第六十九話 売国
そのラチルの言葉に、当然討伐軍は驚愕した。あれほど大音量な声を上げられるのは、どういう魔法かカラクリなのかという疑問もそうだが。何よりその内容である。
聖王が死んだという話しは、討伐軍内でも広がっていたが、まさかここに来て、あの少女が聖王の地位を継いだというのである。
そう・・・・・・何を隠そうラチルは、何と聖王の娘だったのである!
先代聖王は、彼女の母である女神官パイパー氏にも、みだらな接触をしたことがあり、その結果生まれたのが、このラチルであったのだ!
・・・・・・ちなみにこの驚愕の事実が知らされたときに、当人含め、一行の誰一人、さほど驚かなかったが。ありふれた話しすぎて、あまり衝撃を得られなかったのだろうか?
なお、ラチルとルチルの実母は、国の混乱が始まってすぐに、国外へ逃亡して消息不明である。
まあそれはともかく、彼女は討伐軍がここに到着するまでの、僅か数日の間に、手早く王位継承の手続きを終わらせたのだ。
戴冠式も、最低限の言葉を並べてから、頭に王冠を被るだけの簡素なもの。僅か数分という、歴史上最も短い戴冠式であった。
「あの女が聖王!? もう引き継ぎが終わったのか!?」
「聖王の子は五十人はいると聞いてたが・・・・・・てっきり継承には、かなり揉めるものかと・・・・・・」
「ていうか今更新しい聖王が現れたからって、それが何だと言うんだ!? ここで降伏とか言っても、絶対に許しはしないぞ!」
討伐軍の面々は、当初こそ当惑していたものの、すぐに落ち着き始める。そして目の前の新しい聖王に、罵声を上げ始めようとするが・・・・・・
『なお、今より五時間ほど前に、私はアマテラス大陸の津軽王国とある交渉を行い、津軽国王よりそれが成立された。今よりこのディーク神聖王国は、国の領土権・政治権・財産の全てを、津軽王国に譲渡することになった。よって今日より、この国は津軽王国の属国となった!』
ラチルの淡々とした声が、まるで暴風のように討伐軍に吹き荒れる。何とディークは、自ら西方の異国に、自国を売り渡したのである。
今まで西方のアマテラス大陸を、蛮族の地と嘲ていながら、ここにきてまさかの決断であった。
「ディークがアマテラスの国の属国になっただと!? 一体何を考えている! ・・・・・・まさか奴ら!?」
指揮官・幹部達は、あまり突拍子のない話しに、混迷しきっていた。そしてある可能性に気づく。混迷したのは討伐軍の兵士達も同じ。
聖王の正気を疑って罵声を上げる者もいれば、意図が判らずただ放心する者もいる。中には聖王=ラチルの真意に気づく者もいた。その者達は、怒りで身を震わせるか、一本とられたと感心する者の二通りがいた。
討伐軍の混乱を観察して、再度ラチルが声を上げた。
『よって今よりこの地は、ディーク神聖王国の領土であると同時に、津軽王国の支配権でもある。今貴方たちがここにいることは、アマテラスの国の領有権を侵害する行為にもなる! よって貴方たちには、直ちに領内からの撤退を要求する! もしこの警告を無視して、この領内に不法滞在を続けたり、領民に危害を及ぼすことがあれば、ディークと津軽両国が、貴方たちを、手段を問わず排除することになる!』
まさかのディークとは別国の権利を口にした、討伐軍への撤退要求。今まで強気を見せていた討伐軍も、これには随分狼狽しているようだった。
拡声器で演説するラチルの隣で、護衛役の真澄と勝太郎が、この発言の効果を見て、小声で会話していた。
「討伐軍の反応はどんな感じだ? 俺には見えないが、やはり今の話し、効いているか?」
「安心しろ、大分効いているようだな・・・・・・ハッタリが一部混じっていることに、気づく様子もない」
「ああ、それは良かった・・・・・・実際の所、津軽王国程度の小国に、諸国の軍勢を抑えつける程度の力なんてないからな」
