第四十九話 領主との会談
さて城壁の外でそんな会話がなされて、しばらくしてからのこと。城壁の外は大層な過酷な境遇の人々が大勢いたが、では中の方は豊かなのかというと、そんなことはなかった。
「てめえ、こんなところに食糧隠してやがったな! 騙しやがってこの泥棒野郎!」
「隠してたんじゃねえし、泥棒でもねえ! 俺が前もって買いこんでおいただけだ! ちゃんと帳簿もあるぞ!」
「うるせえ! 自分だけ助かろうとコソコソしてたら、結局同じだ! 罰として、その食糧全部没収な! お前ら、全部奪い尽くせ!」
街の一角でそんな元気の良い声が一部聞こえたが、それ以外では実に静かであった。
西洋風建築物が建ち並び、石造りの街道が四方に延びている。その街道の脇に、何軒もの商店や住宅地が並んでいた。各地にある公園には、様々な樹木や、噴水付きの池が有り、銀色の女神ロアの像が飾られている。
そんなかつてはそれなりに綺麗であったろう、石造りの町並み。それは今のところ、建物はまだ綺麗ではあったが、人々は実に暗い様子だ。
殆どの人が家に閉じこもり、たまに道を歩く者も、全てに絶望したように暗い様子だ。中には公園や境界にあるロア像に向かって、必死に救いを求める祈りを捧げている者もいる。どうやら切羽詰まった状況にあるのは、城塞内部も同じようだ。
さてそんな街の様子は対称的に、実に豪華で豊かで快活な場所があった。それはこの城塞都市の中心部にある、この土地の長が住む領主館であった。
「おいおい費用が足りないってどういうことだ!? 宴会の予定は、何日も前から組んでただろうが! まさかサボってたんじゃないよな!?」
その部屋の無駄に豪華の部屋で、無駄に豪華な衣装を着て、執務席に座って、癇癪を上げている肥満の中年は、久しぶりに登場のクーソ・ピッグ領主であった。
彼は執事なのか伝令兵なのか、恐らく下の立場であるであろう、この部屋にいたもう一人の人物に、大層ご立腹のようである。どうやら街の貴族衆との間で行われる、宴会行事のことで揉めているようだ。
「いやしかしですね・・・・・・前にも仰ったとおりに、もうこちらの財政も限界でして・・・・・・。どうしても仰って、どうにか捻出できた分の予算も、この前ピッグ様が絵画の購入で全部使ってしまったではないですか・・・・・・」
「おいおい何だその俺が悪いみたいな言い方は! 予算がなくなったら、また新しく入れればいいだけだろうが! そんなことも簡単なことも判らないのか! この無能者のクズめ!」
部下の説明を只の言い訳と切り捨て、見下し侮蔑しきった目で、部下を怒鳴り散らすピッグ。彼の中では、この世で何があろうが、不都合があれば全部自分以外の誰かのせいになるようだ。そこに理不尽や不可能という概念は存在しない。
ちなみにこの領主館の隅々に飾られている、数々の美術品。どれも相当な額で購入した物であろう。だがその殆どが、真鍮に金粉を塗った見せかけだったり、写真からコピーしただけの贋作だったりするのだが、そのことを知らないのは本人ばかりである。
「入れればいいってあなた・・・・・・その新しく入れる予算もないんですよ! 民からの税収も限界で・・・・・・」
「またその話しか! いい加減にしろ! 事あるごとに限界だ限界だと、無駄なことを何度も口にしやがって! 税が足りないなら、さっさと搾り取ればいいだろ! 丁度町の外に、平民共がわんさかいるから丁度いいだろうが! さっさとあいつらから、税をとってこい!」
「そんな無茶な! 村を失って、無一文で逃げてきた者達ですよ! それに外にはまだあちこちに魔人がいます!」
「だったらさっさと村に帰して働かせろ! 魔人なんか己らでどうにかさせろ! そしてあと四日以内に税を支払わせろ! 判ったな! ・・・・・・全く身勝手な民が、仕事をさぼっているせいで、こっちがどれほど迷惑を被っていることか。ロア様も、どうしてこんな賢君である私に、あのような碌に働かない、出来損ないの民と巡り合わせたのか? 全く信じられない。私がこれほどの苦を受ける、謂われはないはずといのに・・・・・・」
怒りと共に、自らを哀れむ声を上げるピッグ。他人からは世迷い言としか思えないが、これもまた本人はいたって真面目である。
「何いつまでも突っ立っている! さっさと戻って、今の命令を実行しろ! 宴の準備ができなかったら、お前もそとの平民も全員死刑だ!」
「はっ、はい!」
そう言われてすごすごと、部下は部屋から去って行く。逃げ腰で、廊下を急ぎ足で進む足音が、実に小気味よく聞こえてくる。さてそんな部下が、忠実に主の命に従ったかというと。
(冗談じゃねえ! これじゃあ、こっちは何されても死刑じゃないか! これは早い内に逃げないと・・・・・・いっそあの真澄とか言うサムライに、助けを求めてくるか?)
