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009



 最終学年も半年が過ぎようとしていた頃、とうとう長兄と本物のヒロインであるクリスティナ嬢が正式に婚約を決めた。

 次期当主である私にまだ婚約者が決まっていないという事もあって、内々なパーティーで祝った。


 当然姉であるローズ様もご参加頂いた。一方的な告白をしてしまっただけに顔を合わせつらかったのだが、相手が普通に挨拶してきたので自然と挨拶を返せた。

 まあ、自室に戻って泣いた。


「兄上、重大な問題が再発致しました。下手をすれば私は明日にでも戦死いたします。増援を御一考下さい」


「バルト。私の嫁は貸さないぞ?」


「いえ、兄上。お2人の仲が良いのは分かっております。それを邪魔しようという気はございません。それにまだ婚約の段階です。くれぐれも先走らないようにお願い致します」


 正式に婚約した長兄は、役に立つのか疑わしい程に堕落していた。

 偶然(・・)にも我が家のメイドが、クリスティナ嬢が長兄へ告白をしている場面を目撃してしまったようで、王都の屋敷で最高責任者となっている次期当主の私と長兄の実母である義母に演劇付きで報告をしてくれた。

 演技はとても熱く、見ごたえがあったので、そのメイドには臨時ボーナスを与えた。

 

 そんな告白を受けた上で、婚約したのだ。分からなくもない。


「それに、過っても私を排除しようなんて思わないでくださいね。次期当主の座が欲しければ差し上げますので」


 婚約を終える前の長兄なら心配していなかったが、今の長兄はクリスティナ嬢の為になら身内も手にかけそうな勢いがあるほどに溺愛している。


「すまなかった。バルト。私にそんなつもりはない。そんな事をすればクリスティナが悲しむ」


 逆にクリスティナ嬢が喜ぶなら、手をかけると言っているようにしか聞こえない。これは私の身の安全の為にも、ローズ様の救出は絶対に失敗できない。

 元々その気はなかったが、これで完全にローズ様の気持ちを無視した政略結婚も出来なくなった。助けた後に再度告白をして受け入れられなかったら諦めよう。


「なら、もう少し気持ちを引き締めて下さい。もし失敗するような事があれば、最悪クリスティナ様にも危害が及ぶかもしれないのですから」


「そうだった。たびたび済まない。確かにお前の夜会での活動は我々の良い隠れ蓑になっている。決行まで半年も残っていないのだ。気を引き締める」


 長兄から完全に惚気のオーラが消えたので一旦は安心する。まあ、きっと次にクリスティナ嬢と顔を合わせればまた緩むと思うので、クリスティナ嬢からも注意してもらうようにお願いしておこう。


「本題に戻りますが、夜会のエスコート相手で何か良い案はございませんか?」


「お前のおかげで今は王家が混乱していて、勢力争いは静観の動きが出ている。この時期に無理に婚約を結ぶのは各家ともリスクが高い。中立派から何名か交代でお願いをすれば、相手は何とかなると思う」


「それは本当に大丈夫なのでしょうか? 下手に美味しく頂かれるような事になるのはごめんですよ」


「何をそんなに心配しているのだ?」


 長兄は学園の現状を知らない。学園の卒業が半年と迫って焦り出したお嬢様たちの豹変振りを………。

 少し前までは、完全に最底辺としての扱いを受けていた兵士や騎士の育成クラスでさえ、魔の手が伸びてきている。


 我々の英知の結晶である『人生の墓場ランク』が最後の守りとして機能しているが、いつ捕食される者が出てくるか分からない状況だ。

 そんな相手を過ってエスコート相手に選んでしまえば、捕食され、文字通り人生の墓場まで一直線である。


「これが最新版です」


 そう言って、長兄に『人生の墓場ランク』を差し出す。長兄の表情にありありと恐怖の色が浮かぶ。


「どうですか?」


「すまなかった。薦めようと思っていたご令嬢も何人かいたのだが、これ程とは思わなかった」


 どうやら長兄が用意しようとしていたお嬢様が『人生の墓場ランク』の中で高評価を得た者の中にいたようだ。


「もし撤退の許可を頂けるのであれば、撤退したいところです」


「先程も伝えたとおり、隠れ蓑として活動してもらって助かっているのは確かなのだ。今は気付かれる訳にはいかない。それに辺境伯のリステル家としても囮であっても敵前逃亡は許されない」


 長兄は残酷な死刑宣告を私に告げる。領民の為に死ねというのだ。これまで頑張ってきたのにあんまりである。


「分かりました。兄上。私もリステル家の男として最後の時は心得ているつもりです。華々しく散って見せましょう」


「ま、待て。早まるな。急ぎ、女性騎士の中から用意する。とりあえず明日はそれで凌いでくれ」


 なんとか増援を勝ち取った私は明日の戦場への支度に追われる事になった。まさかダンスが踊れないとは思わなかったさ!


