表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/81

第五話 気功治癒

「ひぃいいっ!」


 そしてそのルーカスと人質両方の撃沈は、この場での戦闘の実質的な終了も意味していた。

 リーダーを倒されたことで、残った王国兵達が、次々と逃げだし、先程の馬車に大慌てで乗りこんでいった。


「待て……」

 ルーカスが走り出そうとする馬車を見て、折れた足を抑えながら、弱々しい声で制止の声を上げる。

 だが彼らは止まろうとしない。全員が乗りこんで、今まさに馬車が発進しようとしていた。


(えっ!?)


 だがそれよりもっと危ないことが起きていた。他の王国兵が逃げると、少年はそれを追わない。戦意のない者は、戦わない主義なのか?

 だがその代わりに、彼は前に出てきていた、ラチルに向けて突進してきた。


(こっちに来た!? うわあああっ!?)


 驚愕しながらも、彼女は驚くべき反射神経で、自分の足に向けて繰り出される蹴りを、ギリギリの勢いで回避する。

 彼の移動速度は、彼女でさえ見切れきれないレベルであった。だが目が見えないためか、只の偶然か、ラチルは危機一髪ギリギリのタイミングで、その蹴りを回避成功した。


「ちいっ!」


 初めて攻撃を躱されたことに、少々悔しそうな少年。ラチルの脇を通り越え、数メートル先で車の急ブレーキのように停止する。

 そしてすぐに追撃しようと、彼はラチルに振り返るが……


「待て! 私は味方だ!」


 慌ててそう声を上げるラチル。殺されはしないだろうが、このままだとあの王国兵同様に、自分は足を折られてしまう。

 彼女はまだ何者かも判らないこの少年に、慌ててそう口にした。


「味方?」


 だがその言葉は、一応意味をなしたようだ。今まさに瞬足の蹴りを放とうとした少年が、その言葉で一時攻撃を停止してくれた。


「おい、何だ? あいつはラチルと知り合いなのか?」


 この様子に、逃げようとしていた王国兵達も、妙な雰囲気を感じて、一時逃走を止めて、成り行きを見ていた。

 だが少年は、当然のごとくラチルのことなど知らず、不思議そうにしていた。


「誰だ、お前? 冥界の鬼神の仲間か?」

「鬼神? いや……私はそうじゃない……少なくとも、さっきまでお前を殺そうとした奴らの敵よ……」


 味方と言われても、それをどう証明すれば良いのかも判らない。そもそもこいつが善人なのか悪人なのかも判らないのである。味方というのは、咄嗟に出た適当な発言だ。


「本当か? お前もさっきの奴らと同じで、手に何か長いものを持ってるが? それは剣じゃないのか?」


 だが目隠ししているこの少年に、王国兵達とラチルとの外観上の違いなど判るはずがない。

 そしてラチルは、何かあったときのために、先程弾き返された剣を拾い上げ、今手に持っているのだ。


 どうやらこの少年は、反響を感知しているのか、周囲にある物体の、おおよその形が判るらしい。

 この場で王国兵同様に、武器と思われる物体を持ったラチルを、彼らの仲間と思ったようだ。実際に、他の跪いている村人達には、何一つ警戒していない。


「これは確かに剣だが……護身用として持っていただけよ! 私はさっきまで、この村で狼藉を働いていた者達と戦っていたんだ!」

「どう証明する? そう言えばお前……結構綺麗な声だな? ちょっと顔触らせてくれ」

「はあっ!?」


 敵でないことを証明(実際にそうなのか判らないが……)しようと必死のラチル。だが相手から出てきた言葉は、何故かそんな意味不明の頼みであった。


「何やってんだあいつら?」


 そしてその場で本当に、少年はラチルの顔を触り始めた。ふにふにと動物を愛でるような手つきで、ラチルの額から顎まで、揉みながら触れている。

 唖然としながら触られるがままになるラチル。それに訳が分からず、呆然として様子を見守っている王国兵OR村人達。


(何なのこの人? 何かの儀式!?)


