第四十三話 盲動聖女
【しょうがないな・・・・・・俺が覚えたアマテラス文字、きちんと書けるかどうか判らないが・・・・・・やるしかないか!】
勝太郎はそこである方法を思いついた。彼は自信の腰に差していた、刀の柄に手をかける。
【まさか刀を!?】
これを見て、今まで戦いでは一度も抜かなかった、あの腰に差している刀を使うのか? ラチルとウィリアムが、それを見て一瞬緊張するが、それはすぐにほぐれた。彼が刀に手をかけたのは、戦うためではなかったのだ。
次々と繰り出され、直撃する風の攻撃を、勝太郎はある作業を行った。腰から鞘ごと抜いた刀の先端を、地面に突き立てて、そこで地面に削って文字を書き始めたのである。
【何してるの? 文字を?】
魔法の効果がなかったら、ガリガリという削減音が地面から聞こえていたであろう作業。
これを最初は不思議そうに見つめていた二人。だがまもなくして、その意味が判った。
【もしかして私達宛に何か伝えようと?】
それはこの無音状態で、ラチル宛てに書いた即席の手紙であった。それは確かな日本語の文字である。
難しい漢字を平仮名にしたり、ところどころ文体がおかしくなっているところがあるが、目隠し状態でよく書けたものだ。
【あれは・・・・・・何て書いているんでしょう? アマテラス文字でしょうか?】
【あいつを取り押さえるから・・・・・・除霊をして欲しいって書いてるみたいね】
ウィリアムはその文字を読むのに難儀していたが、ラチルは速攻でその文字を解読して見せた。
アマテラス文字は、まだ二日しか習っていない。ゼウス大陸と言語が同じで、文字にも共通項が多いとは言え、たったあれだけの期間の講習で、アマテラス文字を読んで見せたラチル。ウィリアムに彼女の声が聞こえていたら、大層驚いたであろう。
【まあ一部で、想像で文字を読んでるところがあるけど・・・・・・多分そういう意味よね。でも取り押さえろと言っても、どうやって?】
驚くべき読解学習能を見せたラチルだが、勝太郎のこちらからの要請に、首を傾げる。
今彼は全ての感覚を封じられて、彼女の位置を特定できない。だからこそあのように一方的な攻撃を受けているのだ。あの状況で、どうやって取り押さえるのか?
【えっ? 勝太郎さん、今度は何して?】
文字の次はジェスチャーで、二人に意思を伝えようとする勝太郎。彼は右手を突き出し、掌を何度も開いたり閉じたりしている。まるで誰かに、握手を求めるかのように。
そしてその意味を、ラチルは即座に理解したようだ。
【手を繋いで、あいつの位置を教えて欲しいの? そう勝太郎さんと手を握って・・・・・・】
自分の掌を見て、考え込むラチル。その頼み事に、彼女は思うところがあるようだ。そして彼女は即決する。
【しょうがないわね・・・・・・あいつには死んで欲しいとは思ってたけど・・・・・・まあ、檻の中で一生生き地獄を味あわせてやるのもいいかも・・・・・・ようしじゃあ早速やるわ! ウィリアム、援護宜しく!】
【えっ!? ラチルさん何か言いました!?】
こちらに顔を向けて、何かを発言したラチルに、困惑するウィリアム。生憎彼には、読唇術など持っていないために、彼女が何を言ったのかも判らない。
だがその直後に、何とラチルが勝太郎の方へと走り出したのだ。未だに風の攻撃が飛び続けるその位置に・・・・・・
【えっ!? 危ないですよ! ああ、そういうことか!】
このままだとラチルに風の魔法が当たってしまう。それに気づいたウィリアムが、魔道杖を掲げ、ジェーンに向かって魔法攻撃を発した。
怪我人相手なために、全力を出すわけに行かないが、どのぐらいの威力が良かったのか、加減具合に不安のある光線が、ジェーンに向かって飛ぶ。
【躱された!】
だがその不安は杞憂であった。こちらの魔力に気づいたのか、素早く反応したジェーンが、その光線を軽やかに躱したのだ。
出血多量で弱った身体とは思えない動き。どうやら亡霊に取り憑かれた影響で、痛みも疲労も感じていないのかも知れない。それはジェーンの身体が、相当やばいことになっていることを意味する。
