第六十八話 新聖王
それから数時間後のこと。一行は天勝寺に帰ってきた。いつもの通りの、一瞬でのご帰還である。
だが帰ってきたのは、勝太郎とラチル・真澄・ルチルの四人のみ。当初連れてくるはずだった聖者達は、誰一人連れてきてはいなかった。
「あっ、皆さんお帰りなさい!」
「おおうっ、あんたら今回は随分長かったなぁ」
境内で掃除中だった二人の人物=ウィリアムと伊助は、突然境内に姿を現した一行に微塵も驚かない。もうこれは馴れたものである。
ちなみに今のウィリアムの服装は、この寺の作業制服の作務衣である。すっかり所属する宗教を移籍したウィリアムであった。
「ああただいま・・・・・・さてと・・・・・・」
さてそんな出迎えの者達の気軽な様子と違って、一行の様子はどうにも焦っている様子だった。これに二人は、何やら不安げに彼らを見る。
「おいおい・・・・・・何だかいつも以上に気張ってますなぁ。向こうで何かよくないことでもありましたかい?」
「ええ、こっちも色々あってね。何だか凄い面倒なことになったんだけど・・・・・・」
「おや、噂をすればなんとやら、久しぶりだねあんたたち」
その場に現れた第三者。そこは堂内から、境内に姿を現した日和と、院主の水奈子である。
日和の方は、以前ここを訪れたときの警官の制服ではなく、今日は私服の着物姿である。どうやら今回は、公務でここを訪れたわけではないらしい。
「えっ? ええとあなたは確か、日和さんでしたっけ?」
「何者だ? このお年寄りは」
「警察官の日和さんよ。名字は何だったかしらね? 前にこの辺りに指名手配犯が来たときに、この寺を訪ねたことがあるのよ」
日和と面識がない真澄とルチルに、ラチルがそう説明する。一応ラチルも、以前ジェーンを連行したときに、彼女に会っていた。
しかし何故、もう用がないはずのここに、彼女が来ているのか、勝太郎とラチルは不思議に思った。その雰囲気を察したのか、日和の方から説明を始める。
「ははっ、今回はそんな大した理由はないさ。つい先日休暇が貰えたのでね、暇つぶしにここまで来てみたのさ」
「ええ、先程まで私の部屋で、お茶を交えながら、貴方たちのことで、色々話してましたのよ」
水奈子の方も軽く笑いながら、つい先程のことを話す。元々親交はなかった二人だが、どうやら最近になって、一緒に茶を飲む間柄になっていたらしい。
「あんたらのことは、このところ随分とよく聞くようになったよ。あのテレビという機械の話しじゃ、向こうの大陸で随分派手にやってるみたいじゃないか」
「ああ、そうだな・・・・・・これからもっと派手なことをしなくちゃいけないが・・・・・・それを始めるのが大変なんだよな。向こうの王政府と違って、こっちの方は力尽くで通るわけにもいかんし・・・・・・」
勝太郎が日和の言葉を適当にかわしながら、独り言のように語る。他の面々も、同じく緊迫した雰囲気だ。
あれからラチルとあることを約束した後、これからこの国でしなければいけないことで、少々迷っているようだ。
「何だ? 本当に厄介なことになってる雰囲気だね? この国で何かしなきゃいけないのかい? あんたらには借りがあるし、犯罪でなければ何か力になってやってもいいけど?」
「お気持ちだけ受け取っておくよ・・・・・・。悪いが警官一人に、どうにかできる話しじゃない。俺たちはこれから、この津軽王国の国王に、直接交渉しなければいけないんだからな」
彼の放った言葉に、水奈子と伊助が少々動揺している。日和の方は、何やら困り顔。
向こうの大陸での荒事に関わっている彼らが、どうしてディークとは縁もゆかりもない、この国の王に用事ができるというのか? 全く予想できない話しである。
「何だい、兄上に用事かい?」
「まあな・・・・・・まずは王都の方に行って、政府機関に話しをしてみるしかないが。真澄、頼むな!」
勝太郎には、この王国政府自体に関するコネクションは一切ない。一応冥界の鬼神達のツテで、この寺に住まわせて貰っているが、鬼神達が彼らの計画に協力することはまずないだろう。
もし王家と縁があるとすれば、それはかつてこの国を救った真澄だけである。
