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第四十二話 狂気の復活

「お前も少しは頭を冷やせよ・・・・・・ディークが憎いのは判るが、今回はちょっと暴走しすぎだぞ?」

「そりゃディークは憎いけど・・・・・・こいつ勝太郎さんにたらし込んで・・・・・・」

「うん? 俺が? まあいい・・・・・・。そもそも俺がこいつを匿ったせいで、こんなややこしいことになった訳だし、それはすまなかったよ・・・・・・。本当に悪かった。後で警察の連中にも謝らないとな・・・・・・」


 最後の方が小声になるラチル。その小声もしっかり聞こえていた勝太郎は、あえてその発言をスルーし、これまでの自分の行動を謝罪する。

 そして彼は、後ろで倒れているジェーンに振り向いた。今度は勝太郎に見下ろされる体勢になるジェーン。

 彼女は、今度は勝太郎を見上げて睨み付けるが、その表情に力はない。戦闘による疲労に加え、多くの手傷を負ったジェーン。彼女は血が流れ続ける腹を抑えながら、何との抵抗もできずに、ただそこに座り込む以外できずにいた。

 血が流れてるのは、腹部だけでなく、このまま無処置にすると、出血多量で死ぬことは必須であろう。


「さっきの動きを見ると、腹を斬られたみたいだな。呼吸音も弱まってる。見えなくても、これはかなりやばいと判るぜ。おい、ジェーン・・・・・・俺を騙したことは、今は何も言わずにいてやる。今から治療してやるから、少し大人しくしてろよ」


 抉れた目すら治療する力を持つ、勝太郎の気功治癒。その術を、今度はジェーンにかけようと、勝太郎が彼女に、気功の光で輝いた掌を差し出そうとした。


「ぐぁああああっーーー!」

「うわっ!?」


 だがその手は払いのけられた。今までこちらを睨みながらも、恐怖で無言状態だったジェーン。それが急に、獣のような咆哮を上げて、彼の手を思いっきり叩く。

 そしてその場でジェーンが、今までの疲労と負傷はどうしたのかと、不思議に思うぐらいに、その場で自然と立ち上がったのだ。


「おっ、おい・・・・・・何してんだよ? 無茶するなよ」


 さっきまで腹を押さえていた手で、己の手を払いのけられた勝太郎。彼の手がジェーンの血で赤く濡れる。

 負傷した箇所をそのままに、まるでゾンビのように立ち上がったジェーン。その腹からは、まだ血が流れ続けている。そしてその場で勝太郎に背を向けて走り出した。


「おいおい・・・・・・どこに逃げる気だ? そんな傷じゃ、どこいってもすぐに死ぬぜ?」


 少し呆れながら、そして大分慌てた口調で、走って行くジェーンに、背後から諫めの言葉をかける。

 実際にジェーンの出血は、かなり深刻だ。すぐに病院に行って、治療と輸血が必要だろう。

 だがジェーンの目的は逃走ではなかった。彼女は倒れた天幕を踏み倒し、その向こうで転がっている、自身の魔道剣を拾い上げた。そして再度剣を構えて、勝太郎の方に向き直った。


「おいマジで何してんだよ!? もういい加減にしろよ! それとも俺に助けられるぐらいなら、死んでもいいってのか!?」

「違うわ勝太郎さん! あの人・・・・・・亡霊に取り憑かれてるわ!」


 勝太郎が大焦りでジェーンを説得しようとする中、一緒に彼女の様子を見ていたラチルが、衝撃的な発言を口にする。

 今のジェーンの目は、昨夜の狸同様に、青く発光しているのだ。これは一目で見抜ける、判りやすい憑依状態である。最も、勝太郎にはそんな視覚的な変化など判るはずがないが。


「亡霊に!? まさかディーク兵のか!?」

「それは判らないけど・・・・・・」

「バンゾクドモガァーーー! スベテコロシテヤルッ!」


 取り憑いているのがディーク兵かどうか判らないという話しをしている最中、ジェーンがボロボロの剣を振り回しながら、まるでロボットのような片言の言語で、そんなこと発した。これで取り憑いているのが誰かなのか、ほぼ確定だろう。


「ちょっと待てよ・・・・・・何でだよ? ここから天勝寺まで、結構な距離だぞ? しかも墓を壊したのは、ジェーンをここに連れてきた後だぞ! どうしてディークの亡霊が、あいつに目を付けるんだよ!?」

「判らないわよ! もしかしたら、それ以前から、ディークの亡霊に纏わり付かれてたのかも・・・・・・はっ!?」


 亡霊に取り憑かれた経緯を考察している暇も無い。憑依状態のジェーンが、魔道剣を振り周りながら、まっすぐにこっちに向けて、突進してきているのだ。


「くそうっ!」


 勝太郎は即座に、ラチルの腰を掴み、その場から跳躍した。超人的な脚力での跳躍で、一気に十メートル以上、その場から離脱する。

 そしてその位置に、ジェーンの突進が空回りしていた。勝太郎は一旦背を向けて、ジェーンから更に距離を取っていく。


「ちょっと何で逃げるの!? あのぐらいまた前みたいに殴り飛ばして・・・・・・」

「血を流しまくってる怪我人を殴れるかよ! お前ここで少し待ってろ!」


 勝太郎が抱き上げていた(残念ながら横抱きではない)ラチルを下ろし、そして次にジェーンの方に走り出す。

 ジェーンもまた、剣を振り回しながら、勝太郎の方へと再突撃を開始していた。そして二人が一瞬の内に、互いに間合いに入り、そして激突した。


 バキャン!


