003
ちょっと長いです。真面目な話のつもりです。
予定通り1ヶ月ほどで王都にある我が家に一度戻る事になった。王太子と一度意図せず揉め事を起こす事になった為に監視に注意しながら帰宅したが、完全な杞憂だった。
学園では情報収集と今後の為の人脈作りの下地を作り上げる事が目的だったが、乙女ゲームに似た世界という得がたい情報を得ることが出来た。頭が完全に平和ボケしたお花畑の連中たちの行動予測が立てやすくなるし、また学園にいけばあいつらは勝手に自分たちの状況を暴露してくれる。うん、上々どころではない成果だ。
こんな中途半端ところで申し訳ないが、私にもう1人の兄がいる。リステル家の長男にあたる人物だが、当家の継承権は放棄している。
子供の頃から身体が丈夫ではなかったので、辺境伯を継ぐ事は出来ないと自ら放棄して王都にある屋敷で、王都から領地を支えてくれている。私は普段は領地にいる事が多かったが、もちろんこの長兄も私を可愛がってくれて好きだった。
「次期当主はラインバルトにする事が正式に認められた。表向きは戦場で顔を負傷した為に、謁見出来る状態にないとして今回は無理やり承認させた。まあ、ありえない事ではあるが、実際に継承する際は陛下に拝謁する事になる。その支度だけは念の為にしておいてくれ」
私の父であるリステル辺境伯とその家族である。妻2名と姉2名と長兄と私が久しぶりに揃って食事をしている。その食事の雑談のようなタイミングで父が、私を次期当主に就任させると告げてきた。
そして、最初にしか名前が出ていないから忘れているかもしれないけど、私はラインバルト=リステル! 親しい者からはバルトと呼ばれている辺境伯家の3男坊だ!!
継承を放棄した長兄と亡くなった次兄の次が私になるので順番としても順当であるのだが、この度の戦が評価されたという事で早々に時期当主としての指名を受けた。という建前でこの1ヶ月の間は、父が王宮で戦後の保障追加の要求と情報集めに赴いていた。
「それと今回の戦の褒章についての追加は交渉したが、微量のみ追加される事になった。この国はもう終わりだ。領民を守る為にこの国は見捨てる」
情報集めをする前の段階からの予想通りであったとはいえ、現当主の決定で我が家は反乱一家となる事が決まった。
「父上、私が学園で集めた情報から推測しますと、戦費として計上されていた予算は王太子の取り巻きである財務官の息子が横領に関わっていると予想されます。王太子は婚約者を蔑ろにして別の女に大量に貢物をしている事を確認しております」
「まあ、それでは社交界での噂はやはり本当なのね?」
学園での事は既に社交界に広まっているのか………。なのに全く手を打とうとしない王家に完全に愛想が尽きる。
「はい。おそらくその噂の相手というのはアトルディ子爵家のご息女でユリア嬢です。一度言葉を交わす機会がありましたが、一言であの者を評するなら毒婦ですね」
「あらあら、バルトがそこまでいうなんて噂は全部本当のようね」
「王太子のみならず、その取り巻きとも人目を憚らずに抱きついたりの接触を繰り返し、通常であれば立ち入る事の出来ない身分にも関わらず、上級サロンへ男女2人だけで入り、学内パーティーでは王太子と取り巻きたちから送られた装飾とドレスで着飾って、他の身分の高い者へも不遜な態度をとり続けております」
「あらあらあら」
このあらあらが口癖なのは、私の義理の母にあたる長兄の実母だ。武官の家系ではない為に辺境伯領は殆ど来る事はないが、長兄と共に王都での社交を支えてくれている。
「こうなってくると戦ってくれた部下たちへ十分な恩賞は渡す事が出来ないな。どうせ国を捨てるのであれば、他の貴族たちのところへ嫁に行く必要もあるまい。ここにいる私と妹だけでも、手柄を立てた部下のところへ嫁に行こう。それで少しは家の負担が減るだろう」
今、我が家が抱えているもっとも大きな問題がこの恩賞だった。ただでさえ戦費で困窮していたのに、戦争で勝っても恩賞を出さない王家に愛想を尽かすのは自明の理であった。