「ああ、だがさっきも言ったが、保証はできないぞ。ディーク艦隊を潰したことで、この国からは大層な信頼を貰っているが・・・・・・四日以内に国王陛下と直談判しろとなると、かなりとんでもない話しだ。それに話しができたからと言って、あんな話し引き受けて貰うかどうか」
「一応、因縁あるディークに、よい意味で白黒つけられるんだから、向こうも歓迎する内容だと思うけど?」
「王都の人達は、私達にもの凄い期待をしています。何が何でも、成功させないと・・・・・・ていか向こうで、もうあれだけのことをしちゃったんですよ! 今更になって、できるかどうかなんて、不安な話し合いをしないで下さい!」
「とりあえず試しに王城に乗りこんでみるか? 一応この国の英雄が頼みに来たとなれば・・・・・・うん? ちょっと待てよ・・・・・・」
津軽王国の王城に乗りこむという、とんでもない話しになっているとき、勝太郎はふとあることに気がついた。
話を始めるときに、日和が口にしたある言葉だ。皆もそれに気がついたのか、ウィリアムも含めて、皆一斉に彼女に注目した。
「ええと日和さん・・・・・・あなた今、兄上って言いましたか?」
「ああ、言ったよ。お前らが話しをしようと言ってるのは、私の実の兄上さ」
「そういえば話していませんでしたね。この方は津軽の王妹の津軽 日和姫ですよ。今は王の跡継ぎも殆ど決まってしまったので、こうして自由に動き回ってらっしゃいますが」
ここにて唐突に明かされた事実。何とこの寺に通っていた老警官は、この国の王族の一人であったのだ。この事実に一瞬固まった一同だが、すぐに彼らは歓喜して再稼働。これほどのよい偶然はない。
「何て都合のいい話だよ・・・・・・ええと日和姫!」
「姫なんて言うなよ。この年でそんな風に呼ばれるなんて、むず痒いなんてもんじゃ・・・・・・」
「それじゃあ日和殿下! さっきできることならしてくれるって言ったよな! だったら、すぐにでも国王と話しができるようにしてくれないか!?」
鬼気迫る雰囲気の勝太郎に、日和は何ともいえない、困った様子であった。
別にこの頼みが不可能というわけではない。ただ彼らが何をしようとしているのか、全く判らずこんな頼みをされたので当惑しているのだ。
「いったいどうしたんだい? 兄上と話しなんて、一体何をする気だ?」
「ディークという国と、諸国の争いを止めるためだ! そのためには・・・・・・津軽国王と、ディーク聖王の協力がいるんだよ!」
何故か彼の言葉から、既に亡きディーク聖王の名が飛び出していたのであった。
諸国の兵達が寄り集まった、大翔も参加しているディーク討伐軍は、順調に進軍していた。
そうそれは順調すぎた。途中で砦などにあっても、敵の抵抗など全くない。それどころか近くに立ち寄る各集落にも、兵はおろか人っ子一人いないのである。まるで無人の国を攻めているような不思議な状況。
この不可思議な状況に、兵達の間には、これは敵の罠ではないかと、邪推する者も現れ始めている。
さてそんなこんなで、敵味方双方に、一人の犠牲者も出ない状況で、とうとう討伐軍は、敵国の中枢である王都にまで辿り着いた。
城壁に囲まれたディークの各門は、しっかりと閉じられ、櫓には兵達の姿もある。どうやらここは無人ではないらしい。
王都の東門付近で、敵軍の奇襲を警戒しながら、討伐軍はいつでも突撃できるように陣形を整える。その大軍の中の、後軍中央にいる、馬に乗った数人の高貴そうな騎士達がいた。かれらはこの討伐軍の総指揮官と、一部の幹部達である。
そして彼らの乗る馬の足下近くには、まるで従者のような立ち位置でありながら、従者とは明らかに雰囲気の異なる少年がいる。それは大翔であった。どうやら彼は、既に指揮官の側に置かれるほどの信頼を得られているらしい。
「どうしますか大将? 今からでも俺が、あの門を叩き壊してやりましょうか?」
大翔が参謀より先に、その言葉を指揮官に投げかける。確かに彼ならば、城門を一人で突破することは容易い。その後は、門を開かれ無防備になった都市に、討伐軍が乗りこめば、彼らの望みはすぐに叶う。
今まで誰とも戦わず、ディーク人への復讐もまだできずにいる兵士達は、戦いと血に飢えている。それは大翔も同じであった。だが指揮官と幹部らは、意外と冷静であった。
