第三十五話 気配なき剣撃
気配の全く感じ取れない敵に、勝太郎は焦り出す。どんなに常人離れした肉体を持っていても、敵の位置が判らなくては、どうしようもできない。
シャキン!
「!?」
次に聞こえていたのは、金属音であった。部屋の片隅の壁に立て掛けてあったのは、恐らくラチルが持っていた魔道剣。それが突然動きだし、刀身が柄から抜かれたようだ。
さっきの椅子と同様に、その剣を抜いた者の気配は感じ取れない。
(そこかっ!?)
だがこれは勝太郎にとっては好機であった。今剣を抜いたということは、敵は今その剣のある位置にいるということである。
勝太郎は再度駆け出し、その剣の位置にまで急接近した。そしてその剣が勝太郎に向けられる前に、瞬足で間合いに詰め寄った勝太郎の蹴りが、その剣を持っているであろう敵に向かって、拳を突き出した。
ブン!
(何っ!?)
だがまた攻撃は空振りであった。突き出された殴打は、何者も仕留めずに、また空を切った。どうやら敵のいる位置を間違えたらしい。
抜き放たれた剣は、目の前に迫っている勝太郎目掛けて、その剣身が勢いよく振り下ろされた。
(ふんっ!)
だがその剣身が勝太郎に当たることはなかった。まあ当たったとしても、彼の鉄のように頑健な肉体を、傷つけられたかは知らないが。
勝太郎は即座に右横に動いて、その剣撃を躱す。剣は更に追撃をして、勝太郎の二撃目の剣撃を加えるが・・・・・・
バシッ!
「その剣はラチルのだ。悪いが返して貰うぞ! おりゃあっ!」
勝太郎は両掌を、合掌するように重ねた。その重ねた両掌から、薄い金属製の冷たい感触が伝わる。彼は白羽取りで、その剣を受け止めたのだ。
受け止められた剣は、勝太郎の強靱な力に捕らえられ、ピクリとも動かない。勝太郎は挟んだ剣を思いっきり引いた。
敵の気配が判らないので、きちんと判別できないが、これで敵の手元から、この剣を奪えたはずだ。そしてすかさず、武器を失った敵のいる筈の位置に、勝太郎の蹴りが飛び込んだ。
(畜生、また外したか! 何て素早い奴だ!)
だが今回も空振り。どうやら武器を奪われた直後に、敵は即座に勝太郎から距離をとったようだ。
「ううん・・・・・・誰よぉ~~」
気配の分からない敵との攻防戦が、しばらく続くかと思いきや、そこに間の抜けた声が聞こえてきた。布団から起き上がった、ラチルの声である。
まあ、これだけ騒げば、目を覚ますのは当然であろうが・・・・・・
「て・・・・・・えっ!? 勝太郎さん!? 何しに・・・・・・ちょっと待って、まだ私ら、こういうことするのは早いっていうか・・・・・・」
「馬鹿言ってんじゃない! 敵だ! この部屋に誰かいるぞ!」
「えっ、嘘っ!?」
ラチルが首をしきりに動かして、部屋の周囲を見渡しているだろう動作を、勝太郎は知覚する。
謎の敵と違って、こちらはきちんと気配を読み取れた。そして勝太郎と違って、彼女は敵の姿を、きちんと見れるはずである。
「どこにいるの? 誰もいないみたいだけど・・・・・・」
「そうか・・・・・・くそっ、逃げられたか!」
悔しげに声を上げる勝太郎。どうやら敵は、ラチルが目覚めると共に、この部屋から脱出したようだ。勝太郎が開けた襖は開けっ放しだったので、恐らくそこから逃げたのだろう。
即座に廊下に出るが、当然敵がどうなったのかなど判らない。寺の方でも騒ぎは起きていないから、恐らくはもう寺の外に逃げたのであろう。
(奴ら逃げる時も、足音一つたてなかった。俺の聴覚にすら、足音を隠せるなんて、とんでもない奴がきたもんだ・・・・・・)
正体も目的も分からない、謎の侵入者の出現。勝太郎の超感覚すら、気配を隠せるつわもの出現に、彼は少々戦慄していた。
その事件があってから、寺内ではちょっとした騒ぎが起きていた。本堂の広間で、寺の者達と勝太郎達が、一同に集まっている。
「いんや~~こんな時間に起こされるなんて、たまりませんわ。そんで結局その入り込んできた奴って、何者なんですか? やっぱり例の指名手配犯?」
「そんなの判るわけないだろうが。俺には人の顔が見えないんだからな。・・・・・・まあ話しに聞いていたような、若い奴の声じゃなかったが・・・・・・」
伊助が大きな欠伸を上げながら、緊張感の欠片もない声を上げた。
騒ぎにはなっていたが、寺の中で誰かが傷ついたり、何かが壊されたり盗まれたりといった被害は出ていない。そのため、今はもう皆落ち着いていたようだ。
「何者かも目的も判らない・・・・・・何とも不気味な者達ですね。それがこの寺に、誰にも気づかれずに入り込んでいたなんて・・・・・・。それでその者達は、ラチルさんを姫と呼んでいたようですが、そうなのですか?」
「そんなわけないじゃないの。私は只の、ディークの界隈の聖者よ。何だか、前にもそんなこと聞いたような?」
カラン! カラン!
