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第七十四話 女神ロア

(魔法か!? だが撃たれる前に打つ!)


 明らかに目からビームが出そうな雰囲気。だがその前に、大翔が敵の間合いに入り、拳を撃ち込むのが早かった。

 鉄塊をも粉々にする彼の拳打が、巨女の片足についた目玉目掛けて撃ち込まれた。


 バキィ!


「うぐっ!?」


 だがその拳打は、敵に届くことはなかった。恐らくは巨女が張ったと思われる防護結界が、その拳打を防いだのだ。


 それは普段は目に見えない透明な壁だったが、大翔の一撃で衝撃を受けると、一瞬その壁が薄く光って、その姿が見えた。

 卵のような形状で、巨女の前身を覆っている魔法結界。大翔の渾身の一撃は、その結界を破ることができなかった。それどころか、大翔自身の拳に反動で激しい衝撃が走り、常人が石を殴ったように、彼の拳の骨と肉に相応の痛手を与えていた。

 鉄塊をも砕く大翔の拳打。その拳打を防いだということは、この巨女の魔法結界は鉄塊よりも頑丈ということ。あの教皇が切り札として自慢しただけあって、やはりその力は絶大である。


(しまった! 間にあわ・・・・・・)


 彼が痛む拳を押さえ始めたときに、巨女の光る三つの目が、その力を発動した。


 ドシュン! ドン!


 出てきたのはやはり目からビーム。足下で止まっていた大翔目掛けて、直線上に飛ぶ青い光が、大翔に見事直撃した。


「ほぐおぉおおおっ!?」


 斜め上から飛んだビームに打ちつけられた大翔。その身が石造りの床にめり込み、そして大量の石の欠片を飛び散らしながら、前方へと地面を滑るようにして押されていった。。

 巨女のいる位置から、数十メートルに渡って、地面に出来上がった一本の溝。その溝の終着地点に、大翔がボロボロの姿で倒れ込んでいる。

 石の地面をこれほどまでに抉る光線の直撃。常人ならば欠片も残さず粉砕されているだろうが、頑丈な大翔はちゃんと生きていた。

 光線が打たれた胸が、服と皮が剥けて、腫れるなどというレベルでないほどに焦げていた。そして胸元に走った熱と衝撃のせいで、大翔の口から血と胃液が一気に吹き出ていた。どうやら熱と衝撃で敵を打つ、破壊光線のようである。


(痛い痛い痛い! 何だよこの戦いは・・・・・・こんなの楽しくない!)


 意識が飛びそうになるほどの痛みに悶える大翔。一瞬視界に巨女の姿が映ると、そこには二発目を撃とうと、再び目が光り出すのが見えた。


「ひぃっ!」


 それを見た大翔は、即座に両手を地面につけて、犬のように走り出して、その二撃目を避ける。彼が避けた後は、二撃目の光線を受けて、さらに地面が衝撃で砕け、開いた穴が更に深く広くなっていった。


(冗談じゃねえ! こんな痛い思いをする戦い、やってられるか!)


 即座に逃げの一手の判断をする大翔。丁度さっきの光線で、地上への階段に近い位置に移動していた。大翔は子供のような泣き顔で、目と鼻から水分を放出しながら、その階段を駆け上がっていった。