「いや・・・・・・まだ斥候からの報告を待て。これまでの進軍の不審さを見ると、かなり嫌な予感がするのでな。兵達の間で噂されている、これが我らを誘い込む罠と言うことも、今なら有り得るかもしれぬ」
「今のディークに、そんなこと考える力があるかねえ? 何でも聖王は、もう死んだらしいじゃないか」
そんなことを話している間に、進軍中の司令部を兼ねたその集まりに、続々と各所からの斥候の報告が届いてきた。
各地からの念話での報告を聞いた伝達兵達が、次々と指揮官の前に立ち、各々の報告をしていく。
「ふむ・・・・・・周辺の山林にも、特に伏兵はなしか。空からもまだ何も見えんし、別に挟み撃ちにされているわけでもないようだ。だが・・・・・・何故だ? 目の前に我らの軍が現れたのに、何故向こうが混乱しない?」
伝達された報告を聞くと、王都の方にも、討伐軍の周辺にも、ディークの兵は一人もいなかった。これらの周辺の警戒は、これまでの進軍途中に、何度も用心深く行ったが、未だに何の発見もなし。
そしてそれが、王都の目前まで続くとなると、明らかにおかしいと思い始める。
「しかも王都の方は、人はいるが随分と落ち着いている雰囲気だという・・・・・・。聖王は死んだという情報には、間違いないようだが・・・・・・」
「ならば何故、王都の方で混乱が起きていない? アマテラスのサムライが、何かしたというのか?」
更に持って不可思議なのは、王都内のあまりの平穏ぶり。聖王が死んだことで、大混乱が起きているのかと思いきや、そんなことは全くなかった。
魔道兵達が放った、使い魔の鳥たちが、空から見た光景では、都内には人が激減している様子もなかったという。自らの進軍は、こちらも当然気づいて、大勢の人が王都から逃げていると思われていたが・・・・・・
この事態には、指揮官も幹部達も大分当惑している様子であった。果たしてこのまま、軍を進めてよいものだろうか?
「もしかして聖王の死も、我らの進軍も、奴らは都民には隠しているのでは?」
「うむ・・・・・・もしそうであれば、こちらにとっても都合がいいが・・・・・・」
「報告します! こちら側の王都の門が、突然開き始めたと!」
これまで何の変化も起こらなくて不気味であった王都。だがここに来て、突然変化が訪れた。何とこの討伐軍の目指している、城壁の最も近い位置にある巨大な門が、互いに何の攻撃もないまま、突然開き始めたのだ。
「何だと? いったいどう言うつもりだ?」
指揮官もすぐに望遠鏡を取りだし、そのゆっくり開け放たれる門を、遠くから見る。その開け放たれた門から、こちらに姿を現したのは、軍ではなかった。
ディークの正装をした、十数人の少年少女達である。彼らは服装を以前の神官服から変えた聖者達だ。そして彼らが囲んでいる人物は、何故かラチルであった。
彼女もまた、今までとは違う、ディークの高級文官が着るような正装姿だ。そしてその両隣にいるのは、真澄と勝太郎であった。彼らの場合は、いつもと同じ着物姿であったが。
どうも戦いを仕掛けに来たのとは、様子が違う一行の姿。これに討伐軍の兵達も、どう対処すればいいか判らず、当惑している様子であった。やがて一行は討伐軍から、数百メートル程離れた位置で止まる。
そしてその中心にいたラチルから、皆が彼女を囲んで円を組むような姿勢で、彼女から離れる。そのラチルは、手にとある機械を持っていた。
「あれは何だ? 銃か!?」
「いや・・・・・・メガホンじゃないのかあれ?」
それを目撃した前面の兵士達が、それを見て当惑している。それは望遠鏡で覗いている指揮官と幹部達も同じであった。
ラチルが持っている、その謎の物体はメガホンである。ただしそれは普通に傘状の筒で作った単純な物ではなく、津軽王国の異界商店から買い取った、機械式の拡声器だ。
ラチルはその拡声器に声を当てて、討伐軍全域に聞こえるほどの、大音量の声で、彼らに己の言葉を送った。
『諸国から、遠路はるばるこのディークの地にやってきた皆様、どうぞ私の声を聞きなさい! 私の名はラチル・パイパー! 先日亡くなったイネス・ディーク先代聖王に代わり、この国の新たな聖王の地位についた者よ!』




