだろ。これなら勝負はついたも同然だな。


 ……とりあえず斉藤の元へ向かうか。さっさとあの非リアを保健室にでも連れて行って練習に戻らねえとな。大会までそこまで日があるわけでもない。時間は貴重に使わねえとな。



 しかし廊下を走ってきた俺を待ち受けていたのは想像を絶する光景だった。倒れているのは非リアなんかじゃねえ。他でもない斉藤だ。


 そして立っているのは俺を眠らせた時以上に勝ち誇った顔をしている金髪。


「テメエエッッ!!」


 あいつが何をして斉藤を倒したのかは分からねえ。考えている暇もねえな。それでも俺とあいつの戦闘経験の差はさっきの戦闘で分かる。天と地の程の差が存在する。負けるはずがねえ。


 そう判断し、廊下をドリブルで駆け抜ける。サッカーの練習は小さい頃からずっとやっている。飛んでくる針を躱して進むなど寝ててもできんだよ。


 さて、助走もつけたところでシュートの一発でも撃って吹っ飛ばしてやるか。そう考え、少し口が歪んだのを斉藤が捉えたのか声を絞り出した。


「来ちゃ……ダメっす!これは……」


「おっと、敗者に口無しだよ?」


 言い終える前に、あいつの針に倒される。……すまねえ斉藤、もう少し待っててくれよ。


 それでも言いたい事は伝わった。罠がある、とでも言いたいのだろう。そんなもの正面から叩き潰せば問題ない。


 そうは言ってもさっきの借りもある。油断はしねえように警戒はすべきか。……見たところこいつは無防備そのものだがな。


 待て、男の方はどこへ行った?そういえばあいつの《自我》を俺は見た事がない。つまり何を仕掛けてくるのか全く分からないって事だ。


 俺はそいつに対処できるのか?そんな疑問を抱いた時には遅かった。俺は衝撃波に飲まれていた――。






 俺の考えた作戦は至って単純だった。


 レナと斉藤を囮にして、俺は廊下の外、窓の外に出て隠れる。柴田がやってきたところを《不可視》を使ったうえで狙い撃つ、これだけだ。


「テメエエッッ!!」


 叫び声が響いた。間違いなく柴田のものだろう。そろそろいこうか。


 《不可視》を発動し、窓から一気に飛び出す。そのまま《綾》を構える。狙うは柴田本人ではない。サイガさんの注意が脳裏をよぎる――。



「いいかトウヤ。お前の武器はあまりにも貧弱だ。お前自身と同じだ」


 俺をなじる事もちゃっかり忘れずに彼は続ける。


「だからコイツをくれてやる。元は俺が使うために作ったがある欠陥のために実践で使うことが無かった。なぜならこいつは一発撃った時の反動がデカ過ぎる。乱発するのには向いていない」


 反動が大きいということはもしも外した時に致命的な隙を作ることになる。確かに実践向きではないと思う。


「だが、お前なら上手く使えるかもしれない。その《自我》を利用すればな」


「そうか、《不可視》で姿を消せば……!」


「ああ、発射後の隙を隠せるかもしれないって事だ。それと、絶対に人間に狙いをつけるなよ。こいつは本気で人を殺しかねない。衝撃波を喰らわせるだけで充分だ……」







 万一の事を考え、狙いをもう少し下へずらす。いつになく真剣な顔でサイガさんが注意していたのを思い出したからだ。それにさっき一発撃ったとはいえ、まだ完全に使いこなせているという感じがしない。慎重に狙わなくては。


 ここまでの動作を空中でやってのけるが、柴田クラスの人間ならすぐに捕捉できていただろう。俺の《自我》さえ知っていれば。だがあいつは《不可視》を知らない。だからこそしっかりと狙うことができる。


 ……さて、そろそろいいか。


 俺は引き金を引くと同時に、勝利宣言としてその切り札の名を叫ぶ。


「《《不可視の重弾(ふかしのじゅうだん)》!!」


 放たれた弾丸は一気に重みを増しながら柴田の方へと向かっていく。重すぎる弾丸は空気を切り裂き、衝撃波を纏いぐんぐんと柴田との距離を詰めていく。そしてシュートを撃とうと構えた足をすり抜け、置かれたサッカーボールを貫き、溜められたエネルギーを一気に解放した。


 校舎が揺れる。着弾点にはリア充の空けたものなど比にならないくらいの大穴が空いていた。俺はというと《不可視の重弾》の勢いを殺せず、その反作用に逆らえないでいた。


 視点が縮小しているように感じる。後ろに飛ばされているんだから当然か。そのうち壁か何かに背中から当たるのだろうか。だが柴田も同じように吹っ飛ばした。もうここまでやったら充分だ。後はどうとでもなってくれ。


「きゃあっ!?」


 何かに当たった。壁よりも柔らかい何か。まて、何かでは無い。レナだ。どうして躱さなかったと言おうとしたところで思い出す。俺は今、《不可視》を使っている。説明もなしに飛んでくる俺を誰であっても避けられるはずがなかった。


 そのままどうする事も出来ず団子のようになった俺達は床に、壁に体を打ちつけ、ようやく止まった時にはレナが俺の上に覆いかぶさっていているのが目に入って……。


「ちょっ……」


 こういう時どうすりゃいいんだ。普通にどかせばいいのか。いや、勝手に触っていいんだっけ。女の子に触れていいのはイケメンだけじゃなかったっけな。


「あっ、ごめんね?」


 そんな事を考えている間に、ちょうど《不可視》が解除されて俺を視認したレナが自分から降りてくれた。特に何を気にするでもないようだ。こんな風に普通に振舞うのが正解なのか。俺が無駄に意識しすぎただけなのか。非リアのはずのレナでもこんな風に振舞えるのなら俺は一体何になってしまうのだろうか……。


「ところでトウヤ君!これって私達の勝ちってことだよね!?」


 レナが興奮気味にそう聞いてくる。廊下の向こうには倒れているユニフォーム姿の男子が2人。それを見てようやく自分達がやったことを理解する。本当に倒したんだな、俺達。


「リア充を正面から倒した気分はどうだ?」


 こんな事を聞いてみる。


「うん、凄くスッキリした!こういう勝利っていうのは中々いい気分だね。スポーツで得られる快感ってこういうものなのかな。ねえ、一緒に部活しない?」


「俺はやらないので個人プレイで頑張って下さい」


「私だってやらないよ。冗談だって」


 くだらない軽口を叩く。必死に体を動かすよりもこんな風に適当に笑ったりしている方がよっぽど俺達らしいなと思う。


「じゃあもう帰ろうか。兄さんに報告とお説教しないといけないし」


「あいつらは?」


 未だ倒れたままの2人を指差す。


「放っておいても大丈夫でしょ。自衛もできるだろうし。そもそもここは校内だし」


 そう言って少しふらつきながらレナは歩き始める。まあ俺だってあいつらに情がある訳でもない。レナに従う事にする。歩きながらふと考える。これで俺達の名は全校生徒に知れ渡るのだろうか。


 知れ渡らなかったらレナは他のリア充にも手を出すだろうな。いや、知れ渡っても出すか。ここから何が起こるかなんて俺は一切分からない。


 今日の事だってそうだ。全く何も分からないまま戦った。それでも何とか勝利を収めることができたし、それが振り返ると面白い、数少ない思い出になっている気がする。


 だからまあ何とかなるだろう。そして何が起こるか分からない人生も案外面白いものかもしれないなと思う。


 少なくとも今までの、何も起きない人生よりは。



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