とまあこんな感じである。これまでの度重なる粛正で、どんどん人が減っていく城下。このままだと、あの領主の側には誰もいなくなるのは必須に思える状況であった。
それから一時間ほどして。自室で昼間から酒を飲むという、不健康なことをピッグがしている最中。かの部屋が急に乱暴に開け放たれた。
酒を飲み過ぎたのか、顔が少々赤くなっており、少々思考がぼやけていたピッグは、何とも気の抜けた口調で、入ってきた相手に問いかける。
「あん・・・・・・どうしたぁ? 税はとれたのかぁ? まだだったら、お前も首をとばすぞぉ」
この人物は、殆どの時間を、酒と食べ物を喰らうか、女で遊ぶか、気まぐれに芸人を呼ぶかの、ほとんど遊んでばかりの時間。彼が執務に励んでいる姿など、ほとんどない。
この時も、いつも通りに、下からの意見を適当にあしらって、また享楽に励むと思われたが・・・・・・
金箔と装飾品が散りばめられた椅子と机に跨がり、高級なのか否か一般人には判らない、赤い酒をグラスにいれ、それを手で揺らめきながら、彼はその入ってきた人物に、後ろを向いて相手を見ずに、そう口にする。
さてそんな領主に対して、相手はどんな返事をしたかというと・・・・・・
パン!
「!?」
応えたのは銃声だった。目も止まらぬ速度で飛ぶ、フルメタルで先端が覆われた鉛の矢が、ピッグの眼前のすぐ側を飛んだ。
その弾丸はピッグの持っているワイングラスを、花火のように綺麗に散会させた。衝撃と共に大量のガラス片と、赤い滴が周辺に飛び散る。
それによってピッグの顔と服と、下の机が赤く汚れている。ガラス片が当たって血が出たかどうかは、その付着したワインのせいで、判別不可能だ。
そしてそこを通り過ぎた弾丸が、更に数メートル先にある、窓ガラスに命中した。
部屋から外の町の風景がよく見える、格子が付いた大型の硝子窓。その一カ所に小さな穴が開き、そこを周辺にひび割れが蜘蛛の巣のように張り巡らされた。
「なっ、何だ!?」
突然の事態に一気に目が覚めた様子のピッグ。最初は目の前の、ひび割れた窓と、それによって少し見えずらなくなった、外の風景を凝視。
そして次に手元にある、取っ手だけになったワイングラスを、大口を開けて、呆然としながら見つめる。そして最後にようやく、その赤液だらけの顔を回し、部屋の出入り口に目を向けた。
「なっ、何だお前ら!?」
部屋のドアを開けて、この成金臭漂う部屋に、土足で上がり込んだ者達。その者達は彼の部下ではない。それどころかおそらくこの国の物ではない者達。
白煙を吹く拳銃の銃口をこちらに向ける真澄と、仲間の勝太郎達四人が、先程ピッグが部下に向けた以上の侮蔑した目で、並んで彼を見つめていた。
「お前がクーソ・ピッグだな。私達はアマテラスのサムライと、この国の元聖者達だ。お前に色々頼みたいことがあって来た。どうか酒を飲むのを止めて、こっちの話しを聞いてくれないかな?」
「私“達”って、俺もサムライの1人なのか? ていうかクーソって、酷い名前だ・・・・・・」
「貴様らは確か・・・・・・最近魔人狩りをしてる奴らと、前にアドレー砦で聖者を攫った奴か? お前達グルだったのか・・・・・・。くう、人に銃を向けておいて、何を戯けたことを! おい誰か来い! 狼藉者だぞ!」
