015
ここはシンプルに………。
(゜∀゜)o彡゜すとーかー!すとーかー!!
物語というものが存在していて、それが乙女ゲームの世界の物語ならば、運命の日というのは登場キャラクターの数だけあるのだろう。
例えばヒロイン。王子に会った日? それともハッピーエンドを迎えた日? 逆ハールートが確定した日? 後日談で幸せに暮らしましたと言われた日? こうして考えて見るとヒロインは色々と特殊だ。こいつの事は考えるのはよそう。
気を取り直して、例えば悪役令嬢ならどうだろうか? ここは卒業パーティーの日。そして断罪される日でもあるその日が運命の日と呼べるだろう。
仕事をしない世界観のこの世界でさえ、悪役令嬢としてのローズ様はその運命の日を既に迎えてしまった。
そして、今日が仕事をしない世界観のせいでモブという立場を抜けた私の運命の日としてやってきた。
ちなみにヒロイン役(偽)の話によると、私はゲーム内に名前は出てこなかったらしい。攻略対象であった次兄と次期当主のライバルとして登場する天才剣士らしいが、天才剣士なのに名前すら与えられていなかった。世界観は、ただのゲームの中ですら仕事をしてなかったらしい。なるほど、この世界に来てまで仕事はしないのは当然だ。
物語が進まないのとシリアスにならないので、世界観への愚痴はこの辺にしておこう。
諸事情は色々と省くとして、先日、無事に悪役令嬢ことローズ様が王太子の断罪を受け、婚約破棄がなされた。当然、卒業パーティーの場で証人も多数だ。学園が過疎地になっている現状でも卒業パーティーだけは皆参加していたのだ。当然陛下もね。
この王太子の行動は、我々と敵対していた相手にとって斜め上を行く予想外の行動だった。 私がヒロイン役(偽)を使ってそう誘導したのだ。ちなみにヒロイン役(偽)は断罪劇に参加していない。前日に逃亡させた。その為、物語的に少々物足りない断罪劇になっただろうが、観戦出来る訳じゃなかったのでどうでも良い。
私にとって重要なのは、『婚約破棄』なのだから。
これで私はローズ様を救出した際に、告白する事が出来るようなった。そう、私はローズ様に告白をしたいからヒロイン役(偽)を助けたのだ。自分の欲望に正直なところは、父と暴れん坊将軍を笑う事は出来なくなったしまったが後悔はしていない。
世界観が仕事をしなかったおかげで、悪役令嬢の性格は悪くない。むしろ、民を思い、自分の運命が終わる事が分かっていても、民の為に働き続けた彼女に心底惚れたのだ。苦情は一切受け付けない。
当然、民衆の人気は王家にはなく、ローズ様にある。混乱する国を支えているのは、内政を宰相。対外をローズ様の実質2名で維持しているのだ。
そんな2人は、1人は王家と対立し、1人はとうとう国外に追放された。正式な発表は我が辺境伯領へ和平交渉を行なう為とされているが、卒業パーティーで無実の罪を着せられて断罪された事は噂好きの貴族たちから民衆へとっくに伝わっている。まあ、ぶっちゃけ裏切る予定の中立派を使って広げたのだが………結果に大差はなかったと思う。
そういう訳で、追放されたローズ様をお助けして、告白するという人生の一大イベントを行なう今日が、私の運命の日だ。振られて凹んだら、それも運命の日として受け入れよう………。
ローズ様が王都を追放され、辺境伯領まで残り数日と迫り、完全に王家からの監視も届かなくなった辺境伯領の隣の領地で、とうとう運命が動き出した。
「隊長! 予定の道と外れております!」
「五月蝿い! お前たちは我々の指示に従っておれば良いのだ!! 黙って従えば、お前たちにも良い思いをさせてやる」
そう言って、とても下衆な笑みを浮かべていた。
なぜ、私がそんな笑みを見れたのかというと、私はローズ様を移送する部隊の中にいたからだ。
先程、下衆な笑みを浮かべていたのは、近衛騎士だ。本当に腐るところまで完全に腐ってしまっているのが良く分かる。
国の目論みは、ローズ様を辺境伯領内で暗殺に見せかけた殺害。現在、一向に集まらない我が辺境伯領への討伐部隊を集める大義名分を得る為に、計画された事だ。
