002
翌日からは、本来の目的である情報収集を本格的に開始した。
そう………開始したのだが、情報の方からあっさりと近づいてきた。
「殿下。お呼びにより参りました」
「入れ」
今までは遠目でその馬鹿さを見ていたが、直接その本物加減を見せられるとは思っていなかった。
所謂『攻略キャラ』たちがどんな人物なのか確認したかったので、渡りに船だったとはいえ、この時の会話を思い出すだけでも頭が痛くなると同時にこんな奴等の為に命を賭けて戦っていたかと思うと怒りも沸いて来る。
「さっそくだが、昨日ユリアと話をしたそうだな」
こちらの挨拶もさせずに用件を話し始めた王太子に、この国の未来の暗さが嫌という程に分かった。
本来は呼び出した相手に名乗りと挨拶を済まさせてから本題に入るのが王族のマナーである。戦に時間を裂いて本格的なマナーを学んでいない私でさえ知っている王族のマナーだというのに、この王太子は外交の際はちゃんとやっているのか心配になる。
「はい。先日、ユリア様よりお尋ねしたい事があるという事でお声を掛けて頂きました」
貴族間のポーカーフェイスなどは私にはまだ出来ない。戦場では疲れていても、相手に自分の状態を悟らせないように戦い続けた経験から似たような事はできるはず。内心を悟られないように上手く返事を返せたと思う。
「その際にユリアが大きな声を上げたと聞いたが、何かしたのではないか?」
あ、これ知ってる。断罪ってやつだ。どおりで学園に通っている生徒の男女比がおかしいと思った。明らかに男子が少ないよな。普通は婚約を結んだ女子の方が結婚の為に学園を中退するのが普通なのに。
それになんでこいつは、そんな事を知っているんだ?
そんな疑問を持っていると視界に僅かに映る王太子の取り巻き?側近?らしい1人が頷いていた。どうやら覗き見がお好きな方のようだ。それともストーカーさんかな?
他の取り巻きたちも次々と批難を告げるが、一度にしゃべっているのでまともに聞き取れない。
「はい。リステル家の次男カイン様について尋ねられましたので。当人が亡くなった事実をお伝えしたところ驚かれ、悲しまれておりました」
王族と会話するのに否定は出来ない。それと先程ユリアという名前を私が口にした時に王太子の眉が動いたのを見逃していないので、否定せずに名前も出さずに適度な回答で取り巻きどもを黙らせる。
現実には全く悲しんでいた様子もないが、それでも心にも思ってもいないけどユリアを持ち上げるように捏造して回答してみる。この僅かな時間の会話と噂から予想を立てた人物像なら、これで簡単に切り抜けられるだろう。
「そうだったのか。ユリアはとても慈悲深いのだな………。死した者に対して大声を上げて悲しむなど普通の女にはなかなか出来る事ではない」
予想以上の反応に、心配を通り越して呆れしかない。令嬢というか貴族は感情を表に出さないように教育を受けているのが普通だ。次兄の葬儀の時も姉や妹たちは、表情にも態度にも出していなかったが悲しんでいないという事は全くなかった。
「それとリステルとはどこの家だ?」
続いて出てきたその王太子の言葉に一瞬殺意を抑えられなくなりそうになる。戦場での激昂は自分だけではなく味方も危険に晒す。数少ない次兄の教えだ。それを思い出しなんとか踏みとどまる事が出来た。
「1月前まで隣国との戦争をしていた野蛮な家ですよ」
取り巻きの1人と思われる人物がそう王太子に耳打ちしていた。これは耳が良くなくても聞こえる程の声だった。耳打ちの意味が全くない。
そして、その言葉にある決意を決める。
「そういえば、去年も学園の生徒がその戦場に向かって討ち死にした時も酷く悲しんでいたものだ。これは私が慰めてやるしかあるまい」
なんでこいつらは思ったことをすぐに言葉に出すのか分からない。まあ、予定よりも多くの情報が集まるのだから、こちらとしては文句はない。
「そうと決まったら早速準備しよう。………おい、お前はもう帰っていいぞ」
既に興味を失ったのか、今までにこいつらが追い出してきた男子生徒のように言いがかりでも付けて追放されるものと思っていたが、あっさりと開放された。
基本は馬鹿なのだろう。そして何かあってもユリアへ意識を逸らせば簡単に切り抜けられる事も分かった。
この学園に来たのも、我が家の中央への不審から来たもので、具体的にいうなら中央の勢力図や疑惑などを確認する為だ。
権力の縮図である学園の様子を知ればある程度の事が分かので、身分を偽って学園にきたのだが、それも殆ど必要なくなる程の情報を得た。そして、この国を捨てる決意も得た。
この学園へ通う生徒は基本的には寮住まいだ。高位貴族の子弟が通うこともあって学園からの外出は簡単に許されていない。当然の事ながら部外者の侵入も。
その外出許可は、冠婚葬祭やパーティーへの参加など貴族として活動に関わるものがそれに当たる。
外出許可については男爵家という立場だと事前に申請が必要で、約1ヵ月後の外出許可まで残り3週間余り時間を持て余す事になった。この学園で知りたい事の殆どが終わってしまった。本当に困ったものである。
せっかくなので、ヒロイン役と思われるユリアと攻略者その1の王太子。そして、その2~5の王太子の取り巻きたちを観察する事にした。
ユリアに関しては、簡単に位置が掴めた。攻略者たちが群がっている場所か、人が全くいない場所のどちらかであった。
予想をしなくても分かるとおり友人らしい人物はおらず、噂でも時々1人でぶつぶつと呟いている姿が目撃されている。
