006
諸行無常の響きあり(-ノ-)/Ωチーン
乙女ゲームに酷似したこの世界であれば、私は、さながらモブ要員だろう。攻略キャラの弟。名前が登場しているかさえ怪しい。
むしろ、攻略者と仲が悪く、後継者争いをしていたなんて設定だったらと思うと寒気がする。
まあ、そんなモブの運命なのか私に恋愛イベントは発生しない。
夜会でのアプローチ? あれですか? 喰われるだけですよ? どんな被害イベントですか。全力で遠慮します。
そんな何も起こらなかった社交シーズンを終え、また身分を偽った2重生活苦が始まる。
だが今年からは少し違う。新入生たちに我が家の子飼いの生徒たちが入学してきたのだ。これで学園内の活動がぐっと楽になる。
ストーカー眼鏡を回避しつつ、ヒロイン役(偽)のユリアを監視するのが楽になるのは本当にありがたかった。
新学年………私たちにとっての学園最後の年が始まって早々に王太子の婚約者であるローズ嬢の噂が広がり始めた。
やれ「教科書をやぶられた」だの。やれ「靴を隠された」だの。小学生か!!
どうやら乙女ゲームは全年齢対象のものだったようだ。まあ、ヒロイン役(偽)のユリアはR15指定の行為を繰り広げている。なんで王家が動かないのか全く理解出来ない。
まあ、せっかく部下も増えたので、情報操作も学ぶ為にヒロイン役(偽)のビッチな噂を広めてみたら大火事になってしまった。
王太子が大激怒していて、ヒロイン役(偽)が必死に王太子を宥めている姿を見た時は胸がすくような気持ちだった。
その後のヒロイン役(偽)は悪役令嬢の反撃かと疑い、しばらく大人しくなったので結果オーライだ。
そして、悪意ある噂の広がり具合も学んだ。うん、あのヒロイン役(偽)はどれだけ人に恨まれているんだよ!
そうそう、ユリアっていう女をヒロイン役(偽)と称しているのは本物のヒロインが登場したからだ。
もちろん私の義理の姉になる予定のクリスティナ嬢だ。当然だろ?
学園での活動だけでなく、私以外に活動している父や長兄たちの為に、私も囮と言う名の社交会活動も勤しむ。
今日は仮面キャラの真骨頂とも言える仮面舞踏会の出席だ。
仮面舞踏会はR15指定の夜会だ。いわゆる夜遊びの夜会だ。それゆえに、パートナーの同伴はない。
気軽の参加できるし、私は仮面をつけているが正体がバレバレな為に、普段のような肉食獣に囲まれる事はない。
私を摘み食いしようとする方がいるなら、それは将来が心配な後妻や愛人希望のご婦人方だけだ。………それはそれで怖いものがあるが、危ないときは逃げるだけだ。
「あのー。あなたは本物の『仮面の貴公子』様ですか?」
成長期の為に、せっせと夜会の料理を平らげているとふいに声を掛けられた。呼び名が恥ずかしくないのかって? んなもんは、もう慣れた。
「おやおや、可愛い蝶がやってきたようだ。私に誘われる貴方が偽者の蜜を好いているとは思えませんが?」
派手な蝶のマスクを付けていたので、そう呼称する。こんな恥ずかしい台詞を言って恥ずかしくないのかって? 未だに恥ずかしいに決まっているだろ! 役作りなんだから文句言うんじゃねぇ!!
