第六十二話 大翔と勝太郎
一方その頃。件の勝太郎がどうしているのかというと。彼は今、囚われの身であった。
(うん・・・・・・ここは? ああそうだ。俺は確か大翔に負けたんだったか・・・・・・)
気絶から目が覚めて、彼はすぐに意識を覚醒させて、以前のことを思い出す。彼の視界は未だに真っ暗で、周囲がどうなっているのか判らない。
だが全身から伝わる、妙な振動からして、どうやら自分は馬車か何かに乗せられているらしい。ガタゴトと車酔いしそうな揺れが、何度も繰り返されている。
(おや? 両手が何かで縛られてるな? 冷たい感触からして、これは手錠か?)
いつも白杖代わりに使っているのとは、別の鎖の音が、彼の両手を封じているようであった。どうやら彼は今、両手足を枷で封じられているらしい。
彼はその枷を壊そうと力を振るっているが、以前アドレーの砦で捕まったときと違い、中々鎖は引き千切れない。どうやら以前の枷とは、強度がかなり違うらしい。
(中々頑丈だな・・・・・・そういや腰の刀もなくなってるし、これは本格的に拘束されてる感じ? あの討伐軍は・・・・・・まだいるな。この部屋の外から、嫌と言うほど足音が聞こえてくるし)
部屋の外の方から、無数に聞こえてくる足音と武具の金音。どうやら今彼は、討伐軍の車両のどこかに閉じ込められているようだ。
この世界に来て、初めて完全な敗北を喫した勝太郎。どうやら討伐軍の侵攻を妨害しようとした賊として扱われているらしい。
勝太郎の超人的な身体能力でも、楽には壊せないこの枷は、大翔が用意したものであろうか? 彼はなくなった刀を探して、周囲の反響を探って見るが、どうやらこの部屋の中にはないようだ。
(さてどうしようか? この枷、全力を振り絞れば外せるか? それともこのまま黙って様子を見るか?)
勝太郎は枷を外すのに、まだ渾身の力を使っていない。だが彼は何故か枷を外すのに消極的であった。まあ全力を出したからといって、これが外せるものなのかは謎であるが。
そんな時に、不意にこの捕虜を運ぶための物と思われる馬車の一室に、彼以外の気配が突然入り込んできた。
「ああ、カーミラか? 俺が倒れてから、どのぐらい経った?」
「ふむ、姿を見ないばかりか、声も聞かずに私だと見抜くとは・・・・・・随分と上達したものだな勝太郎よ」
「こんな突然転移で姿を現す奴なんて、お前以外にいるかよ・・・・・・」
「いやオリジナルの春明になら、できるかもしれぬが?」
「そいつは俺にわざわざ会いに来るような用があるのか?」
「いや、全くないな」
この牢馬車に転移で入り込んできたのは、勝太郎と大翔に、春明のクローン体を与えた張本人のカーミラ。大翔と一戦交える直前から、意外と早い再会であった。
「ふむ・・・・・・まあしかし、今回は随分と盛大にやられたものだな。何故か刀を使わなかった?」
「最初は使わなくても勝てると思ったからだよ。後からは負けた理由は・・・・・・言わなくても判ってるだろ? 何故、斎藤 大翔を被験者に選んだ?」
それが彼が一番聞きたかったこと。それを問うべき本人が、こんなに早く現れたわけだが。その問いにカーミラは、少々気落ちしたように口調を落としながら語る。
「うむ・・・・・・別に奴を巻き込んだわけではない。むしろ逆だ。最初に被験者に選んだのが斎藤 大翔であって、お前は後から選んだ者だ。だからお前よりも早く、奴をこの世界に送り込んだわけだが・・・・・・」
確かにそれはそうである。彼は勝太郎より一年以上前の、ディーク崩壊直前から、各植民地拠点を襲撃していたのだ。順序が逆だったら、それはおかしな話しである。
そして彼女の発言からして、どうやら彼は間違いなく、同姓同名などではなく、勝太郎が転生前から知っている、ある人物本人であるようだ。
「別に故意に因縁ある相手を選んだわけでないぞ。次の被験者を選ぶときに、スカウト場所を変えずに、奴と同じ街で、近い時期に死んだ魂から、適正のあるお前を選んだのだ。後からお前と奴との関係を知ったときには、既に契約が終わった後でな。今からそれを反故にするわけにもいかず・・・・・・。小次郎からお前の目を閉ざすよう指示されたのも、それも関係して・・・・・・」
別にまだ指摘していないのに、何故か言い訳するような口調のカーミラ。勝太郎は別段怒ることもなく、何故か安堵したような様子であった。
「そうか・・・・・・逆にホッとしたよ。あいつ俺のしでかしたこと以外でも、結構散々な生き方してたみたいだからな。この世界で生き返って、快活な人生を送れているようで、むしろ俺の方がお前に感謝したいぐらいだ」
「快活すぎて、愚かな道に進みかけているがな。あいつの一連の行動と言動。相手を選んでいるとは言え、弱者を侮蔑する態度。あのまま進めば、最後にはどのような過ちを犯すか、こちらも心配でならんよ」
「まあ、それは俺も思わなくもなかったが・・・・・・だったらお前の方から忠告したらどうだ? それとも忠告しても、止まらない状態なのか?」
与えられた力に、陶酔しきっている彼の様子には、勝太郎も大分危険なものは感じていた。
彼のこれまでの殺傷行為だけではない。以前は視覚障害者だったのに、今はその本人が障害者を侮辱する発言をしたのだから。