 結局のところ、何とか生還したが多大な損害を出す事になった。


「ラインバルト様。もうお許し下さい! あんな戦場には2度と立てません!!」


 数多の戦場を生き残った騎士でさえ、あの戦場では震え、私から一歩も離れられなくなるほどの恐怖を味わってしまったのだ。


「お願いです! 最前線へいけと仰るなら喜んで向かわせて頂きます。ですので、あの戦場だけは。どうかどうか………」


 夜会から帰る馬車の中でそんな懇願を受けるハメになってしまった。


 今は社交界シーズンでない為、あと私が参加する夜会は5回も参加すれば十分だろう。ただ、その度に我が家を支える騎士を使い潰す事は出来ない。

 屋敷に戻った女性騎士の様子をみた長兄は、私と共に再度頭を抱える事になった。


「あら、それなら娼婦を連れて行ったら良いのではなくって?」


 長兄と共に頭を必死に抱えても名案が思いつかなかった為、仕方がなく義母を頼る事になった。そして出てきた案がこれである。


「確かに夫人の代理として夜会へ参加させていらっしゃる方もおりましたね」


「えぇ、夫人が御懐妊とか病気の際にお連れするのが普通ですが、実際には夫婦仲が悪い場合に使われるのが一般的ですね。あと若い娘を連れたがる趣味を持っている方とかかしら?」


 夜会で毎回違う女性を連れている某中立派の侯爵が思い浮かぶ。侯爵は夜会で飛び回り、夫人は若い燕を飼っていると噂だが、どうやら真実のようだ。私が参加していた仮面舞踏会にも必ずいたしね………。


「そのような方であれば、問題は確かに解決致しますが、我々の状況では彼女たちに危険が及ぶ事になってしまいませんか?」


 我が家は反乱を起こすのだ。起こした後で王都に残る事になる彼女たちが疑いを掛けられない保障はない。むしろ見せしめに合うだろう。


「そんな事なら問題ないわ。また領地の屋敷で働いて貰えば良いのです」


「母上、また(・・)とはどういう事でしょうか?」


 長兄が私に代わって私の疑問を質問してくれる。


「領地の屋敷で働いている者たちは、あなた方のお父様のお手つきですよ? いまさら1人や2人増えたくらいで大して違いはありません」


 頭を抱える問題を解決しにきたはずが、別の意味で長兄と共に再度抱える事になった。


「あの人はとても1人でお相手が出来るような人ではなかったわ。それに婚約中も平気で遊び歩いているような人だったし、辺境伯という身分から子孫は多く残して貰わないと困りますしね」


 私たちが頭を抱えていると、義母はさらに追い討ちを掛けて来る。特に実母となる相手に赤裸々な事情を聞かされている長兄の精神力は、私より勢いよく減っていくのが分かる。


「それに今のような状況でなかったら、次期当主となる者としてもっと早くそういう相手を用意しておくものでしたから、今回は丁度良いわね」


 長兄が瀕死状態になったのを確認した義母は、今度は私への集中攻撃を開始した。


「夜遊びをしているのだから、てっきり火遊びもしてくれると期待していたのに。あの人と違ってどうしてこんなに真面目に育ってしまったのかしら」


 学園や夜会で疲れを癒せる唯一の場所であるはずの我が家が、今は地獄のような場所へと変わりつつある。


「あなたのお兄様も、あの人に似て遊びまわっていたわよ?」


 その言葉に瀕死状態の長兄へ視線を移すが、必死に否定している。


「今は亡きカイン様よ。戦場で暴れまわった後は、夜も暴れまわってあの人以上に大変だったわ」


 尊敬していた次兄のイメージが、形を保てずに崩れていくのが分かる。攻略対象だったはずの次兄がそんな様子だったなんて………もしかして世界観の元になっている乙女ゲーってR18レベル!?