いきなりの事態に、皆どう対処すればいいか判らない。とりあえずこの件は、別に任せようと思っている間に、その人物の来訪の鐘が鳴った。
「おう、日和姫様が来られたか・・・・・・」
「姫?」
本堂に夕方頃にも訪れた面子の警官達が、同じようにここを訪れた。ただし面子はさっきよりも増えて、今は十人以上いる。
「おうおはよう・・・・・・もう一時だから、その挨拶でいいわよね? あら貴方たちが例の異人かしら? 初めまして、私は王都から派遣された、警察隊警視正の津軽日和と言いますわ」
リーダーの日和が、初めて会うラチル達に挨拶する。一応追っている人物と同じ異人であるが、別段二人を怪しんでいる様子はない。
「何だ? 姫様って呼ばれた割には、随分しわがれた声だな?」
「ははっ、確かにあれは姫って、呼びづらいわなぁ」
「これっ!」
日和に対して、礼儀のない言葉を発する勝太郎と伊助に、水奈子は憤怒して声を上げる。
「そんなことでいちいちカッカしないのよ。じゃあ、ちょっとその宿坊の部屋を見せてもらうわね」
そう言って、二人の警官を除いて、その部屋に向かう警官達一行。その日二人は宿坊には戻らずに、この本堂の前で泊まることとなった。
さて朝になり、ラチルとウィリアムは、宿坊に無事帰還する。結局あの後の調査で、あの部屋には何も見つからない。
足跡や指紋などもなく、警官隊は収穫なしでガッカリしながら、この寺を後にする。ちなみにこの件は、まだ報道機関には伝えないとのことだ。
ただしラチル達は、あまり気持ちがよくないとして、泊まる部屋を変えることになったが。現段階で、寺の宿泊者は、彼女だけであることが幸いし、どこに部屋を変えても問題なかった。
朝食後、水奈子が学校の仕事に行っている間、ラチル達は独自でこの国の文字の勉学をしていた。二人が机の上の書物と睨んでいる間、勝太郎はしばらく部屋の片隅で、二人を見守っていたが・・・・・・
「おい、お前ら・・・・・・俺ちょっと出かけてくるわ」
壁に背中を付けて座り込んでいたところを、ゆっくりと立ち上がって、そう言う勝太郎。これにラチル達は、少し驚いている。
「出るってどこよ!? 私達を置いていくわけ!? 昨日あんなことがあったのに!?」
「個人的な用だ。理由は前に言ったとおりに秘密よ。それとちょっと気配を読む特訓もしにな・・・・・・」
戦闘訓練には関しては、これまでの戦いで、もう充分だろうと思っていた勝太郎。だが昨日の、気配を読めない敵の出現で、彼は少し考えを改めたようだ。
「そう・・・・・・じゃあ私も一緒に行くわ!」
「いや、お前らはここで勉強してろよ。それに後から、伊助さんの所に行って、寺の掃除の手伝いもするんだろ?」
「昨日あんな事になったのに、私達を置いていくの!? もし昨日の敵が出てきたら、どうするわけ!?」
「別にお前らなら大丈夫じゃないのか? お前だって、かなり強かったろ? それに何かあったら、寺の方の伊助さんの所に行って・・・・・・」
「あんな人、当てになるわけないじゃない! 相手は勝太郎さんでも、捕まえられなかった相手よ! ・・・・・・判った、今から伊助さんの所に話してくるから、その用事が終わるまで、一緒にいさせて!」
そうやってラチルは、半ば強引に勝太郎の用事に付いていくことになった。
それから数十分ほどして、視点は勝太郎に移る。勝太郎はあの転移魔法で、ある場所に瞬時で飛んでいた。
