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第三十一話 腐った事件

「これはどなたのお墓なんでしょうか? 名前が書いてないみたいですけど・・・・・・」

「ああ、これはな・・・・・・去年にこの国を襲おうとした、ディークの軍勢の兵士達の墓さぁ」


 この言葉に、二人は息を飲む。そして困惑顔から、かなり真剣な顔で、その石版型の墓石を見つめた。


「そうなんだ・・・・・・これが・・・・・・確か二度目の遠征では、津軽王国で壊滅したって話しだったわね」


 ディーク神聖王国が、アマテラス侵攻を企て、軍を派遣したのは二回ある。一度目は十一年前で、その当時は超大型魔道艦六十隻で、兵員七万人の大部隊であった。

 だがその部隊は、アマテラスに渡る途中の海にて“海入道”という、海の巨大な魔物に襲われて、壊滅したという。


 そして二度目の進軍は、今から一年前のこと。この時は前回の失敗から、手法を大きく変えていた。

 艦隊でアマテラスに攻め入るというやり方は同じだが、海を越える航行方が違っていた。何と転移魔法を使って、艦隊を丸ごと、アマテラスの近海に輸送したという。

 これを行った魔道士は、ディークの王族の一人で、大陸きっての召喚魔法の使い手だったという。


 ゼウス大陸との交易で栄え、異人への警戒が薄いこの町で、召喚によって突如現れた、大量の侵略艦隊。普通ならば、これは防ぎようがない奇襲であった。

 だがこの時も、結局ディークの侵略計画は、大失敗に終わっていた。予めこの事態を予想していた、アマテラスのサムライが、予めその辺りの海に、ある一隻の軍艦を配置していた。


 そしてそのディーク艦隊は、そのたった一隻の軍艦によって、陸に上がることなく、一隻残らず撃沈されたというのだ。

 ちなみにこの時の侵略軍の規模は、前回の十倍。超大型魔道艦五百五十隻に、兵員六十万という、王国の軍事力の半数以上を投入した、あまりに大規模な進軍であった。

 だがその軍勢が、僅か一日で潰されてしまったのである。これが後から、ディーク神聖王国の、急速な衰退を招く要員の一つになる。

 そしてその艦隊を沈めた船の正体は、今でも未公表である。世論では、今列強国が国交・交易を進めている、異世界の日本皇国からの輸入品であるという推測が確実視されていた。


「あの敗戦で亡くなった方々は、この寺で埋葬されていたんですね・・・・・・」

「ここだけじゃないぜぇ・・・・・・津軽王国の港町のほとんどで、同じような墓が建ってるぞ。何しろ、あの時のあれは、半端じゃなかったからな・・・・・・。うわっ、思い出したら吐き気がしてきた・・・・・・」

「何があったの?」


 何故か当時のことを思い出して、苦々しい顔をする伊助に、不思議そうにラチルは尋ねる。

 あの戦いでは、艦隊は陸に手を出す前に沈められて、アマテラス側の被害はゼロであったというはなしであったが。


「あの事件の後でよ・・・・・・この辺りの海に、すげえ量のゴミが流れ来たんだよなぁ・・・・・・。船の残骸やら、人の死体とかがよ・・・・・・。あれはとんでもなかったぜぇ・・・・・・。何しろ海岸の殆どが、そのゴミで埋め尽くされてたからな。砂浜の辺りは、地面の砂が全く見えず、足の踏み場もないほどの、ゴミの山が、もう果てしなく続いてよ・・・・・・。あの時海を見たときには、いつも見ている海なのに、ここはどこだったっけ?とマジで考え込んだからな」

「はっ、はあ・・・・・・確かに・・・・・・」


 六十万人もの兵員と物資を詰めるほどの艦隊が、全ての海の藻屑となれば、当然近隣の海岸に流れ着く漂流物の量も、とんでもないレベルになるだろう。

 それはその海に住んでいる者達にとっては、確かに災難である。


「あの時は本当に地獄だったぜぇ・・・・・・村の奴らが総出で、仕事も休んで、何日も何日もゴミ拾いの日々だしよ。まあ、警察の奴らも、結構助けに来てくれたけどよ。中には刃物とか鉄砲とか、やばそうな魔具まであって、いつ暴発するんじゃないかって、皆怖がってたぜ。だがそれもまだ序の口よ。俺ら寺の奴らはもっと、きつい仕事をさせられたし・・・・・・」

「このお墓を作ったことですか? そんなに大変だったのですか?」


 確かに墓を作るのは、簡単な仕事ではないだろうが、そんな地獄と言うほどの物であろうか? そうウィリアムが、不思議に思って問うが、伊助は横に首を振った。


「違う違う・・・・・・この墓を作る前よ。流れてきた、異人共の亡骸の処分だよ・・・・・・。あの時は、本当にやばかったぜ・・・・・・。この寺の近くに火葬場があるんだけどよ。そこに水でふやけた死体が、次から次へと運ばれてきて・・・・・・そこに収まりきれなくなったんで、今度はこの寺に、皆そいつらを運んで来やがった・・・・・・。あの数はどのぐらいあったか? 確か三千ぐらいあったかな? この村の人口よりも多い数だったんだぜ・・・・・・」

