第五十八話 大翔
「そんなの見れば判るだろ・・・・・・ああ、そういえばお前目に何か巻いてたな。ていうかお前、なんでそんなの巻いてんの?」
「こっちも色々訳ありなんだよ! ていうかお前やっぱり、カーミラから身体を貰ったクチか?」
「ああそうだよ。俺の今のこの身体は、お前と同じ春明のクローン体だ。死んだ俺に、カーミラさんが、この身体をくれて生き返らせてくれたんだよ」
この話しで全てにあっさりと納得した勝太郎。どうやらカーミラは、自分以外にもクローン体転生の、被験者を寄せていたらしい。
言われて見れば彼女は、実験のために自分に契約を求めたが、被験者は自分一人しか募っていないとは、一言も言ってなかった。
(でもなんであの女、あんな後ろめたいような言い方だったんだ? そう時間もかからず、すぐに説明できそうな話しだよな?)
別に自分以外に被験者がいたからと言って、彼にとって別にさほど衝撃的な話しではない。まあ今まで黙っていたことには、ちょっと文句を言いたい所だが。
「お前も判るだろう? 凄いんだぜ、この身体はさ! 怪力も魔法も、この世界じゃ神様もびびるレベル。王騎士だろうがドラゴンだろうが、虫みてえに簡単に引き千切れるんだ! 日本にいた頃にゃ、こんな楽しい力を貰えるなんて、微塵も思わなかったな! 今まで植民地で威張りちらしてた屑共を、いっぱい殺した時は、今まで生きてた中で、一番楽しかったぜぇ!」
「植民地の基地を襲ったのはお前だったのか?」
以前ラチルから聞いた、ディーク弱体後に、あまりに早く植民地が解放された原因。それは植民地を抑えていた砦や領主館が、正体不明の何者かの襲撃で壊滅したことにあった。
どうやら彼が、その一連の事件の犯人であったようだ。
「随分と殺したらしいな。それで植民地にいたディーク人が・・・・・・一般人や子供も含めてどれだけ殺されたと思ってる?」
「あん? 何だよその僕が悪いコトしたみたいな言い方? 今まであいつらがしたことを、俺が代わりに返しただけだぜ? あのクソデブ貴族共に何回か、泥を舐めて犬の真似をしろって言ったら、あいつら皆言われた通りにしてやがんの♫ こんな風にキャンキャンてさ。ぶははははははっ、思い出すだけですげえ笑えてくるぜ! 神聖なる国の貴族の誇りとやらはどうなったのやら♫ 勿論そのご褒美に、その後すぐにディークのやり方に習って、約束を反故にして頭かち割ってやったけどよ!」
「随分と殺しを楽しんでるみたいだな・・・・・・」
聞いてもいないのに、己がしたディーク幹部への所業を、実に楽しげに話す大翔。勝太郎も同じディーク貴族のピッグ領主には苛ついたが、そこまでしようとは考えもしなかった。
どうやらこの男、大分今の肉体の力に酔いしれているようだ。
「別にいい奴らは殺してないからいいじゃないか兄弟♫ あんたも今みたいな硬派なヒーローごっこはやめたらどうだ? 折角こんなすごい力を貰ったのに、そんな真面目ぶって力を楽しまないなんて損してるぜ・・・・・・何て言っても、やっぱり同調してくれないな兄弟」
「ああ、そうだな・・・・・・ていうか兄弟言うな。ただ同じクローン体を貰っただけだろうが。さっきはいきなり喋って悪かったよ。今度こそ喧嘩の再会だ!」
「おういいぜ! どっちも同じ肉体で、条件は同じだし! 弱い屑を嬲るのも良いが、こういう喧嘩もたまにはあっていいな♫」
不快そうな勝太郎と、実に楽しげな大翔。二人の春明のクローン転生者が、両者同時に地を蹴り、再び拳をぶつけた。
ドドン! ドン! ゴス!
