第七十三話 救世主
「陛下! あの大型の者がこっちに来ます!」
何度も攻撃を喰らって、既にボロボロのラチルが、全力を振り絞って小鬼達を切り刻んでいる中、更に絶望的な言葉が彼女の耳に届く。
見ると地下施設付近の方角の庭園から、あのオーガ型魔人が一匹、こちらに向かって突撃してくるの見える。
(あれはロビンが相手していたはずよ!? これは不味すぎ!)
ロビンがやられたのか、それとも取り逃がしたのか、今は確認できない。オーガ型が斧を振り上げて、仲間の死骸の泥だまりを、踏みつぶしながら、殺意バリバリでこちらに迫ってくるのだ。
(弱点が判らなかったとはいえ、以前は勝太郎さんでも苦戦した相手・・・・・・私に倒せるか判らないけど、これはもうやるしかない!)
他数人の聖者や兵士達も、ラチルと共にオーガに向けて臨戦態勢をとる。もはや絶体絶命と思いきや、ここに救いの手が現れた。
「待ちやがれ!」
聞き覚えのある少年の声が、その場に割り込んできた。そしてその場に飛び込んできた、驚くべき走力で駆け抜ける者。
既に何体か魔人と戦ったのか、その身は既に泥だらけ。小柄で着物を着た、一人の鶏人の少年が、その突撃するオーガの前に立ちはだかった。
(来てくれた!?)
ラチルの心が歓喜に溢れた。その少年は振り下ろされたオーガの一撃を軽々と回避する。そして低く飛び跳ねながら拳を突き出し、そのオーガの眼球を撃ち抜いた。
呆気なく致命傷を負って、泥となって崩れ落ちるオーガ。そのオーガを瞬殺させた少年が、ラチル達に振り向いた。
「な~~~んだ、大翔の方か・・・・・・」
「おい! 何だその失礼な反応は!?」
振り返ったその少年の顔には、目隠しがされていなかった。そして腰には刀も差されていない。この場に現れたのは、勝太郎ではなく大翔であった。
それに気づいたラチルが、心底がっかりした顔を見せていた。
「ていうか何で、あんたがここにいるわけ? いつの間にかいなくなってたから、てっきりいじけてどっかに逃げたもんだと思ったけど?」
「おいおい・・・・・・命の恩人に対して、他にいうことあるだろ?」
「言うこと? ああ・・・・・・助けてくれてありがと。そんであんたここに何の用?」
相手から言われて、とりあえずの礼を言うラチル。敬意や感情等微塵もない、全く持って心のこもらない礼であった。
「腹の立つ女だ・・・・・・。言っとくが、お前らに感謝される筋合いは、他にも山ほどあるぜ。国中に湧いていたウジ虫共を、この俺が残らず始末してやったんだからな!」
「ウジ虫? ああ神官と貴族崩れの賊共のことね。あれあんたが始末したんだ・・・・・・。まあこっちも楽ができたし、とりあえずついででありがとうね」
「お前・・・・・・何で俺にはそんなどうでもいいような態度なんだよ・・・・・・」
「私のこと、二回も殺そうと襲ってきたの、もう忘れたわけ?」
そう言っている間に、その場で追加の魔人達が現れてきた。どうやらまだ敵は増え続けているらしい。
ラチルの態度に腹を立てていた大翔だが、今はそれを話している暇はなく、彼は魔人達にのみ敵意を向けた。
「こっちは一月前の苛立ちが、未だに治まらねえんだよ! とかく誰かぶっ殺したくて、たまらねえ・・・・・・。悪いがお前ら、俺の八つ当たりの相手になって死んでもらうぜ!」
大翔は拳と脚を幾重も繰り出し、次々と現れる魔人達を、瞬く間に葬っていった。子鬼も大蛇も、瞬足で次々と眼球を砕いていく。
超イージー無双ゲームのように、大翔は高速で魔人達を倒していく。そんな魔人達も、大翔を最大の脅威と判断したのか、彼を優先して襲ってくるため、効率よく撃墜速度が上がっていった。
「あれ確か大翔だっけ? 何でここにいんの?」
「えらい張り切って戦ってるな・・・・・・それでどうするのあれ?」
「勝手にやらせておけばいいじゃないの? おかげでこっちも休めるし・・・・・・」
「いっそ魔人と相打ちにならないかなあいつ」
