第三話 目隠し少年
「……誰だ?」
いったいいつのまに、そこに現れたのか? 皆が戦いに目を向けている間に、突如その場に入り込んできた闖入者。
それは先程乱入してきたラチルとは、別の意味で奇異な存在であった。
「誰だあの子? 村の子か?」
「いや、あんな子供いないはずだぞ? そもそもあれ……純人じゃないぞ?」
「本当だ! 何か足とか頭が鶏みたいだわ!」
「それに着ている服も変だぞ! あれって何だ?」
今まで黙り込んで状況を見ていた村人達も、これに一斉に騒ぎ出す。先程のラチルの乱入とは、明らかに反応が違う。それは王国兵達も同じであった。
「あの装束は、確かアマテラス大陸の“着物”というものではないのか? それに獣人となると……」
「まさか、アマテラスからの刺客か!? 何故こんなところに!?」
「そんなわけあるか! だったらこんな田舎に堂々と出てくるか? それにあれは子供だぞ!」
「しかし剣を差して、武装しているようだが……」
こちらもラチルの時とは違う、明らかに動揺している王国兵達。特に“アマテラス”という単語が出てきたとき、彼らが一様に、恐怖の感情を示していた。
「すまん……ちょっと道に迷って入ってきたんだが、もしかして取り込み中だったか?」
この緊迫した雰囲気を台無しにする、軽い口調の若い声。その声を発した人物は、身長百五十センチ台で、声からして男子と思われる。
とある理由ではっきりとした容貌は判らないが、顔立ちが細目で中性的容姿と思われる。恐らくは十三~四歳ぐらいの少年であろう。
身なりはこの村や王国兵達の来ている服とは明らかに違う。それは裾が広く、上着をボタンやベルトではなく長布で固定している服である。
それは地球という世界の認識だと、“和服・着物”と呼称される類いの服である。西洋ファンタジー系のここの風景の中では、明らかに浮いている和装だ。
赤い襟の小袖の白い着物で、生地には神獣の麒麟を象った紋様が複数描かれている。
腰には刀が差されている。黒い柄と鞘に収められた日本刀である。足にはズボンのように動きやすく和装の履き物の、濃い青色の軽衫が履かれていた。
彼の奇異な特徴は、服装だけではない。彼の身体的特徴もである。彼は履き物を履いていない。素足でこの村の地面を歩いているのである。
その地面に直接肌をつけている足は、明らかに普通の人間のものではない。三本に別れた三叉槍のような、大きく長い指を持った足である。
その足の先端には、矢のように鋭い爪が生えている。後ろ側にもそれと同型の小さな指が、一本生えているので、合計四本の奇怪な指が生えているのだ。指の数だけでも、人間とは異なる。
その足は、軽衫から出て見えている部分だけでも、全体に黄色い鱗で覆われていた。まるで恐竜か鳥のような、異形な外見の足である。
そしてもう一つの身体的特徴は、彼の頭の上。彼の黒髪の頭の上には、赤い突起物が、背びれのように前頭部から後頭部にかけて生えているのだ。
それは角と言うより、鶏冠に見える。そう彼は、鶏の雄鳥のような鶏冠が、頭から生えているのだ。
鶏冠は頭の髪の毛の間を突き抜けて、皮膚に繋がっているように見える。恐らくは頭につけた装飾などではないだろう。
この鳥のような足と、鶏のような鶏冠。これらの特徴は、彼は純粋な人間=純人ではなく、鶏型の獣人と考えれば、しっくりきそうである。
そして最後にもう一つの特徴がある。それはさっきまで説明したような、文化的・種族的な理由での違いは、明らかに一線を画している。
それは“奇異”というより“意味不明”というべき特徴。この多くの人々が捕まり、死闘が繰り広げられている場所で、彼は何故か目隠しをしていた。
白い鳥の紋様が点々と描かれた、黒い鉢巻きのような長布。それが彼の目元をすっぽり覆って、後頭部にかけて巻き付けられている。
これのせいで彼の目元が全く見えず、容姿を判別するのに、少し時間がかかる。そしてその布には、穴なども開いていない。
確実にこの目隠しをしたこの少年は、周りの風景が全く見えていないはずであった。
「(呼吸音が百人分以上。それに血の臭いまでするが……)もしかして喧嘩祭りの最中だったか? だったら水を差して悪かったな」
皆が自分に注目していることに気づいた目隠し少年。この状況に関して、随分ずれたことを言っている。
見るとその少年、足下が少し震えている。最初はこの現場に怖がっているのかと思われたが……
「うう……悪いがこの辺りに便所はないか? ちょっと我慢できない状況で……」
どうやら尿意を抑えていたらしい。この奇異な人物の存在に、動揺していたこの場の者達は、この発言で呆れ、若干落ち着き始めた。
パン! パン!