 顔を大方触り終えると、何やら納得したように、少年は手を顔から離す。


「うん……少なくとも不細工顔じゃないな。よし、判ったお前の言葉を信じよう! やっぱいい女には優しくな!」

「はあ……ありがとうございます」


 よく判らない理屈で信用されたラチル。実際の所ラチルは、絶世の美少女ではないが、不細工と言うことはない、丸顔で日本人的な感覚からすると、極々平凡な顔立ちなのであるが。


「それで俺はどうするか? ていうかこいつらなんだ? お前が言うには悪党らしいが……」

「この人達はディークの……そうだ!」


 説明しようとするラチルが、何かを思いだして、倒れたルーカスと人質の方を向いた。そこには足を折られて、痙攣している二人の姿が映っている。

 人質は気絶していて動かない。ルーカスの方は、もう悲鳴を上げていないが、凄まじい憎しみの目で二人を見ている。


「こいつらがどうしたんだ?」

「さっき君は、敵でないものまで蹴ったわよね! いや……見えてないから仕方ないか……。ここにいる人は、さっき人質にされようとしていたのよ。それなのに人質ごと蹴って……」


 その人質の方に歩き出そうとするラチル。骨折という重傷は、回復魔法でも即完治はできない。

 それでも自分の魔法でどうにかしようかと思って、ラチルは彼の元に向かおうとするが……


「ああ、そうか……何かしようとしてると思ってたが……悪いことしたな。いい、俺が代わりに治してやる」


 そう言って少年が、ラチルの前に出て、先にその怪我人のほうに進み出る。

 そしてその足を折られた怪我人の元に寄り添い、先程まで敵を殴りまくっていた手を、その折れ曲がった足に触れた。


「治すって……そんな大傷じゃあ……ていうかその人は」

「まあ、見てな。人を殴るだけが、俺の能じゃないぜ。……気功治癒!」


 すると怪我に触れる、少年の掌が光り輝き始めた。ラチルや王国兵達が使っていたのとは異なる、青い魔法の光である。


(折れた足が……元の角度に戻っていく!?)


 見るとその光をあてられた骨折部位が、見る見る内に元の角度に逆変形していった。光が消えたときには、まるで玩具の組立のように、その足は、あっさりと本来の形に戻っていた。


(これは普通の治癒魔法じゃない! 戦士系術士の、補助的回復術!? あれは普通の回復魔法よりも、再生力が低いはずなのに!?)


「おい大丈夫か? 傷は完全に治してやったぞ。しばらくは痛みは残るらしいが……」


 ラチルが驚いている脇で、少年に声をかけられた怪我人が、突如として立ち上がる。先程まであれほど苦しんでいたのに、嘘のように元気な状態だ。

 そして彼は、逃げるようにしてその場から走り出した。


「何だよ礼ぐらい……ああ、そういえば蹴ったのは俺だったっけ? じゃあしかたな……」

「何やってんだ!? あれは敵よ!」

「えっ!? マジ!? じゃあこっち!?」


 まるでコントのようなやり取りに、呆れている村人達。治癒を求められた村人は、今でも怪我したまま倒れている。

 代わりに治してもらったルーカスは、大慌てで逃げる準備が整った馬車にまで走り込んでいた。


「ルーカス様! よくぞご無事で!」

「ふざけるな! この私を置き去りにしようとしおって! とにかく出せ!」


 無事な者を乗せた馬車は、勢いよく叩かれた馬の悲鳴と共に、大きく方向転換。まだ倒れている仲間を置いて、そのまま村の外の街道へと走り去っていった。


「逃げられちまったか……まあ、いいや」


 逃げる者は追わず、少年は先程と同じ要領で、本当の要救助者を回復させた。

 かくしてこの村を襲った災難は、今足を折られて転がっている王国兵達を除けば、全員無事の状態で切り抜けられた。だがその救われた村人達は、全く喜んでいなかった。


「何てことをしてくれたんだお前ら……すぐに奴らは、この村に報復に来るぞ! そうなると、食糧を盗られるどころか、全員皆殺しだぞ!」


 むしろ逆に、少年とラチルに敵意を剥き出しにしている。跪く必要がなくなって、全員立ち上がっているが、彼らは救い主に向けて、盛大な怒りの声を上げていた。


「そうよ! あのまま何もなければ、すぐに殺されることはなかったのに!」

「あいつらのことだ! 聖なる裁判とかいって、どんなおぞましい拷問を、俺たちにしてくるか……」

「その女と同様に、正義の味方になったつもりか!? 少し強いからって、いい気になってるんじゃないぞ!」


 後から報復を恐れた村人達の、一斉に浴びせられる少年への非難の声。この様子に、ラチルは唖然としている中、少年の方は特に動じずに落ち着き払っている。

 まあ、目隠ししているので、表情の全ては判らないのだが。


「いい気も何も……俺は別に、お前らを助けにここに来たわけじゃないんだが……。あいつらにも言ったが、小便は悪かったけどよ。先に刃物持って襲ってきたのは、あいつらの方だぜ?」


