010
毎日そんな覗きに来なくても良いと思うの?
どうせ30日には本編は全て公開しているのだから。
ねぇ?それまでここの存在を忘れましょう? そして、そのまま現実へ戻るのです!
あなたたちの冒険はこれからのはずだ!!
ご愛読ありがとうございました。次回作もスルーでお願い致します。
貴族社会の裏側を知って毎日一歩ずつ大人の階段を登りつつ、最後の仕上げに向かって学園生活と夜会の2重生活苦に勤しむ。
言っておくけど、私は誰にも手は出していないからね?
我が家も王都から撤退する用意が無事に整い、最後の夜会へ参加しているときにそれは起こった。
「おい!お前! それは俺の女だ! 何故お前が連れている!!」
そう叫んでいるのは王太子の取り巻きで、攻略対象でもある筋肉ダルマ君だった。
それにしてもおかしい………。馬鹿王太子たちが出るような夜会は除外していたはずなのだが………なんで居るんだ?
「お前に言っているんだ! 仮面の怪しい男め!!」
おや? どうやら私をご指名だったようだ。あまりにも遠くで叫んでいたので、私の事とは気付かなかった。
それにあれだ………。叫んでいても殺気が込められていないので気付かなかったんだと思う。せめて、回りにいる射殺すような視線を向けるご令嬢たちを見習って欲しいものだ。彼女たちの視線は本気で身震いする。
「私に御用でしょうか?」
「そうだ! 怪しい男が他にいるか!!」
あれですか。通常の会話は感嘆符をつけないと会話が出来ない方のようです。
「失礼ですが、私はお会いした記憶がございませんが、どちら様でしょうか?」
「私を知らないとは無礼だぞ!」
いや、知っているけど名前を忘れたんだよ。心の中で筋肉ダルマと呼称して2年くらいは経っているからな。
本日のエスコート相手を務めてくれている元高級娼婦の女性が前に出ようとしてくれていたが、当然、手で制して止めた。狙いはどう見ても彼女だからね。
「私はリステル辺境伯が3男のラインバルトと申します。失礼ですが、貴方様のお名前をお伺いできますか?」
そして面倒だったので、貴族の礼儀に法って名前を伺う。
「私はリカルド=ハイマン。父は王国が誇る近衛騎士団の団長だ」
「あぁ。貴方が噂の………。かねがねより(お馬鹿という名の)御高名だけは聞き及んでおります」
何か鼻息を荒くして名乗った相手に、遠慮なしに喧嘩を吹っかける。
爵位としては我が家が格上だ。無礼な発言をしてもなんら問題ない。どうせ数日後には領地に戻るのだから。
「そうか。私も有名になったものだな」
危うく大笑いするところであった。周りで私たちの様子を伺っていた貴族の方々もポーカーフェイスを作るのに苦慮しているのが分かる。
でも、私が一番大変なんだから、みんなも頑張って。
あれ?でも、なんだろ………。どこかで見たようなキャラの気がする。
「えぇ。次期国王陛下の片腕で。社交界だけではなく、常に王都の学園や民衆からもお噂される存在と聞き及んでおります」
「そこまで私の名も広まったか。まったく民衆の人気者は困るものだ」
( えぇ、本当に民衆は困っておりますよ。本当の意味で。 )
それに………この反応は………………そうだ! エンターテイナーだ!! 本物のお馬鹿で当て馬の。
「失礼ですが、ユピタイト公爵閣下とはご親戚でしょうか?」
「何故そんな事を聞く? ユピタイト公爵は叔父上だ」
なるほど、ご親戚でしたか。それでしたら全てが納得できます。ここに彼の才能を引き継ぐものがいたかと思うと感無量です。
「それでリカルド様は、私にどのような御用がございましたのでしょうか?」
