第七十七話 抜刀
「おい! 誰かこっちに泳いできてるぞ!」
「子供? ・・・・・・いや、あれは勝太郎様だ! もう一人は誰だ?」
王城周辺の外側の濠の岸辺には、結構な数の人が集まっていた。幾つもの爆音・破壊音に警戒してか、思った程野次馬は多くない。
しかし明らかに危険な状態が感じられるのに、全く気に留めずに見学をしようという命知らずはどこにでもいるもの。野次馬の他に、武装した兵士達も同じぐらいの数がいて身構えていた。
そんな彼らの前に、城壁を飛び越えて、濠の水を泳いで、彼らの前にやってきたのは、大翔を連れた勝太郎であった。
彼が岸辺に上がると、皆もその場から一定距離を保ちつつも、興味を抱いてその一カ所の周辺に、飴と蟻のように集まり始めていた。
「勝太郎様! いったい王城内で何が!? さっきからしきりに、おかしな光や爆音がするのですが・・・・・・」
ずぶ濡れの姿で岸辺に上がり、大翔を地面に寝かせた勝太郎。そんな彼に、一人の兵士が恐る恐る問いかける。
「ああ・・・・・・王城の中で魔人どもが暴れてる。どうやら教皇の悪あがきらしい・・・・・・」
勝太郎の言葉に、野次馬や兵士達が、更にどよめき出す。そして事態が思っていた以上に深刻なことを知り、最初は人々は恐れおののいた。だがすぐにそれは怒りに変わっていく。
「教皇!? 生きていたんですか!?」
「あの野郎! 性懲りもなくまたとんでもないことしてくれやがって!」
「てっきりまだ王都にいたなんてね・・・・・・こんなことなら、まず先にそいつを皆で捕まえに行くべきだったわ・・・・・・」
「そいつは今どこに行ったんだ!? すぐにでもひっ捕まえていたぶって、諸国に突きだしてやろうぜ!」
「お前ら・・・・・・怒るのはいいから、早くここから避難してくれ。いつあの魔人が、外に出てくるか判らないんだぞ!」
最後の台詞は勝太郎。現状あのロア型魔人に苦戦している今、戦場付近人が集まるのはあまりにまずい。
彼の言葉を聞いた人々は、すぐに我に返り、一斉にその場から逃げだしていった。
「ちょっと待ってくれ! 逃げるならこいつも一緒に・・・・・・て、もういないし」
足下で寝かされている大翔の保護を頼むのを、すっかり忘れていた勝太郎。額に指を当てて、少しの間悩んだが、すぐに考えを固め直す。そして大翔を再び担ぎ上げようとした。
「やめろよお前・・・・・・このぐらい一人で立てる・・・・・・」
「何言ってんだ? さっきまであんなに痛そうに泣いてたのに?」
先程の己の醜態を言及されて、大翔は羞恥心から、随分苦々しい顔をして見せた。先程の幼児のごとく泣き叫ぶ姿を、ラチルを含めた人数に見られたのも含めて。
「もういい・・・・・・落ち着いたから離せよ。逃げるなら一人で行く・・・・・・」
「しかし・・・・・・もしあの魔人が外に出たら、お前が一番危ないんじゃないのか? とりあえずもう少し遠くまで運んでやるから・・・・・・」
「仲間があのやばい化け物とやりあって危ないってのに・・・・・・俺一人にここまで構うとは、随分と親切だな。これもお前の言う償いか? それとも俺の無様な姿を見るのが、そんなに楽しいか?」
「少なくとも後半は違うぞ。俺は別にお前の事を馬鹿にしてなんかいないし、前にも言ったがお前のしてきたことは、充分立派だと・・・・・・」
「もういいわ! そんな風に変に優しくされると、こっちは滅茶苦茶気持ち悪いわ!」
そう叫び上げた後で、大翔は一気に立ち上がる。といってもまだかなりふらついているが、それでも最初の頃よりも大分回復しているようだ。
これは彼の肉体の治癒力のおかげか、勝太郎の気功治癒の力のおかげかは不明だが。彼は手を振って、勝太郎にもうついて来るなと意思表示し、そのままゆっくりと歩き出した。
「判った・・・・・・じゃあ気が変わったら、いつでも戻ってこい。他の奴らは知らんが、俺はいつだって、お前を受け入れてやるからな」
その勝太郎の言葉に、ゆっくりと歩く大翔は一切返事をしない。もう周りにはこの二人以外誰もいない。魔人出現はいずれ都民全員に伝わっていくだろう。
王都の外に出たところで、彼らに安息の場所はない。彼らを救うためには、あのロア型魔人を倒す以外にはないわけだが。
勝太郎は大翔を見届けると、急ぎ足で王城内に戻っていった。眼前の濠の向こうの城壁の向こう側からは、未だに爆音が鳴り響いていた。
「おし! お前ら無事か!」
「遅いわよ勝太郎さん!」
颯爽と現場に戻ってきた勝太郎。そこに帰ってくるのは、ラチルからの避難めいた声。てっきり真澄とロビンが、早々にロアを倒してくれているかと思ったが、現実はそんなことはなかった。
ドム! ドム!
