第五十話 巨人と大砲
(何かやばい!?)
爆弾なのかどうかは判らないが、それに危機を感じ、彼らは投げつけられた現在地から、直ちに離脱する。床を勢いよく蹴って、各々が強力な跳躍で、その黒い球の投擲から逃れた。
一行の中で一番身体能力の無いルチルは、真澄に抱えられて、共に部屋の隅へと飛び跳ねた。
「あれは・・・・・・まさか魔人の球!?」
その球が床に着地した起きた直後に起きた現象で、一行はそれが何だったのか思い出す。それは以前にも、ルーカスが使用したのと同じ、あの魔人を生み出す邪悪な魔道具である。
最初は野球ボールぐらいだった球が、そこで風船が膨らむよりも早く、急激に膨張・巨大化、そして変形していった。それはルーカスが黒い球を使用したときと、全く同じ現象。ただし今回は規模が違った。
その変形と共に巨大化する規模は、明らかに以前よりも大きい。あのオーク型よりも遥かに超える巨人へと生まれ変わろうとしている。
「ふははははっ! このアトラス型は、ルーカスが使った魔人とは、格が違うぞ・・・・・・もうお前らはおしま・・・・・・」
グシャ!
あまりの速さで巨大化する中、勝ち誇ったピッグの声が急に途絶える。そしてその後、彼の声を聞く者は永久にいなかった。
「外に出るぞ!」
魔人が完全に形になる前に、一行は窓ガラスを叩き割り、領主館の庭先へと飛び出した。
カーペットを敷いた床から、ふかふかした芝生へと足下を変えた一行。その直後に、領主館の天井が崩れる音が聞こえる。
見るとそこには当然のごとく、無惨にも屋根と壁が崩れ、部屋から良くないものがはみ出る領主館の姿。変化が終わるとそこには、領主館の天井をぶち抜いて、初めて見る大型魔人が、姿を現していた。
館の一階の天井だけでなく、二階の天井までも頭を通し、屋根がボロボロと崩れゆく。残骸と粉塵を、小麦粉を被ったように全身に浴びたそれは、一体の人型の魔人。
全身真っ黒な姿と、一つ目の人型は、今まで戦ってきた小人型の魔人と似てなくもない。しかしよく見ると、黒い表皮は岩石のゴツゴツした無骨な質感だ。体型も力士のようにずんぐりしていた。小人型よりも力持ちそうに見える。
そして何よりも眼を張るのはその大きさ。その体格は推定十五メートル。あの大蛇型もかなり大きかったが、こっちはその比ではない。もはや怪獣と言っていいレベルである。日本風で言うなら、大入道のような姿の魔人であった。
「ウォオオオオオーーーー!」
そんな知性低そうな唸り声を上げ、その一つ目の眼球をギョロギョロとしきりに動かし、しばし止まっていた巨人。するとふと思い出したかのように、巨人は行動を移した。今自分が一部損壊させた領主館を、更に破壊し始めたのである。
ハンマーのように重厚な拳を振り回し、まるで段ボールの家を破るように、その豪華な洋館が、紙屑のように粉々になっていく。これはちょっとサイズが小さい、怪獣映画のような光景であった。
クーソ・ピッグ領主が、大量の税金を使い込み、贅沢に贅沢を重ねてきたこの領主館。その建物も、内部の数々の装飾品・骨董品も、その価値を誰にも判ることなく、無惨に破壊されていく。
最も世の中に、それを悲観する者はあまりいないだろう。彼が買い付けた品物は、殆どが贋作であるために。
さてそんな破壊の様子を、庭の方へと対比した一行を、さほど動揺する様子もなく、黙って見入っていた。
「やれやれ・・・・・・何を出すかと思ったらこいつか。このタイプなら、今までだって何度も倒したぜ」
「ええ、私も今まで二回ぐらい殺したことがあるわね。そもそも護身用に持ち歩く魔人が、あんな大きさにするなんて、危険だとは思わなかったのかしら?」
真澄・ラチル・ルチルにとっては、これはこれまで何度も見たタイプの魔人らしく、全く危機感無くその破壊の様子を見ていた。ただ一人、その姿を視認することができない勝太郎を除いて。
「何かもの凄いでかいのが動いてるの判るんだが・・・・・・あれはそんな警戒しなくていいものなのか?」
「ええ、確かに他の魔人と比べれば強いけれど・・・・・・今いるのはたった一匹だし。ところでピッグの奴はどうしたろうな? 上手く逃げたか?」
「ああ、奴ならさっき、魔人に踏みつぶされたみたいだぞ。さっき奴の呼吸音が途絶えたのと同じく、虫を踏んだような変な音が聞こえたし」
「何だあいつ・・・・・・もう死んだのか?」
「何か前にもこんなことがあったわね・・・・・・」
召喚主のピッグは、巨人が形をなす途中で、奴に踏まれて死んでいた。踏まれて潰れた死体に、崩れた天井の瓦礫が積み重なり、もう彼の生きた痕跡を見ることは不可能であろう。
自分が召喚した魔神に殺されるという、以前のルーカスと重なる光景が、ラチルは小さく笑っていた。
さてそんな呆れモードの一行。領主館の原型が完全になくなる間際にいったところで、気を取り戻したのかルチルが声を上げた。
「いけない、このまま只見てるだけじゃ駄目です! 早く倒さないと! あの魔人が街に出たらどうなるか・・・・・・」
「ああ、そうだな。さっさと片付けるか」