「ただでさえ、戦争に借り出してしまったのに、お前たちには本当にすまないと思っている」
「大丈夫です。お父様。私たちは王都の軟弱な貴族たちより戦場で戦う強い男性の方が好みです」
父が娘2人に謝罪して姉たちは父を庇う。父親の立場として娘の幸せを祈っていた、ちょっと貴族としては優しすぎる父の事を知っているせいか、その父の心内を思うと心が少しでも軽くなるように隠していた事を話したくなる。
「そうですね。姉上はカイン兄の仇を討ってくださった方とは想い合っておりましたからね。どちらとは申しませんが………」
「あらあら、まあ!」
義母のあらあらがいつもより高いテンションで響く。砦で共に過ごしていた私にはお見通しだ。そして2人の姉のうち片方が真っ赤になっていれば、嫌でもどちらかは分かるというものだ。
「そうか。幸せになれるのであれば、喜んで送り出そう」
はっきりと分かる姉にはそう告げ、もう1人の姉にも希望があれば沿うようにしようと告げてこの話は一旦終わった。
「それとは別に私の方からも考えていた事があるのですが、宜しいでしょうか? 父上」
「お前の考えは我々よりもずっと広い世界を見ているのは、ここにいる者たちは理解している。次の当主はお前である事も皆が認めている。遠慮せずに申せ」
この言葉に、私は呆気に取られた。次期当主として国に認めさせるのはあくまで交渉の為の建前だと考えていたからだ。
「何を驚いている? 生まれた順番で言えば、お前が順当だろう?」
確かに長兄は継承を放棄。次兄は亡くなっている。普通に考えれば順当なのは私であっているが、私は妾腹の生まれだった。
「お前の母は正式に側室として迎える。他の妻たちとも既に話し合いは済んでいる。改めていうが、前の戦争では成人もしていないのに良くやった。お前の功績に報いてやれる方法がこれしかないのが不甲斐ないくらいだ」
「そうだぞ。確かに細かい部分については我々が行なったが、戦争の決め手となった作戦を立てたのは間違いなくお前だ。誇ってよい。お前は領民を救ったのだ」
父と長兄が、誇らしいように私を褒めてくれる。あかん。めっちゃ泣きたくなる。
「不肖ラインバルト! 次期当主としてこれからも領民の為に誠心誠意、己を鍛え守り抜くことを誓います!」
「うむ。期待しておる」
他の家族にも暖かい目を向けられて、恥ずかしい気持ちが強かったが、それでも誇らしい気持ちの方が強かった。
確かに次兄の本当の仇は他にいる。王太子にユリアという女。そしてこの国そのものだ。だが、次兄が守ろうとした領民を何よりも最優先におく事をこの時に誓った。
「では、次期当主としての最初の仕事になる。バルト。お前の案を申してみろ」
「はい!」と強い意志を示した口調で返事をすると、暇になってしまっていた学園の時間で考えていた計画を話した。私はまだ成人していない子供だ。きっと穴が多い策になるのだろうが、そこは支え合ってくれる家族に頼る事になるだろう。そう思いつつも一生懸命に説明した。
「………つまりはこの度の戦の褒章を戦争相手から受け取ろういうのか?」
「はい。その通りです。確かに今のままで我が領と周辺を巻き込んで独立をしても、争いが続くだけになります。領民を守るためには、どちらかの国に付く方が確実です。いえ、失礼しました。この国はもうダメですので、隣国と組するべきです」
「隣国が戦争を仕掛けてきた理由は我が伯爵領が抱える鉱山とその活動を支える経済です。実際には他に隣接している他領があるにも関わらずに隣国はこの地に執着しております。この先は予測でありますが、この戦で討った多くの敵国の貴族たちが利権を求めて起こした戦争のようです。これは捕虜にした者たちの話を総合してそう判断しました」
この戦争のきっかけはただの侵略戦争だ。我が伯爵領が抱える鉱山で取れる鉱石の価値は、今回の戦争でより価値を高めた。
まあ、私が妾腹の3男だったので、次兄が領地を引き継ぐと思って、将来戦える鍛治師を目指し装備を改善に力を注いできたせいでもある。最終的に主力に改良した装備を与えた事で当初予想していた損害より遥かに損害を減らす事が出来たのだ。
