第八話 迷子
しばらくして、二人は村を出て、そこから大分ある先の街道に向かっていた。
既にそこは林の内部。遥か先にみえる、木陰に覆われて薄暗い街道の先には、途中で分かれ道となっている。
また途中にある道筋には、一定区間ごとに、地名や距離、方向などを指し示した看板が、高速道路の道路標識のように掲げられていた。
「そんじゃ一発、ディークの砦へ誘拐計画をしに行きますか・・・・・・」
「誘拐じゃありません! 救出です!」
「どっちにしろ同じだろ? 当人の意思を無視して、勝手に連れ出すんだからよ」
既に二人の間で話が付いたらしい。何を頼まれたのか不明だが、勝太郎は既にそれに乗り気であった。
「しかし、あんなにあっさり引き受けてくださるなんて、正直驚きました。貴方が言ったとおりに、私達は今日会ったばかりの他人だというのに・・・・・・」
「一応お前が言ったことは、嘘じゃなさそうだからな。それに俺には、何でもいいから善行をしなきゃ行けない理由がある。そうしなきゃ、いつまでも折角来た異世界を、お目にかかれないままだし・・・・・・」
「えっ? それどういう・・・・・・?」
「気にするな。こっちの話しだ」
「はあっ? それじゃあ、私は教会に戻るので・・・・・・頑張ってください!」
「はっ? 何言ってんだ? お前も行くんだろうが?」
ただしその計画の参加人数の認識は異なっていたらしい。事を勝太郎に任せて、自分は帰ろうとするラチルに、彼は困惑していた。
「私も? ・・・・・・私が行っても、役に立てることがあるとは思えませんけど・・・・・・。むしろ勝太郎様の足手纏いとしか」
「まあ、確かにそうだろうけどな・・・・・・。でも言い出しっぺはお前だろうが? まず自分が率先して行こうとしないでどうするんだよ?」
「確かにそれが出来る程の力があれば、そうするのですが・・・・・・生憎私には無理です。勝太郎様が一人でたやすくねじ伏せた王国兵は、私には一度に十人程度が限界でしたし・・・・・・。ここは領分をわきまえて、一歩引くのが賢明な判断かと・・・・・・」
彼女の口調には、別段戦いの場に赴くことに、恐れを抱いている風もない。そもそも先程も、数十の王国兵に、一人で立ち向かう行動を見せたのである。
恐らく臆病風ではなく、合理的な判断で、自分は行かない方がいいのだろうと考えたのだろうと、勝太郎は察した。
「賢明か・・・・・・確かに正しいけどな。何か弱腰に見えて、かなり格好悪いな、お前。それじゃあいつか冥界に行ったときに・・・・・・まあいいや。その砦にはどう行けば良い? ここを真っ直ぐ行けば良いのか?」
ここから砦までは、結構な距離がある。しかも街道の先には、分かれ道まであるのだ。ただ真っ直ぐ行って、辿り着くとは到底思えない。
「ああ、そう言えばそうでしたね。道順のこと、私もうっかりしてました。いえ、この先に分かれ道はありますから、まずはそっちを右へ・・・・・・。そこから先は・・・・・・まあ途中で看板が幾つかありますから、それを見ていけば・・・・・・」
「判った。じゃあいってきます!」
「えっ!?」
途中までは自分も同行しよう・・・・・・と言い出す前に、勝太郎が突如として走り出した。
常人ではあり得ない、豹をも凌ぐ速度で、街道を駆け抜ける。ただ走って通り抜けただけで、突風が吹きそうな勢い。
そのあまりに速さに、ラチルは彼を呼び止める暇もないまま、勝太郎は遥か先へと消えていった。それを見たラチルが、しばし呆然として、彼の出発を見送っていた。
(行ってくるって・・・・・・勝太郎様、看板をどうやって見るのかしら?)
(あっ、しまった! 看板をどうやって見ればいいんだ?)
走り出して三分ほど。先程の分かれ道を右に曲がり、その先をしばらく駆け出した辺りで、ようやく勝太郎はその事実に気がついた。
目が見えないのでは、看板など見えるはずがない。彼の優れた感覚能力をすれば、木々の生えている部分と生えていない部分の区別で、道を認識することはできるだろう。だがさすがに、文字を読むのは、どんな超人的な能力を持ってしても、まず無理である。
(まいったな・・・・・・こうなったらあの女を、無理矢理でも連れていけば良かったぜ。だからって、戻るのも癪だしな・・・・・・。まあ途中で人に会ったら、道を聞いてみるか。何だったら、どこかで人を捕まえて、そいつに道案内をさせるか)
軽い気持ちで、他人を巻き込む行為を考えている勝太郎。先程の、ラチルの不同行よりも酷い・・・・・・
ゴスッ!
しかも早速躓いている。ある地点で街道が曲がったときに、暴走車のごとく走る彼は、見事に事故を起こしてしまった。
街道から外れ、林の中に飛び込み、一本の木に激突した。これが車だったら、見事に潰れたスクラップ車が出来上がっていただろう。
だが壊れたのは激突した樹木の方。斬るのに斧は絶対に必要な程の太さの幹が、向こう側に折れてメキメキと倒れていく。あの小柄な身体で、どれほどのパワーで走ったのだろうか?