「ねえ、今の衝撃は・・・・・・やっぱり下に何かあったのかしら?」

「ええ、それに一瞬魔人の気配もしました。さっきまでは、何も感じなかったのに・・・・・・」


 先程の地下で光線が撃たれた音と余波は、地上にも少なからず伝わっていた。それと同時に、あの巨女の禍々しい気配を、ラチル達を含めた聖者達も感じ取っていた。


「そう言えば前にも一瞬だけ、魔人の気配を感じたことがあったわ。気のせいかと思ったけど、この塔に魔人の気配を遮断する機能でも・・・・・・あっ!」


 言ってる最中から、塔の中から目の前に飛び出してきたのは大翔であった。塔の扉をいきなり蹴破る。砕かれた扉の破片が、ラチル達の方に飛び散ってきた。


「ちょっと危な・・・・・・あら、ボロ負け?」


 いきなり外に出てきた大翔は、全身が血と土で汚れ、幼子のように泣きじゃくった姿。とても敵を倒して戻ってきた姿ではなかった。


「あんたあんなに自信満々で・・・・・・」

「どけ! 奴がく・・・・・・うほぉ!?」

「うぎゃっ!?」


 猿のような声を発して、大翔が再び吹き飛んだ。背後から光線を撃たれ、吹き飛んできた大翔が、ラチルの胸元に飛び込んだ。


「姉さん!」

「陛下!」


 大翔の飛び込み抱擁の勢いで、二人仲良く地面を転がっていくラチルと大翔。それに慌てて、皆がその転がりを追って、駆け寄っていった。


「ちょっとあんた何よ! あんたなんかに抱きつかれても気持ち悪いだけなんだけど!」

「うが・・・・・・」


 転がり終えて地面に踞った二人。ラチルは即座に姿勢を起き上がらせ、自分に抱きつく姿勢になった大翔を、叩きつけるように自身から引き離した。

 ラチルの前甲冑には、大翔の胸から付着したと思われる血で汚れている。ラチルが彼を責め立てるが、胸だけでなく背中からも光線を受けて、背中の肉もこんがりミディアムになった彼は、もはや喋る力もないようで、何の反論もしない。そのまま人形のように、地面に倒れ込んでいった。


「陛下! あれは!?」


 駆け寄ってラチルの無事に安堵した兵士達。だがすぐに塔の方を見ると、そこにはとてつもなく物騒な者がいることに気がついた。

 言うまでもなくあの巨女魔人である。体格的にとても巨女が出てこれない大きさの塔の出入り口。だがその塔の壁を内側から叩き壊し、その巨体をこの庭園に現していた。


「何あの魔人? 目がいっぱいあるわね・・・・・・」

「そうか、あれが教皇が言ってたロア型魔人ですね」


 この明らかにこれまでの魔人とは違う風貌の巨女=ロア。見た目だけでなく、感じられる邪気の強さも、普通の魔人とは桁外れであることが、この場にいる聖者全員が感じ取っていた。

 余裕があるような台詞のラチルも、この魔人の出現に内心震え、額から冷や汗が流れ出ている。


(これは・・・・・・絶対に勝てない! どうする? 逃げる? でもさっきの魔法攻撃を見ると、逃げても後ろから狙い撃ち・・・・・・。こういうときはどうするか・・・・・・特攻?)


 現状の打破を必死に考えるラチルだが、どう考えても状況は積んでいる。先程オーガ型魔人とは、比べものにならないレベルの、絶対的危機であった。

 現状の最高戦力の大翔は、今現在、見事に戦闘不能中である。


(勝太郎さん・・・・・・もう駄目かも・・・・・・)


 大翔が負けたのでは、勝太郎でも勝てるかどうか分からない。ラチルはもうここで終わりかと、半ばやけくそに剣を構えた。

 そしてロアの目が、再び光線を撃とうと光り出した。







 時は数分ほど戻って、そこはアマテラス大陸津軽王国の、とある文化会館の会場。

 まるで歌舞伎会場のように、和風な意匠と提灯が飾られた大広間。多数の客席の目線の先には、毎回何らかの催しが行われる広い舞台場。そこは町の人々に、多くの娯楽を提供する、賑やかな地であった。

 将来は異世界から伝来するだろう映画館に客を取られるかも知れないが、今現在はまだ客の数は多く繁盛しているようだ。


 今舞台場にいるのは、異世界から来たという楽団。出身国は“日本”というらしい。奏でているのはバイオリンやトランペットなどの楽器を使ってのオーケストラであった。

 プロらしい見事な音響とリズムの音楽が、この会場全体に響き渡り、観客の耳を楽しませていた。ちなみにこの楽団、楽器と音楽は洋風なのに、衣装は何故か和装であった。これは異世界の特色なのか、変に文化が混じっている。