もちろん僅かに逃げ帰った敵や、完全包囲の前に負傷して前線から退いた兵から隣国へ情報が渡っているはずだから、隣国も焦っているだろう。
「それについては私もバルトと同じ意見です。後ほど父上には、こちらで捕虜たちからの話をまとめたものをお渡し致します」
長兄が私の発言に支持してくれる。報告大事。
「分かった。バルト話を続けよ」
「この戦で隣国は多くの貴族を失った事になります。これは国からしてみれば、兵を失う事よりかなりの損失であると考えております。その上、この度討ち取った貴族たちは所謂好戦派の派閥であったようです」
私の説明のたびに、父が長兄を見つめ、長兄が頷く事で話が進む。うん、私も長兄が頷いてくれる事で安心して話が出来る。確認大事。
「我が国は異常に王家の権力が強い………というより貴族たちが王家に寄生をしていると言った方が正しいかもしれません」
この発言には長兄だけではなく、他の家族も皆が頷いてくれる。
「かわって隣国の王家は、権力に乏しいようです。この度の戦でも王国軍と呼べる中央戦力は参戦しておりませんでした。言うなれば貴族連合軍と言ったところでしょうか? そのおかげで協調性の隙を突くことが出来たのが幸いで、全ての戦力をつぶす事が出来ました」
今度は実際に戦った者たちからの支持を受け、話を続けることが出来た。戦場組と王都組での情報共有が必要だったので丁度良い機会にもなったと思う。連絡大事。
「現在、隣国の王家が望むのは中央権力の強化だと思います。その為にも、戦で失った隣国の辺境伯に変わって国境を守る必要があり、その事が領地分割交渉が進んでいない理由のひとつと思われます。そして、我が国側も、我々の王家よりの褒章が少ない事による軍事圧力が掛けられないせいでより交渉が難航していると思われます」
「驚いたな。我々がこの1ヶ月かけて探っていた事をあっさり見破ってるなんて、これはバルトが当主を引き継いだら、私はお役ごめんになりそうだな」
長兄がおどけながら私の読みを肯定してくれる。
「今はまだ兄上にいて貰わないと困ります。年をとったら領地の好きな所で隠居しても構いませんから、それまで支えて下さい。お願いします」
兄弟同士のじゃれあいのように言葉を交わす。このやり取りに義母たちも心底安心の表情を浮かべる。
当主が変わった途端に、家族を追い出す者もいるのが貴族社会だ。 今のやりとりは私がその気はないと告げたことになる。
そもそも、相談相手がいなくなると困るのは私だ。戦場では確かにそこそこ経験を積んだが、社交界での経験は殆ど皆無だ。そんな状態で相談相手を失えば、どうなるかなんて目に見えている。相談大事だ。
「兄上とは今後の事は後でしっかりと話合うとして、先に我々で隣国と交渉をして、寝返りの見返りとして領土分割を受け入れて貰います。隣国の王家は権力を強化したいので、これだけでも受け入れてくれるとは思います。
ただ、いきなりの裏切りで信用を得るのは難しいと思うので、先の戦の捕虜を返還します。半分は恐らく領地に帰ることになると思いますが、残り半分は王国軍として編成されると思います」
「なるほど、捕虜の半分とはいえ数千になるから、単純に軍事力で権力が強化されるわけか。それなら間違いなく相手も食いついてくるな」
長兄は私の話を聞いてお墨付きをくれる。
「幸い我が伯爵家の捕虜の扱いはしっかりしておりましたので、交渉の間にもう少しだけ待遇を改善すれば、彼らが戻った時に良い噂を広げてくれるでしょう」
「バルト。あなたは本当にとんでもない事を考えるのね」
長兄の実母である義母も認めてくれた。どうやらこの計画の成功率はそれなりに高いようだ。
「ただ欠点があるとすれば、私では交渉能力が足りない事です。交渉が上手くいくかは私には判断できません」
褒められたところではあるが、話していて不安になることは当然ある。
「それなら大丈夫だ。交渉は直接私が行こう」
父がそう名乗りを上げたことに驚きを隠せない。 普通は我が家の文官が行くんじゃないんですか?