「し、失礼しました。最近、貴方様の仮面に似せた仮面を付けて悪さをする輩がいると聞いていたもので………」
あたふたとする様子を見る限り、どうやら年齢は近いようだ。そんな年齢のお嬢様が参加しているという事はどこかのエロ親父の後妻になる事が決まったのか。既に決まった後なのか………。まあ、可哀想な事情を持つ子という事だ。
「おや、私は仮面舞踏会に参加するのは初めてになります。まさかそのような輩がいるとは、私の名誉にも傷が付きますね」
なんか王道イベントに巻き込まれてしまったようだ。私の偽者が仮面舞踏会で女性を食い物にしていると聞かされては動かない訳にはいかない。
「宜しければ、ダンスをしながらお話をお聞かせ願えませんでしょうか? 無論別室へお連れするような無粋な真似は致しません」
「は、はい」
私のダンスの腕は本物のヒロインであるクリスティナ嬢も認める程だ。まあ、それを知って身体を動かすのが苦手な長兄が空いた時間で必死にダンスの練習をしている姿は屋敷内の皆で暖かく見守っているという逸話がある。順調にいっているようで何よりである。
中央まで躍り出た私と蝶のお嬢様がダンスを踊りはじめる。噂の人物が現時点では偽者か本物か区別も付かずに気にしていた周りの観客たちが注目する。
必死に踊りについてくる蝶のお嬢様は、あまり慣れていないようだ。遊び慣れているヒロイン役(偽)のビッチとは大違いだ。
一曲ダンスを踊り終えると私たちのまわりで踊っていた者たちも足を止めて私たちを見つめている。2人でダンス終了のお辞儀をすると拍手に包まれた。
どうやら、私が本物であるという事が分かって貰えたようだ。
蝶のお嬢様は、踊りが終わると「楽しい思い出が出来ました」という言葉と共に去っていってしまった。あぁ、これからエロ親父の元へ嫁ぐのかと思うと、手を掴みそうになった。
だが、他家の事情に口を挟む事は出来ない。我が家にも事情があるように他家にも当然事情があるのだ。
記念すべき仮面舞踏会の最初の相手は、とても苦々しいものになってしまった。
そんな気持ちを晴らす為に、また食事の元へ足を伸ばすと何名からかお声が掛かった。立ち振る舞いから明らかに両親と同じかそれ以上のご夫人のようだ。そこは丁重にお断りを入れて、目的の料理のテーブルまで徐々に進む。ダンスを終えた後のデザートは格別だ。待っていろプリンのような触感の爽やかな甘さの良く分からないデザートよ!
デザートまで、あと数歩というところでまたしてもご夫人と思われる方に足止めされ「デザートより美味しいものは如何?」と勧められている最中に会場の入り口が騒がしくなっていた。
もちろん私は肉食系はノーサンキューだ。しかも毒入りなんて食べる以前の問題である。なんとかデザートの最後の番人を追い払い、目的のデザートを食しているとあたりからヒソヒソと噂と視線が向けられてきた。
その噂をしている人々の視線が私がいる地点ともう一点を行ったり来たりしている。うん、どうやら偽者が来ているようだ。
私が夜会に参加しているのは貴族たちに話題を提供して、父や長兄たちの活動から目を逸らす事だ。
決して、苦々しい思い出になった憂さ晴らしとか、ご婦人方に狙われてぞっとした気分を晴らす為の憂さ晴らしとか、デザートを味わう事が出来なかった為の憂さ晴らしとかではない。
食べかけのデザート掻き込むと、早足に偽者の元へ向かって歩き出す。今度は私の通行の邪魔をする者はいない。この後の展開はどう考えても面白い事にしかならないからである。
「失礼。私と似た仮面を付けていたのでつい声を掛けてしまったが、少し宜しいか?」
仮面舞踏会の会場では身分は関係ない。皆、お忍びなのだ。極端に酷くなければその口調を咎められる事はないし、むしろ仮面舞踏会での事を口外する者はいない。ここはそういう場所だ。
「私は、このお嬢さんと話をしているのだ。邪魔をしないでくれぇぇぇぇぇぇえ!?」
話し始めの低い声は最後の頃には見る姿もなく、ただただ間抜けな声を晒して男が振り返った。周りにいた観客もナンパされていたお嬢さんもその反応にご満悦だ。私の偽者はエンターテイナーとしては本物のようだ。
