第四十話 ディークの正義
ザシュッ!
ジェーンの剣が、ラチルの左上腕に命中する。鎧に覆われていないその部分に、傷を負い、僅かだが血が噴き出した。
「ホーリーレーザー!」
だがその攻撃を受けた直後に、再度ラチルの光線が飛ぶ。ただし剣ではなく、突き出されたラチルの左掌から。
「ぐっ!」
その光の攻撃を受け、今度はジェーンが吹き飛び転がる。だが魔道剣を媒介にしない、素手で放った魔法は、さっきよりも威力が劣る様子。
ジェーンは素手で強く殴られる程度の痛手は受けたが、刃物で切られるような深手はなく、出血もない様子だった。
「ヒール!」
ジェーンが転がり、僅かな隙が出来た間に、ラチルが自身に回復魔法をかけた。左腕上腕についた傷が、あっというまに塞がる。完治とまではいかないが、これで出血も筋肉の損傷もなくなっただろう。
だがその治癒が終わった直後に、ジェーンが風の魔法で攻撃。それをラチルが剣で余裕で受け止める。
風の弾丸が簡単に四散すると、ジェーンは即座に踏み込み、ラチルに対して遠距離攻撃よりも強力な、近接魔道剣攻撃を繰り出した。
キン! キン! キン!
再び繰り広げられる剣戟。そこでまた数十合ほど撃ち合った後、互いの渾身の攻撃の余波で、また両者が数メートル距離を開けた。その距離で互いに睨み合う二人。
両者とも相当消耗しているようで、互いに息が荒い。もう二十分近くも、無休憩で戦い続けたのだから当然だが・・・・・・
(勝太郎さん・・・・・・なんでまだ帰ってこないんですか!? すごい不味いことになってますよ・・・・・・)
一行に決着が付かず、どんどん苛烈になっていく死闘。それを見続けていたウィリアムが、ハラハラした気持ちで、何故か未だに帰ってこない勝太郎を待ち続けていた。
「ラチル・パイパー・・・・・・あの蛮族の男から聞いたぞ。お前は何故、ディークを捨てて、この国と組した? この蛮族だらけの汚れた国が、貴様にとってどんな価値があるというのだ?」
睨み合う体勢のまま、不意にジェーンが声を上げた。戦いが続いてから大分経つが、ここで急に相手側が、会話をし始めてきたのだ。
「はあっ? あなた何を言ってるの? 私からすれば、あんな国のどこに価値があるのかを聞きたいわね。あんな嘘ばかりついて、外道畜生を繰り返してきた、汚れきった国をさ」
この問いにラチルは驚き、そして呆れ、小馬鹿にする口調でその問いに返す。だがその返答に、ジェーンがますます顔をきつくする。
「嘘? 外道畜生? 何を言っているのだ? 我がディーク神聖王国の長い歴史の中で、そのようなことがなされたことなど一度もないだろうが!?」
「思いっきりしてるわよバーカ! 女神ロアの言葉だと言って、散々人を騙して操ってきやがって! その上、多くの国に、略奪に虐殺に奴隷酷使・・・・・・もうやばいぐらいしてるじゃないの! あなただって知ってるでしょう!? 今ディークは、ゼウス大陸の殆どの国を敵に回してるのよ!」
「馬鹿なことを! 女神ロアのお言葉に偽りなどない! 大昔から偉大なる聖王様が、その神聖なるお力で、女神ロアの交信を続けてきたんだぞ! それのどこに偽りがあるというんだ!? 間違っているのは、ゼウスの愚かな国々だ! それに略奪に虐殺が外道? 相手はたかが蛮族と、ロアを信仰せぬ異教徒だぞ!? そんな野蛮人共をどうしようと、何の罪になるというのだ!? お前だって、足下の蟻を踏み潰しても何とも思わんだろう? それともお前は、蟻を潰しただけで、いちいち謝罪と贖罪をするというのか!?」