敢えていう事もないが、ローズ様が冤罪で断罪された話が広まっている時点で、仮に暗殺されたら間違いなく民衆は分かる。大義名分を謳っても、王家への反感が増すばかりだというのを気付いていない。
そういう理由で、護衛を任されたのが切り捨て出来る人材であった学園での我が学友たちだ。そこに1人途中から増えたくらいで、頭のお粗末な近衛騎士は気付かなかったのだ。
この頭のお粗末な近衛騎士は、王家を象徴するかのように腐っている。どうせ殺すならと………そういう企みをしていただけだ。
まあ、何日も前から堂々と近衛騎士同士で話をしていたので計画は駄々漏れだ。一体どれだけ殺意を押し殺すのに苦労したか分からない。
そして、とうとう本来の街などを通る正規ルートを外れて人気のない道へ進んでいるという状況だ。
当然の事だが、その道の先に待っているのは楽しい出来事だ。それは彼らにとっての楽しい事ではないのだけど、がっかりしないでもらいたいものだ。
「あなたたち! これはどういう事です!! 騎士としての誇りはないのですか!!」
学習していたはずが、馬鹿の行動力を甘く見ていた………。
予定地に到着した瞬間から即行動に移すとは思っていなかったので、近衛騎士に顔を見られないように後方にいた事が仇となってしまった。
声を聞いて、全力で向かった時点で、既に馬車の扉は開けられており、半裸の男が入り込もうとしていた。
っていうか世界観! ここはちゃんとお約束どおり時間を掛けやがれ! なんで残りの連中も半裸なんだよ! あいつら、馬車の中に相手がいなければルパ○ダイブが可能なんじゃないのか? あんなの行動は人間業じゃ出来ねぇよ!!
とにかく心の中で訳の分からない悪態をつきながら、必死に距離を詰める。時間が、1秒がとても長く感じる。この世界にも相対性理論なんてありやがる! 中途半端な世界観なんてクソ食らえだ!!
「おい! お前たちは周辺を警戒していろ! 俺たちが終わったら呼んでやる!!」
既に、我々が計画の協力者と思い込んで命令をする。悪いがお前たち以外は、そんな事をする気は全くないんだよ!
「おい! さっさと戻れ! 命令をき………」
馬車に向かう途中に、こちらに指示を出していた近衛騎士の1人を通り過ぎ様に切り捨てる。
残りの連中がこちらの様子に気付いた。
「貴様! 裏切るつもりか!!」
裏切るも何もない。元から私はそっち側じゃない。
こちらに注意が向いたのなら、時間が稼げる。異変に気付いて、待ち伏せしていた者たちもこちらに向かっている様子だ。1人も逃がす事は出来ない。計画に支障をきたす訳にはいかないのだ。何より守るべき相手を危険に晒すわけにはいかない。
「お前たちは既に包囲した! 今なら命の保障はしてやる!!」
私の叫び声に、半裸の近衛騎士だったものたちが周りの音に気付く。だが、この期に及んで剣を手にしていない。よほど死にたいらしい。
相手の注意が他に向いている間にも距離を詰める。武器を持っている可能性があるのは馬車に入り掛けている男だけだ。そいつだけは片手が馬車の中にある為、見ることが出来ない。
どうやら天才剣士というゲームの設定は生きていたようだ。あれほど焦っていたにも関わらず、全ての相手を一撃で切り伏せる事が出来た。
本当は、相手が弱すぎるだけなのだが、ここは私を立てるとして、そういう事にしておいてくれ。
「周囲を警戒! 地面に倒れている者たちは全て捕縛せよ!! この領地から王都へ向かう者は全て捕らえるように伝令を出せ!! わずかな油断も許さない!!」
自らの油断を棚に上げて命令を出す。内心では物凄く恥ずかしいんだ。これもスルーしてくれ。
指示を出しながら、時々横目でローズ様の無事を確認する。さすがにこの状況にあって震えていない訳がない。本来はもっと穏便に助けるはずであった。この獣たちを甘く見た私の失策だ。
馬車の周りを領地から来た女性騎士で固める。扉から見える先に、男の姿がないようにも配慮する。だが、彼女に声を掛ける役目だけは譲れない。