「うわっ・・・・・・それは確かに・・・・・・」


 これに二人は、この寺の人々に、心底同情した。確かに人の死体の処分は、瓦礫の処分よりも、遥かに手間で、そして誰もやりたがらない作業には違いない。

 あの美しい庭園を持った寺に、一時的に死体の山が築かれていたかと思うと、何とも言えない嫌悪感があった。


「半分ぐらいは、あの学校の校庭に運ばれたかな・・・・・・。当然その間は休校だぜぇ。あまりに多すぎたせいで、全部火葬するのに時間がかかってよ・・・・・・。全部焼ききるのに、確か二ヶ月ぐらいかかったか? その間に死体はどんどん腐って、臭いが増すわ、虫が湧くわ、山から獣が死体を漁りに来るわ・・・・・・。村の方から、何日もずっと、火葬の煙が湧いているもんだから、周りの村から、火事でも起こったのかと、騒ぎにもなったしよ。もっと大変な目にあったのは、その腐った死体を、火葬場まで運ばされた俺たちよ。あの時は随分長いこと、鼻の感覚が麻痺してたな。皆無縁死体だから、火葬代は全部こっち持ちだし、休校したから学校の収入も入らないし・・・・・・こんなきついただ働きを、何ヶ月もやらされて、この寺は大損害よ。経済的にも精神的にもよ・・・・・・。あの時は本当に、ディークって国を、心底恨んだぜ・・・・・・」

「それは・・・・・・私達の祖国が、本当にすまないことをしたわ・・・・・・」

「えっと・・・・・・本当にすいません! 私の国が、大変なご無礼を!」


 愚痴だらけになった伊助の言葉に、二人は心底で伊助に謝罪する。伊助がここに連れてきたのは、これが言いたいからだったのだろうか?

 一年前の大艦隊の侵攻は、軍による直接的な被害はなかったものの、それ以外のことでも、大変迷惑をかけたらしい。


「本当はこの墓を建てるのだって、結構真剣な話し合いがあったんだぜぇ。元々鬼神教の信徒でもないんだから、遺灰は全部、海に捨てればいいってよ・・・・・・。でも院主様が、強く勧めてよ・・・・・・こうして粗末ながらも、墓を建てたわけだ。そのせいか知らんが、この辺りにディーク人の幽霊が出るって話も出てきて、この寺の稼ぎも少し落ちてきた気がするな・・・・・・」

「私も海に捨てた方が良かった気がするわ。所詮あの狂った教義を信じて、この国を踏みにじろうとした愚か者よ。手厚く葬る必要なんて・・・・・・幽霊?」


 最後の言葉に反応するラチル。この世界では、幽霊という存在は、非科学的なものではない。実際にアンデットモンスターなどが、姿を現し、被害を出すこともあるのだ。


「ああ、少しの間、結構あちこちで目撃されたぜ。何度もお祓いしたが数が多くてな、何度でも虫みたいにしつこく湧いてきやがるし」

「だったら、今から私達の神聖魔法で・・・・・・」

「ああ、それは大丈夫だ。もうその幽霊出てこなくなったから。何ヶ月か前から、ぱったり見られなくなってな。院主様も、この辺りから気配が消えたとか言ってたし」


 どうやらその問題は、知らぬ間に解決していたようだ。だがそれで安心していいものなのかどうか、ラチルは真剣に考えていた。


「出てこなくなった・・・・・・。じゃあここの幽霊は、全部除霊できたの? 死体は三千はあったんでしょ?」

「さあ? そんなの知るわけないし・・・・・・ていうかこの墓掃除しなきゃだから、案内はまた今度にしていいか?」






 さて案内役が離脱したことで、ラチル達は再びあの宿坊に戻ってきた。本堂は現在、留守を任された伊助が、勝手にあっちの仕事に行ったために、今はこの二人しかいない。

 つい先程、学校の方から、時間を告げる鐘が鳴ったが、それ以外は人の気配も全くない、実に静かな寺であった。その実質無人となった寺院に、二人は取り残されているのである。


「誰もいないわね・・・・・・あの人、愚痴だけ言った後で、寺の留守番を押しつけたんじゃ・・・・・・」

「まさか・・・・・・少し悪く考えすぎですよラチルさん。急な仕事が入って、ここのことを忘れたんでしょう・・・・・・」

「でも、こんな時に寺のお客さんが来たらどうするのよ? 今日来たばかりの、私達が応対できるわけ・・・・・・あっ!」


 寺とは本来多忙なもの。もしこんな時に、葬儀の依頼などが来たら、二人にはどうしようもできない。そう言ってる間に、宿坊から見える本堂の前に、人がやってくるのが見えた。

 一瞬焦るラチルだったが、鳴らされる手錠の金属音を聞いて、その姿を確認する前に、すぐに彼女らは安心する。

 境内を抜けて、本堂の入り口を開けようとする人物は、まだ会ってから二日も経っていないものの、彼女にとっては実に見慣れた人物であったからだ。


「勝太郎さん! 帰ってきたんだ・・・・・・目が覚めたら、急にいなくなったからどうなったかと・・・・・・」

「うん? 何だぁ? まさか俺がいなくて寂しくなったか?」

「ええ、そうね。私、勝太郎さんがいなきゃ、何もかも不安なことだらけだし・・・・・・」

「そっ、そうか・・・・・・」


 茶化すように言った勝太郎の言葉に、あっさり肯定するラチル。これに少々勝太郎は戸惑う。


「それで勝太郎様は、今までどちらに? お散歩ですか?」

「ああ、まあそんなところだな。まあ途中から、ただの散歩じゃなくなったけど・・・・・・」


 ウィリアムの質問に、何故か勝太郎が、妙に思わせぶりな口調で答える。


「何それ? 何かトラブルでも?」

「ああ、でも大したことじゃない。だがちょっと、隠し事ができたって感じか?」

「隠し事? 何よそれ?」

「教えたら隠し事とは言えないだろうが・・・・・・」


 どうやらあの自称薄幸の女性のことは、特に意味もなく秘密にする気のようであった。

作中で説明される、ディークと津軽王国の海戦の話しは、前作「冥界を出たら万能武器になった男」での出来事です。

特にそちらを見なくても、これからの話しを見るに支障はありません。

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