「いや、驚かせてすまない。先程、私の偽者が悪さをしていると聞いたものでな。真実であるなら、少しお仕置きをしなくてはいけないと思って声を掛けさせて貰った」
さて、この本物のエンターテイナーはどのようなリアクションをしてくれるのか楽しみである。周りにいる年齢のそれなりに高そうな観客たちは、私の意図が分かっているようで、とても楽しそうに見物をしている。
「な、何をおっしゃっているのか分からない。この夜会は身分を隠して楽しむものだ。そんな事も君は知らないのか」
「私はこのような趣向をした夜会に参加するのは初めてになります。私の行動は確かにそういった意味では何も隠しておりませんでした。この夜会の意図にそぐわなかったのなのですね。ご教授頂きありがとうございます」
まずは周りにいる観客や目の前にいる男に自分が本物であるとハッキリと告げる。追い詰めるのはまだ早い。
「何を言っている? お前も『仮面の貴公子』を模しているだけであろう?」
エンターテイナーだけではなくお馬鹿の方でも本物でしたか。これは話をしても無駄のようですね。
「おや? 身分を隠して楽しむ場のはずでは? 身分を偽ったり、本人を陥れるような行為はこの夜会の意に背くように思えますが?」
遠まわしに、喧嘩を売っているなら買うよと忠告を入れる。まあ、本物のお馬鹿なら気付かないだろうけど。
「はぁ? 何を言っている。そんなのお前も同じじゃないか」
本物のお馬鹿なエンターテイナーの発言にあたりから笑い声が漏れる。先程から自分は本物だよって教えているのに、全く気づく事がない。偽者にナンパされていたご令嬢も完全に口元を隠して笑っている。
「何が可笑しい! お前は私に喧嘩を売っているのか!!」
その発言にとうとう周りから遠慮のない笑い声が聞こえてきた。本物のお馬鹿なエンターテイナーは分かるくらいにお顔は真っ赤だ。
「えぇ。ですから最初からそう言っているではないですか」
私の返事に回りで必死に堪えていた者たちまで笑いを隠さなくなった。うん。エンターテイナー君は良い仕事をした。
「貴様! 私が誰だか知っているのか!!」
「いや、仮面舞踏会の場は身分を隠す場所のようですから、当然知りませんよ?」
会場から、笑い声の他に私への応援の声が聞こえてくる。
「私が本物の『仮面の貴公子』だったら、どうする気だ!!」
会場に響いた発言の後は会場中に溢れた笑い声が、彼のエンターテイナーせいの高さを語ってくれる。良く見ると給仕の方もテーブルに運んでいるものを落とさないように置いて笑っている姿が見える。もうこの会場の中で理解できていない者は1人だけのようだ。
「そうか! 辺境伯のご子息だから、さぞ剣の腕も素晴らしいのだろう。決闘でもして頂ければ、末代まで自慢できるやもしれません」
そろそろ幕引きをしないと帰宅が遅れてしまう。明日はまた学園があるのだ。
そんな事を考えながら、手袋を外して相手に投げつける。その姿を見た近くの観客たちから周りへと徐々に笑い声が消えていった。
手袋を外して表した手は、誰が見ても分かるくらいに剣を扱うものの手だ。
相手もその手を見つめて何も言葉を返さない。
「どうされました? 剣がお嫌であれば、ダンスの勝負でも私は構いませんよ? ダンスの相手なら丁度貴殿がご執心だったお嬢様にお願い致しますよ?」
私の発言に偽者にナンパされていたご令嬢が、優雅に微笑む。仮面をつけていても分かる。それなりに高貴な方のようだ。
「えぇ。ダンスの勝負でしたら是非お相手させて頂きたいと思いますわ」
このご令嬢もノリが良いようだ。
「それにそれだけでは面白くございませんね。如何でしょうか? 負けた方が仮面を取ると言うのは?」
ぐふっ! 心にダメージを追いつつ、自身の浅はかさを思い知った。完全に調子に乗りすぎてしまったようで、自身の首を絞めてしまった。
私は仮面を外せない事を内心戦々恐々していると、ご令嬢がウインクをしてきた。どうやら、彼女には私の仮面を外させる気はないらしい。
「先程、『私とのダンスを踊って頂ければ、あなたを虜にしてみせます』と仰ったのは嘘だったのかしら?」
