第四話 不死身のサムライ
「何でだ!? 何で斬れない!? 刃が……」
見ると何度も彼の身体を打ちつけた剣身の刃が、ところどころ刃毀れしているのが見えた。
これを見てその王国兵は、ますます焦り出す。
「己……ならばこれなら!」
その王国兵は、剣身に気の力を溜めだした。あの必殺剣を放つ気である。剣身を纏う光が、一際強くなり、その剣撃が再度少年に振り下ろされる。
それに少年は、王国兵が力を溜めている隙だらけの姿にも何もしようとしない。剣が振られるときに、避けも受けもせずに、ただ黙って立ち尽くしていた。
バキィイイイン!
その必殺剣が命中したとき、さっきまでとは違った音が聞こえた。数倍に威力を高めた斬撃が、少年を斬り裂いた音ではない。
その剣は、刃の中心が粉々に砕け、剣身がポッキリと折れてしまったのである。
気の力を宿した、それなりに値打ちのある王国支給の剣が、あっさりとナマクラのように壊れてしまったのである。
勿論この間に、脳天に必殺剣を当てられた少年は、微動だにしていない。見たところ、魔法を使ったようにも見えない。
「嘘だろ!? こいつ鉄の塊か!?」
剣を砕かれた王国兵同様に、その場にいる全員が更に動揺し始めた。
(何だあの頑健さは? 何者かは知らないが……神の教えを捨ててから、まさか私達に救いの主が現れたのか?)
自己回復を終えて、立ち上がったラチルなどは、その少年に何か希望を見いだすように凝視している。
「おい、お前……いい加減にしろよ。お前さっきから何をしている? 何か冷たいものが触れてて、痛くも痒くもないが……お前が俺に向かって、刃物をぶつけてきたのは判るぜ?」
先程から頻繁に、小さく手を叩いて音を出していたが、ここでようやく言葉を発する少年。
ついさっきは、公衆で醜態を晒したことに、すまなそうに声を上げていた。だが今は、明らかな怒りが篭もった、穏やかでない口調であった。
「覚悟はできてんだろうな? うりゃあっ!」
覇気の感じらない、台詞だけの気合いの言葉を発して、少年はその王国兵を殴った。
武器を持たず、素手の拳で繰り出される、王国兵の腹への正拳突き。鎧を纏った彼の身体に、華奢な少年の拳が放たれる。
ただし速度はとんでもなく、この場の誰もが、その殴打の速度を見切れなかった。
「!?」
腹部から瞬間的に走る痛みに、彼は声を上げるまもなく卒倒した。殴られた装甲は、紙のように簡単に凹み、彼の拳が彼の腹部に、深くめり込んだ。
銃弾のような高速で放たれた殴打が、凄まじい衝撃を走らせ、彼の身体が後ろに大きく傾いた。
そしてその王国兵は、白目を剥き、口から色々と汚いものを噴出しながら、後ろの地面に倒れ込む。
今の衝撃で、彼の内臓にどれほどの衝撃が走ったか? 倒れた彼は、そのまま起き上がる様子がなく、そのまま動かなくなる。
ただ即死はしなかったようで、僅かにだが彼の身体は痙攣している。
「これでもかなり手加減したんだが……呼吸音が予想以上に弱くなってるな。まだ加減が足りなかったか? このままだと死ぬかな、これ?」
少年が今倒した王国兵を見下ろし(といっても見えてないだろうが)、少年が首を傾げている。
そうしている間に、王国兵士達の体勢が大きく変わった。ただの頭の弱い子供かと思ったら、やはり最初の印象通りに只者でなかったと、再警戒し始めている。
「撃てぇ!」
ルーカスの指示の元に、魔道士達が少年に向かって、魔法を撃ち始めた。まだ彼の隣に、倒れた仲間がいることも構わずに。
「おい……」
ドドドドドドドン!
数々の爆撃や雷撃が、少年の小さな身体を襲う。それらは逃げようとしない少年に、大部分が命中した。
数十の魔法弾が直撃し、そこで大爆発が起こる。衝撃で粉塵が巻きちり、この村の広場に、小さな嵐が吹き荒れた。
爆発の炎と粉塵で、一時姿が見えなくなった少年。普通なら即死であろうが、王国兵はまだ警戒を緩めない。
「手を緩めるな! 次々撃て!」
数十人の魔道士達が、次々と魔法を撃ち続ける。爆炎と粉塵が、繰り返し上がり続ける。
幾つか的を外した魔法弾が、村の各所に流れ弾となって飛び、近くの家々に多くの破損を与えていく。
また付近にいた倒れた騎士にも、魔法が当たっているようだ。相当痛めつけられているようだが、果たして彼は生きているだろうか?
そして的に命中した魔法は、破壊の爆音を上げている。つまり的はまだ、そこに原型を留めて立っているということである。
「いい加減にしろよお前ら……立ちションベンだけでこれとは、過剰制裁だぜ!」
その声を聞き取れたものが、どのぐらいいたであろうか? 無数の爆音が吹き荒れる中、その声が殆ど聞き取れないレベルで発せられた後で、魔法弾の的の位置から、何かが飛び出してきた。
「ひぃ!」
魔道士達の恐怖の声が上がる。爆炎の名から鉄砲玉のように飛び出してきたのは、あの少年である。
馬よりも速い速度で走り、身体に魔法が当たっても、全く同時に真っ直ぐこちらに直進してくる。
その超人的な動きに、魔法発射に集中していた魔道士達が、逃れられるわけがない。
ドゴッ! ボキッ! ゴスッ!