【当たらないように、撃ちまくります!】
ジェーンに魔法攻撃を与え続けるウィリアム。その攻撃は風の魔力を全身に纏って、敏捷力を増したジェーンに、全て見切られる。
だがその回避行動のせいで、彼女の勝太郎への魔法攻撃は、一時休止していた。
【勝太郎さん!】
その最中に、勝太郎へと辿り着いたラチル。彼女は暗闇の世界で右往左往している勝太郎の手を、強く握りしめていた。
【この感触は・・・・・・ラチルか!? すまないこんな臭い身体に触らせて! 俺の頼みは判るか!? ジェーンの位置を教えてくれ!】
【あのゴミ女はあっちよ! さっさと捕まえて、刑務所送りにしちゃいましょう!】
互いに会話が成立していないが、何をすべきかは判っている。ラチルと勝太郎は、互いに手を取り合い、そしてジェーンの方へと走り出した。
盲導犬ならぬ盲動聖女の助けによって、勝太郎はあっとうまにジェーンの元へと辿り着いた。
【こっちよ!】
ウィリアムの攻撃が止み、その隙に彼に魔法攻撃をしようとするジェーン。だが逆にその隙を突かれてしまった。
皮肉にも自身が生み出した無音領域のせいで、彼女は自身に接近する足音も声も、全く気がつかなかったらしい。
手を繋いで二人三脚のように走る二人が、ジェーンに二人同時に、覆い被さるように激突した。
【おしっ! 捕まえたぜ!】
二人に押し倒されて、一緒に地面に倒れ込むジェーン。即座にラチルが彼女から離れ、勝太郎だけが彼女の身体にしがみつく。
音も臭いも判らない状態だが、こうやって直に組み合えば、勝太郎も敵の体型がすぐに判る。ジェーンに抱きつくようにして、彼女の両腕を掴み上げて、拘束する勝太郎。
強い圧迫に苦しみながらも、ジェーンは足をばたつかせて、藻掻き続ける。バランスを上手く取れない状態ながらも、彼女は拘束されてない足で、勝太郎に抱かれたまま立ち上がろうと奮起している。
だがそれにも邪魔が入った。
【私も捕まえますよ!】
その場に駆けつけてきたウィリアムが、彼女の片足にしがみついた。勝太郎よりも遥かに非力なウィリアムだが、それでもジェーンの足のバランスを崩し、立ち上がるのを邪魔させるのは十分である。
【ようしっ! 止めは私ね!】
最後の決めは自分であると、意気揚々とラチルが、ジェーンの浄化の術をかけようと、倒れて藻掻いている彼女の頭に手を近づけるが・・・・・・
『姫様・・・・・・あなたは何故このようなことを・・・・・・あなたにとって、何が不満だったというのですか?』
【!?】
突如聞こえてきた謎の声。その声に戸惑い、ラチルの手が止まる。
【ラチルさん? 何かあったんですか?】
ジェーンを拘束中のウィリアムが、急に動きを止めたラチルに、そう心配げに声をかける。だがその声は届かない。
それもその筈、無音魔法の効果は、まだ続いているのだから。勝太郎の方は、周りがどうなっているのかなど、何も判らず、ただひたすらラチルが除霊を終えるのを待って、拘束を続けていた。
【今の声は誰!? ていうかどうして聞こえたの!? ここは無音地帯なのに!?】
何も聞こえない筈の空間で、何故か聞こえてきた謎の声。これにラチルは素早く辺りを見回すが、当然この高原には動物一匹もいない。
『我らはあの蛮族共の寺で暮らす、あなたの姿を見ました。聖堂とは比べものにならない、粗末な部屋に食べ物・・・・・・。何より鬼などという、神々しさの欠片もない姿の、化け物の像を崇める者・・・・・・。あんなあまりに卑しいこの場所で、あなた望んで暮らそうとしていた。何故なのですか!? 女神ロアの御許を離れてまで、あのようなすさんだ場所で暮らそうとするのですか!? あのような場所より、我らが国の聖堂の方が、遥かに素晴らしい暮らしをお与えできますのに・・・・・・』
また聞こえてくる謎の声。耳には響かず、まるで頭の中に直接聞こえてくるような、不思議な音質の声。その事実を、その言葉の内容に、ラチルはすぐに事態を把握した。