「まあ、あちらにはアマテラスの国々の、勢力の大小を知る者なんて、殆どいないからな」
これがカーミラが勝太郎に提示した、大翔と争うことなく、この国を救う唯一の策。
冥界の裁定では、これまで散々悪事を働いてきた、ディーク神聖王国一国のみに対してならば、正義を口にしてどんな横暴を繰り広げても、一切罪とはしないことにしている。
だがここに、ディーク以外の国が介入したとなると、話しは大きく変わる。ディーク領が、罪国ではない、別の国の領土になるとすれば、その土地や領民に狼藉を働けば、当然冥界の法でも罪とされることとなる。
当然それに荷担する大翔も罪人として扱われ、カーミラも彼を止める行為が正当化されるのだ。
そして場合によっては、早々上手く事が進むとは断定できないが・・・・・・冥界のこれからの審議次第では、ディーク人の地獄行きを、免除される可能性もあるのだ。
そしてそれは冥界の法だけではなく、それを知らない現界の国々にとっても、大きな影響力を及ぼす。アマテラス大陸は、このゼウス大陸とは一部の国を除いて交流が殆どない、未知の領域である。
噂が噂を呼び、ゼウス大陸ではアマテラスの国々に対して、必要以上に警戒・恐怖している者も多いのだ。
「おっ、おいどうすんだよ!? このまま王都に攻め込んだら、アマテラスの国とも戦うことになるのか!?」
「冗談じゃないぞ! 確かアマテラスの獣人のサムライ達は、ゼウスの戦士百人分の強さがあるとか・・・・・・」
「そういや空飛ぶ船とか、山を吹き飛ばせる爆弾とか、凄い武器を持っているって話しも・・・・・・」
「馬鹿野郎! そんなの只の噂だろうが!」
「大翔様や魔人を狩り尽くした奴らを見て、只の噂だと思うのか!? 実際にあんなに強いサムライがいたじゃないか!」
「そもそも津軽王国と交渉したのは本当なのか? そっちの方がハッタリと言うことも・・・・・・」
「それは本当なのではないのか? 実際に向こうには、アマテラスのサムライが二人もついてるんだぞ・・・・・・。何故サムライが、ディーク側にいるのか、ずっと不思議ではあったが・・・・・・」
復讐のためにディーク討伐に乗り出した者達も、敵が予想外の後ろ盾を持ったことに、今や恐れおののいている状況である。
指揮官。幹部達も、噂を間に受けてはいないが、それでもアマテラスの国の介入には、相当警戒していた。
「どっ、どうしましょう!? このまま王都に攻め入っていいんでしょうか!?」
「馬鹿なことを言うな! ディークならばいざ知らず、アマテラスの国との敵対など馬鹿にならん。それに津軽王国と言ったら、二年前に侵攻したディーク大艦隊を、たった一隻の船で壊滅させた、とんでもない国ではないか! こうなっては、ここは退くしかないのか? ・・・・・・むっ!? 大翔様はどうされた!?」
もはや撤退以外の選択はないと指揮官が考え出した時、彼は今まですぐ傍にいた、大翔の姿がなくなっていることに気がついた。
『ただし貴方たちの、ディークに対するこれまでの恨みを、軽視するつもりもないわ! 貴方たちにとって、満足できるかどうかは判らないけど、今すぐにできる範囲の償いとして、この人達の身柄を、あなたに差し出すわ!』
城門の方から、追加して現れる一団。それはラチル率いる交渉団より遥かに大規模の、五百人ほどの兵士達と、彼らに護送の元で連行されている者達。
もし最初に姿を現したのが、この武装した兵士達だったら、勘違いした討伐軍が、一気に攻撃を仕掛けたかも知れない。
だが彼らは武器を持ってはいるが、交戦が目的ではない。彼らが連れているのは、猿ぐつわで口を封じられ、手錠をかけられて、無理矢理歩かされている、三百人にも及ぶ者達。
皆高価そうな衣服を見に纏っているが、その殆どが血や泥で汚れている。その中には、宰相のラファエルもいた。撃たれた足は、あの後きちんと回復魔法をかけられたようで、何事もなく健康的に歩いている。