「ローズ様。お怪我はございませんか?」
出来るだけ、優しい声になるように細心の注意を払いながら尋ねる。見た目は気丈な顔をしているが、身体が震えているのが分かる。助けに入った者にすぐに抱きつく光景なんて幻想だ。好きな相手に怯えられている………欝になりそうだ。
「今度は貴方たちが私を利用するのですか?」
気丈。気位。気品。どの言葉を選んでも、きっと似つかわしくないその震えた声色に、自分がヒーローになれないただのモブキャラだと悟った。
それでもモブにもモブの意地がある。せめて気持ちだけは伝えてから散りたい。散った後でも、彼女の妹でもあり、私の義姉になるクリスティナ嬢に後を託して、私はこっそり幸せになる力を貸してあげるだけで良いのだ。
私はこの2年間の相棒とも呼べる仮面を身につける。あの仮面舞踏会の最後の夜のようなら月は出ていないし、舞台としても最悪だ。それでも精一杯の気持ちをぶつける。
「私はラインバルト=リステル。貴女に名前を名乗るのは初めてですね。お久しぶりです。『白き花の舞姫』」
「え?」
仮面舞踏会以降も、夜会で見かける事があったのに自分から避けてしまっていた。我が家の状況から考えれば、その時は最善であったのだが、正直情けないと自分でも思っている。だからヘタレの称号なら甘んじて受け入れるさ。
「私には、貴女を利用するつもりはございません。あの夜、私から貴女へ一方的なお約束を果たしに参りました」
一方的であるが、あの夜に『迎えに行く』『助ける』と告げた。今でも時々思い出して、身悶えする事はある。それ程、あの夜の事は私は忘れられなかった。
「私は初めて貴女と踊ったあの夜から、気持ちが惹かれておりました。貴女にとっては、あの場が王家の謀略によって送り込まれていた事は存じ上げていましたが、それでも貴女と踊るのは楽しかった」
シンプルに好きです。だけでは足りない想いを抱えてしまっている自分は本当にヘタレだ。王太子なんてぶった切って攫ってしまえば良いくらい相手を想っていたのに、今日までアプローチすらしていないのだ。
「共に踊り、僅かではありましたが話をした時間は、今日貴女をお迎えに来るまでの力となりました。私はこれからの道を貴女の隣に居たい。貴女には私の隣に居て欲しい。そして、また一緒に踊りたいと思っております」
きっと冷静になった後に後悔する様な台詞が次々と出てくる。知らないところでここまで想われていたら、逆に怖いだろ!とその時の私は気付かなかった。
「病めるときも、健やかなるときも、お互いを信頼し支えあう関係を築きたい。そんな未来の為に、どうか今は私に貴女を守らせて下さい。どうか、この手をお取り下さい」
どれくらいの時間、彼女に手を差し出していたかは分からない。ただ、時間が流れたが彼女が手を掴んでくれる事はなかった。そして彼女は馬車から降りてこない。この世界の初恋が終わった瞬間だ。これがモブの運命だ。
「貴女の気持ちも考えずに一方的な行動をとった事は謝罪いたします。申し訳ありませんでした。………今後の事は、貴女の妹君であるクリスティナ様のところで預からせて頂きます。もし、想い人がおられるのであれば、出来る限り力になる事もお約束致します。ですので、今だけは信じて我々と共に来て頂けないでしょうか?」
あぁ、想う気持ちは長く、振られるのは一瞬である。無理強いをするような男にはなりたくない。女々しいがこの見送りを持って自分の気持ちにケジメをつけよう。前世の結婚式に使うような言葉まで使うなんて、どこまで惚れてたんだよ。自分。………立ち直れなかったら、弟たちに当主の座は譲って旅に出よう。
「私は………」
-後書き-
はい。他人を眼鏡ストーカー呼ばわりしていた主人公君が、立派なストーカーに成長している姿を描かせて頂きました。
著者の趣味全開であり、こんな作品を読んで頂ける読者様との戦いの作品だと考えております。
本編の終わりは、現在敗北を喫している著者のささやかながらの抵抗を込めた終わりになっています。