大翔が王城内の各地を走り回り、魔人を倒し続ける。そこを戦っていた大勢の兵士達が目撃するが、何故か彼らの反応は淡泊なものであった。中には命を救われた者もいるのに。
王都を滅ぼそうとした因縁もあるだろうが、津軽王国の面々も同様の反応であった。
まあかくして、大翔の活躍もあり、多くの魔人達がもの凄い速さで討伐されていく。そしてあるときから、新たな魔人が現れなくなった。
もう戦いが終わったかのように、喧騒が無くなっていき、王城は次第に静かになっていった。ただし光景の方は、庭も壁も王城内も、魔人の死骸の泥だらけで、実に汚く最悪の方であったが。
「魔人が出なくなったわね・・・・・・もう打ち止めかしら?」
大翔が戦っている間、適当なところで一休みしていたラチル。魔人の気配が大分無くなったところで、彼女は頃合いと立ち上がる。
「となると・・・・・・そろそろ魔人が湧いて出てきてた、あの塔の中を探って見るか・・・・・・」
「それは危険ではないでしょうか? 大方あの塔のどこかに、魔人の召喚装置があったのでしょうが。何者があるのか、はっきり分からない以上、迂闊に入り込むのは・・・・・・」
魔人がどこから湧いてきたのかなど、もう多くの者が目撃して知っている。ラチルと兵士達、そしてロビンが、あの地下施設がある塔の前に移動し、今後の動向を思案していた。
「そうよね・・・・・・でも、元凶をなんとかしたという確証が無いと、安心して城を開けないし・・・・・・」
「グルルゥ~~」
「あらロビン、あなたが行ってくれるの? ていうかそもそもこの下に何があったわけ?」
「グオン! グオン!」
「人語が喋れないのは厄介ね・・・・・・とりあえず勝太郎さんも来てから・・・・・・」
「おい、待て・・・・・・何で結局は、あいつに頼る方向なんだよ? 俺がいるだろ?」
塔の前の路地で、ラチルと兵士達が、いつ魔人が出てもいいよう身構えながら、塔の門前で色々話している。そしてそんな中で、いつの間にその場に訪れたのか、唐突に話しかけてきたのは大翔であった。
ラチルが声のした方向に振り返ると、そこには全身泥まみれで、汚れていない部分を探す方が難しいぐらい汚くなった、大翔の姿があった。どうやら王城内の魔人は、あらかた始末したらしい。
「あらあんた、まだいたの?」
「いい加減しろよお前! 俺のおかげで、この城が救われたんだろうが!」
「つい前まで、王都を滅ぼそうした奴が、何言ってるのかしら? そんであんた行ってくれるわけ? だったさっさと行ってよね。私もロビンもここで待ってるから」
まるで追い払うような仕草で、大翔の堂塔調査を申しつけてくるラチル。中に何がいる分からない脅威を話していたのに、本当に彼にはどうなっても構わないようである。
「ちいっ、本当にむかつく女だ! 見てろよ、俺がすぐにこの下にいる奴らも片付けている!」
そう言って勇んで堂塔の出入り口へと、飛び込むように入っていく大翔。ラチル達がそれを見送った後で、その場に飛行バイクに乗ったルチルが訪れた。
「ああルチル、大丈夫だった? やっぱり敵はもう、全部いなくなったのね?」
「ええ空の上から念のために見て回りましたけど、どうやら大翔さんが全部倒したくれたみたいです。ところで姉さん、さっきこの塔に誰か入りませんでした?」
「ああ、さっき大翔が意気込んで一人でこの中に入っていったわよ」
「えっ? 確かこの塔は・・・・・・それは危ないんじゃ?」
話しを聞いたルチルは、唯一大翔のことを心配する。先程教皇から聞いた話しのこともあってのことか。
「大丈夫じゃないの? 魔人が出なくなったってことは、もうこの中にあった魔人の素は使い切ったんでしょうし。実際にもう、魔人の気配はどこにも感じられないしね」
「いえ、まだ全部じゃないんです。確かロア型っていう魔人が、まだ外に出てきてない筈なんです」
堂塔の地下への階段をすぐに見つけ、一気に駈け降りる大翔。実に手早く、あの教皇がいた魔人の素を溜めた貯水プールのある部屋へと辿り着く。
意外なことに、その道中に魔人は現れなかった。もう全て倒しきったのだろうか?