「そういう訳だから、我が家と縁のある場所の紹介状を渡すから、そこから選んでいらっしゃい。私は身請けの準備をしておくから、好きに選ぶと良いわ」


 HPバーが表示されているなら、私も長兄も間違いなく赤表示になっているくらいに追い込まれて話を終えた。


「そうそう、尻穴貴族なんて不名誉にならないように、ついでにしっかりと学んで来なさい」


 生還できると思っていたところに、トドメの一撃を受け。私の心は完全に折れた。特に長兄は実母から尻穴なんて単語を聞くとは思わなかったのか、私よりもその凄惨な姿を晒していた。


「あなたもですよ。この計画が為れば、私たちが自由に扱える爵位が10や20は貰えるのだから、当然あなたもその中から当主になるのですよ。クリスティナ様に恥をかかせない為にも後日学んでいらっしゃい」


 既にトドメを刺されていた長兄に、まさに死人に鞭を打つかのように追い討ちをかける義母には、頭が上がらないように魂の奥まで恐怖を刻まれてしまった。


 我々貴族は、ご令嬢だけではなくご子息も純愛は出来ないようだ。この汚れた貴族社会を改めて思い知って、この日、私は1つ大人の階段を登った。





 大人の階段を登った翌日に、王都でもっとも高級な娼館に赴く事になった。

 え? 2日連続でお盛んですってだと! 私はまだピュアだ! 昨日は精神的に大人の階段を登ったって意味だ! 勘違いするな!!


 そんな訳で、屋敷の扉を潜るとそこは………。そこは………………!


 普通の貴族のお屋敷と大差ない内装をしていた。お店の人は使用人や侍女にしか見えず、至って普通のお屋敷にいる人たちと変わらなかった。


 お店に入って紹介状を渡すとある部屋に案内された。既に別の客もいたようだが、完全に顔を合わせるようになってしまった。

 どうやら、このお店に入った時点で互いの事は口外しない暗黙の了解があるようだ。どこかの特別な夜会と同じ雰囲気があるのですぐ分かった。


「こちらでお待ち下さい。ご要望にあった者を何名かご用意いたします」


 案内をしてくれた完全に執事のおっちゃんが、それだけ告げると退出していく。あまり周りを見るのは不躾なので、視線を一箇所に集めて周りに気を配る。あれだ。特に疚しいものは置いてなかったよ?

 待っている間にも、何名かのお客様がご来場になっていた。全員どこかで見たことがあるような方々ばかりだった。


「おぉ、これは『仮面の貴公子』ではないですか」


 仮面舞踏会の際にも聞いたことのある声の持ち主に声を掛けられる。どうやら、本当に仮面舞踏会と同じように外に漏らさない暗黙の了解さえ守れば、会話をしても問題ない場所のようだ。


「これは『駿馬の若様』お久しぶりでございます?」


「何故に疑問系なのだ。まあ、よい。もう3ヶ月も顔を出さなくなったが、こっちに嵌って忙しかったのか?」


 うん。普通に下ネタを言ってくる。間違いなく某中立派の筆頭侯爵様だ。『駿馬の若様』はもちろん侯爵の呼び名だ。昔から大変やんちゃらしい。もう若様という年じゃないのだから『駿馬の暴れん坊将軍』とかにしても良いんじゃないかと思った。