その後で始まるのは、一方的な殴打の嵐。魔法が当たっても、全くものともしない少年が、あっさりと魔道士達の間合いにまで詰め寄った。
「ぎゃぁあああっ!」
「足がぁあああっ!」
接近戦に持ちこまれた、魔道士系の戦士はとてつもなく弱い。少年の拳の乱打に、次々と打ちのめされていく。
先程の件で学習したのか、少年は急所に当たらない場所を撃っていく。魔道士達の脚部を、次々と蹴りつけていく。魔道士一人につき、足一本分が、竹のようにポッキリと折れていく。
当然それで立っていられなくなった魔道士達が、次々と倒れ込み、悶絶していた。
切り傷程度では済まない、角度九十度近くまでに折れ曲がった、哀れな魔道士達の足。出血こそないものの、これほどの重傷を、回復魔法で短時間で癒やすことは不可能であろう。
(正確に足を狙っている!? 敵の体型位置が判るのか!? それとも実は見えているのか!? だとしてもあんな速度で……)
少年の的確な攻撃行動に、ルーカスは困惑していた。驚くべきはそれだけでなく、少年の移動・攻撃速度の速さもだ。
まるで映像の早回しを見ているかのように、少年の動きは速すぎた。一般人より身体能力が優れる王国兵達も、あれ程の動きができるものは、そういないだろう。
そうして十数人いた王国魔道士兵達は、何も出来ぬまま、逃げる暇すら与えられずに、全て足を打たれて戦闘不能状態に陥っていた。
「ところでさっきのは何だ? 何か飛んでくるから、矢か鉄砲かと思ったけど、何か爆発してるし。もしかして今のが魔法か? うん……初めて会う生の魔法。是非この目で見てみたかったぜ……」
悶絶している魔道士達を足蹴にして、少年がそんな独り言を口にしている。どうもこの発言からして、本当に何も見えていないようだ。
あっという間に魔道兵達が倒れたことに、残りの王国兵達は震え上がっていた。
あれだけの剣撃や魔法が直撃したのに、少年の身体には傷一つない。服にも破損が見当たらない。せいぜい粉塵によって、少し汚れている程度だ。
「なっ、何なんだこいつ! やっぱりアマテラスからの刺客か!?」
「こいつ只者じゃありません! ルーカス様、ここは撤退しましょう!」
さっきまで村人達の前で、勝ち誇った様子だった王国兵達。だがこの顛末を見て、逆に彼らが怯えきっていた。
「ぐあっ!?」
だが退却を促した部下が、突如斬り付けられた。犯人は少年ではなく、何と彼らの上司であるルーカスであった。
「ルーカス様!?」
「お前ら何をしている! さっさとかかれ!」
たった今、目の前で実力の差を見せつけられたのに、無謀な命令を下すルーカス。それにまた誰かが反論しようとするが、すぐに黙らされた。
「行けと言っているのが聞こえんのか!? それとも、ここで蛮族に背を向けた罪で、私の手で地獄に召されるか!?」
興奮したルーカスの命令に、部下達はもうやけくそで、少年に向かっていった。
ドゴッ! ボキッ! ゴスッ!
その後の顛末は、魔道士兵達の時と全く同じであった。次々と足を折られて、倒れていく王国兵達。
彼らは魔道兵と違って、足には頑丈な籠手を履いている。その籠手ごと、あっさりとその鍛え抜いた強靱な足が、へし折られていった。
その少年は、戦っている最中にも、手で自分の服を叩いたり、強めに地面を踏んで足音をたてたりして、しきりに音を出しているが、それが関係しているのだろうか?
そして少年は真っ直ぐ、攻撃にかかるばかりで、敵側からの攻撃を、避けようとも受け止めようともしない。腰に差してある刀を、抜こうともしない。
勿論その必要はないのであろう。少年はどんなに斬り付けられても、不死身のごとく、傷一つ付かないのだから。
「そこまでだ! こっちを見ろ!」
王国兵達が半数以上倒れた辺りで、突如ルーカスのいる位置から、そんな声が聞こえてきた。
少年がそっちに向くと、そこには先程処刑されそうになっていた、あの村人が、ルーカスの手に捕まって剣先を首に向けられていた。彼は村人を人質にとったのである。
「こいつを……」
「がほっ!?」
だがルーカスが最後まで言い終える前に、その言葉は止められた。そして上がる小さな悲鳴。それはルーカスではなかった。
(人質を蹴った!? 何やってるのあの人!?)
救世主のごとく少年を見ていたラチルも、これには絶句していた。
声をかけられた瞬間に、目に止まらぬ瞬足で、少年はその声の主のいる方向へと駆け出した。
そして少年は……人質にされていた村人の足を蹴り折ったのである。
「はいっ……? ぐはっ!」
人質にとろうとした者が、逆に敵が攻撃したことで、一瞬唖然とするルーカス。そして状況を把握する前に、即座に出された二撃目が、彼の足を襲った。
村人同様に、足をへし折られて、その場で二人同時に悶絶するルーカス。そんな彼らに、少年は人差し指を軽く揺らし、勝ち誇った声でこう言った。
(何する気だったんだこいつ? まあいいや・・・・・・)
どうやらルーカスが何をしようとしたのか、よく判っていないらしい。やられる前にやれの法則で、話しを聞く前に、即座に攻撃を加えたようである。
彼なそのまま何事もなく、戦闘行為を継続した。