ご令嬢の挑発は続く。うん、この男もよくそんな台詞を言えたものだ。仮面を外して素面の時にそれを言ったら尊敬するよ。
「ふざけた事をいうな!」
散々挑発された男は、実力行使に出てきた。私ではなくご令嬢の方へ。
「おいおい。決闘を申し込んだ相手を無視して女性に襲い掛かるのが紳士の嗜みというやつか?」
当然、私の前でそのような暴挙は許されない。常に臨戦態勢だった私は、男が振り上げた手を払いのけると、仮面ごとアイアンクローで締め付ける。
ご令嬢は私の背後でさらに別の男性陣が壁となり庇っている。さすがは紳士淑女の社交の場である。
「ぐぎぎっ」とも「ぐぎゃぎゃ」とも悲鳴を上げる男は、もはや人語を話す事は出来ないようだ。
この騒ぎに外に控えていた衛兵たちが即座に入室してくる。目撃していた方が知らせてくれたようだ。
衛兵に引き渡す際に、うっかり相手の仮面を壊してしまう。どうやら安物のようだ。壊してしまったのはわざとではない。
加害者と被害者が存在してはいけないのが仮面舞踏会の場である。
『仮面の貴公子』の偽者は本来であれば、ひっそり衛兵たちのみで身元を調べて帰されるのだが………誰もが注目する中でその姿を晒してしまう事になってしまった。なんて不幸な事故だ。
大変可哀想なことをしてしまった。人生は失敗を繰り返していくものだ。これを次に生かすようにして彼の冥福を祈ろう。
両手で顔を隠しながら連行されている彼の見送りが終わると、観客たちから「やるな。自称仮面の貴公子!」「久しぶりに愉快な見世物だった」等のお褒めの言葉を頂く。エンターテイナーの彼もこれで本望だろう。
「自称『仮面の貴公子』様。今回はダンスの機会を失ってしまったけど、またの機会は頂けるのかしら?」
ナンパされていたご令嬢が、そう声を掛けてくれる。このご令嬢もなかなかに肝が据わっていて、かつ先程の騒ぎを余興として収める器量もあるという事だ。
「えぇ。私は仮面はこれしか持ち合わせておりませんので、お会いできる機会があればお誘い下さい」
なかなかに楽しい場所だったのでまた来ますよ。と挨拶をしてご令嬢と別れる。
仮面舞踏会は予想以上に楽しい場のようだ。機会があればまた来よう。
「それでは皆様、場をお騒がせて申し訳ございませんでした。私はこれにて失礼致します」
皆に拍手で見送られ、会場を後にした。当然、私は衛兵のお世話になることはなかった。むしろ会場を出た際に協力を感謝された。なんだろう………世直しのご老公様の気持ちが分かる一日だった。
「バルト。先週は派手にやったそうだな?」
「なんの事でしょうか、兄上」
私は仮面舞踏会などに行っていないのである。つまり夜会にも参加していないのだから、派手にやるも何もない。
「まあ、いいだろう。良い目くらましになったのは事実だ」
長兄も仮面舞踏会の暗黙のルールは守るらしく、追求はそれ以上特になかった。
「そういえば、遊び歩いていると噂されていた公爵家の息子が婚約破棄をされて家からも追放されたのを知っているか?」
「いえ、さっぱり存じ上げておりません。兄上」
「女の家を回るもすぐに追い返され、挙句の果てに酒場で女性従業員に酔った上で暴行をしようとしたところを取り押さえられ、翌日には一時釈放されるも、悪評をこれ以上広げられたくない元の家に消されたように姿を消してしまったそうだが、本当に知らないか?」
「なかなかに面白い都市伝説ですね。明日の学友たちとの話題に欠くことがなくなりました。ありがとうございます。兄上」
そんなハートフルな兄弟間の会話を交わしながら思った。
彼の凄さに舌を巻く。わずか1週間でそこまで落ちぶれられるのはある種の才能だろう。色々な才能を秘めていた彼が姿を消してしまった事は世界の損失である。
ふっ。またつまらぬ者を切ってしまった………うん、次回からは気をつけよう。
-後書き-
ランキングなるものの存在を覗いてみたら、日間異世界転生/転移ランキングが1位だった………。
そりゃアクセス数ある増えるわけだ。もう諦めた。
でもこれだけは言わせて下さい。書籍化なんて野望は持ち合わせていません。この作品は趣味です。
だから、読み終わったら存在を忘れて下さい! お願いします_| ̄|○il||li