第三十九話 二人の女戦士
「うん、来たか・・・・・・あら、そいつらは? もしかして聖者様?」
疎らに岩石が散らばり、様々な高原植物が生える草原が広がる、緩やかな傾斜地帯。右手側を見下ろせば、山地の下の山林の光景が、美しく覗くことができる。
左手側を見上げれば、更なる高山の山脈が立ち並ぶ、壮大な光景を眺めることができる。登山マニアが喜んで出入りしたがりそうな、美しい自然の大地。
その中のやや平地となっている箇所に、赤い登山用キャンプが張られている。その外見は、実に近代的であり、しかも日本の会社と思われる商標までついていた。
そのテントに住まう人物=ジェーンが、勝太郎の転移に気づいて、テントから顔を出した。
この光景は美しいが、人が遊べるような所がないこの場所で、彼女は大分暇な生活を送っていたのではないだろうか?
ジェーンは勝太郎の側にいる二人を見て、何故か少し笑っている。
「ええ、そうよ。私がラチル・パイパー・・・・・・かつてディークの聖者だった女よ」
「!? ラチルさんこの人・・・・・・うぐっ!?」
ジェーンの顔を見たウィリアムが、何故か驚愕して、何かを叫ぼうとする。だが寸前で、ラチルに口を手で塞がれた。
「あらあら・・・・・・さすがは聖者様。実に麗しいお姿で。それじゃあ・・・・・・ごほっ!?」
嫌みたらしい笑みを浮かべてラチルを見ていたジェーンが、突如咳き込む。喉と口を手で塞ぎ、何やらわざとらしく苦しそうだ。
「おっ、おい! どうした!?」
さっきまでどう見ても元気そうだったジェーンが、突如咳き込みながら苦しみ、膝をつく事態。これに勝太郎が、驚いて彼女に寄り添ってくる。
「大丈夫・・・・・・ちょっと風邪を引いたみたいね。ここ結構寒いから・・・・・・」
「ああ、そうか! 確かにこんな高原に長くいれば、そうなるか・・・・・・。悪い俺の浅はかで・・・・・・」
これに責任を感じた勝太郎。かなり慌てた様子で、彼女に気功治癒を施そうとするが、それをジェーンが拒否した。
「気功治癒じゃ、病気は治せないわよ。大丈夫よたかが風邪ぐらいで、そんな心配しなくていいわ・・・・・・。でも少し風邪薬が欲しいわね。ちょっと村に行って買ってきてくれない?」
「ああ、判った! すぐに行くぜ! お前ら、少し待ってくれ!」
あまり大事はないと言われたことで、少し安心した勝太郎。その後の頼みに、彼は即座に転移魔法で村に戻っていく。その結果、この場には聖者二人とジェーンだけが取り残された。
「随分と優しくしてもらってるのね・・・・・・。でも勝太郎さんに、随分と冷たい口調だけど。それであなた、ジェーンさんだったかしら? あなたは何故、逃亡先がこの大陸の遠国じゃなくて、ゼウス大陸に行きたいのかしら? 親が異人だから?」
勝太郎にも言った疑問の言葉を、今一度本人に問いかけるラチル。ジェーンの方はというと、どうもこちらを観察するような視線を向けながら答える。
「ええ、そうよ。昔から母上がいたという、異国には興味があってね。一度行ってみたかったのよ・・・・・・」
「・・・・・・嘘ね」
その回答を、ラチルはきっぱりと否定した。根拠など一切提示せずに、まるでそれが当たり前のように。その回答に、ウィリアムは特に動揺せず、ジェーンの方は軽く笑っている。
「あなたが今ここで、何をしようとしているのか、当てて見せようかしら? 勝太郎さんがいない間に、恐らくあなたの正体に気づいただろう私達を取り押さえる。そして帰ってきた勝太郎さんに、私達を人質にして、ゼウス大陸のディークのお城まで連れて行ってもらう。そんなところかしら? 敗残兵が無様な姿で帰国しても、無事に受け入れてもらえるか判らないからね。でも逃亡した聖者二人を手土産にすれば、結構話しは変わってくるかも知れないし・・・・・・」
「ははははっ! そこまで判るか! いや、判って当然か?」
ラチルの推理を、ジェーンは全く狼狽えることなく、あっさりと行程の笑い声を上げた。
それもその筈、このジェーンという女の容貌は、現在村中に出回っている手配書の人相書きと全く同じだからだ。
「目の見えないあいつなら誤魔化せたが・・・・・・他の誰かを連れてきたら、そら気づかれるわな。あの男の隙をついて、あんたらを捕まえるつもりだったが、まさかこんな形で引き離せるとはね・・・・・・。どうしてそいつが、私の正体を口にするのを止めた?」
ジェーンの顔を見て、すぐにそれを伝えようとしたウィリアムを、何故か止めたラチルの行動。結果勝太郎は、彼女に騙されて、この場から離れてしまったわけだが。
「さあ、何故かしらね? あなたのこと・・・・・・私の手で殺したかったかしら?」
「そうかい!」
ガキィイイイイイイイイン!