始まったのは、高速での殴り合い。勝太郎と大翔が、圧倒的な速度で動き回り、互いに何度も拳打や蹴りを打ち合う。
最初は多くが躱されるか、防がれるかしているが、次第に互いの被弾率が高くなり、相手も自分も何度も各部に打撲的な痛みを受けるようになってきた。
戦闘は拮抗し、数分の時間が流れる。進軍中だった部隊も、今はこの戦いに見入っているのか、未だに動く気配がなく、無言で静止しているようであった。
二人が互いに受けた攻撃は、二十~三十発になるだろうか? 勝太郎には今相手がどんな顔をしているのか判らない。だが自分の身体に、いくつかの血が流れ出ているのは判る。
そして己の拳には、自分の物ではない血が流れ出ていることに気がついた。恐らく互いに相当な痛手を受けているのであろう。手首にかけた反響の鎖に血が付いて、後で錆びてしまわないか心配である。
「うおっ!?」
勢いづいて大翔が繰り出してきた拳を、勝太郎が紙一重で躱したところで、瞬時に返し技に出た。空振りした彼の右腕の肘に、勝太郎が手刀を当てたのだ。
回避直後の体勢のせいで、あまり威力は出なかったが、相手の身体のバランスを崩すには充分だった様子。関節を叩かれたことで、一瞬よろめいた大翔。そんな彼に、勝太郎は勢いよく頭部を振るった。拳打でも蹴りでもなく、自分の頭を振り下ろしたのである。
ゴン!
鐘のように綺麗に叩きつけられる頭突き攻撃。互いに脳を揺さぶられ、意識が一瞬朦朧とし始める。だが打ち込まれた相手側の方が、痛手が大きかったようで、勝太郎の方が一足先に反撃に出た。
ドス!
勝太郎の回し蹴りが、大翔の腹部を叩きつける。その衝撃で、大翔の身体の体勢が完全に崩れ、しかもその身が地面を離れ、一瞬宙を浮いた。距離にしておおよそ十数メートルほど、大翔が後方に移動したことに気づく。
どうやら地面を何回か弾んだらしく、地面との接触音が複数回聞こえてきた。最後に地面に激突した瞬間に、大翔も体勢を立て直したらしい。猫のように素早く立ち上がったのが感じ取れた。
「いや驚いたぜ。まさかこんなに強いなんて、何でだよ? 目が見えないなら、こっちの方が断然有利だと思ったんだぜ? 実は見えてんのかよ!?」
突然再度こちらの話しかけた大翔。その口調は、先程と違って大分不愉快そうな、そしてこちら側を責めるような感じであった。
「いや見えてないよ。それで俺にやられてんのなら、お前の腕前が悪いだけだろ?」
「言ってくれるなお前・・・・・・」
勝太郎の指摘は、恐らく事実であろう。肉体の強さが同じで、尚且つ片側が無視覚ならば、普通ならば見える方が有利の筈である。
だが現状では互角どころか、僅かだが勝太郎が押している状況だ。勝太郎はこの世界に来てから、すぐには行動に出ずに、天勝寺でそれなりの期間、鍛練を積んでいた。初めての無視覚の世界で、上手く動ける練習を繰り返し、それと同じく格闘技の訓練も積んでいたのである。
この大翔という男、ディークのアマテラス侵攻直後に、植民地のディーク拠点を潰したということは、彼が活動したのは勝太郎よりずっと先の筈である。
にも関わらずこの状態を見る限り、彼はこの一年以上の期間、碌に戦闘訓練を積んでいなかったのかも知れない。
「お前もこういう喧嘩は楽しみにしてただろ?」
「ああ、確かにそう言ったが、やってみると全然面白くねえな! やっぱり戦いは、楽に勝てる相手じゃねえと、全然面白くねえよ!」
「世の中、いつも楽勝できるほど甘くないぞ!」
「うるせえよ!」
勢いのままに飛びかかる大翔。そんな彼に同じく拳を突き出す勝太郎。再度二人の殴り合いが始まる。最初に戦いを始めたときは互角に見えた両者だが、現在は確実に勝太郎の方が有利に進めていた。
勝太郎の拳の三連打が、大翔の顔面に叩きつけられる。彼の顔を殴ったのは、これで何度目だろうか? 勝太郎の目には見えないが、恐らく彼の顔はかなり窪んでいるのではないだろうか?