新エンターテイナーと分かれば、丁寧に対応しよう。彼は尊敬すべき才能の持ち主だ。元祖エンターテイナーの魂は彼に受け継がれているはずだ。
「お前は話の分かる男のようだから、率直にいう。そのお前の隣に居る女は俺の女だ。さっさと渡せ」
うん。確かに用件と言えなくもないが………それはどちらかというと要望というか欲望だ。
「彼女は婚約者のいない私の為に、エスコート相手を務めて頂いております。事前に、彼女にそのような交友関係がなかった事は確認済です。何かの勘違いではないでしょうか?」
「彼女は俺が抱いた女だ。お前が勝手に攫っていったのだ」
話は通じない。予想通りだ。立派な才能の一端を垣間見て感動すら覚える。
まあ、それとは別に手を出さなくて本当に良かった………危なく新エンターテイナーと………おっとこの先は言わない方が私の身のためだ。身震いだけじゃ済まない。
仕事が終わったら彼女には良い結婚相手を紹介しよう。こんなのに付きまとわれただけでも不幸なんだ。彼女には幸せになる権利がある。
「失礼。攫って行ったとは穏やかではありません。本人も全て同意の上で、こうしてエスコート相手を務めて頂いております」
私の言葉に件の彼女も強く頷く。この姿を見るだけでも誰が事実を言っているかは一目瞭然だ。まあ、元から周囲は誰も私を疑っていない。
「金で売られている彼女を救ったのは私だ! 近衛騎士団長の座を引き継いだら、私の妾にしてやると言ってある」
それって勝手にお前が言っているだけだよね? しかも身請けってかなりの額をお支払いしないといけないのを知ってる? もしかして一晩の御料金で足りると思ってる?
それに近衛騎士団長は世襲制じゃない。まあ、権力抗争の道具であるのは否定できないが………お前、嫡男じゃないし。
この新エンターテイナーの素晴らしいアプローチによって、周囲の者が1人、また1人と、隣接する休憩部屋へと姿を消した。
休憩部屋は防音だ。何の為に防音かは説明しなくても分かるとおりだ。存分に心の内を吐き出してくれ。さらば戦友よ。会場に残る我々はまだ戦い続ける。笑いの神と。
念の為に、件の彼女に確認を取ると首を振っている。まあ、聞かなくても分かってるけどね。
「たびたび失礼。彼女が住まう屋敷などはご用意されているのですか?」
娼婦の身請けには条件がある。これは王国法でも定められている事だ。
つまり遠まわしに、ちゃんと王国法知っているのかと尋ねている訳だ。結果は聞かなくても分かってるけど。
「近衛騎士団長を継げば、自動的に屋敷も手に入る。そこなら何も問題ないだろ!」
周囲のご婦人たちは口元だけではなく。顔全体をとうとう隠してしまわれた。それでもこの場から離れないのは、この先の続きを見たいからだろう。私も部外者だったら絶対に最後まで見たいからね!
近衛騎士団長や、騎士団の師団長に与えられているのはただの屋敷ではない。軍務の為に王宮に近い場所に仮の休息場所として一時的に貸し出されているだけだ。決してご休憩場所に使う場所でも妾を囲う為のお屋敷でもない。
「どうだ! 私の正当性が分かったか!! 分かったなら、もう1人攫った女と共に私に引き渡せ! 仮面の男であるお前が2人を攫ったという事は既に掴んでいる!!」
感嘆符が絶好調のようで、とてもテンションが高い発言に、必死に堪えていたご夫人やご令嬢が姿を消す。笑いを堪えているというのに去り際は実に優雅だ。
「はぁ………。では私が攫ったというのでしたら、衛兵をお連れになっては如何でしょうか? なんでしたら私が呼んで参りましょうか?」
そして、このお馬鹿を引き取ってもらいましょうか?
