第三十七話 亡霊騎士
「くそっ、まさかまだこいつらがいたとはっ! しかも今までになく強力だぜ!」
「滅せよ! はぁあああっ!」
「お前、浄化魔法なんて使えないだろ! そもそも敵がどこにいるか知ってるのか!?」
「うわっ、撃つな! 本堂が傷つく!」
日が沈み、夜の闇が徐々に訪れようとしている時刻。本堂の方では大層な騒ぎが、たった今起き始めていた。
僧房から特急で駆け寄ってきた僧達が、本堂内にいる何かと戦っている。刀や魔道杖を持った寝間着姿の僧達。その武器には、ラチル達が使う神聖魔法と、似ているようで少し違う、白い輝きを放っていた。
僧達はまるで虫を探すように、円陣を組まずに散らばりながら、本堂や庭にて敵を探していた。
「おいっ! 敵がそっちに逃げたのか!?」
そこに駆け寄ってくる勝太郎。風呂のある別棟の方から、大急ぎで着替えて、本堂前の庭に到着した。風呂上がり直後であるため、彼の身体から、湯煙が立ち上りまくりだ。常人なら、湯冷めを気にするところ。
勿論そんなこと彼が気にすることもなく、先程逃がした敵が、こっちに来たのかと思い、大急ぎで彼らの元に辿り着く。
「気をつけろ勝太郎! お前が言ってた、気配の感じない敵ってのは・・・・・・」
「ちょっとどうしたの!?」
勝太郎に伊助が何かを伝えようとしたとき、新たな参入者がやってきた。ついさっきまで、宿坊の方で、アマテラス文字を習っていた、ラチルとウィリアムと水奈子だ。
彼らは今、いつも通りのあの神官服で、剣や魔道杖を携えている。ラチルは既に抜剣しており、すぐにでも戦う気でいるようだ。
『己貴様ら・・・・・・お前達に姫様は渡さない! 姫様を唆したお前ら全員、皆殺しだ!』
勝太郎の耳にそのような声が聞こえてきた。これに勝太郎は、即座に周囲を探るが、ここに自分たちと僧達以外の気配は感じられない。
「くそっ、何だお前ら! 姫様って、誰だよ!?」
「勝太郎、お前何言ってんの?」
その声に反応して声を上げる勝太郎に、何故か伊助は、疑問の声を上げる。それは他の僧達も、ラチル達も同じであった。皆が勝太郎に目を向けて、当惑している。
「何って、さっき喋った奴に文句言ってんだよ!」
「勝太郎さん、もしかしてあなた霊の声が聞こえるのですか?」
霊の声が聞こえる。オカルト商法のようなその台詞を口にしたのは、水奈子であった。彼女の問いに、逆に勝太郎が困惑するが・・・・・・
「まあ、それは今はいいでしょう。とにかく敵は今、この辺りにいます。私が正体を暴きましょう・・・・・・」
水奈子が魔道杖を掲げると、その魔道杖の先端が、白く太陽のように光り輝く。その光が周囲に拡散して、一瞬昼間のように明るくなったと思ったら、その光によって敵の姿があぶり出された。
「あれはっ!? まさかっ!?」
その光を浴びた直後、透明人間がペンキをかけられたように、姿を現した存在。それに今度は、ラチルが驚愕の声を上げた。
ラチルが見る先に、皆が注目する先には、白い煙のような、もやもやした得体の知れない者が存在していた。空に立ち上っていかない、気体かどうかも判らないそれは、やがて一カ所に集まって、形をなしていく。
それは半透明の怪人であった。
空からは月と星の光が降り注ぎ、本堂からも電灯と思われる明かりが放射されている、夜にしては結構明るい本堂前の庭園。
そこに見えるのは、全身が硝子のように透けており、人のような形をしていて、人でない謎の存在であった。
西洋の板金鎧のような物を身に纏っている、身長二メートル越えの、巨漢の人物。まさに幽霊騎士という形容が相応しい。全身が鎧で覆われていて、顔も肌も見えないが、恐らく中身も又透明な幽霊なのだろう。