 皿を床に落としたような、耳に付く破壊音が聞こえてきた。勝太郎が迫り来るジェーンの魔道剣に、横から拳を叩きつけた。

 その結果、呆気なくその剣は砕け、幾重もの金属片の雨を各地に降らせた。


「どおりゃっ!」


 剣を失って、一瞬狼狽えたジェーンに、勝太郎が更なる手を加える。彼女の足を掴み上げて、引っ張り出して、ジェーンを仰向けに転倒させた。

 そして倒れたジェーンの胴体の上に、彼は覆い被さる。男が女を押し倒したような光景。彼はジェーンの腹に掌を当てて、やや強引な手法で治療を開始した。


「グウウウ・・・・・・!」


 最初は覆い被さった勝太郎を、手で叩いたりして抵抗していたジェーン。だが勝太郎がしようとしていることの意図に気づいたのか、急にその抵抗が止む。

 彼女の腹の傷は、瞬く間に傷口が塞がり、出血も完全に止んだ。だが出血量はもう、かなりの量になる。これで一安心とは行かないだろう。


「ぐがああっ!」

「うおっ!?」


 傷口が塞がって、一安心した勝太郎。その隙を突かれ、彼は再び暴れ出したジェーンに、身体を掴まれ、思いっきり投げ飛ばされる。

 空中を数メートル飛んだ勝太郎。だがすぐに猫のように空中で体勢を整えて、無事地面に着地した。


「傷は治せても、憑き物は治せないか・・・・・・ラチル、頼みがあるんだが・・・・・・俺がもう一度取り押さえた後、前の狸みたいに、こいつの中の奴を除霊してくれないか?」

「えっ!? 私が? 何でよ・・・・・・」

「俺には除霊ができないからに決まってるだろ? 悪いがこういうのは、お前に頼るしかないんだ。まあウィリアムにもできるなら、そっちでもいいけど・・・・・・」

「サイレント・ウォール!」


 勝太郎がジェーンを助けるための相談を、ラチルと話している間に、当のジェーンが即座に起き上がる。そして会話の最中に、何か魔法らしきものを唱えた。

 具体的に何をしたのか判らない。彼女が手を前にかざして、そこから何かぼんやりとした光が現れて消える。

 それだけで、特に勝太郎を攻撃するような何かが飛び出してくるわけではない。“視覚”だけだと、何も起こらなかったように見えるが・・・・・・


【そういうわけでウィリアム、お前に除霊できるか? ・・・・・・うん?】

【えっ!? 勝太郎さん、私に何か言いました? ・・・・・・あれ?】

【ちょっと、二人ともどうしたのよ? ・・・・・・あら?】


 除霊の話しの続きをしようとしていた二人。ところがその会話が、急に途切れた。別に誰かが会話の言葉を切ったのではない。

 本人達は何か言葉を発しようと、口と喉を動かしている。だが何故か、その口から言葉が出てこないのだ。

 無音映画のように、口をパクパク動かしている一同。そして自身の声が出ていないのに気づいて、皆が一斉に首を横に曲げた。


【ちょっとどうしたのこれ!? 声が全然出ないだけど!? ・・・・・・特に喉は悪くないけど・・・・・・】

【待てよ、確かさっき“サイレント”とか言ってたな? じゃあもしかして・・・・・・】


 勝太郎は試しに、自身の両手の手錠を、勢いよく振ってみる。それをみてラチルとウィリアムも、持っている鈴を強めに振る。だがやはり音は出なかった。

 さっきまではきちんと音が出ていた金属器具。勝太郎の千切れた鎖は、きちんと金属同士で衝突しており、音が出ないはずがない。試しに地面を蹴ってみるが、地面が少し削れただけで、やはり音が出なかった。


【ああ成る程・・・・・・一帯の音を消し去る魔法か。いったい何の為にこんなこと・・・・・・いやこれやばいな! 周りが全然判らねえぞ!?】


 ジェーンが使ったのは、名前の通り周りの音を完全に消し去る魔法。どういう原理か不明だが、周りにどのような物理現象が起きても、一切の音が発せられなくなるのだ。

 これがジェーンが元々持っていた能力なのか? それとも亡霊に取り憑かれたことで、与えられた能力なのかは判らない。

 そしてこの能力、普通に考えれば、使い処がかなり限られる魔法だ。撹乱や隠密には使えるかもだが、目の前に敵がはっきり見えるこの状況では、あまり意味はない。そう普通に視覚を持っている者であるならば・・・・・・