最初は銃を向けられて青ざめていたピッグだが、すぐに冷静さを取り戻して、館にいる兵士達に声を上げる。
ここには腕利きの護衛が大勢いるはずだった。最近ではピッグの癇癪で、人数が半分以下に減ったが、それでもまだ三十人ほどはいるだった。
だがどういうことか? ピッグはどんなに声を上げても、彼を助けに現れる者はいなかった。
「おい! 何をしている! さっさと来いと言ってるんだ! あれだけ高い金を払って、ここにいさせてやってるんだぞ!」
「無駄だよ。ここにいる奴は、もう誰一人、あんたを助けになんか来ないよ」
何度も何度も助けの声を上げていたピッグだが、その真澄の言葉に、ハッとして振り返る。
「まさか・・・・・・お前らがもう全員倒したのか!?」
「まあ、そういうことと思っていいけど」
実際の所、倒すどころか戦闘さえ起きていない。領主館にいた兵士・使用人達は、真澄たちが来ると、速攻で逃げ出すか、ここまで親切に案内してくれていた。
だがあえて真澄は、ここで彼らの過失は黙っておくことにする。
「くううぅ・・・・・・あの役立たず共め! 判った! 降参だ! 降参するから、もう撃たないでくれ! それでいくら払えばいいだ!?」
打つ手が無いと判ると、実にあっさりと降参したピッグ。だが彼の最後の言葉を無視して、真澄は銃を向けたまま、ピッグに数歩歩み寄り、言葉を続ける。
「私がお前に要求することは・・・・・・そうだな、とりあえず城の門を開けて、外にいる難民達を街に入れてもらおうか。そしてあいつらに、寝床と食糧を提供しろ。これだけの街だ。非常用の備蓄ぐらいはあるだろ?」
ここに来た本題を、まるで今思い出したかのように口にする真澄。あれこれ話した末に、結局の所、難民を助けるために、この街の門を開けさせることにしたようだ。
「えっ!? 何であいつらを? お前らはアマテラス人だろ?」
「何人だろうが関係ない。とにかく言うことを聞け!」
銃口を近づけられ、ピッグは恐怖で震えながら、首を振って応える。
「ちょっと待て・・・・・・寝床はともかく食糧は無理だ。確か今は、街の食料庫は殆どなくなってて、街の平民共も飢えてるとか聞いてたし・・・・・・」
「はあっ!? 備蓄がないってのか!? それじゃあ何の為の城塞都市だ? もし敵に攻め込まれたときに、どうする気なんだよ?」
実際の所、街の方でも食糧危機が広がっていて、それで街中では暗雲として雰囲気ができ上がっているのだ。
食糧が完全に途絶えたときの恐怖から、既に略奪や暴乱も起きているのである。
「しっ、知らんよ! そもそもこうなったのも、卑劣な蛮族共が植民地を奪った上に、外の平民共が真面目に働かないせいだ! 税も払わないくせに無責任に助けろとか要求してくる屑共だぞ! 何であんな奴らを助けねばならないんだ!? ・・・・・・おっお前らだって本当はそう思うだろ? あんな奴らに肩入れするより、どうだ私と手を組まないか? 例え蛮族でも、お前らほどの者なら、羽振り良く雇ってやっても・・・・・・」
パン!