その言葉に、ラチルはぶち切れそうになるのを、どうにか堪え、更なる問いをする。
ちなみに、ディークが侵攻した国には、同じくロア教を信仰している同教の国々が多くあり、それが言い掛かりを付けられて、滅ぼされた国が多数ある。
この時点で、ディークはロア教の教えなど守っていないのだが、その事実はジェーンの頭の中にはないようだ。
「何故獣人や他宗教の人を、蟻と同レベルに考えるの? 人と同じ知性を持ち、文明を持って暮らしているのは、ディーク人だけじゃないのよ。どう考えたって、蟻とは全然違う生き物じゃないの? そんなの普通に見れば誰だって判るわ。どう見ればその人達と蟻が、同じに見えるようなるわけ?」
「何故だと? そんなこと決まっている。女神ロア様がそうおっしゃられたからだ! ロアの元にひれ伏さぬ者など、存在自体が大罪であり、虫以下の存在よ! ロアがそう仰られのだから、それは絶対なる真実だ!」
ディーク神聖王国のこれまで当たり前としてきた、自己正当化の理論を口にするジェーン。彼女自身もそれが当然と、かなり自信満々に言い張っている。
「何故ロアが言えば、全て正しいと考えるわけ? いやそもそもその女神ロアのお言葉とやらが、本当にあったという根拠があるわけ?」
「判りきったことを! 聖王様が仰られたからだ!」
「その聖王の言葉が嘘じゃないという根拠は!?」
「聖王様がとても偉大なお方だからだ! 偉大な方が、偽りをおっしゃられるわけがない!」
一時熱くなったラチルの様子が、また一気に冷める。最も彼女に説得が通じるなどとは、最初から思っていなかったが・・・・・・
「可哀想な人ね・・・・・・そんな狂った教えを、ずっと教え込まれて、そんな可哀想な頭になっちゃって・・・・・・そう考えると、私がずっと閉じ込められた世界で育ったのは、ある意味幸運だったかも・・・・・・その点に関しては、ロアに感謝してもいいかしら?」
「お前、何を言っている?」
「最後に一つだけ言うわ。あなた神聖魔法をどう思ってる?」
「神聖魔法を?」
その言葉を聞いて、今まで自信満々迷いなしに答弁をしていたジェーンが、困惑した様子を見せる。ここで何故、神聖魔法の話題が出るのか?
「昔ディークじゃ、神聖魔法を使える者は、ロアの加護を受けた存在とか言って、持てはやされたらしいけど・・・・・・。今のディークの、まともな育成を受けた人で、それを使える人殆どいないわ。神聖魔法は心の汚れた者には使えない魔法。もし今のディークが、常に正しく、晴れた心の人達ばかりなら、もっと使える人が大勢いるはずでしょう? なのにそれがいない・・・・・・。それは何故かしら?」
「何を言っている!? お前達がいるだろう!? 特殊な施設で、特別な訓練を受けたと・・・・・・」
「その特別な訓練ってのはね・・・・・・。ディークの選民思想の教義から、真逆の教えを受けることよ。ディークとかロア教は関係なく、どんな命も皆平等に、大事に扱いなさいと・・・・・・・。この時点で矛盾してるわよね? ディークの正しい教えを受けた者は、心の綺麗な人間に育たないと、奴ら自身理解して・・・・・・」
「もういい! この大嘘つきの落ちぶれ聖者が! もういい・・・・・・お前をディークに生きたまま連れ帰るのはやめだ! ディークに背いた大罪人として、その首だけもらう!」
ガキイイイイン!
