第六十一話 作戦失敗
泥だらけの刀身を突きつけてそう言われ、聖王は息を呑む。確かに彼は、勝てば言うことを聞くと言ってのけた。そうでなくてもこの状況では、彼女の言うことを聞く以外に、生き残る道はないであろうが。
「まっ、待て! 私が悪かった! お前の力を見誤っていた! どうだお前、このディーク神聖王国に仕えて見ぬか? お前ならば、種族など関係なく、この国の軍の重役に取り立ててやるぞ! そこの聖者達の反逆罪も代謝してやってもいい!」
まさに陳腐な小悪党の負け台詞。操縦席に乗っていて顔は見えないが、真澄は大層呆れ顔で彼を見下ろしているだろう。
『この国の配下なんて真っ平ごめんだ! 私が求めるのは、さっき言ったとおりのことだ!』
「お前のその力があれば、蛮ぞ・・・・・・反逆者の軍など恐るるに足らん! 魔人や聖者共など頼らずとも、お前と私が組めば、この大陸など容易く制圧できる! この大陸の・・・・・・いやこの世界の覇者の右腕として、とてつもない栄光と栄華が掴めるんだ! これを断る理由などないだろう!」
「ていうかさ・・・・・・その聖者達はどこにいるのよ? この王都に皆集めたんでしょ? まずそっちをこっちに渡して欲しいんだけど・・・・・・皆無事なのよね?」
話しに割って入ってきたのはラチル。彼女は最近忘れがちになっていた、そもそもの旅の目的を問いかける。
「ああ・・・・・・奴らなら全員、西の神殿の方で飼ってたはずだ。ああいいさ、あんな役立たず共、好きなだけ連れて行けば・・・・・・うぬっ!?」
聖王が神殿のある方向を指差したとき、彼は再びその先にある光景に唖然とした。
王座の間の左側の通路。そこに凝り固まっている一団がいた。最初に真澄たちが乗りこんだときには、聖王以外に誰もいなかったのだが、いつのまに現れたのだろうか?
「あの人達・・・・・・まさか聖者?」
それらは皆、ラチル姉妹と同じような、法衣や甲冑を着ていた。十代~二十代の若い男女が三十人ほど。皆武器を持ち、まるでこれから戦にでも行くかのように、完全武装状態だ。
最もその物々しい身なりとは裏腹に、当人達は全てに絶望したかのような、唖然とした表情である。
「聖王陛下・・・・・・今までの話しは?」
「今の魔人は・・・・・・聖王陛下が召喚してましたよね? これはどういうことですか?」
「嘘ですよね? 宰相様が言ったように、本当に今までの教えは全部嘘なんてこと・・・・・・」
力なく問いかける聖者達。これで全員なのか不明だが、どうやら王都に集められた聖者達が、何故かこの場に大勢集まっていたようだ。
この様子を見て、ルチルは首を傾げ、ラチルは腹の底からの笑いを抑えていたようだ。
(何よこれ? どうやって皆を説得しようかと思ったら、こんなとてつもなく都合の良い話あり? 神様なんて信じちゃいないけど、今だけはこの幸運に空に感謝したい気分だわ)
問われた聖王は、その顔を歪ませた。そして彼らの中に混ざっている、恐らくは聖者ではない一人の人物が、彼の目に映る。
「ラファエル! これはどういうつもりだ!?」
聖者達の中に混ざっていたのは、現ディーク宰相のラファエルであった。以前聖王に魔人運用に異議を唱えて追い返された、あの文官である。
彼は聖王の追い詰められた姿を見て、ラチル以上に嘲笑った顔で問いに答えた。
「何とまあ、ここまで馬鹿げた姿を見られるとは、実に無様ですね聖王陛下。残念ですが、神殿の方は、そちらの方が起こした混乱に乗じて制圧済みですよ。教皇もどこぞへと逃げて、今聖者の皆さんを説得して、ここまで連れてきた次第です。いやはやこれは予想以上に面白いものが見られたものですね」
ラファエル宰相は、愕然とする聖王から視線を逸らし、今度は真澄たち一行に口を開く。
「いやはや実に素晴らしいお力です、アマテラスのサムライと、正しき道を見つけた聖者様方。本当はこの男が魔人を召喚してから、この聖者達に加勢させる予定だったのですが・・・・・・まさかこんなにあっさりと決着が付いてしまうとは思わず。いや少々出遅れて申し訳ありませんでしたよ」
どうやら聖王が魔人を繰り出すことを予想して、彼はここに聖者達を呼び集めたようだ。最も彼の言うとおりに、あまりにも楽勝で終わってしまったため、彼は出る幕をなくしたが。
『ああ、そうかい。こっちに恩を売って取り入れなくて、実に残念だったな』