「ぎゃあっ!?」
命惜しさに蛮族排他主義をあっさりと捨てたピッグに、真澄は再び引き金を引いた。最初に撃ったのは、わざと外したが、今回は一部命中させた。
彼の脂肪が溜まった耳たぶが、虫に囓られたように、瞬時に欠ける。これにピッグが絶叫を上げて、床に転げ落ちる。
拍子に彼の座っていた椅子と床が転げ落ちた。その際に、机の棚から、物が大量に床に撒き散らされた。それは無数の書類と、愛人との記念写真などの平面的な物の他に、黒いボール状の何かが転がっているのも見えた。
(うん? あの黒いのは・・・・・・何だっけ?)
その黒い球を見つけて、何か見覚えがあるような気がしたルチル。だがそんな彼女に構わず、球に気づいていない真澄とラチル、そしてそもそも球自体が見えていない勝太郎。
彼らは床を麺棒のように転がりながら藻掻いているピッグに、敵意バリバリと足を進めた。
「話にならないな・・・・・・やっぱり殺してしまおうかこいつ?」
「いや、さすがに人殺しはまずいだろ・・・・・・。化け物を相手にするのとは違うだろ?」
「私にはあまり違いはないね。前に海で、三十万人のディーク兵を殺したことがあるし。今更人殺しなんてね・・・・・・」
「いやだからって・・・・・・三十万!?」
さらっと凄いことを言っている真澄に、勝太郎が動揺している中、ラチルが魔道剣を抜いた。そして床に踞っている、ピッグの片足を、思いっきり踏みつけた。
ゴキッ!?
「ふぎいいっ!?」
その踏みつけで、ピッグの足の付け根が、おかしな方向に曲がる。そうして彼が悶絶している中で、ラチルが剣先を降ろし、彼の目の前に向ける。
「ひいいいっ!?」
「ちょっとあなたに聞きたいことがあるのよね。この国の聖者達に関して、色々聞きたいんだけど・・・・・・」
冷酷な口調で問いかけるラチルに、ピッグは更に身体を震わせながら、無言で頷いた。
足が折れて動けず、床に尻餅をついた体勢で、彼は両手を床で押して、後ずさるようにラチルから距離を取る。
少しずつ床の上を移動しているのだが、どうせ逃げられはしないと、この場の誰も気にしない。
「聖者か? いや・・・・・・この辺りにはもう聖者はいないぞ。前にウィリアムがいなくなった後で、後任を王政府に求めたが、断れたと聞いたが・・・・・・」
「それじゃあやっぱり、全員王都に連れて行かれたのかしら?」
「そっ、そうらしいな・・・・・・確か全部で三十人ぐらいだったとか。途中で逃げた者もいるらしいが・・・・・・」
逃げたという言葉を聞いて、やや安堵の空気が流れる。どうやら聖者達の中にも、先に祖国の現状に気づいた者もいたらしい。
「その子達の名前とか、素性の判る物はないの?」
「いっ、いやないぞ。そもそもあまり興味なくて、話半分に聞いただけだし・・・・・・」
この返答に、ラチルが少し驚き、そしてもう何度目かも判らない呆れの息を吐いた。
「興味ないってあんたね・・・・・・自分の領地が、あれだけ魔人に占領されて、それに関して何も考えてないわけ?」
「いや知らんよそんなこと。そういうのは軍の奴らが考えることで、私が考える必要なんてないだろう?」
「もういいわ・・・・・・」
これ以上、この男と会話するのも息苦しく、ラチルは剣を収めてその場から一歩引いた。とりあえず救出対象が、一カ所に集まっていると言うだけで、十分な収穫である。
「私の話は終わりよ・・・・・・後こいつをどうするかは・・・・・・うん?」
ラチルが剣を引いて、真澄が再度銃口を向ける、一瞬のことであった。ずりずりと尻を引き摺るように、床を移動していたピッグが、ふと手に何かを掴んだ。
そしてそれを持ち上げ、みやりと不敵な笑みを浮かべる。
「ふはははっ、馬鹿な蛮族共め! もうお前らは終わりだ!」
「それはっ!?」
ピッグが持ち上げた物。それは先程倒れた、彼の机の棚から転がり落ちた、黒い球体であった。
見えない勝太郎以外の三人が、それが何か思い出そうとしたとき、彼はその黒い球を一行に投げつけた。