その鎧のデザインは、以前会った、ディークの騎士達の甲冑と、とてもよく似ていた。しかも胸元の装甲に、ディークの紋章が掲げられている。
そんな幽霊騎士が三人、この本堂前の庭に姿を現していた。どうやら水奈子の魔法で、霊視のないものに見えるようにされたらしい。
「アンデット!? しかもあれはディークの騎士ですか!?」
「ああ、どうやらあれがあんたらを狙った犯人みたいですぜぇ!」
「ディークの騎士? おいおい、どこにいるんだよ?」
皆がこの敵の出現に困惑する中、何故か状況が呑み込めてない者が一名。それは勝太郎であった。
彼は皆が顔を向けている先に、己も顔を向けるが、何故皆がそこに注目するのが判っていない様子である。
「何ってあそこよ! あんな大きい人がいるのに、判らないんですか!?」
「いんや全然・・・・・・」
この現れた幽霊は、完全に実体化はしていないが、その姿はこの場にいる全員が、はっきり視認していた。だが勝太郎だけは、その存在を感知できなかった。まあ目隠しているのだから当然だろうが。
彼には霊の声は聞こえたが、反響による物質的な感知はできないようであった。
「行くぜ、神光!」
魔道杖を持った僧達の何人かが、そういう必殺技っぽい声を上げながら、その幽霊騎士達に、ラチルの神聖魔法と似た感じの、白い光線を発射した。
その光線を、幽霊騎士達が素早く動いて躱す。だが1発だけ、一人の幽霊騎士の肩に命中。多少は効いたようで、それに僅かに怯みながらも、幽霊騎士達はその場から逃走していった。
ちなみに躱された光線の何発かは、庭に植えられている樹木の幹に当たる。だがその幹には、傷一つ付いていない。幹が揺れたりといった、物理的な動きもない。
どうやら彼らの使う魔法は、ラチル達の神聖魔法と違って、物理的な破壊力は無いようである。
「この野郎が! 待てや!」
伊助が白光を纏った刀を振り上げて、幽霊騎士達の逃げた先に向かう。他の僧達も、一緒に走り出した。あっというまにこの場にいた者の半数以上が、その場から離れていった。
「何してんだお前ら? そこに敵がいるのか?」
「ええ、そうよ! 敵は幽霊なのよ! だから勝太郎さんにも、気配が掴めなかったのね・・・・・・」
「なんですと!?」
謎の侵入者の正体は幽霊だった。その衝撃の事実に、勝太郎は少し驚く。そしてすぐにラチルと共に、その幽霊の逃げた先、僧達が向かった方向に走り出した。
「おいっ、ここって墓場じゃないのか!?」
「そんなの見れば・・・・・・ああうん、そうだよ」
林を抜けて、一行が辿り着いたのは、寺から少し離れた所にある、寺院墓地であった。月夜の中に立ち並ぶ、無数の墓石が立ち並ぶ姿は、結構不気味なものがある。
しかも近くで梟の鳴き声など聞こえてくるため、ますます不気味感がある。ただし毎週掃除されているため、墓石に苔などは生えておらず、その辺の風情はない。
「院主様、あいつがここに逃げ込んだということは、やはりあれではないでしょうか?」
ラチルが指差した方向には、確かに心当たりがある物がある。そしてそれを知っていることに、水奈子は若干驚く。
「ええ・・・・・・ご存じだったんですか?」
「ああ、前に俺がこの辺りを案内したんですわ」
伊助の回答の後に、一行は山狩りにでもいくかのように、その方向に向かって、武器を構えて一斉に走り出していった。
そして辿り着いた先には、そこにある大型の物体が、堂々と立ち上がっている。そしてそこに辿り着く、彼らの進行を阻害する者が現れた。
「うわっ!?」
バシッ!