「はん。あんただって、今までディークの横暴に、媚び売ってたクチでしょうに。そっちが負けそうになったら、反乱起こしてご機嫌取りなわけ? 調子いい話ね」
「あのう・・・・・・皆に真実を見せてくれたのには感謝しますが・・・・・・いきなり出てきて、私達の味方みたいに言われるのは、ちょっと首を傾げるんですけど? こんな風に取り入ってこられても、こっちはあまり良い気分はしないですし、正直不快なので止めて欲しいのですが?」
そんな宰相の行いは、どうやら一行からは全く受け入れられず、それぞれ酷評されていた。
これに今度はラファエルが少々引き攣っている中、今まで傍観してた聖者達が、次々と聖王の下に歩み出てくる。
「本当に何もかも嘘だったんですか? 教皇様は、私達も兵達も全て置き去りにして、真っ先に逃げだしました。あなたもあの人と同じく、私達など只の都合のよい駒でしかなかったのですか?」
「だっ、だからどうしたというのだ!? もうお前らのような役立たず共など、この国にはいらないのだ! この女がいれば、ゼウスもアマテラスも、全てがこの私の思うがままだしな! 全く折角高い金で、長いこと鍛えてやってきたというのに、結局国の金を無駄遣いしただけではないか! 貴様らなど存在自体が不愉快だ! さっさと消えろ! いやむしろこの場で全員死ね! お前らはこの国に、神と共に忠誠を誓っただろう! なら命令だ! この私が死ねと言ってるのだ、さっさと死ね! 貴様らなど、もう蛮族共より汚らわしくて目障りだ!」
もはや全てに開き直った聖王。大分正気をなくした目で、これまで神聖なる忠臣として扱ってきた者達を、口汚く罵りだす。
もはや彼には・・・・・・いやディーク神聖王国そのものが、もう全て終わったことを象徴するような姿である。
『おい、そろそろ・・・・・・』
ドシュッ!
『あっ・・・・・・』
そろそろ限界と思い始めたところで、真澄が止めようとしたとき、その場で驚くべき・・・・・・ことでもない流血事案が発生した。
歩み寄った聖者の一人が、聖王を槍で刺したのである。教会ぽい意匠が施された、本来は魔人を狩るための武器であろう魔道槍。
その矛先が今、魔人ではなく生きた人間、聖王の喉元を突き刺した。それはまだ何か叫んでいた聖王の声を潰し、呼吸を止める。
「私は・・・・・・もう駄目です。申し訳ありません・・・・・・」
女神に対してか、聖王に対してから、同じく正気をなくして、死んだような目で槍を突きつけた一人の聖者の少女。他の聖者達は、彼女の行動に動転していたが、彼女を責めようとするものはいなかった。
そのままゆっくりと引き抜かれて、聖王は喉から血を垂れ流しながら、ぐったりと倒れ込む。ディークの繁栄と衰退の二つの時代を短期間で生きた、大陸最大の国家の最高権力者の、実に呆気ない最後であった。
「あはははっ! よくやったわあなた! これでディークもロア教も終わり! 私達の完全勝利よ!」
「喜んでる場合ですか! 何てことしてくれたんですか!?」
彼女の殺人行動を、何とも陽気に賛辞するラチル。それとは対称的に、ルチルは随分とご立腹だ。彼女にとっては、聖王は必ず生かして捕らえなければいけないことであっただけに。
「何怒ってるのよルチル。諸悪の根源の聖王が死んで、聖者の皆もこの国の真実に気づいたのよ。もうこれ以上ないぐらいのハッピーENDじゃない! さあみんな、さっさとこの腐った国から去りましょう! もうすぐ勝太郎さんも戻ってくるし、こんなところもう用はないわ!」
「用ならありますよ! このままだとこの国は、周辺諸国から攻められて大虐殺が行われますよ! その人達と交渉できるのは、聖王しかいないのにどうしてこんな・・・・・・」
実に楽観的に現状に満足しているが、ルチル達が望んでいることは程遠い。
聖王がいなくなった今、もうこの国を代表して、諸国と交渉できるものはいなくなったのである。これでは諸国と休戦どころではない。
真澄と勝太郎らが逐一、討伐軍を追い返しても、諸国は何度でも刺客を送り込むかも知れないし。ディークに恨みを持つ個々人が、独自にディーク領内で賊と化すかもしれない。
諸国からの侵攻を止めさせるには、国家として正式に、彼らと対話する必要があったというのに・・・・・・
このままだとこの王を失った国は、対話する権利すら与えられず、諸国からの報復によって蹂躙されるだけである。