(何か薄気味悪い部屋だな。ここにその魔人発生装置があるのか? 他に通路があるから別の部屋か?)
貯水槽のある大広間には、まだ魔法仕掛けの明かりが付いており、部屋全体がはっきりと見える。だが無人の部屋となったこの場所には、何か言いようのない不気味な部屋が感じ取れた。
(誰もいないのか? 魔人を召喚した奴は、もう死んだのか? 魔人は暴走しやすいと聞くからな)
ルチルからまだ話しを聞いていない大翔が、魔人を放ったものを探そうと、辺りを見渡す。
一応暴走した魔人にやられたという憶測は、間違ってはいないが。この部屋には誰もいないようなので、別通路に入ろうと歩き出したときに、彼は貯水プールの中にある者が気づく。
(うん? この変にでかい窪み、中に何か溜まってるな。この黒いのは・・・・・・もしかしてこれが魔人の素か?)
魔人を生み出す素を見たことがない大翔だが、そのプールに溜まっている、魔人の肌によく似た不気味な液体を見て、瞬時にそう思う。
プールの中の魔人の素は、先程教皇とロビンが会ったときと比べると、水かさが半分ぐらいに減っている。先程大量の魔人を放ったことで、かなりの量を消費したようだ。そしてまだ魔人の素は、半分ぐらい残っていると言うこと。
(これどうすればいいんだ? 普通なら焼くか、神聖魔法で祓うかだろうが、生憎俺魔法使えないからな・・・・・・。一旦上のアホ女どもに・・・・・・おおっ!?)
大翔が一旦地上に戻ろうと考えたときに、その貯水プールに異変が起きた。
溜まっていた魔人の素が、一気に流動・変形し、一カ所に集まって何かの形をなしている。それは今までラチル達が見てきた、魔人の球から出た液体が、魔人に変異する現象と全く同じであった。
(何だ!? 何が出て来る!?)
若干の期待を込めた目で、その様子を見続ける大翔。貯水プールの魔人の素である液体は、プールの中央一カ所に集まり固まっているようだ。
今までの魔人変化は、質量が膨大に増えて変異していた。だが今回のこれは、逆に質量が減っているようだ。どんどん収縮して小さくなっていく、貯水プールの黒い液体。それが一塊に圧縮されて、とある生き物の形をとる。
(・・・・・・人? 女??)
それは今までは、モンスターの姿を象っていた、魔人とは異なる姿。それは人の形をしていた。
人型と言っても、身長は五メートルを超えており、以前の巨人魔人ほどでは無いが、これも充分巨人といえる大きさだ。
ただしこちらは大分細身の身体である。ほっそりした手足に、八頭身の長身。胸元には二つの膨らみがある。
後頭部には髪の毛が生えているような、妙な造形になっている。それは巨大な裸体の女性の姿。ただし全身はこれまで同様に真っ黒でな魔神の姿。巨女型の魔人と言っていい外見である。
更に驚くべきなのは、この巨女の身体には、目が複数ついているのだ。水木しげるが描いた妖怪の百目のように、全身各地についた目玉がギョロリと開眼し、大翔を見つめている。
一つ一つの目玉と体格と比べた大きさは、これまでの魔人と比べるとかなり小さい。顔には三つの小さな目玉が、三角を描くようについている。
基礎体系は人間の女性なのに、顔はまるで蜘蛛の化け物のよう。少し大きめの二つの胸にも、乳首の辺りに目玉が着いていて、裸体なのに色々台無しだ。
両腕にも、掌も含めて、双方含めて六つは目玉がついている。掌部分は肉が薄いためか、眼球が裏側にも出てしまっている。
背中はどうなっているか分からないが、大翔が見える範囲だけでも、二十以上は目玉がある。魔人は目玉が弱点と言うが、この場合はどこを撃てばいいのか分からない。
(滑稽な魔人だな・・・・・・もしかしてあの沢山ある目玉を、全部潰さないと倒せないのか? いいだろう、やってやるぜ!)
今まで歯ごたえの相手ばかりで、退屈していた大翔。苦戦するのは嫌だが、多少手こずるぐらいなら、それなりに楽しめる。
この巨女型魔人も、大方その程度だろうと考えた大翔。そのまま巨女を撃退しに、拳を握りしめて、一気に飛び込んだ。
その時に巨女の各地の目玉の内の数個が、太陽のように明るく、そして闇夜のように禍々しく怪しい光を放った。