(ああ、やっちまったな・・・・・・しょうがない、ちょっとかっこ悪いが、音を出しながら走るか)
かくして勝太郎は、道案内なしで、彼にとっては真っ暗な道筋を進み行く。その道中で、ワザと大きな足音が立つよう走ったり、時々手を叩いたりする。
そうやって周りの風景を知覚しながら、走り続ける。だが残念ながらその道中で、彼は一度も集落に到達することはなかった。
「ここはどこだ~~!? もしかして俺ってば、今迷子?」
一時間ほどして、日が段々と沈み始める時間にて、彼はある場所で一人そう嘆いていた。
彼はここに来る道中で、巡り会えたのは、鹿か猪と思われる動物のみ。人間らしき音は、何一つ聞き取ることはできなかった。
間違いなく途中で道に間違えただろうと思い、何度も引き返したり、別方向の道を進んだりした。
だがそれでも人に出会うことはなく、あちこちを行ったり来たりしている内に、とうとう彼は、林を抜けて謎の場所に辿り着いてしまったのである。
(ここは林じゃないよな? 開けてるし、草の匂いがするけど、畑か草原か? まあ人の音は全然聞こえないから、多分草原だろうけど・・・・・・)
音と匂いがなければ周囲に何があるのか、全く知覚できない勝太郎。どうもどこか、木々のない広い場所に来たことは判ったが、周りの風景がどうなっているのか、彼にはさっぱり判らなかった。
パンパン!
しきりに手を叩きながら音を出し、それによる反響音で周囲を探ろうとするが、それで何かを見つけ出すことができなかった。
少なくとも、周囲二百メートル以内には、何もない。その謎の広い空間を、あちこち歩き回りながら、何かないか探ろうとする。
そうしてあちこちを、徘徊するようにジグザクに歩いている内に、ようやく何かの物体に気がついた。
(これは・・・・・・大きな箱? いや家か? それにこの臭い・・・・・・)
何か大きな物体に近づいたと同時に、ある匂いにも気がつく。その匂いは、彼にとって、お世辞でも気分のよいものではなかった。
(これは血の臭いか? それも結構多いぞ・・・・・・動物の死骸でも転がっていたか?)
道中人に会うことはなくても、動物に会うことは頻繁に会ったので、それは別におかしな話しではない。彼は近くにある、謎の箱形の物体に近づき、それに手を寄せてみる。
(ザラザラしてる・・・・・・これはレンガ? ということは、これは家か? ていうことは、この開けた空間は村か?)
どうやら彼は念願の集落に辿り着いたらしい。だがここは廃村なのか、周りに人間の音は、何一つ聞こえない。他にも同様の家らしき箱形の何かを知覚できたが、それらにも人の気配は全くなかった。
(まいったなこれ・・・・・・いっそ“天罰”を覚悟で、目隠しを取っちまうか? ・・・・・・うん?)
それに彼は困っているところ、まさに救いの音が聞こえてきた。
(足音!? しかもこれは人か!?)
今まで会った、四足歩行の動物の足音とは異なる、恐らくは二足歩行であると思われる足音。
一キロ近く離れた距離から出てきたその音を聞いて、彼は大喜びで、そっちに走り出した。
「お~い、そこにいる人! 頼む、助けてくれ! 俺目が見えない上に、迷子になっちまって、ここがどこだか分かんないだ!」
そう声を上げながら、先程とはかなり手加減した速度で、その方向に走り出す。そしてその人らしき存在に、彼はようやくすぐ側に巡り会えた。
「(何だこの人? 呼吸音が変だな・・・・・・)すまない・・・・・・ここがどこだか教えてくれ。この通り、俺目が見えないんだ・・・・・・」
先程叫んだときには、相手から返答がなかった。その人物のすぐ前に辿り着き、もう一度同様の事を聞く。
対面した相手は、反響からして、四肢のある人型の動く物体に違いはなかった。少なくとも猿ではないだろう。
「ギイッ!」
だが何故かそれは、まるで猿のような声を上げて、勝太郎の頭を何かで叩いた。いや斬ったと言うべきか?
以前の王国兵に、剣で攻撃されたときと、全く同じ感触を、彼の首筋から脳に伝わっていく。
「おいおい・・・・・・今日一日で、酷い挨拶をされてばかりだな? でも今回は、誰かを怒らせた覚えは・・・・・・」
ガン! ガン! ガン!
だがその人物は、彼が話している間にも、無言で勝太郎を斬り続ける。行動は以前の王国兵と同じで、頭や腹など、急所を狙って何度も撃ち続ける。
だが彼の身体にも、着物にも、一切傷はない。ステータスがあったら、HPは1ポイントして、減ってはいないだろう。
「何なんだよお前? やる気なのはいいが、せめてこっちの質問ぐらいは聞けよな? お前は王国兵か? さっきのことで仕返しに来たのか? それにしても剣の振り方が雑だな。何か素人っぽいし・・・・・・まあ俺だって素人だけどさ」
彼がそう話している間にも、その謎の人物は、刃物を振り続ける。
(本当にしつこい奴だなこいつ。しかしこいつの得物、魔法みたいな、あのおかしな力が感じないな)
以前戦った王国兵は、己の武器の刀身に、威力増強のための魔法強化を施していた。あの剣身を発光させていた、あれである。
勝太郎は聴覚・嗅覚意外に、それの魔法の力を感じることができた。だがこの相手の攻撃は、武器に何の力も纏っていないようである。
そのため、以前の敵よりも、武器の動きを読み取るのは難しい。まあ、そもそも読む必要もないのだが。この程度の攻撃、痛くも痒くもないため。
だがやはりあまり何度もやられると、以前同様勝太郎は怒り出した。その剣と思われる、棒状の物体を持った、姿の見えない人物を、勝太郎は王国兵と断定した。
「全く話しの判らない奴だ・・・・・・しょうがないな、お前にも一発痛い目お見舞いしてやるよ!」
ゴス!
その後の行動も以前と同じ。その王国兵と思われる人物に、勝太郎は脚部目掛けて、足の裏を踏みつけるように、蹴りつけた。その衝撃で、その足の形が、後ろ側に変形したのが判る。