 さてその音楽に聴き入っている客の中に、真澄と勝太郎もいた。八割ほどが埋まっている客席の、大分後ろの方で、二人が仲良く菓子をついばんで、その音楽を聞き入っていた。


「この曲・・・・・・どこかで聞いたような音楽だな。異世界から来た楽団って話しだが、もしかして日本にっぽんからの奴か?」

「ニッポン? いや違うぞ。ちゃんとチラシに説明が・・・・・・ああそうか、お前は目が見えなかったんだな。確かチラシには“ひぼん”って書いてあったが」

「ヒボン? 聞いたことない国だな。じゃあ音楽に聞き覚えがある気がするのは気のせいか・・・・・・」


「恐らく気のせいではないだろうな。忠告しておくが真澄よ。そのチラシの漢字の読みは、ヒボンではなくニッポン、もしくはニホンだ。あの者達は、勝太郎がいた世界とは、異なる並行世界の日本国からの者よ」

「「!!??」」


 突然話しに入り込んできた、聞き覚えのある女の声に、真澄と勝太郎が思わず声を上げそうになる。

 静かにするのが義務である上演中に、すんで己の声を塞いだのは、大層立派なものであった。


「カーミラ!? お前いつの間に!?」


 周りに迷惑がかからないように小声で、そして同時にまだ動揺が多少残る声で、いつのまにか後ろの席に座り込んでいた女=カーミラに問いかける。


「ああ、さっき後ろに誰か新しく座る音は聞いたが、まさかカーミラだったとはな・・・・・・」

「ていうかお前、いつものあのダサい魔道士衣装はどうした?」

「何だ? 今日はいつもと服装が違うのか?」

「うん? ああ、お前には人の服装も分からないんだったな。今のこいつ、普通の着物姿だぞ」


 今のカーミラはこれが普段着なのか、このアマテラスではどこにでも見かける、青地の着物姿であった。いつも持っている魔道杖もない。


「うむ・・・・・・さすがにここに入るのに、あの衣装では悪目立ちすると思ってな」

「何だ? 自分の服が変なのは自覚してたか」

「小うるさい奴よ、そのようなことどうでもよかろう」

「ていうか俺に何のようだ? 何か俺のしていることに、問題でも起きたか? それとも実験体の経過調査はもう終わりか?」


 現在カーミラのすることは、この世界で活動する勝太郎の能力と健康状態の監視。何か悪事を働かなければ、別に何をしてもいいという契約であった。

 だがここでカーミラが現れたということは、大翔の件のように勝太郎が何か問題を起こしたか、または実験そのものに何らかの進展があったかであろう。だがその問いに、カーミラは否定した。


「いや、まだお前の記録調査は、まだ継続中だ。お前が何か問題は起こしたわけでもないぞ。一応お前は、きちんと契約を守っている・・・・・・ああ契約はな・・・・・・」

「うん?」


 そう語るカーミラの口調は、何故か苛立っているように見えた。何も問題がないなら、何故怒っているのか、勝太郎は首を捻る。


「本当ならば、お前の行動一つ一つに文句をつける理由はないが・・・・・・今回ばかりは、何とも見ていて腹が立ってな・・・・・・お前、女を向こうに置いたまま、ここで何を遊んでいる?」

「遊んで? ああ、いや・・・・・・確かに無断で観光してんのは悪いけどよ、ちょっと息抜きに時間をとるぐらい・・・・・・」

「それが今駄目なのよ! お前さっさと向こうへ行け! ディークがあんなことになっている間に、お前はここで何を遊んでんのよ!」


 威厳口調を止めて、何故か癇癪を起こした主婦のように声を上げるカーミラ。演奏中の会場マナーを忘れたその声に、前の客の何人かがこちらを睨んでいるが、そんなこと彼女は気にしない。


「あんなこと? 何だ、ラチルの奴とうとう書類仕事が嫌で逃げだしたか? まあ、今はこの演奏が終わってから・・・・・・」

「とっとと行け・・・・・・さもなくばこの会場ごと、私がお前を吹き飛ばす」

「!? 行ってきます!」


 声を荒げるのを止めて、今度はこの場が凍えそうな、冷たい口調で語りかけるカーミラ。さすがに勝太郎も、ここまで行くと楽観的な思考が消える。

 そして半分無駄になった入館料を惜しみながら、慌ててその場で真澄と共に、ディークへと転移した。


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