「おはようジェーン! ほら飯持ってきたぞ」
「何よ、今日は遅いわね?」
相変わらず礼の一つも言わずに、勝太郎から食べ物を受け取るジェーン。ここはどこかというと、黒神村から十㎞以上離れた所の、高原地帯である。
生えている樹木は少なく、竹の低い草花と思われる物が無数に生えて、辺りに絨毯のように広がっている。
以前勝太郎が、無視覚での戦闘訓練をしたときに、森林の中を、木々を躱しながら全力疾走し続けるということをやってみたことがある。その時に、偶然辿り着いたのがここである。
正直言うと勝太郎には、ここが地理的にどの辺りなのか、さっぱり判らない。最初に来た時は、反響で読み取れる限りの周囲の物体・ここまでの道中、坂を駆け上がった感覚があること・そして気圧や湿度、などから、ここを高原と推測していた。
ここの風景を肉眼で見たジェーンの証言から、その推測は正しかったらしい。そしてここの光景をただ人里から、かなり離れた地域であることは間違いないようだ。
そのため勝太郎は、ここをジェーンの潜伏先にさせたのである。
「それで・・・・・・私は一日待ったけど、あとどのぐらいすれば、ゼウス大陸まで送ってくれるのかしら?」
「いや・・・・・・もうちょっと待った方がいいな。実は昨日の夕方辺りに、一度ゼウス大陸に行ってみたんだが・・・・・・俺目が見えないから、どうなってるのか、よく判らんかった。ただ転移した村の近くから、山火事みたいな火煙の匂いがしてな・・・・・・まだやばそうな感じだったんで、引き返したよ・・・・・・」
下手に人を探して聞いて回れば、またディーク兵と衝突して、騒ぎを起こしかねない。彼には武装した一般人と、ディーク兵との区別を、視覚で判別することはできないのだ。
そのため、迂闊にあの土地に、探りに行くわけにいかない。
「まあ、今度俺の仲間にも一緒に来てもらって、そこの様子を見てもらおうと思ってるが・・・・・・。ていうか、最初からなんでこの方法を思いつかなかったのか・・・・・・」
「仲間? ほう、どんな奴だ?」
「ディークの聖者だった、ラチルとウィリアムって奴だ。俺があの国から、こっちに連れてきたんだ。正直あそこに人を連れて行くのは危ないんだが・・・・・・まあ、あいつら結構強いから大丈夫だろうかな?」
「聖者だと!? あの村には聖者がいるのか!?」
声を張り上げ、食べ物を落として立ち上がり、勝太郎に詰め寄るジェーン。どうも彼女にとっては、とても関心事を引く話しであったようだ。
「あっ、ああそうだが・・・・・・すこし驚きすぎじゃないかお前?」
「えっ? ああ、そうだな」
だがすぐに落ち着いて、彼女は腰を下ろした。この様子に、勝太郎はさほど不審に思わず、ジェーンに次の話を続ける。
「お前も気をつけろよ。まだ例の指名手配犯は、捕まってないし。ていうか昨日、泊まってた寺に、それらしき奴が来て、ラチルに何かしようとしたばかりだからな・・・・・・。あいつそれで神経質になってるみたいでな・・・・・・。まあ・・・・・・俺は今、人を待たせてるんで、もう行くわ」
「いや、待て・・・・・・」
とりあえず勝太郎は、ここで話しを終えて、早急にここから立ち去ろうとした。だが急にジェーンが命令口調で、彼を呼び止める。
「その聖者二人・・・・・・機会があれば、俺も会いたいんだが・・・・・・できるか?」




