第七十話 ロビン
この王都の目前にまで迫った討伐軍は、結局何をすることもなく、自国へと帰還していった。お土産に三百八名の、王政府・王軍の幹部達を持ち帰って。
そしてつい先日まで、混乱状態だった王都は、今完成に包まれていた。
「やったぞ! 諸国の軍は帰ったぞ!」
「これでもう、外国に怯えなくて済む! ラチル陛下万歳!」
「ついでに王政府のゴミ共も、纏めて片付けてくれて一石二鳥。何て素晴らしい策なんだ!」
「ロアではなく、アマテラスの強国の加護を得られたんだ! これでこの国は、正しく生まれ変わる!」
「ところでこれでもうロア教も終わりよね? これから葬儀とか冠婚葬祭とか、誰がやるの?」
しばらくぶりの人々の笑顔が、王都中に溢れていた。食糧が豊富だったならば、大宴会が開かれていただろう。
これでこれから、自分たちは安全で、豊かな生活になると誰も信じ切っていた。
さてそれから一月ほどたった王城にて。一連の騒動で破損著しく、かつての優雅さが大きく損なわれている、この元聖なる城にて。
一連の件の事後処理に、多くの者達が追われていた。王城の王専用の執務室。主立った装飾品は、早い内に売却され、一気に質素になったその部屋に、ただ一つ残されたふかふかのベッドの上で、ラチルが適当な感じで書物を読み進めながら、ある人を待ちわびていた。
「おう、ただいま!」
「お帰り勝太郎さん! ・・・・・・今回はまた、随分と連れてきたわね?」
「ああ、また三回ぐらい往復して、もっと連れてこないとな。本当に疲れるぜこれは・・・・・・」
転移魔法の力で、勝太郎と共にこの部屋に現れたのは、五十人ばかりの津軽王国の兵と役人であった。
彼らはラチルに一礼した後で、早々とこの王城の別区画で移動していった。これからこの国を統治する上での大仕事で、彼らは大きな働きをすることであろう。
「それじゃあまた行ってくるな」
そう言って勝太郎は、また人と物を運びに、津軽王国へと渡っていった。正式に津軽の傘下となったディーク神聖王国。
以前、自国を攻め込んだ国が、今は完全に屈服して、己の下に着いたという話しは、津軽王国内の人々の間では、勝ち誇って大層騒いでいるようだ。
これまでの数千人もの津軽の文官・軍人らが、このディークの各所にて、新たな統制を敷き始めている。だが当の傘下国との、移動手段が勝太郎の転移魔法しかないので、色々苦労しているようだが。
(さて、こっちの仕事もさっさと済ませないとね・・・・・・。しかし驚く程、国の統制が上手く進んでいくわね。神官・貴族崩れの盗賊が現れたって、報告もあったけど、全然その被害報告がないし・・・・・・)
書類仕事に多忙に追われながらも、ラチルはふとそんなことを疑問に思う。各領地にいた、新体制に反発する領主一党は、勝太郎が得意の転移魔法で、僅か数日で沈められた。
だが各地で職を追われた神官・貴族らの反発は凄まじく、その内何らかの形で反乱が予想されていた。だがそれらの気配が、急にぱたりと消えたのである。
(皆勝太郎さんの力に恐れおののいたかしら? まあ深く考える時間も惜しいし、このことはいいかしら?)
「おうお帰り。食糧の件はどうだった?」
三回目の転移で、彼に真っ先に挨拶をしてきたのは、ラチルではなく真澄であった。往復中に、この執務室を訪ねてきたらしい。
ラチルは今、机の座らされて、津軽の文官の元で何やら書類整理らしきものをさせられており、一番に言葉を出すのが遅れてしまったようだ。
「ああ、その件だが・・・・・・おやルチル。お前随分と小さくなったな?」
「違うよ馬鹿。こいつは私のもう一人の仲間のロビンだ」
今真澄の足下には、ちょっと変わった新顔が居座っていた。それは一頭の犬であった。西洋犬ではなく、血統書がついていそうな雰囲気の秋田県に似た姿の犬。それが今この部屋に、不衛生にも居座っていた。
「こいつが仲間? ああ、前に言ってたどこぞの村で番人をしている奴か。何だか動物っぽい感じだったが、背が低いだけか? おう俺は勝太郎だ、よろしくな」
以前真澄が言った、魔人や王政府に追われた人達を、ハンク村という集落に匿っていたという。その村を魔人から守るために居残っていたのが、そのロビンという名の者であったはずだ。
「ワン!」
「はい・・・・・・犬?」
勝太郎の自己紹介に返されたのは、そんな普通の犬の台詞であった。目隠しのせいで、相手の姿が見えない勝太郎。反響と呼吸音から、相手が人型でないとは気づいていたが、まさか犬とは思わなかったようで、彼は少々驚いていた。
「ああこの通り・・・・・・ああ、お前には見えなかったんだな。このロビンは、このゲンイチ同様に、カーミラが作り出した、この世の誰よりも強い犬さ」
「カーミラ? そっ、そうか・・・・・・(魔犬とか召喚獣か何かか?)。ところでさっき言ってた食糧の話しだが・・・・・・そっち説明頼む」
勿論相手が普通の犬とは思わないが、とりあえずその話しは後にして、彼は先程聞かれた用件の返事を、その場にいた津軽王国文官に任せた。
文官は幾つも持ってきた書類の内の一枚を、ラチルに差し出す。その書類を、ラチルは寄ってきた真澄と共に目を通す。