そして何故か少年は、突然拍手をするように、両掌を叩き始めた。彼はその自身の出した音を、綿密に聞き入っているようである。この奇行に、人々はますます呆れている。
「何なんだこのガキ?」
「ルーカス隊長、こいつどうしますか?」
「うむ……」
騎士達が呆れながら、この謎の少年の対処に困っていた。問われたルーカスも、どうすれば良いのか判らず、首を傾げていた。
「おい……誰かあいつを家の便所に連れていかせてやらないのか?」
「この状況で何言ってんだよお前? さっきここから離れたら、殺すって言われたろ?」
村人達も、この少年の小さな頼みに、命のかかった意味で答えられず、皆彼に対して無言であった。そうこうしている内に、少年には我慢の限界が来たようである。
「(何だ? 物騒な会話が聞こえるが・・・・・・今はどうでもいいな! 洩れる!) 頼むよ! もう出そうなんだよ!」
「うるさいわ! 訳の判らないガキが・・・・・・そんなにしたければ、その辺で適当にすればいいだろ!」
「その辺に? えっ、いいのか? じゃあ遠慮無く・・・・・・」
適当に言った、立ち小便を推した王国兵の言葉の後、少年は駆け出した。
一部の王国兵が身構えるが、彼が向かった先は王国兵達のいる場所ではない。
それは先程王国兵達が突き立てた、ディーク神聖王国の権威の象徴である、あの女神の紋章が描かれた国旗であった。
ドボドボドボ……
「「「!!??」」」
この場にいる者全てが驚愕した。
王国兵も村人達も。そして先程倒れ、現在自身に回復魔法をかけて起き上がろうとしているラチルでさえ。皆が目を丸くし、口をあんぐり開けて絶句している。
中には恐怖を覚え、こちらが漏らしそうになっている者までいる。
何があったのかというと、あのディークの国旗に、ある者が放射された。
地面に突き立てられた、旗の根元の柄に、小さく放水される黄金色の液体。要するに彼は、ディーク国旗に立ち小便をしているのだ。
彼の履いている軽衫には、小便用の隙間があり、そこから黄金水を滝のように美しく噴射し、その旗の柄に彩りを加えていた。
「はあ~~~! ああ、すまない見苦しいところを見せた。でもまあ許可はもらったんだし、いいよな? ところでここはどこだ?」
溜めていた物を全て放射して、すっかり気分のよい声を上げて、即座にこの場にいる皆に問いかける少年。
この少年の行動に、皆が絶句し、時が止まったかのように、その場が静かになった。
「あら……まあ確かにこんな汚いものを見せれば怒るか……すまないこっちも我慢できなくて……」
「きっ、貴様――――――――!」
話の途中でようやく放心から目が覚めたルーカスが、言葉にならない程の怒りの感情で叫びだした。
他の騎士達も我に帰り、凄まじい敵意の目を向けながら、この少年に剣を向けて身構えている。
「うわっ……やっぱすげえ怒ってる?」
「あああっ……当たり前だ! 貴さみゃ、自分が何をしちゃか判っているのか!? この神聖なる旗に、そのような汚物を……これは我が国に対する、明確な宣戦布告であるぞ!」
興奮しすぎて、少々言葉が崩れているルーカス。そのせいか彼の顔もまた、面白いぐらいに崩れていた。
しかし怒鳴られる少年も、何をしたかと言われても、目隠しているので、それが何なのか当然判るはずもない。
「えっ? これ旗だったのか? ヒラヒラしてるから、樹にしては変だと思ったけど……何でこんな所に旗が? ……まあ、何だ。どうやらかなりやばいことをしたみたいだし、悪かったよ……」
その場で頭を下げて、謝罪する少年。だがそれで、彼らの怒りが収まるはずがない。
「謝って済む問題か! この蛮族が! 貴様ら、このガキを殺せ! 地獄に送って、この大罪をロアの元で償わせるのだ!」
「……えっ?」
彼の言葉に驚いたのは少年だけであった。立ち小便で死刑という判決に、王国兵達は迷うことなく、彼に剣を向けてくる。
そして一人の王国兵が、彼の元に駆け寄り、光を纏った剣を降った。
「おいおい……殺すなんて、そんな物騒な……」
少年の弁明の言葉を最後まで聞くことなく。王国兵の凶刃が、彼に降りかかる。
「よせっ!」
ガキッ!
成り行きを見ていたラチルが、慌ててやめるよう言葉を上げるが、そんなことを彼らが聞くはずがない。
少年の首に横薙ぎに切りつける剣。だが発せられる音は、肉が斬れる鋭い音ではなく。刃が岩などの硬い物にぶつかったような、無機質な音であった。
「何!? 馬鹿な……!?」
身長百八十を越える大柄の王国兵が放った剣撃。それはこの小柄で華奢な少年の首を、スッパリ斬り落とすはずだった。
だが彼の首は全く無事。振られた剣は、彼の首の皮に接触して止まっている。彼の首は、流血はおろか、傷一つついていいないように見える。
「お前、何故剣を止める!?」
「違います! 今確かに……まるで鉄塊でも叩いたみたいな……くそっ!」
巨木の幹すらも、一撃で真っ二つにする気功剣。それが人一人の肉体を、斬れないはずがない。
王国兵は剣を戻し、その後その少年の身体を、何度も切りつけた。
ガキン! ガキン! ガキン!
だが彼に剣撃は通じない。少年はそれを無言で受け続けているが、彼の身体にも衣服にも、切り傷一つ付いていない。
この様子に、他の王国兵達も、只ならぬものを感じ始め始めていた。