ルチルに促され、真澄は先程の拳銃を再び持ち出す。別にその拳銃で戦おうという意味ではない。そもそも拳銃弾で、あの巨体をどうにかできるわけがない。
拳銃の姿を取っていたゲンイチが、再び光と共に変形し、新たな武器へと姿を変えていった。
真澄の持っている、科学なのか魔法なのかよく判らない武器ゲンイチが、今回変身したもの。それは全長一メートルほどの、筒状の物体であった。
「何あれ? 大砲?」
その奇異な姿に、ラチルが不思議そうに言う。その言葉は、あながち間違いではない。
その筒には銃器のような引き金が附属しており、前面の筒の穴には、緑色の弾丸のような形の謎の物体があった。それは薬莢らしき物はなく、弾丸部分だけが、筒に尻を埋め込んでいるような姿。しかも先端から、細い棒状のものが伸びている。
真澄はその物体を、筒の後部を肩にかけて、背負うような姿勢で構えている。それは日本人の視点からすれば、何なのかというと・・・・・・
「おお、今度はロケットランチャーか?」
見えていないはずの勝太郎が、速攻でその武器の種類を言い当てた。彼にはその武器の、大まかな形だけを感知しただけで、それが何か判ってしまうようだ。
まあロケットランチャーという物は、実物は一般人には馴染み無くとも、映画やアニメではよく見知った物であるからか。
「後ろの噴射口には近づくな! 爆風で吹き飛ぶからな!」
真澄の言葉に、一行が彼女から距離を取った頃。領主館をもう壊すところが残っていないぐらいに叩きつぶした巨人が、こちらに振り向いた。
その巨大な眼が、一行を次の破壊対象として、不気味に睨み付ける。特に今自分に、武器らしき物を向けている真澄には、とりわけ警戒しているように見えた。
巨人が一行に向けて、一歩進み出た。巨体故かその動作速度は、等身大の人間と比べると、ややゆっくりだ。
その踏み込んだ一歩が、庭の草原を踏みつけた瞬間に、既に狙いをつけていた真澄が、構えた110mm個人携帯対戦車弾の引き金を引く。既にプローブは伸長済みだ。
ドン!
筒の両側から、激しい爆音と爆風が発せられる。後ろ側の筒穴から、小さな煙と激しい衝撃波が発射され、後ろの庭の草を覆いに揺らす。それは前方の穴からも放射され、その威力は後方より遥かに大きい。
そして筒の先端につけられていた巨大な弾丸が、炎の気流を噴出して、勢いよく巨人の頭部に飛んでいく。
ボオオン!
激しい爆音がこの領主館の庭に鳴り響き、爆風と煙が一体に吹き荒れる。この弾丸は貫通ではなく、爆破による破壊を主とした物。
その弾丸=擲弾が、敵の身体を粉砕し、粉々になった魔人の黒い肉片が飛び散らし、一体に黒い雨を降らせ、巨人周辺の地面に無数の黒い点々をつける。
「ああ~~外したか」
敵の身体を粉砕した真澄。だが彼女自身は、何故かそう残念な声を上げた。彼女はあの擲弾で、巨人の一つ目を狙い撃ったはずだった。だが実際に破壊できたのは、巨人の右腕。
煙が晴れた後で、片腕を無くして呻き、フラフラと酔っ払いのように揺れている巨人の姿。真澄の狙いは完璧だったのだが、巨人は命中する前に、自身の腕を盾にして、その擲弾の攻撃を防いだのである。
だが片腕が吹っ飛ぶ痛手はそれなりだったようで、魔人はしばしよろめいていた。最もすぐに体勢を立て直し、壊れた腕もまもなく再生するだろうが。
だが真澄は慌てない。弾を無くして只の引き金付き筒棒となった対戦車弾を即座に勾玉の姿に戻す。そして再度勾玉=ゲンイチを、新たに変身させた。今度は何に変身させたのかというと・・・・・・
(あら、またあの武器? しかも弾が補充されてるわ)
それは再びあの対戦車弾に変身していた。しかも先程撃って無くなったはずの擲弾が、再び先端に装着され直されている。
そして真澄は、一度目と全く同じ姿勢で構え直し、再度引き金を引いた。
ドン! ボオオン!
再び響く発射音と爆発音。先程の痛手の余波で、動きが鈍っていた巨人の目玉に、今度は間違いなく命中した。
そして先程の腕と同じようにして、魔人目玉が頭部全体と共に、盛大に爆破・粉砕された。その後に起きた現象は、今まで倒した魔人と同じ。巨人の身体は灰色の泥となって崩れ落ちた。
ただしその泥の質量は、これまでの比ではない。崩れた巨体から、洪水のように泥が流れ落ち、庭に大きな泥沼が出来上がっていた。完全なる真澄の勝利である。
「おい・・・・・・もしかしてロケットをもう一発撃ったのか?」
「ええ、しかし凄い威力ね。あんな大きいの、私だったら倒すのにかなり時間がかかるのに・・・・・・」
勝利で誇らしげにしている真澄たちと、彼女の力を見て関心しているラチル。だが勝太郎の方は、何故か困惑気味である。
(二発続けて撃ったって事は・・・・・・あれはロケットランチャーじゃないのな? てっきりあれは、俺の世界の近代兵器になってるのと思ってたのだが違うのか?)
本来は単発式の対戦車弾。実は変身のし直しで、勝手に弾が補充されるという、謎の現象が起きているのだが。目の見えない勝太郎には、それを確認することができない。
ここに来て彼女の持っている武器が、何なのか判らず、大分戸惑っている様子である。