二人がそう口にしあった、その刹那に、こののどかな高原地帯に、凄まじい金属の衝突音と、爆風のような風が巻き起こった。ラチルとジェーンは、互いに剣を抜いたのだ。
ラチルの神聖魔法の光を纏った、光り輝く白き剣身。ジェーンの風の魔力を宿した、緑色に輝く魔法剣。その異なる二種類の魔法付加をされた、ほぼ同型の剣身が、余波で突風を引き起こすほどの勢いで衝突したのだ。
互いに剣を打ち、鍔迫り合いを続けた二人。近距離で顔を見合わす二人は、手加減無し殺す気満々の、かなり怖い顔であった。
数秒の鍔迫り合いの末に、互いに剣を打ち払い合い、後方に飛び跳ねて、一時距離をとる。そして二人は、互いの隙を狙って、剣を構えながら、対峙し睨み合った。
(はっ、そうだ! 僕も!)
この様子を見ていたウィリアム。我に返った彼が、魔道杖を強く握り、ラチル援護しようと、神聖攻撃魔法を放とうとするが。
「ウィリアム君、手を出さないで!」
だがその行動の気配に気づいたラチルが、ジェーンを睨み付けた姿勢のまま、そう叫ぶ。これに驚いて、ウィリアムの魔道杖の光が、途端に弱まった。
「ラチルさん、何で・・・・・・!?」
「こいつは私が一人でや・・・・・・くっ!」
ガキッ!
ウィリアムに声をかけている間に、ジェーンの二撃目が繰り出された。一気に踏み込み、ラチルの間合いに飛び込んだジェーンの剣が、ラチルの首を斬り落とさんと迫り来る。
ラチルはすんでの所で、その風の剣撃を、自らの剣で受け止めた。攻撃はそれでも止まずに、受け止められた剣を即座に引き、そしてすぐに次の剣撃を繰り出す。
ラチルはその攻撃もまた受け止め、そして自身も反撃のために、ジェーンに剣撃を繰り出した。
キン! キン! キン! キン! カキン!
二人の剣での戦いが繰り広げられ、まるで管弦楽器の音楽のように、連続して放たれる剣戟音。その物騒な音の連続に、近くで食事をしていた野ウサギたちが、慌てて逃げだしている。この高原はたった今、二人の異国の女剣士の決闘場となっていた。
(さて・・・・・・村に戻ったはいいが、薬ってどこで買えばいいんだ?)
慌てて村に戻った勝太郎。あの商店街の前に飛んた辺りで、少し考え込んでいた。
彼の故国であるならば、薬を買うといえば、薬局かドラッグストアである。だがこの世界の、そしてこの田舎の村の商店街にも、同じような店があるであろうか?