何度かすれ違う機会があったので耳を澄ましてみれば、攻略者たちへの愚痴が殆どのようだった。「顔は良いのに、なにか馬鹿っぽいのよね。ゲームだと文武両道の完璧人間だったはずなのに」とか「あの筋肉ダルマは空気が全く読めなくてイベントが進まないじゃない」などなど。
そして、ユリアとすれ違った後にもう1人すれ違うのは、便宜上攻略対象その2と付けた『ストーカー眼鏡』だ。どうやら宰相の家の子息らしく、そこそこ権力を持っているが王太子の取り巻きのはずが常にユリアを付回している生粋の変態ストーカーだ。
もちろんこの事は学園内の公然の秘密だ。知らないのは本人たちだけであろう。
攻略対象その3はユリアの言葉を借りて『筋肉ダルマ』だ。王太子の学園での護衛と自称しているが、護衛自体は別にちゃんといた。呼び出された時も扉のところに控えていたし、ユリアに群がっている時も一定の距離をおいて普通に仕事をしていた。ただ、諌めたりはしていないただの物置だ。
そして筋肉ダルマと私は同じクラスだった。兵士や騎士になるものたちを育成するクラスだ。まあ、一度も授業に出ている姿を見たことはない。
実力は近衛騎士団長の息子というだけあって、そこそこ剣を使えるらしいが、同じクラスの第2師団の団長の息子に余裕で負けるらしい。実際に手合わせをした者たちは、手加減をしてギリギリ勝ったり負けたりを演出するのが大変とぼやいていた。
その4は財務を担当する大臣の子息で、こいつは嫡男らしい。そのおかげかどうか知らないが、妙に羽振りが良いらしい。
それってあれですよね? 横領しているんじゃねぇ? と思ったが誰もが思っていた事だろうと察して口には出さなかった。
私たちが隣国との戦争を繰り広げている時に支援が減ったり、増援が来なくなったのも、この家が関わっているんじゃないかと思っている。この学園で無駄遣いされる金銭を、戦いで亡くなった者たちの遺族に充てられたらと思うと殺意が沸くので早々にこいつの観察は諦めた。
最後である攻略対象その5は貴族じゃない。この国でもっとも権威を持つ宗教の最高責任者の息子だ。確か教会の司教様だったかな。
この宗教というのがやっかいなところで、表向きは貧しい者たちなどへの支援が上げられるが、本来の存在理由は違う。貴族たちが遊んで出来てしまった子供たちの収容先だ。
ふたを開けて見れば、その殆どがやんごなきお方の血を引いている者が多い。そのせいか貴族たちと同じように見た目も優れた者が多いので、布教するのにも一役買ってる。この貴族と教会の癒着はそれはもう口に出せないほど真っ黒だ。
まあ、それゆえに王家と深く関わってはいけない理由があるのだが、弱点になるのだから有効に使わせてもらおう。
こうして実際にまとめてみると………うん、こう言っては何だが、ゲームの設定っぽいな。
「やっぱり1年早く入ったからシナリオが狂っちゃったのかな? でも、王子たちに早く会ってみたかったし………。それで隠しキャラの隣国の王子と会えなくなっちゃうのは、やっぱり嫌ね」
あまりにも観察しているのもアホらしくなった為に、早々に所属している兵士や騎士の育成クラスで友人たちを作っていると偶然にも人気のない場所でまた呟いているユリアを見つける。そして、その呟きで疑問に思っていた全て繋がった。
それは何故、攻略対象であるはずの次兄が亡くなってしまったのかだ。
「王妃になった後なら、もしかしたら出会えるかもしれないからまだチャンスもあるよね」
頭に綿が詰まっているとしか思えない独り言をしゃべるユリアは、色々な意味で怖い。王妃という立場の者が他国の男に色目を使えば、どうなるか分からないようだ。
王太子と共に放置すれば勝手に国は滅ぶだろう。国を滅ぼすのにこれ程お似合いのカップルもいない。
だが、それでは領民に迷惑が降りかかるのは間違いない。次兄が文字通り命がけで守った領民だ。こんな馬鹿どもに巻き込ませるような事はさせない。
「イベントも何かおかしな事になってるし、こうして1人になっても悪役令嬢だけじゃなくって誰も苛めに来ないし、もう濡れ衣を着せないとラストイベントが起きないかもしれないわ」
私は知っている。それはフラグという。言うなれば逆ざまぁフラグとでも呼ぶのだろうか?
まあ、この状況を放置する王家が、卒業パーティーをぶち壊しにしたり婚約破棄をした程度で王太子を廃嫡にするかどうかは、正直怪しい気がする。
学園内の王太子たちを避けているまともな生徒たちは、なんで取り巻き共々、廃嫡にならないのか不思議でたまらないと話をしているのを良く耳にする。
それだけの事を馬鹿たちは既にやらかしているのだ。
さらに言うならユリアが言っていた『悪役令嬢』は王太子の婚約者だ。確か公爵令嬢で幼い頃に婚約したらしい。
その悪役令嬢は学園内であまり見かける事は少ない。私も直接会う機会があったので、その時に理由を察した。
王太子に呼び出されて2日後に、その悪役令嬢から謝罪を受けたのだ。これで他の人も察せると思う。彼女がやっているのは王太子たちの後始末だ。
学園に顔をあまり見せないのは、公務の方の後始末をしているからだろうと予想も付く。この状況で王家に対して反乱が起きないのが本当に不思議である。
まあ、我が家がその『反乱』を起こすんだけどね。
当初の目的を予想以上の成果で達成した後は、仲良くなったクラスメイトたちに王太子たちの対処方法を説明したり、共に訓練をして汗を流すなど友好を深めて残りの期間を過ごした。アディオス、アミーゴ、君たちとの友情は忘れないよ。
-後書き-
この記事が投稿される時点で第7話まで予約投稿してあります