「その件に関しては、国王より一応の返答は来ましたが・・・・・・残念ながら、期待に添える内容ではございませんでした。おおよそのことはこちらに書かれています通り、すぐには食糧支援はできないと。何しろ自国の二十倍の人口の国ですからね・・・・・・」
「まあ確かにそうだな・・・・・・。国民から落胆されるのはきついが、これは仕方がない」
文官から出された書類を、ざっと目を通しながら、真澄は気落ちして嘆息する。
各地で徴収され、王都の倉に纏められていた食糧・物資は、すぐに各地方に送り届けられる手筈である。だが今残っている分を全部出し払っても、この広大な聖王国領土全民に融通するのは不可能であった。
以前はピッグの町で、食糧に困っていた人達を、自腹で救った真澄。だが今回のこれは、さすがに彼女の手に余る問題であった。
「ずいぶんつらそうね。強引に王にさせられた私と違って、あんたはさほど責任持つ立場でもないでしょうに」
「まあ確かに、こっちはルチルの仲間を助けるために、今まで動いていたが・・・・・・。それが済んだからって、ここまで関わった以上、今更用が済んだから、さっさと消えるというわけにもいかんさ」
「お人好しだこと・・・・・・」
ラチルが呆れと関心の声を上げる中。すると文官が、先程津軽王政府からの物とは別に、新たな書状を突き出してきた。
「あの・・・・・・それからこれを。恐らくこれは、ラチル様よりあなたに差し出す物と思いまして・・・・・・」
「うん? 私にか? ・・・・・・なっ!?」
何故かラチルにではなく、真澄の方へと優先して回された書状。それは民間に使われている封筒に収められていた。その封筒には、差出人として、酒井 悟朗という名前が書かれていた。
「誰だそれ?」
「私の父親からの手紙だ・・・・・・」
「父親? ああ・・・・・・」
以前話しにあった、真澄とは不仲で別離中の実家の話し。その人物からの手紙というのは、確かに不思議な話だろう。
真澄はその封筒から手紙をとりだし、その手紙の内容をゆっくりと見通してきた。そして一つ息を吐いて、その手紙を閉じる。
「あなたの父上からは何て?」
「私らからの食糧支援に関して、酒井屋の方で可能な限り融通しようという話しだ。今津軽以外の各国の取引相手から、食糧の買い取りの交渉を始めていると。これは商業ではなく、無償支援だとさ・・・・・・」
「へえ、それは良かったじゃない。さっき話してた、食糧不足の件も、これで多少は賄えるわ」
「・・・・・・それから、私が津軽だけでなく、遠い異国の地にまで、これほどの功績を収めたことを、心の底から嬉しく思うとさ・・・・・・。こいつ私を馬鹿にしてるのか?」
本当なら、こちらにとって喜ばしい話し。だが相手が相手なだけに、真澄の方は微妙な様子であった。
かといって、一方的に突き返すのも、状況的に躊躇われる話しであった。この様子に、ラチルが呆れ気味に応える。
「いいじゃない。もう許してあげたら? 自分の店に大損させてまで、あなたのためにここまでしてくれようってのよ? 昔は随分酷いことされたようだけど。実はいい父親じゃない。どんなに追い詰められても、最後まで屑だった私の父親とは大違いよ」
「許してやれとか、簡単に言うな・・・・・・。確かに聖王よりは、まだ幾分マシだとは思っているが・・・・・・」
「そうやって意地張ってると、今度は自分が馬鹿みたいになるわよ。元々昔不良だった、あんたにだって少しは非があるし、馬鹿でも一応あんたのこと、思いやってたわけだし。向こうはきちんと反省して、償いもきちんとしようとしてるし。それでいつまでも許さないと言い続けちゃあね。これじゃあディークの民をあくまで許そうとしなかった、あの討伐軍を責められないわね」
「お前はそういうことで、ディーク人を許す気になれるのか?」
「さあね・・・・・・。今はまだ微妙だけど、これから少しは変わるかも?」
何故か真澄の家庭の問題に、説教気味に話しかけてくるラチル。彼らのことを思いやっているのか、単に食糧支援を拒ませない為なのか判らないが、真澄の方は意外と反発せず、真面目に考えているようだ。
「まあ・・・・・・今一度、当人と会って、この支援の話しをしてみるか」
「ええ、そうそう・・・・・・たまには親の顔も見に行って上げなさいよ。というわけで勝太郎さん、お願い♫」
「おうよ。じゃあ行くか」
「えっ!? ちょっと待て、今か!?」
発言したら即実行。勝太郎は手早く真澄の手を取り、津軽王国へと転移していった。
(さて・・・・・・私はこれからこの山のような書類を、どう処分するか・・・・・・あら? 今のは・・・・・・魔人の気配がしたような? まあ、気のせいと言うことにしましょう。私今それどころじゃないし・・・・・・)
一瞬感じた不審な気配に気づいたが、ラチルと文官達は特に気に止めずに、さっさと次の仕事に移っていった。
「あら? ラチル様、あの犬はどこに行ったのでしょう?」
「知らないわ。勝太郎さんと一緒に、あっちに行ったのかしら? 気づかなかったけど・・・・・・」