「あれ? 勝太郎さん、今日もですか? 最近よく商店街に来ますね」
そこへ彼に気さくに話しかける者がいた。声に聞き覚えがあるが、勝太郎には厳密にそれが誰なのか判らない。
顔が見えれば、それなりに判別できたかも知れないが、ともかく彼は今、誰かの手助けが必要である。
「ああ実は今、薬屋を・・・・・・」
「大変だーーーーーーー!」
その知り合いの男性に、薬購入の協力を申し出ようとしたときに、商店街の方で、随分騒がしい声が聞こえてきた。
そしてその声に、商店街にいた人々が、一斉に振り向いたのも感じられた。何しろ亡霊と指名手配犯で、緊迫した雰囲気の中で、そんな声が聞こえてきたのだ。
「林の池の方で、河童共が暴れてるぞ! もう怪我人も出てる!」
(林の池? もしかして昨日のか?)
その村人の声を聞いて、勝太郎は昨日特訓で捕まえた、あの池のことを思い出した。後から聞いた話しだと、あの時勝太郎が捕まえた河童は、人を襲うような凶暴な者ではないとという話しだったが。
「河童が人を襲ったのか!? まさか亡霊に取り憑かれて!?」
「ああ、どうもそうらしい! 今警官が大勢、そっちに向かってる! 寺の人達にも、すぐに知らせよう!」
急に慌ただしくなる商店街。昨夜狸が憑依された事件があったので、そういうことがあっても不思議はない。この話しを聞いて、勝太郎は即座にあることを決めた。
(悪いジェーン・・・・・・薬を買うのは少し遅れそうだ)
個人的にも因縁がある、あの亡霊を放って置くわけには行かない。彼は豹のごとく瞬足で、昨日行ったあの池へと駆け出していった。
それから十分以上経過し、彼女達の戦いはどうなったのかというと・・・・・・
「「はぁあああああっーーーー!」」
戦いはまだ続いていた。二人の剣戟音が、耳が痛くなるほど鳴り響き続ける。もう何百合打ち合ったのかも判らない。恐らくは千合はとうに超えているだろう。
時折攻撃の余波で吹き飛ばされたり、攻撃回避の跳躍等で、両者の距離が空くことが起きると・・・・・・
「ホーリーレーザー!」
ラチルが剣の鋒から、十メートル程先にいるジェーン目掛けて、神聖魔法のレーザビームを発射する。その光線の狙いを見切ったジェーンが、素早く左に跳ねて、そのレーザーを避ける。
「はぁ!」
そして回避直後に、今度はジェーンが遠距離攻撃を開始。十メートル先にいるラチル目掛けて、剣の鋒を向ける。その鋒から、爆発現象が起きたかのように、猛烈な突風が放射された。
「くうっ!」
突風がラチルに直撃し、彼女を転倒寸前にまで押し続ける。その風の余波で、高山地帯の植物が旗のように大いに揺れて、小石や砂が巻き上がり、一帯が騒然となる。
更に突風でバランスを崩したラチルに、ジェーンが剣を振った。ラチルがいるのは十メートル先。だがそれは何もない空を切るだけでは終わらない。
太刀筋の起動から、三日月の形状の、緑色の風の魔力で形成された、飛ぶ刃が発射された。
ガキン!
ラチルはその攻撃を避けることはできなかった。だが受け止めることはできた。遠距離から放たれた魔力の刃は、魔法剣を直接撃ち込むよりも、大分威力が落ちる。
ラチルはその攻撃を受けるときに、それほど強い負荷はなかった。だがその防護行動の直後に、風を纏って宙を浮いたジェーンが、ホバークラフトのように地表を飛び、ラチル目掛けて突進する。
ガキィイイン!
先程より強力な剣戟音が発生する。突進したジェーンの一撃を、ラチルはどうにか受け止めたが、その突進の威力を止めきれずに、彼女は剣と共に、数メートル吹き飛ばされ、転がり落ちる。
「はぁあああっ!」
倒れ転がっているラチルに、ジェーンが鋒を勢いよく向けて、彼女を地面ごと串刺しにしようとする。
だがラチルは、今度は自分の意思で地面を横に転がり、その攻撃を回避。ジェーンの剣が、地面に深々と突き刺さる。
だがすぐに引き抜き、今まさに立ち上がったばかりのラチルに、鋭く突きつけた。