私の意図に気付いた周りの観客も同意してくれる。彼らも限界が近いようだし、一度ご退場願った方が良さそうだな。
「ここの衛兵なら、私が何を言っても動かん。ゆえに私が自らが動いているのだ!」
動かないのはお前の事を知っているからだろ。っていうか今更だが、ヒロイン役(偽)はどうしたんだ? もうお前の設定はめちゃくちゃだぞ。
「お話が通じないようなので、ご退場願いましょう。そもそも招待客でない者がいる事自体が可笑しいのです」
従者役を務めてくれている男爵子息に衛兵を呼びに行くように指示を出す。何度もいうが爵位的には私が上だ。私の指示なら衛兵も咎められる事はない。
「話が通じないのはそちらの方だろ! たかが辺境伯の野蛮人が!!」
この言葉に、会場の空気が一変する。自身でもハッキリと分かるくらいにリカルドという名の男に殺意を向けている。近くにいたエスコート役を務めてくれていた件の彼女が小さく「ひっ!」と悲鳴を上げたのが聞こえる。
相手も完全に殺気に気圧されているのが分かる。相手どころか話にすらならない。
「それは我が家を侮辱する言葉として受け取っても構わないのかな? 近衛騎士団長のご子息殿?」
そう相手に告げながら、手袋の指先を摘まむようにして、いつでも手袋を外せるように見せつける。
「それはこっちの台詞だ! 人攫いの分際で!!」
売り言葉に買い言葉のようで、私よりも先に相手が手袋を私に投げつけた。
当然、私は投げつけられた手袋を拾って決闘の了承を告げる。こんな馬鹿でも剣を学んだだけあって決闘のルールは知っていたようだ。
「人数は1対1で、代理人はなし。決着はどちらかが死ぬまで。日時と場所の指定くらいはくれてやる」
決闘は受ける方がルールを決められる。具体的には参加人数と代理人の有無と決着方法と日時だ。
計画が日程的に大幅に逸れてしまうが、こいつの生死は結局のところ大勢に影響はない。今まで見ていた姿とここで直接相対した結果、我が家には百害あって一利なし。確実に始末しておく方が不測の事態が起こらなくなって良い。
「ま、待て。我々は貴族だ。代理人なしはマズイ」
この期に及んで何を言っている? 決闘自体はそもそも貴族に与えられた権利だ。平民は決闘などしない。
「決闘を仕掛けておいた本人は逃げたいというのか?」
「私は逃げない! 私はお前の身を心配してやっているだけだ。日時は1週間後。場所は学園だ!」
「良いだろう」
日時は思いっきり先延ばしにして逃げられるかと思ったが、1週間後ならこちらにたいした影響はない。
「丁度、その日は学生の日頃の成果を陛下に披露する事になっている。私の卒業の記念として相手をしてやる! お前の代理人はそこの従者だ! お前が学園の生徒である事は知っている! 逃げるなよ!!」
早口に訳の分からない事を言うと、新エンターテイナーは早々に立ち去ってしまった。
そのあまりの素早さに、私や周りにいた観客。そして私の殺気に気付いて扉から会場に入って様子を伺っていた衛兵すらも置き去りにしてしまった。
まあ、呆れて物が言えないという奴だ。
この混乱からいち早く立ち直ったのは、この夜会の主催者である伯爵だ。
素直に招待客でない乱入者を許した事を謝罪された。当然、私も場を騒がせてしまった謝罪を返す。これでお互い様だ。
周りにいた会場の観客たちは、従者役を務めて貰っている男爵子息に励ましを送っている。うん、会場中の人もあの馬鹿が私と素直に戦わない事は理解しているようだ。まあ、学園での彼の役割は私だから、どっちにしても戦うのは私なんだけどね。
肝心の男爵子息は、やはり主家を馬鹿にされた事で腹を立てていて、必ず勝ちますと言っている。うん、戦うのは私だからね? 君も忘れてない? まあ、アピールしてくれるのは良い事だから何も言わないさ。
そして当然会場を去る時は、場を騒がせてしまった事を謝罪して退席した。
他の招待客だけではなく、衛兵の方々まで見学に行ければ応援に駆けつけると声を掛けて頂き、気持ちよく会場を後にしていた。男爵子息が。
当然だが、帰りの馬車の中で状況に気付いた男爵子息が私に謝罪をしてきた。
まあ、あの盛り上がった場で流されるのは咎められないし、上手く周りを味方に付けるアピールをしていたから不問としておいた。
なぜか物凄い忠誠を誓われたが、本当に良い働きをしたからね。気にしないでと言っても聞き入れてくれなかった。
彼は完全な脳筋タイプのようだ。
そして、エスコート役で今回の騒ぎの元になってしまった不幸な彼女は感動して、私と男爵子息のやり取りを見守っていた。解せぬ。