「あの・・・・・・そういえば件のアマテラスのサムライの、もう一人の姿がないようですが、いったいどちらに?」
「勝太郎さんなら今、この国に仕返ししようとしてきている軍隊を止めに回ってるわ。もうそろそろ終わったと思うけれど・・・・・・」
「そうでしたか・・・・・・」
どうやら勝太郎達の力を当てにしていたらしいラファエル。ラチルの返答に、ほっと胸を撫で下ろす。そんな中、聖者達がラチルに対して、一斉に目を向けていた。
「あの・・・・・・去るって、どうやって? そもそも私達はこれからどうすれば?」
「大丈夫よ。勝太郎さんは転移魔法が使えるから、向こうのアマテラス大陸まで簡単に行き来できるの。あっちまで行ったら、もう討伐軍も手を出せないし安全よ。院主様も親切な人だし、これからあそこで新しい生き方を見つければ良いわ」
「転移魔法? そうかそれで貴方たちは神出鬼没に・・・・・・てちょっと待って下さい!」
一行のこれまでの不自然に迅速な動きに納得したと同時に、大慌てで声を上げるラファエル。聖者達の半数も同じような声を上げ始める。
「ちょっと待って下さい! さっきからの話しを聞いてると、この国どこかから攻められてるんですか!?」
「ええ、そうよ。これまでこの国が、散々酷い目に合わせていた国々からの復讐よ。まあ、この国の自業自得よね。今は勝太郎さんが止めてるけど、私達が去った後で、あいつらまた来るかもね。そうなったらこの国は、自分が今までしてきた分の、倍返し山ほど人が死ぬでしょうけど。交渉できる聖王もいなくなっちゃったし、これはもうどうしようもないわね」
聖王が死んだ時点で、彼らの計画は既に破綻してしまった。だがこれにラチルは、全く気にする様子はなく、それどころかこれこそ自分が求めた結果のように、意気揚々と語っていた。
それに聖者それぞれから、様々な意見が飛んできた。
「そんな! この国の人達を見捨てるんですか!? 今まで聖王が何をしてきたからって、民は関係ないじゃないですか?」
「別にいいんじゃないの? 私達だけでも助かるなら・・・・・・」
「お前、何てこと言うんだ!? 今まで皆で守ってきた民じゃないか!?」
「いやその子の言う通りよ。もう私らに国に尽くす義理はないわ。元々おかしいと思ったのよ。突然民の私達を見る目が変わったり、何の説明も無く神殿に閉じ込められたり・・・・・・。これに文句を言った仲間が、どんな目に会ったか、皆忘れてないでしょう?」
「だったら皆でもう一度民から信頼を取り戻そうぜ! 聖王がいなくなったなら、俺たちがこの国を正しく導くんだ! ここで逃げたりしたら、俺たちは今まで何の為に生きてたんだ!?」
「はあ、そんなの知らないわよ・・・・・・。ロア教なんて、昔から胡散臭いと思ってたのよ。今までのことなんて全部忘れて、これから私らが好き勝手に生きればいいじゃないの?」
「ああ・・・・・・私は何ということを・・・・・・怒りにまかせて聖王を葬ってしまって・・・・・・。私のせいでこんなおかしな事態に・・・・・・」
この国に残り、民を守ろうと考える者。この国を捨てて、これから己の自由に生きようと思う者。特に何の反応も示さずに、ずっと呆けている者。聖者達の反応は、この三つの通りであった。
以前から祖国とロア教に疑心を持っていた者は、実に切り替えが早く、国を見捨てるかいなかで白熱の論議。
一方これまで祖国とロア教の教えに、全く疑わずに純粋にしたがっていた者は、もはや何の判断も取れずに、周りの言葉に従おうとしている。だがその当人達の意見が、真っ二つに分かれているため、彼らはただ何も口にせずに固まったままだ。
そんな風に仲間同士で意見が分かれている中で、ラファエルがラチルに再度問いかけてきた。
「ちょっと待って下さい、ラチル姫殿下! あなたはこのディークを見捨てる気ですか!? だったらどうして、今までこの国のために・・・・・・?」
「何よ“姫殿下”って! あの幽霊共もそうだけど、人を勝手に姫呼ばわりするのは流行り? 私はただ聖者の皆を助けたかっただけ! 後から勝太郎さんが、この国を守りたいって行ってるから、仕方なく一緒に動いてただけよ! 何度も言うけど聖王が死んじゃったら、もうどうしようもないじゃない! 勝太郎さんが帰ってきたら、さっさとこの国から消えるわよ!」
もう早いところ、この国から去りたい。その一心で、ラチルは皆の前でそう叫んでいた。