【おいおい・・・・・・どうすんだよこれ!? 確かラチルがいたのがあっち側で、ジェーンがいた方が、あっちだったけ!?】


 今までもない感覚に、勝太郎はやや混乱していた。転生と共に視覚を失い、何とか聴覚で生活や戦闘が出来るようになっていた勝太郎。

 だがここで彼は聴覚さえも失ってしまった。音が消されたことで、反響音も感知できなくなったのだ。


【そうだ臭いで・・・・・・ああ、駄目だ。河童の臭いが強すぎて、他の臭いが判らん・・・・・・】


 聴覚が使えなければ、嗅覚を使うという手もあった。勝太郎の嗅覚能力は、犬には大分劣るが、それでも常人を遙かに凌ぐ力がある。遠くにある血の臭いも嗅ぎ分けられるほどに。

 だがそれも今は使えない。何故なら先程河童を捕まえたときに、あの河童の粘液が、彼の全身に纏わり付いているのだ。その強烈な悪臭を放つ粘液のおかげで、彼は嗅覚も封じられてしまった。


 音も臭いも判らなくなった今の勝太郎の、周囲への感覚は、完全に闇の中になってしまったのである。

 どうにか触覚だけで、周囲を探れないかと、全身の肌の感覚で、風の流れなどを探って見るが、それでは周囲の様子を詳しく知ることはできない。

 しかも今の彼は、粘液で体中の肌がベトベトに汚れて、触覚すら上手く機能できず、彼はただあたふたとせわしなく動くことしかできずにいる。


 そうしている中で、ジェーンの方は、勝太郎のいる位置から周囲を回るようにして、その場から移動する。これで実質、勝太郎には彼女の居場所は分からなくなった。

 そしてそんな彼のいる方向に、ジェーンが掌を突き出す。そしてそこから風の斬撃が発射された。魔道剣は失ったが、どうやら素手でも魔法は撃てるらしい。

 緑色の魔力を有した光を放つ、風の刃。それが矢のように素早く飛び、勝太郎に直撃した。


【おうっ? 何か当たったか?】


 無音の状態であるために、風刃が飛ぶ音も、直撃する音も聞こえない。この世で最も静かな攻撃。勝太郎は触覚で、自分に攻撃が加えられたことに気づく。

 だが彼の身体には、何かが直撃したという感覚があった。ジェーンの攻撃が当たったのであるが、それに勝太郎は、それほど痛みはない。

 元々直に斬り付ける魔道剣すらも、無傷で耐えれる、強靱な勝太郎の肉体。今ジェーンが放った攻撃は、遠距離魔法攻撃であるために、近接武器で直接斬り付けるよりも、攻撃力が劣る。

 しかも今の彼女は、力を高めてくれる魔道剣なしでの、素手での魔法である。そのために、さっきまでラチルに撃っていた魔法よりも、遥かに威力が低下していた。

 そのために、今の彼女の攻撃では、勝太郎に傷を負わせることは不可能であった。


【当たった方向からして・・・・・・ジェーンがいるのはこっちか!?】


 勝太郎は早速、攻撃が飛んできた方向に走る。だが勝太郎は何者も捕まえることもできずに、一定距離走った後で、ただ手をブラブラと振り回すことしかできなかった。

 方向が判っても、相手との距離がまず判らない上に、ジェーンも位置を移動しているために、勝太郎は彼女を捕まえることができないのは当然であろう。


 無音の空間の中で、ジェーンは勝太郎の周囲を走り回りながら、次々と魔法を撃つ。だが生憎その攻撃は一切通じない。

 恐らく勝太郎を倒す前に、ジェーンが先に力尽きるだろう。これでは悪あがきにすらならない。


【おいおい・・・・・・どんだけ魔法撃ってるんだ? あの身体で何て無茶を・・・・・・ああ、そうか亡霊に取り憑かれてるから、中の奴は身体の心配なんかしてないんだな・・・・・・。それに元々敵なんだから、自滅して死んでも・・・・・・いやしかしな・・・・・・こんな後味悪い話しはやだな】


 直接殺すのは犯罪であるが、相手側の方が自滅した場合。しかもそれを止める術がなかった場合、別に彼女を見殺ししたからと言って、何も問題にならない。

 先程ラチルが言ったように、彼女はこの国の侵略者であり、彼女を助けなかったからと言って、誰も責めはしないだろう。


【馬鹿みたい・・・・・・あれじゃ死ぬために戦ってるようなものじゃない。まあこれで私が手を汚す必要もなくなったけど・・・・・・】


 実際にラチルも、この光景を呆れた様子で見ながら、平然とジェーンを見捨てようとしている。

 だが勝太郎の方はどうにか、このジェーンを助けたいと考えていた。だが彼にはその術がなく。状況打破に混迷していた。


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