『ぐうっ!』
真澄が乗るロボットが、ロアの光線を幾重も浴びて倒れ込む。即座に立ち上がるが、再度次の光線が放たれた。
ロボットの外観は既にボロボロの状態であった。装甲のあちこちが貫通寸前にまで歪み、装甲表面が焼け焦げて真っ黒である。見ると左手の指が、何本か砕けて無くなっている。
ロボットは右手だけで刀を持って応戦しているが、明らかに押されていた。
一方のロビンはどうなったのかというと、彼は今近くで避難しているラチル達の元にいた。犬の姿でぐったりとして動かない。
既に回復魔法は受けたようで外傷はないが、もう体力が切れたのか、ほとんど動けない状態であった。
(おいおい何だよこのやばい状況は・・・・・・くそっ!)
自分が大翔に構っている間に、仲間が死にかけになっているこの状況。勝太郎は苛立ちのままに、ロアにまで突っ込んだ。
ロボットを多重光線で吹き飛ばした直後の、隙が出来たロアに向けて、一気に接近して、渾身の力を込めてロアに拳を飛ばした。
ゴスッ!
「いてぇ!」
だが最初の大翔の時と同様に、その拳打は結界に阻まれて無効化される。あまりに勢いよく撃ち込んだ拳は、反動でとてつもない衝撃を受けて、今回は勝太郎が泣きそうになるほどの痛みで呻いていた。
そんな彼を、ロアの全身各部にある目玉の一部が、何となく嘲笑うような印象を受ける目つきで目線を向けてきた。
(やばっ!?)
勝太郎はすぐに後方飛びでロアから距離をとる。案の定、その目から光線が放たれるが、ギリギリで回避した。
そのまま何度も後方飛びを繰り返し、最初は逆に一気に距離をとる勝太郎。これで光線から避けやすくなったが、おかげでこっちは攻撃できなくなった。
(やばい・・・・・・これどうしよう? こっちの攻撃が効かないんじゃ手の内ようがないし・・・・・・これ積んでないか?)
戻ってきたはよいものの、実の所勝機など殆どない状況であることを知った勝太郎。真澄の乗るロボットは、装甲の一部が完全に砕け、内部の機械が露出した状態で倒れている。
これはもう、皆と共に逃げるしかないか?と思い始めたときだった。
「勝太郎! 受け取るがいい!」
この場に現れた救いの言葉。その声の主はカーミラであった。先程の文化会館からの、一時間も経たない内の再会である。
彼女は付近の城壁の渡り櫓におり、そこから驚異的な腕力で、勝太郎目掛けて何かを投げ込んだ。ブンブンとプロペラのように回転しながら飛んでいく細長い物体は、勝太郎がいつも腰に差している刀であった。
あの時文化会館に入場したときに、受付に渡したまま置きっ放しにしていた物だ。
「えっ何!? おう!?」
何なのか判らないままに、その投げられた刀を受け取る勝太郎。カーミラのいる城壁からこちらまで、距離はおよそ300メートル以上。フリスビーのプロ顔向けの見事なキャッチである。
投げられたときはそれが何なのか判らなかった勝太郎。だがその刀の鞘の真ん中を手で掴んだ瞬間に、それが自身の刀に気づいたようだ。そんな彼に、城壁の向こうからカーミラが叫び上げる。
「忘れ物だ、馬鹿者め! さあ勝太郎よ! 今こそその魔剣の力を使うがいい! 今のお前ならば・・・・・・」
ドム!