(この女に取り憑いた亡霊が、私の意識に直接声を通してるのね・・・・・・)
藻掻くジェーンは、言葉を発している様子は一切ない。どうやら今のジェーンの身体を動かす者と、ラチルに語りかける者は、別の亡霊のようだ。
恐らくジェーンの中には、複数の亡霊が取り憑いているのだろう。
『あなただって、その素晴らしい場所で、何一つ不自由なく暮らしていたはず・・・・・・。邪を打ち払う英雄として、人々にも慕われ、富も名声も、まんべんなく与えられていたはず・・・・・・。もう一度お考え直しを・・・・・・あのような醜い者達よりも、我らが神聖なる祖国の方が遥かに・・・・・・』
【ふざけないでよ!】
亡霊の語りかける説得の言葉に、ラチルは激昂して叫び上げた。だがその声は誰にも聞こえない。ウィリアムも、突然口を盛んに動かして、何かを叫んでいる様子に、首を傾げていた。
【あんな汚れた手でもらった富なんていらないわよ! 私は聖者っていうほど綺麗じゃないけど、ゴミ共からの小遣いを喜んでもらうほど、堕ちちゃいないわ! それに名声!? ふざけないで! その欲しくもない名声のせいで、私がどんな嫌な思いをしたと思ってるわけ!? ディークのクソ国民達・・・・・・最初は私のことを、聖女様だ英雄だのと言って、持て囃してたくせに・・・・・・国が傾くと掌返して、私を詐欺師扱いして、散々罵声を浴びせてきて・・・・・・。あんな国に生まれたせいで、私はもう散々な目にあったわ! あんな国、王も国民も、皆死ねばいいのよ!】
途中の国民のことを言った部分が、とりわけ力が入っているラチル。どうやら国民からの賛美の声が、ひっくり返った経験が、相当応えたようだ。
その彼女の言葉が、亡霊に届いたのか分からない。ラチルは言葉を終えてすぐに、ジェーンの額に掌を当てる。そしてそこに、神聖魔法の浄化の光が眩しく輝く。
【とっととあの世にいってちょうだいよ!】
先程から、かつて聖女と呼ばれていたとは思えないほどの、荒い言葉を吐いているラチル。その声を誰かが聞いていたら、どう思われていただろうか?
そしてその除霊は、あっさりと完了した。ジェーンの額から、白い蒸気のような煙が発せられ、そしてあっというまに消え去る。除霊が完了したのだ。
「・・・・・・やったの? あっ!?」
様子を見ていたウィリアムが、自身の口ずさんだ言葉に、驚いた。何故なら自身の声が、自身の耳に届いたから。
除霊が完了すると同時に、一帯に張られた無音魔法の効果が解けたのだ。それと同時に、さっきまで藻掻いていたジェーンも、急に大人しくなる。ぱたりと両手足が地面について、そのまま動かなくなる。
「おう・・・・・・終わったか・・・・・・助かったよラチル」
「ええ、これでゼウスでの借りは、半分ぐらい返せたかしら?」
「ところでこの人大丈夫ですか? 全く動かないですけど・・・・・・」
「ああ、まだ生きてるよ・・・・・・。でも呼吸音が大分弱い。早く病院に連れてかないとな」
勝太郎の誤解から始まった戦いは、今ようやく完了したようだ。後は気絶しているジェーンを、警察に引き渡せばいい。
事が済んだことに、三人は安堵の息を同時に吐く。そして非常時ゆえに、今まで言及しなかった事実に、ラチルが言及した。
「それにしても・・・・・・臭いわね。勝太郎さん、また河童と遊んだの?」
「それウィリアムにも言われたよ・・・・・・」
河童の粘液を全身に浴びたまま戦い続けた勝太郎。結果、彼に協力した二人も、そして今倒れているジェーンにも、粘液が付きまくって、臭いが伝染していた。
腐った卵のような臭いを、全身から発している二人組。香水でも誤魔化せないその臭いを纏って、町に出たら、一気にモーゼのごとく、人々は道を開けるだろう。
「とりあえず・・・・・・ジェーンを警察に渡したら・・・・・・皆風呂に入ろうか」
「ええ・・・・・・もしかして一緒に入るの?」
「一人ずつだ・・・・・・お前が最初でいい。その間は、まあ俺たちも皆にも、我慢してもらうか・・・・・・」