 少年からすれば、それが事実なのであろう。この少年がどこからどういう風に出てきたのかは判らないが、どうも彼は、この現場の状況をよく判っていなかったようであった。

 だがそれで村人達の怒りは収まらない。


「だったら、お前なんかこんな所に来なければ良かったんだろうが!」

「いや、そもそも、お前みたいな屑がこの世に産まれなければ良かったのよ! この西の蛮族! あんたらみたいな汚れた種族、全部この世から消えちゃいなさいよ!」


 村人達は激昂し、終いには石を投げ出す始末である。これに少年は、めんどくさそうに嘆息した。


「はあ……すっかり嫌われちまったも……」

「貴様ら! ここまでしてくれた恩人に、何て口を利くのよ!?」

「えっ? お前がキレるの?」


 村人と向かい合って、何故か隣にいるラチルまでもが激昂していた。一旦鞘に収めた剣を再び抜き、今度は王国兵ではなく、村人に向かって、今にも斬りかかりそうな様子である。


「しかも蛮族は死ねばいいだと!? それはロア教の教義だろう!? まさか貴様ら、あれほどのことがあっても、未だにロア教を信奉しているのか!? だったら貴様らは、私の敵だ!」

「いや、ちが……ひゃぁあああああっーーー!」


 剣を向けられた村人達の集団は、その場から破裂したかのように、一挙にバラバラに逃げだした。

 王国兵の脅威は一旦去ったが、今度はさっきまで彼らを救おうとしたラチルに、殺されそうな雰囲気である。


「待て、貴様ら! すぐにこの方に謝れ!」

「いやまずはお前が待て! 怒ってくれるのはいいが、人に刃物を向けるな!」


 村人達を追いかけようとするラチルを、少年が腕を捕まえて、慌てて止めにかかる。


「何故ですか!? あいつらはあなたに死ねなどと……」

「それは気にしてないからやめてくれ! それで人殺しをされると、こっちが迷惑だ!」

「判りました……」


 それで落ち着いたのか、ラチルはゆっくりと剣を抜く。だがそれでも怒りが収まらないのか、逃げ走って姿が遠くなっていく村人達を、睨み付けていた。

 とりあえず、事が収まって安堵した少年が、そこで一つラチルに問いかける。


「そんで……どうすればいいんだ、この現状? 俺は何をすればいい?」


 これを聞いてラチルも周りを見渡してみる。辺りには怪我をして動けない王国兵が三十数名。怪我は治ったが、まだ失神している村人が一人。この場にはもう、他の村人の姿はない。

 そしてそこに立ち上がっているのは、互いに何者なのか知らない、初対面の男女が二人だけである。


 よく考えなくても、これがどういう状況なのか、説明に困る事態である。

 さっきまで会話を交わしていたが、それ以降の会話が続かない。互いに何を話せば良いのか?


「お前は誰だ?」

「あなたは何者です?」


 少し黙った後で出てきたのは、少々タイミングが遅い、互いの自己紹介の要求であった。二人同時に口にしたことで、しばしその場でまた沈黙が始まるが……


「いえ貴方は恩人なので、私から先に自己紹介しましょう。私の名はラチル・パイパー。かつてこの国の国教のロア教の司祭だった女。今は何の立場も持たない、流れ者の女魔法剣士です……」


 とりあえずラチルが先に自己紹介をしてくれた。右手を左肩において、上官接するように恭しく敬礼する。

 どうも司祭と言うより、元軍人といった方がしっくりする仕草である。


「貴方はアマテラスのサムライとお見受けしましたが……このアラン村には、どのような御用向きで? 最初からディークと敵対する気ではないようでしたが?」

「アマテラス? まあ、ある意味そうと言えるような、言えないような・・・・・・?」

「?」

 何やらはっきりしない言い方の少年。これにラチルは、この者が何者なのか、ますます首を傾げる。

 一応互いに敵ではないと認識したが、この現場では一番怪しい人物は、この少年の方と言えよう。


「まあ実というとは……俺はさっき、転移でここに飛ばされてばかりでな、ここがどこなのかも、よく知らないんだよ……」

「転移? 成る程……だから急に現れて……。とりあえず場をうつりましょう。ここで長話をすると、また村人とかち合うかも知れませんので……」

「うん? じゃあお言葉に甘えるが……どこに行けばいいんだ? 俺がこの通り、目が見えないからな……」

「私が誘導しますから、ちょっとお手を……」


 そう言ってラチルは、少年の右手を掴む。そしてその手を引いて、介護者のようにその少年を、ある方向に連れて行った。

 彼らが向かう先の道には、村の外れにある、畑に囲まれた小さな教会があった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