「戦にも交渉にも時というものがある。戦の時を読んだ才があるなら分かるだろう? 私が行けばそれだけで本気だと相手に伝わる。名目も捕虜の返還交渉であれば、この国に疑われる事もない。褒章の一部として捕虜の扱いは全て我が家が握っているからな」
確かにそう言われると反論は出来ない。私もまだまだな部分は多分にあるようだ。
「なぁに。戦場へ行くのとさほど変わらん。鉱山奴隷にしようにも数が多すぎて扱いに困っていた捕虜の処分方法も困っていたところだ。それに隣国へ加担すれば、戦力が一気に隣国へ傾く。次の戦争が始まるまで、さらに時間を稼げるし、領土が増えれば部下たちに褒章が払える。ついでに部下たちに与える爵位を交渉してくる。向こうは大分貴族を減らしたんだ。きっと大盤振る舞いしてくれるさ」
そう言いながら笑う豪快な父に、学ぶべき事もまだまだあると痛感する。
「分かりました。交渉ごとについては私は何も意見を申せませんのでお任せ致します。ただひとつ父上の勘違いがございます」
だが、父も私を甘く見ているところがある。私の成長を見てもらおう。
「む?それはなんだ?」
「次の戦の準備が整う前に、我々の領地は内地になります。もちろん、いざという時に領民と国を守る為に戦うことには変わりませんが、領民に報いる為にも安全な地にしたいと思います」
私の言葉を聞いて、皆が一様に驚きの表情を浮かべる。我が家は辺境伯家。つまり武家だ。領地ごと裏切ったとして敵国が変わるだけで国の境目を守る事には変わらない。
「バルト。お前はどこまで先を見ている?」
いち早く驚きから回復した長兄が尋ねてくる。答えなど、もう決まっている。
「領民が安全に暮らせるその時までです。兄上」
これは辺境伯家の者として生まれた者の悲願だ。いざという時に確実に戦に巻き込まれる事になる運命にあるのが辺境伯だ。きっと亡くなった次兄の願いでもあったはずだ。なら、目指すならそこしかあり得ない。
「本当に可能か?そんな事が?」
戦場で見せるような真剣な面持ちをした父が、万感の思いを紡ぐような声で私に尋ねているのが分かる。
「父上が隣国との交渉を成功させる事が大前提ですが、私は出来ると思っております」
「分かった。お前は我々の想像の上のさらにその上を行くのだな。………今日は時間がある。お前の全ての考えを聞いてやろう」
「フーッフフッフッ………ハーーッッハッハッハ!!!」
全ての計画を語り終えた時には夕食の時間をとっくに過ぎ、外は完全に暗くなり始めていた。
そんな暗闇の静寂の中に父である現辺境伯が大声を上げて笑う。………うん、ちょっと怖い光景だ。
「何代も続いた我が家の悲願が、私の代で叶うのか!」
私の話を聞いて、父が何かを確信したようにそう告げる。
「祖先たちよ! 我が家に麒麟児が生まれた!! この者に家を継がせる時には必ず我が家の悲願達成をご報告致します!!」
話をしながら、私は自分の計画がどこまで通じるかの確信持つ事が出来ない部分も含めて素直に話をした。
その結果がこれである。何か悪質な洗脳をしてしまったのではないかと逆に不安になる。
「ラインバルト!」
トランス状態から戻った父が突然私の名を告げる。当然、私はびくついた。
「家に関わる者にはもちろんの事。国中にお前が正式な後継者である事を知らせる。隣国との交渉や計画の準備の為には最低2年掛かる。お前はその間は今の身分を偽ったまま学園に通え」
一度興奮状態に陥った父の言葉が理解できない。
「お前の軍事の才は領民も領軍の将たちも認めている。そしてお前が領地を引き継ぐ時に必要なのは、内地の貴族としての振る舞いと人脈作りだ」
私のドン引きしている姿に冷静さを取り戻したのか、しっかりとした説明をしてくれるようだ。
「幸い丁度偽った身分と顔を隠せる理由があるからな。学園では男爵家の者として人を見定め、社交界では仮面を付けて立ち回りを覚えよ。王都ではお前の兄が助けてくれる。しっかりと学び、領地を継いだ後に領民を守れるように備えよ! それがお前のこれからの仕事だ!!」
冷静を取り戻したのは、どうやら一瞬だったようだ。なにやら2重生活を強いられるハメになるだけではなく、仮面をつけるという痛いキャラ作りまで強要された。
そして、いつの間にか席を立って私の肩にそっと手を置く長兄が首を左右に振る。どうやらこれは決定事項のようだ。
「分かりました。父上。お受けいたします。ですから、まずはこの空腹をどうにかしたいので食事に致しませんか?」
「そうだな。予定より遥かに時間が経ってしまったようだ。皆遅くなったが食事にしよう」
シリアスから始まった会議の最後がなんとも締まらない会話で終わったが、結果として社交界では痛い貴公子としての生活と心の中で別れを告げたはずの友人とのあまりにも短い再会にそっと泣いた。
-後書き-
恋愛要素が絡んでくるのは5話あたりからです。
もう少し読者が減ると嬉しいです。
趣味の範囲の作品なので少しの人には読んで貰いたいけど、多くの人には読まれると恥ずかしいという我侭です。すみません゜・。(。/□\。)。・゜