「うむ・・・・・・明確な悪事をしない限りは、自由にしてよいと言った手前がある。それにあいつ自身、生前のストレスを発散させてやって良いと、甘い対応していたら・・・・・・何やらどんどん暴走具合が酷くなってな。だからといって今更、もうこれ以上暴れるなとは言えない雰囲気になってしまってな。私としては、お前があいつを、曲がった道に入りそうなるのを、止めてくると助かるが・・・・・・」
「頼む相手を間違えるぜ・・・・・・何故俺に、あいつを説教できる権利があると思う?」
カーミラの言うことは、勝太郎からすれば、とんでもない頼みである。彼からすれば、勝太郎の方が、許さざる悪党であるはずなのだから・・・・・・
今までの後ろめたさを感じられる雰囲気から、勝太郎からの赦免の言葉を受け取ってからは、一気に調子を取り戻したカーミラ。彼女は勝太郎の問いに、ずいぶん楽観的に応えてきた。
「説教できるかどうかは別にしても、奴と対立する理由はあるだろう? 奴のしていることを野放しにしていけば、この地で多くの血が流れてしまうのではないのか?」
「冥界は、奴のしていることを、賞賛しているのか?」
勝太郎の望みは、自身の罪の償いと同時に、この国の人々の地獄行きを止めさせてもらうこと。そのためには、この国の者達を、これまでの被差別者達への、正面からの謝罪の意思を示させるべきと考えていた。
だが冥界の方が、討伐軍のしていることを正当と見なして、ディーク虐殺を推しているとなると、彼のこれまでの行動は全て無駄になる。
「賞賛も批判もしてないな。ただ事を起こしても、討伐軍の者達が地獄行きになることはないだろう。それとお前がこれまでしてきたことは、別に無駄ではないぞ? お前がしようとしているとおり、ディークの者達のこれからの被害者達への対応次第では、地獄行きを止めることも考えているようだ。まあ結論から言えば・・・・・・冥界の判断は、今は様子見。現界がこれからどう動くかを、最後まで見届けてから、事を判断すると言うことだ」
「つまり・・・・・・俺が大翔と討伐軍を止めるいなかで、今後の流れが全て変わるということか?」
「そういうことだな。さてお前はこれからどうする?」
もはや悩むこともないだろうという口調で、勝太郎に問いかけるカーミラ。どうやら彼女の方は、今の大翔のしようとしていることを、止めさせたいと思っているようだ。
だが彼女の思いと違い、何故か勝太郎はすぐに返事をしなかった。
「俺は・・・・・・生前の罪を償いたいと思って、今まで積極的に人助けをしてきた・・・・・・」
「うむ、それは良きことではないか」
「だがその罪を犯した相手が、今俺がしようとしていることを、望んでいない。奴はこの国の完全な破滅を望んでいる・・・・・・」
「むっ?」
「償うべき相手の望みを、力尽くで妨げることは、果たして俺にとって、罪の償いになるのか?」
ある意味確信的なことであった。勝太郎は人を死なせた罪を思って、彼女の実験に従う傍らで、これまでせっせと人助けをしてきたのだ。
だがその死なせた相手は、姿を変えて今生きている。自分の罪を償うために、その罪を犯した相手をねじ伏せるということは、はっきり言って矛盾した行動であった。
「うむ・・・・・・まあ、確かにそういう考えもあるだろうが・・・・・・。しかし言ったであろう? 奴はこのままだと、取り返しの付かない罪を犯すかもしれぬ。そうなる前に、それを止めてやるのは、れっきとした奴にとっての償いになるのでは?」
「それは他人が勝手に決めることか? 全てはお前のためだ~~とか言って、人のしていることに邪魔するていうのか? そういう勝手な考えを、偽善っていうんだよ・・・・・・」
「むう・・・・・・」
上手いところ、大翔の行動を止めさせようと思っていたカーミラも、ここまで言われると言葉に詰まる。勝太郎は今、目的を見失っているのは明らかであった。
「ところでお前とした約束だが・・・・・・俺の今までの行動は、お前の実験の役に立ってるか? さすがにその辺の約束は守りたいが・・・・・・」
「ああ、それは心配いらぬ。今までだって、充分なデータは取れている。その刀の性能実験はまだだが・・・・・・それは別にまだ焦らなくても結構だ」
「そうか・・・・・・じゃあとりあえず俺は・・・・・・しばらく冥界と同じく様子見と行くか・・・・・・」
何とも無気力な雰囲気を醸し出した勝太郎。どうやら今の彼には、ここを脱出しようという考えは、全くないようだ。
「そうか・・・・・・だがその決断は、早めに決めるのだな。とりあえずこの討伐軍の進軍経路にいた、全ての集落の住民は、私の方で避難させておいた。だがさすがに王都までは手は出せぬ。奴らが王都につき、そこで行われる殺戮を見逃すかどうか、それまできちんと考えておけ・・・・・・それからな・・・・・・」
カーミラは一息つき、何やら心配げに、勝太郎に声をかけ直す。
「お前の肉体は、オリジナルの春明と違って、不死身ではない。普通の人間と同じように、歳は取るし、深手を負えば死にもする。限られた人生で、人も仲間も全て見捨てて、ずっと孤独に生きるのはつらいだろう・・・・・・。また生前と同じ過ちを犯したら、今度こそ本当にやり直しはきかないのだからな」
「何を言いたい?」
勝太郎の問いに答えることなく、カーミラの気配は消えた。どうやらまた転移で、どこぞへと去ったらしい。
勝太郎は何も語らず動かず、そのまま流れるままに、この牢馬車に運ばれ続けていった。