答弁の最中にカーミラに向けて放たれる光線。しかも一気に六発ほど。
これらの多重光線を受けたカーミラのいる位置の城壁が、砲弾の集中砲火を浴びたかのように派手に爆砕し、大量の石の欠片と粉塵を撒き散らした。
「死んだかしら?」
ぼつりと呟かれるラチルの言葉。先程の光線は、間違いなくカーミラのいる位置に命中していた。そして今は粉塵のせいで、カーミラの安否は確認できない。
どうやら勝太郎に何かを渡した彼女を、ロアは新たな脅威と認識したようだ。
「いやぁあああああっーーー! 死ぬぅううううーーー! ちょっと何のつもりよ! ひいっ!?」
幸いなことにカーミラは存命であった。すんでの所で櫓の廊下の位置を移動して、どうにか助かったらしい。いつもの威厳などない、ただの小娘のような有様だったが。
盛大な悲鳴を上げた後で、空気を読まないロアを非難しようと思ったら、ロアの複数の目が再度光線を撃とうと光り出したのを見て絶句した。
「ちょっ、嫌、来るな!」
再び放たれる光線が、先程破壊した位置のすぐ隣の城壁を、再び粉砕する。幸い今回もカーミラは無事であった。発射の直前に、彼女は泣きながら城壁の外側に飛び降りたために。
ドオオオオオオン! ザブン!
城壁が破壊されると共に、向こう側の濠の水面に、カーミラが飛び込んだと思われる水飛沫の音が聞こえてきた。形を見るとまるで入水自殺であるが、果たして彼女は無事であろうか?
(まあ、あいつなら助けなくても大丈夫だろ・・・・・・さて、とうとうこの刀を抜くときか?)
勝太郎がいつも差しているこの刀。最初の試運転の時は、まだ勝太郎自身の力の扱い方未熟で、十分な扱いができなかった。
カーミラは今なら大丈夫というが、果たしてどうだろう? 勝太郎は考えている時間は無いと、即座にその刀を引き抜いた。
シャキン!
時代劇の殺陣シーンのような、綺麗な鞘走り音が聞こえてきた。随分久しぶりに、ラチルと会って以降は、初めて引き抜かれた勝太郎の刀。
小柄な勝太郎の体格に合わせて作られた、やや短めの刀身の真剣。勝太郎には視認できないが、それはまさに相当な名工が作ったと思われる美しき直刃の刃。
そしてその刀身からは、勝太郎のエネルギーを吸収・増幅させた、気功強化の青い光が放たれ始める。
(凄い力を感じるわ・・・・・・私の魔道剣とは大違いだわ。あれが勝太郎さんの剣の力・・・・・・)
遠くで見ているラチル達も、その力を感じ取って感嘆していた。ロアの方は、勝太郎の行動に警戒したのか、一時動きを止めていたが、すぐに再度攻撃を繰り出そうと目を光らせ始めた。
(ようし行くぜ! 剣士勝太郎の初めての出陣だ!)
これまでずっと素手で戦っていたが、今回初めて得物を持って戦いをする勝太郎。
実の所剣術に関しては、最初にカーミラから基礎を習って以降、全く修練していない素人剣士であるが。だがそれでも勝太郎は自身に満ちあふれていた。
昔見た漫画の剣士を真似たような動きで、彼は刀を構えて走り出す。左に右にとジグザクに走りながら、次々と放たれる光線を回避しながら、どんどん距離を詰める勝太郎。
魔剣といわれた刀の性能なのか、以前よりも反応・走行速度が上がったような気がする。
躱した光線で、地面が割られる破壊音と粉塵を起こしながら、瞬く間にロアとの間合いまで迫る。
だがこの時既に、ロアは防護の為の結界を張り終えていた。これまでは殆ど破られる事が無かったロアの結界。その無敵とも思える壁もろとも、勝太郎は渾身の力を込めて、剣撃を繰り出した。
ザシュ!
そして発せられるのは、攻撃が弾かれる音ではなく、何かが斬られる音であった。勝太郎の刀は、ロアの防護結界を破ったのだ。
とてつもない切断力と耐久性を持った刀身が、その結界を薄板のように切り裂いた。今回初めて、ロアの結界を撃破することに成功した瞬間である。
結界の強度故に、勝太郎の剣撃の勢いは大分弱まっている。だが結界の向こうのロアの身体を切り裂くには、充分な攻撃力が残っていた。
「やった!?」
「おおっ、すごいぞ!」
この光景を見ていたラチル達からも歓声が上がる。勝太郎の剣撃は、ロアの右脚を切り裂いていた。
体格的に勝太郎から見れば、丸太のように太い脚。その関節部分を、見事に一刀両断して見せた。黒い血飛沫も無く、恐ろしくスッパリと切られた右脚。どうやら肉体の方は、結界ほど頑丈ではないようだ。
脚部を斬られたロアは、全身のバランスを崩し、右横に倒れ込んだ。右肩と脇腹を地面につけて、寝転ぶ体勢のロア。
倒れ込んだせいで姿勢が一気に低くなり、勝太郎の身長でも、彼女の顔を狙える位置になる。
「くたばれ!」
そこへ勝太郎の止めの一撃。勝太郎は倒れたロアの顔目掛けて、刀の刃を突きだした。