結局ジェーンの心が変わることなく、二人は再度、その場で剣を交えた。
「よしっ! 捕まえたぞ! 早くお祓いを!」
さて先日の池付近に向かった勝太郎は、そこでの仕事をようやく終えていた。彼の今の構図は、先日の捕り物と全く同じであった。
ジタバタと暴れる河童を、後ろから両手で抑えて、がっしり捕まえている。勿論そのせいで、あの悪臭を発する、ドロドロした河童の粘液が、勝太郎の身体に付きまくりである。
(うえ~~折角洗ったのに、またすぐに風呂に入らんと・・・・・・)
常人よりも感覚が発達している分、この臭いは勝太郎の脳神経に、結構な苦痛を与えていた。河童は昨日と捕まる構図は同じだが、その様子は少し異なる。
「ピギイイイッ! ピギィ!」
まるで宇宙怪獣のような鳴き声を吐いて、先日以上の暴れぶりを見せる河童。興奮ぶりも昨日の比ではない。まるで猛獣のような雰囲気だ。
実際にこの河童によって、数人の村人が怪我を負わされている。勝太郎が河童を捕まえたことに、周りで様子を見ていた村人達は
安堵の息を漏らす。皆がこの河童をどうにか落ち着かせようと必死な中に、勝太郎が助けに駆けつけてくれたのだ。
「お坊様はまだか!? 早く祓ってもらわないと!」
「さっき誰か呼びに行ったの見たけど・・・・・・すぐ来れるかしらね? 今お寺の方も、厄除けで忙しいみたいだし・・・・・・」
「こっちは事を急いでるんだぞ! 忙しくても、無理矢理でも連れてこい!」
村人達が、大慌てで僧を呼び始める。悪霊に取り憑かれて暴れたらしいこの河童を、村人達は殺そうとまでは思っていない。
だがお祓いができる僧がいなければ、この河童を救うことはできない。勿論勝太郎に、お祓いなどできないので、僧が駆けつけてくるまで、彼はずっと力でこの河童を押さえ続けなくてはならないのだが。
(くそっ! 表皮がヌメヌメして気持ち悪い・・・・・・ていうかうっかり滑って取り逃がしちまいそうだ! 早く来ないのか!?)
昨日はすぐに河童を解放したが、今日は結構な時間、河童を抱き続けている勝太郎。暴れる河童のせいで、粘液が全身にくまなく尽きまくり、その悪臭とヌメヌメ感が、勝太郎を苦しめていた。
このままどのぐらい、河童を捕まえられるかと、勝太郎も村人達も、不安に思っている中、とうとう天の助けが現れた。
「お~~い来たぜ! おう勝太郎さん、頑張ってるなぁ~~」
「お前かよ!?」
勝太郎の耳に届いてきた声の主。それを聞いた勝太郎が、助けに来てくれたのに、かなり失礼な事を言ってしまった。勝太郎には人の顔は判らないが、この声が誰かは判る。天勝寺のものぐさ坊主の伊助であった。
「水奈子さんはこれないのか!? ていうかお前お祓いできたのか!?」
「失礼な奴だなおい・・・・・・俺だって僧の端くれ。このぐらい・・・・・・あら?」
だがそこで少し妙なことが起きた。今まで狂ったように暴れ続けていた河童が、急に大人しくなったのである。
勝太郎の手を何度も引っ掻いていた手も、急に力が抜けて、だらんとぶら下がる。まるで赤子が人にあやされているかのように、河童は勝太郎に持ち上げられたまま、人形のようにその動きを止めていた。
(何だ? 死んだか? いや呼吸音はある・・・・・・しかも随分と落ち着いて、今までと比べると随分正常になったような?)
これに困惑する勝太郎。彼には見えないが、恐らく周りの村人も、恐らく勝太郎同様に困惑した顔をしているのであろう。
それに恐る恐る近づいてきた伊助が、その河童の頭を、猫をあやすように撫でてみる。
「これは・・・・・・どうやら亡霊はもう抜けたみたいだな?」
「何? もう除霊できたのか?」
「いや、何か知らんが、勝手に離れていったみたいだなぁ・・・・・・」
よく判らないうちに、何故かもう終わったらしい。それを聞いた勝太郎が、その河童を離してみる。
早くこの悪臭とヌメヌメの身体に触れるのを止めたがった彼は、その言葉を聞いて安全を確かめずに速攻で、河童を解放してしまったのだ。
だがその判断にミスはなかった。河童はまるで猫のように、素早くその場から駆け出し、彼の住処の池へと戻っていく。
ボチャン!
河童が水に飛び込んだらしい音が、勝太郎の耳に飛び込んでくる。どうやら無事に池に帰れたらしい。
「本当に憑依は終わったんだな・・・・・・しかし何で奴ら、勝手に離れたんだ?」
「さあねえ~~。自分の意思で離れたんだと、思いますがねぇ」
「ていうかお前、そういうの感知できるほどの力があったんだな? かなり意外だ・・・・・・」
「本当に失礼な人ですねぇ。あんたは・・・・・・」