それは突如として現れて、一瞬で終わった。道中の墓の間から、小型の動く何かが飛び出して、水奈子に噛みつこうとしたのである。だがそれは直前に勝太郎に止められた。
周囲から聞こえてきた、僅かな足音を聞きつけて、誰よりも素早くこの者の襲撃に反応したのである。
「何だこいつ? 犬か?」
勝太郎に首を掴まれて、持ち上げられている、中型程度の生物。それは狸であった。幽霊を追っていたら、道中で何故か、野生動物の襲来を受けたのである。
息苦しく口を盛んに開閉し、足や尻尾を、赤子のようにジタバタと振るって、勝太郎の束縛から逃れようとしている。
勿論その程度の抵抗で、勝太郎の手は緩まない。前足の爪が、彼の手を引っ掻いても、その肌には傷一つ付いていない。
「この子もしかして、前にお墓のお供え物を食べてた・・・・・・」
「ああ、多分そうだぜぇ。しかしどうしたこった? こいつは盗みは良くするが、人を襲うなんてこと・・・・・・」
「あら? この子、目が?」
基本臆病な狸は、積極的に人を襲うようなことはない。しかもこの狸は、普段から人里に出入りして、人間にかなり馴れているはずだった。
だがそれが、急に水奈子に噛みつかんと、襲いかかってきたのである。様子がおかしい点はもう一つ。この狸の目は、何故か青く光っている。
動物番組などでよく見る、夜中にライトが反射して光る目ではなく、まるで眼球そのものが電球になったかのように、発光しているのだ。
「ちょっと待って・・・・・・多分この子は・・・・・・。勝太郎さん、その子をもうしばらく捕まえてて! それと首を締めるのを、少し緩くして上げて。何だか苦しそうで可哀想だわ・・・・・・」
勝太郎に首根っこぶら下げられて、息苦しそうな狸に、ラチルがそっと手を伸ばす。暴れて激しく揺らめきながら吊されている狸。
勝太郎はその狸の、後ろ足をもう片方の手で掴み、これ以上揺れないよう狸の身体を固定した。そしてラチルは、狸の爪にやられないように、その背中の方から手を寄せる。
ラチルの右掌が、狸のふさふさの毛皮で覆われた背中に触れる。するとその右掌の内側から、淡い神聖魔法の光が発せられた。
その光が、狸の背から身体に吸い込まれるように照射されていく。すると狸の身体から、蒸気のように白い煙が、うっすらと立ち上り始めた。
勝太郎も風呂上がりで身体から湯気が立っているが、それとはどうも様子が違う。
「「おっ?」」
すると今まで暴れてきた狸が、急に大人しくなる。青く光っていた目も、あっというまに元通りである。そしてまるで何か怯えているように、勝太郎の顔に目線を向けて震えていた。
「お願い、離して上げて・・・・・・」
「おう・・・・・・」
勝太郎は持ち上げていた狸を、静かに地面に降ろし、首から手を離す。すると狸は、一瞬で消えるように、一目散に逃げていった。
狸の動きは意外と素早く、墓の間を潜り抜けて、あっというまに近くの林の中へと消えていった。
「あれは・・・・・・やっぱり憑依かよ?」
「そうみたいね・・・・・・」
伊助の問いに、ラチルは少し戸惑いながら肯定した。そしてその事実に、次に勝太郎が問いかける。
「あんな動物を操って攻撃する程度か? 意外と大した力はないんだな」
気配を感じさせず、寺に侵入するほどの手練れと考えていたら、随分と力の弱い攻撃方法。それに除霊歴のある水奈子が答えた。
「亡霊の力なんてそのようなものですよ。ただ刀や銃で倒すことができない分、生きた人間よりも対処が難しいのですが」
「へえ・・・・・・ていうかラチルの魔法って、魔人だけでなく除霊もできるんだな」
「そりゃそうよ。私の使ってる神聖魔法って、傷を治したりアンデットを倒したりする白魔法の、上位版の位置づけだし」
ラチルの返答の後で、一行は早速、諸悪の元凶と思われる所に辿り着いた。皆が緊迫して、その物体に注目している。
「多分・・・・・・これがあの亡霊達の、発生源ね」
「そうか! じゃあ、やるか!」
「えっ、ちょっと!?」
ラチルが何か説明しようとする前に、勝太郎が止めも間に合わずに、その物体に拳を振り上げて突撃した。
ドオオオオン!
勝太郎の拳を受けて、激しい破壊音を鳴らし、その物体=異人の大型墓は、窓ガラスのように簡単に、そしてバラバラに砕け散り、周囲に石の欠片を飛び散らした。
ガラララララッ!
「ちょっと勝太郎さん! あなた何やってんの!?」
無数の石片が地面に転がり落ちる音の中、ラチルは呆然とし、そして激怒した。それに勝太郎も、逆の意味で驚く。
「えっ? さっきこれが発生源って・・・・・・」
「これはお墓よ! それを壊すなんて、何て罰当たりなことを・・・・・・」
勝太郎が破壊したのは、前に伊助に見せてもらった、一年前にこの村近辺の海岸に流れ着いた、ディーク兵達の墓石であった。
その下に、数千人分のディーク兵の遺灰が詰め込まれた、この墓地の中でも異彩を放つ墓。それを勝太郎は壊してしまったのである。