だが彼の顔は絶望的な青色に染まり、何かを訴えようと、猿ぐつわされた口を、もごもごと頻繁に動かしていた。他の者達も同じような反応で、どうも命乞いをしているらしい。
『この者達は、これまでディークの侵略と植民地への横暴に、積極的に荷担してきた貴族院と軍幹部の者達。並びに貴方たちから搾り取った税で、贅沢の限りを尽くしてきた、側室達よ。前者の方には、聖王の子息も大勢混じっているわ。民を傷つけるのは許さないけど、この者達ならば許す。この者達を国に連れ帰るなり、この場で殺すなり、好きなようにすればいい。これが今、私達が貴方たちにできる、精一杯のこと。どうかこの手土産で納得してちょうだい!』
後ろ盾を見せて、傲慢にこちらに迫るかと思いきや、意外な妥協案を出してきたラチルの言葉。これに討伐軍の面々も、複雑そうな当惑した様子を見せる。
拘束されている王政府幹部達を連れた兵士達が、ラチル達よりも前に出る。そして彼らと討伐軍の距離の真ん中部分に、彼らを放置して退却した。
足枷はつけられていない王政府幹部達が、皆の前で逃亡を謀るが、その動きは強制的に止められる。兵士達の中にいた魔道兵達が、拘束魔法の光の縄で、彼らを捕縛したからだ。
討伐軍の反応も、今はこれでいいのでは?といった感情が次第に強まっていく。討伐軍の兵士達が、その拘束された王政府幹部を連行しに、そちらから前に出てきたときだった。
彼らと王政府幹部達・護送兵士達を通り過ぎて、もの凄い速さで、ラチル達の一団に、突っ込んでくる者が現れた。
「大翔!?」
これを見て第一に勝太郎が叫んだ。今にもラチルに襲いかかろうと突進してくるは大翔であった。そして咄嗟に、勝太郎がラチルの前に出て、大翔と激突しそうになるが・・・・・・
「愚か者め! 契約違反により束縛する!」
大翔が一団に接触する前に、その声と共に、大翔の行動は制止された。
「がっ!?」
急に大翔の動きが止められる。勢いよく走った上で、急に立ち止まったせいで、その場で思いっきり転がり込んだ。
そのまま何やら呻くように身体を震わせながら、ほとんど動けなくなってしまう。
「カーミラ・・・・・・てめえ・・・・・・」
動きが制限された状態で、どうにか首を動かし、彼が睨み付ける先にはカーミラがいた。本当にいつの間に現れたのか、相変わらず神出鬼没な女である。
「何故こんな事をするのかとでも聞く気か? この国はもはや、津軽王国の支配する地。よってこれよりこの国の裁定は、その国が行うことになる。それは冥界の裁定でも決められていること。もうお前が好き勝手していい土地ではない」
「冗談じゃねえ! ここまで来て・・・・・・あの女、やっぱりあの時殺しておけば・・・・・・ぐはっ!?」
暴言を口にする大翔が、急にまた苦しみだした。そんな彼を、哀れみを向けて見下ろすカーミラ。どうやら三蔵法師と孫悟空のごとく、彼はカーミラには、絶対に逆らえない仕様らしい。
そんな彼の元に、勝太郎が歩みを進めた。
「もう止めろよ斎藤 大翔。お前は動機はどうあれ、今まではすごい良いことをしてきたんだ。植民地を解放して、多くの人達を救ったんだ。そして結果的に、この国を聖王の悪政から救った・・・・・・。もうこの辺でいいだろ? これ以上、行きすぎたことをして、手を汚すなよ」
「ああっ!? またそんな綺麗事を・・・・・・ていうか俺が手を汚そうとお前の知ったことかよ! 正義の味方面して、俺をこうして見下して、そっちは満足か!?」
「別にヒーロー気取りするつもりはないし、お前を見下す気はない。 それにお前と俺は無関係じゃないぞ。あの時お前を嘘つき呼ばわりして、杖をとった馬鹿野郎は俺だからな」
「はあっ!?」
変に難しい説教をしても、彼は聞き入れないと考えた勝太郎。ここに来て、自分が以前大翔にしたことを、あっさりと明かした。