「ふごっ!?」
腹を蹴りつけられて、再度吹き飛ばされる大翔。即座に起き上がろうとするが、どうもバランス悪く、あまり上手く立ち上がれない様子。その呼吸音の荒さから、そうとう疲弊しているのが、勝太郎にも判った。
「ちくしょう・・・・・・何でこんな目の見えない屑なんかに、おかしいだろ? 見えない奴が見えてる奴に勝つなんて、こんなふざけた話し、あってたまるかよ・・・・・・」
もしかして泣いているのだろうか? 僅かだが鼻水らしき音も聞こえてくる。恐らくは満身創痍だろうが、意外と根性強く、まだ負けを認める気はないらしい。
「見えない奴が勝つのがふざけてる? カーミラが選んだ奴にしては、割と差別的なことを言うな」
「差別じゃねえよ! 見えないのが、どんだけ下らない生き方だが、俺だってよく知ってる! あんな何も判らない世界を、音だけ聞いて頑張って生きるなんて、くだらねえなんてもんじゃねえよ! あんなのいっそ死んだ方がマシだっての!」
何故か知らないが、今の勝太郎の差別という指摘は、大翔にとって逆鱗に触れる言葉だったようだ。何故か憤慨して、声を荒げる。
その言葉に対する勝太郎も、これまた怒りの感情を持った。彼の快楽殺人に多少不愉快を感じた勝太郎だが、これにははっきり声が出るほど憤慨する。
「てめえ、何だ今のその言葉は! 流石にこればかりは許さねえぞ! 見えない奴らが、どれだけ一生懸命生きてると思ってる!?」
「んなこと知ってるよ! 俺は転生前は見えなかったからな! まあ全盲じゃなくて、弱視だったが、それを理由に人から嘲られて、杖も取られて車に轢かれてお陀仏だ! あんな理不尽な死に方をさせられるんだぜ! 目が見えない奴ってのはよ!」
「えっ・・・・・・?」
激昂しながら生前の自分の身の上の断片を語る大翔。それに対する勝太郎の反応は正反対であった。
大翔の発言に、最初は憤慨していた彼だが、何故かこの言葉を聞いた瞬間に、今まで沸き上がっていた怒りが、冷水をかけられたかのように、一気に冷まっていく。そのせいか彼の戦闘態勢が、一気に揺るんだ。
「りゃあ!」
その隙をついたのかどうか知らないが、激昂したまま大翔は再度突撃してきた。今まで以上に隙だらけの、考えなしの突撃攻撃。
痛手で大分弱った彼の攻撃など、勝太郎ならば余裕で躱せそうなものであったが・・・・・・
ドン!
勝太郎は腹部から、内臓が震える痛みが感じた。殆ど回避行動を取らずに、相手の拳が彼の腹部に直撃したのである。
その後も繰り返される、大翔の拳と蹴りの乱舞。ただ真正面に繰り出すだけの、素人同然の攻撃行動であったが、何故かその殆どの攻撃が命中していた。
何故か勝太郎の今の動きは緩慢で、回避も防御もほとんどできていないのである。まるで戦う気がないような動きであった。
(くうっ!)
全身に新たな激痛を何度も味わいながら、ようやく気を取り直した勝太郎。彼の渾身の拳打を、両手を交差した盾で受け止めて、一気に後方に飛び跳ねた。そして彼に向かって、息も切れ切れの苦しげな声で、激しく問いかける。
「おい、お前さっきヒロトって名乗ったな!? まさかお前の名前、斎藤 大翔か!? 大きく翔ると書いて大翔なのか!?」
最初彼の名前を聞いたときは“弘人”と認識していた勝太郎。その当てられた漢字に間違いがあるのではと指摘する。
正直かなりどうでもいい話しに思えるが、何故か彼は必死な声で、その漢字の間違いの有無を問いかけた。
「そうだがそれがどうした!?」
ドン!
拳と共に繰り出された肯定の返事。理由は分からないが気後れする勝太郎とは違い、彼の闘志は衰えないどころか、どんどん燃え上がっている。
「待て、お前は・・・・・・うぐっ!」
勝太郎が何か話しをしようとするが、大翔はもう一切相手にする気はないようだ。更なる攻撃が、次々と無抵抗同然の勝太郎に打ち込まれていく。
「何だよ急に弱くなったな? 今の話しで同情でもしたか?」
ボコボコに殴られて、倒れ込んだ勝太郎。彼にはもう立ち上がる力も残っていないようだ。だがまだ口を開く力は残っているらしい。
彼は自分を見下ろしているらしい大翔に、弱り掠れた低い声で、見えない目で大翔を見上げながら問いかけた。
「お前は・・・・・・俺のことも全部知ってて、こんなことしてるのか?」
「はぁ? そんな目隠ししてるお前のことなんか、顔も名前も知らないよ! まあ俺と同じ顔だってのは知ってるけどよ。そっちは俺のこと、カーミラさんから聞いたのか? まあどうでもいいけど。これで俺の勝ちだ!」
勝太郎の問いなど、心底どうでもいい様子の大翔。彼は片足を上げて、勝太郎の顔を踏み潰さんと、一気に振り下す。
その瞬間に、勝太郎の意識は飛んだ。