「忙しいのは事実ですが、残念ながらこのような所に来るのは初めてになります。『駿馬の若様』はご常連のようですね」


「あぁ、夜会とこの店は私の生きがいだからな。それにもう若様と呼ばれるには年を取りすぎておる。毎日来るのはつらくなって来おった」


 どうやら毎日通っていたらしい。


「そうでしたか。閣下はまだお若い。どうせなら『駿馬の暴れん坊将軍』と名を改められては如何でしょうか?」


 この場は無礼講だ。下ネタ親父にまともに付き合っていたら、ようやく回復した精神力がまた削られる事になる。適当に相手をするに限る。


「おぉ。それは良い呼び名だ。お主はそちらのセンスもあるようで本当に多才だな。せっかくだから、その呼び名は頂くとしよう」


 どうやら本当に暴れん坊将軍になってしまったようだ。まあ、この後すぐに暴れん坊将軍になるのだから、問題ないだろう。お相手を3名していたからな………。


「ところで、その様子だと私と違う目的のように見えるが、別の目的かな?」


「いえいえ、ついで(・・・)で3人もお相手する閣下の目的ほどの用はございませんよ。私はただの夜会のエスコート相手を探しに参りました」


 こんな場所でも腹の探りあいをしてしまうのは貴族としての(さが)なのだろう。


「ほぅ。さすがは次期当主に指名を受けるだけあるな。私の息子にも見習わせたいものだ」


 どうやら読みはあっていたようだ。


「ご子息もこのような場へいらっしゃるのですか?」


「あやつは素朴な娘を好いておるから、王都には来んよ。今も領地で良くやっているはずじゃ」


 良くやっているは、当然別の意味だろうが深く考えないようにしよう。


「さて、嬢たちを待たせる訳にもいかんのでな。そろそろ答え合わせをしようか」


 どうしてこう年を食った貴族は食えない者が多いのやら………。まったく面倒な限りである。


「侯爵閣下が既に私たちのお味方であるという事ですね。一体いつからですか?」


「お主が正式に次期当主として認められた頃からだ。お主の父とは昔からの付き合いがあったからな。その縁で手を貸す事になった」


 類は友を呼ぶと言うやつか………。


「あやつとは穴兄弟でもあるから、お主もある意味息子だな。ハッハッハッハ」


 うん、真面目の話のはずが、下ネタもしっかりと混ぜてくるよ。


「この場にいるのは私たちに賛同して下さる方で、この館は情報収集の場という事ですか………」


 溜息とともに返事した事に気付いた暴れん坊将軍が、年の功か余裕たっぷりに話を続ける。


「そうだ。部外者は直接部屋に案内される。ここに通される者は極一部だけだ。その分、こちらの要望も通るからな。好きな事が出来るぞ」


 下手にこの館の高級娼婦に手を出せば………考えるのはやめよう。閣下と同じレベルになりたくない。


「あの夜会参加者も殆どが協力者ですか………『白き花の舞姫』は立場上、協力者になって頂けないと思いますが?」


「うむ。全て説明しなくても理解してくれるのは助かるな。そうだ。『白き花の舞姫』は王家側がお主の監視の為に送り込んだのだ。そして我々は『白き花の舞姫』をこちらに引き込む為にあの場を用意した。2人とも初めての参加でどう引き合わせようか悩んでいたが、どこかの馬鹿のおかげで本当に助かったわ」


 あの本物のお馬鹿でエンターテイナーな当て馬は、本当に良い仕事をしてくれたようだ。ある意味TPOを読む能力がとても優れていたという事だ。まあ、羨ましい能力ではないがな。


「あそこでさっさとお主が物にしておれば、公爵家もこちらへ引き込めたものを………。父親と違って真面目すぎるのが誤算だったわ」


 ヒロイン役(偽)のR18妄想を笑えなくなった………。ひそかにこちらもR18展開を狙われていたようだ。この世界本当に乙女ゲーが元になっているのかよ!


 あらかた話を終えたところで、3人のお嬢様方が侯爵を迎えにきた。さすがはプロでその表情からは何を考えているのか全く読めなかった。

 3人のお嬢様と侯爵が消えたところで、考えをまとめる。どうやら義母も相当に食えない人物で間違いがないようだ。確かに密会の場としては、これ程安全な場所はない。


 おそらく、この館は私たちが反乱を起こす前にあの侯爵の領地か我が辺境伯領へ移されるに間違いない………。

 我が領地に来る事になった場合を考えると頭が痛い。次は長兄がこの館を訪れると言う事は、つまりそういう事だ。ほぼ間違いなく我が伯爵家がこの館を取り仕切っている。それも、おそらく義母が………。


 その後は用意された10名の中から2名を選んだ。体調の問題が出たり、1人に集中して悪評にならない為だ。これならギリギリ遊び人ではなく、代理人の範囲になると………はず。まあ、もう野となれ山となれだ。

 ちなみに特に容姿に優れた可憐に見える少女がいたが………それは避けた。本能と学友と共に作り上げた『人生の墓場ランク』の経験が生きた。他の者を選んだときのその少女が一瞬豹変したのを見逃さなかった。選んでいたら無事に帰れなかっただろう。


 私が選んだ2名は後日、侍女として王都の屋敷へ来る事になった。当然、私は何もせずに帰った。大人の階段は登らなかったよ?


 さらに余談だが、後日に娼館を訪れた長兄は無事に帰れなかった。その日は共に無言で酒を酌み交わした。その時の流した涙と酒の味は忘れられない。

 経験と友人は大事だよ。という教訓だ。諸君。



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