「生まれ変わるときに、あんな罪を犯した奴に、力を与えて良い思いをさせてたまるかって、冥界の奴らから言われてな。こうして贖罪が済むまで、こうして何も見ちゃいけないと言われたよ。それで折角異世界に来れたのに、未だに異世界の風景を、全く見れなかった。何とも無様だろ・・・・・・」
「はははっ! ああ、そうだな・・・・・・本当に無様だよ。見えない奴ってのが、どんだけ惨めで下らない奴か、俺もよく知ってるからな。 ・・・・・・それで贖罪ってのか? はん、馬鹿馬鹿しい!」
「前にも言ったが、俺のような奴ならともかく、言われもなく目の弱い奴らを侮辱するなよ・・・・・・」
「うっせえ! 事実は事実だ! おいカーミラ!」
意外なことに、大翔は勝太郎に対しては、さほど強い憎しみは向けなかった。その一方で何故か彼は、カーミラに対して、まるで今にも噛みつく猛犬のように、カーミラを方を憎しみを込めて怒鳴りつけた。
「前にこいつが使ったあの瞬間移動は何だよ!? 俺にはあんな力は貰ってなかったぞ! 俺をのけ者にして、こんな奴に特別な身体をやったのかよ!?」
「別にお前をのけ者にしたわけでも、勝太郎を特別に扱ったわけでもない。この者に与えた肉体は、お前より後に作った改良型だ。だから性能に差があるのは当然。それに被験者の魂を選んだときに、こやつとお前の関係など、全く気づかなかったからな」
「あんだと!? じゃあ俺はもう、用済みの廃棄品だったってのかよ!?」
「別に廃棄品とまでは思ってない。それに最初の辺りで、お前がしてきたこと、私としてはそれなりに誇らしく思っていたのだぞ。私がくれてやった力で、多くの人が救われていくのは、実に良い気分だ。・・・・・・だがお前があの時、奴隷として扱き使われ、手足をなくした者達への振る舞いを見たときに、一気にそれは後悔に変わったよ。あんな役立たずは、とっとと死ねばいいとな・・・・・・」
前世では実に不幸な生き方をしてきた大翔。そんな彼が、自分と同じ障害を持った者達を、そのように侮蔑した。
かつて障害者を侮辱し、後悔して死に、そして今は障害を侮辱する者を絶対に許さなくなった勝太郎とは、全く正反対の反応であった。何故このようなことになったのか、それはカーミラでさえ、悪い意味で予想外の研究結果であった。
「お前をこのまま放置すると、一体何をやらかすか・・・・・・。私の管理が届かないタイミングで、取り返しのつかない罪を犯すかもしれん。だからこそ、お前の暴走を止めさせるために、私は勝太郎に協力したのだ。お前もいい加減に頭を冷やせ、このようなことにならない限りは、お前は自由なのだ。それともこのまま我が儘を通して、折角手に入れた力を手放すか? またお前の言う、惨めで役立たずな生活に戻りたいか? それを望まないのなら、ここでのことは手を退け・・・・・・」
「くう・・・・・・」
もはや大翔には、彼女に反抗する気力はない。そんなことが許される状況ではないと、次第に冷静になった頭で理解したようだ。そんな彼に、勝太郎が再度声をかける。
「それから・・・・・・今度はちゃんと言わないとな・・・・・・。あの時はお前が先に死んだせいで、俺には言う機会がなかったからな。・・・・・・あの時、お前を嘘つき呼ばわりして殴ったりして、本当に済まなかった!」
和式の土下座をして、そして精一杯の感情を込めて、彼は大翔に初めての謝罪をする。そんな彼を、無表情で見る大翔は、今何を考えているのか、誰にも判らなかった。
その静寂はしばし続いた。討伐軍の方も、こちらの内情がさっぱり判らず、ただ黙って事の成り行きを見守っている。あまりに長く、沈黙を続けるものだから、ラチルがたまらず声を上げそうになったところで、ようやく大翔が口を開く。
「けっ・・・・・・もういい、お前らの勝手にしろよ・・・・・・」




