第三十話 寺内案内
さてそんなことが別所で行われてる頃に、先程時差ボケで昼寝をしていた二人が、数時間の眠りから目を覚ました。
「うん・・・・・・ふわぁああ~~」
「ふはっ!? ああ、おはようございます」
「あら、ごめん。起こしちゃったかしら?」
「いえ、構いません。そろそろ起きなきゃと・・・・・・」
最初にラチルが目を覚まし、次にその欠伸の声でウィリアムも目を覚ました。
さっき勝太郎も入った宿坊の部屋。そこはまさに日本の旅館の一室のような感じの部屋である。
畳部屋が敷かれ、脇には低い椅子とテーブルが置かれている。二人が布団を敷いていないときは、このテーブルが部屋の真ん中にあったはず。
各方の壁には、物入れの襖がいくつかある。部屋の奥の方には、障子が張られた別区画があり、その開かれた障子の向こうには、その様子が丸見えの大きな硝子窓があった。
テレビがないことを除けば、これはどう見ても旅館の一室にしか見えないだろう。最もこれは日本人が見た場合の感覚で、この二人にとっては、見たこともない異国文化の不思議な部屋で、ここで眠るときは若干戸惑いがあったが。
「私達どのぐらい寝てたのかしら・・・・・・ああ、時計があったわ。もう二時か・・・・・・」
部屋に敷かれた布団から身体を出し、寺に貸してもらった浴衣のような寝間着から、いつもの神官服に着替える二人。そして早速これからどうすればいいのか考えながら、その宿坊から出て行った。
「おや、お目覚めですかぁ? ゆっくり寝られましたかい?」
宿坊から庭に出て本堂に戻ると、一人の僧と出くわした。その僧は、本堂の隅の柱に背中をかけて、本を読んでいた。
何かの学問というには、胡座をかいて柱に背中をかける様子は、不作法に見えるが?
「おはようございます。私はラチル・パイパーです。以後お見知りおきを・・・・・・」
ラチルとウィリアムは、その三十歳ぐらいの作務衣を着た男性の僧に、自己紹介をする。その僧は、さっき本堂に来たときにはいなかった、初対面の僧であった。
「はいはい、二人のことは知ってますぜぇ。村の方でも、勝太郎様が異人を連れて来たって、もの凄く噂が飛んでますしねぇ。まあこの国で異人がいるのは珍しくないし、そこまで大きな騒ぎにはなりませんでしょうけど」
「そうですか・・・・・・ところであなたのお名前は?」
「あん? ああそういや言ってなかったっすね。すいません。俺の名前は、古川 伊助っていいますぜぇ」
その僧=伊助は、先程から聖職者の割には、あまり品の良さが感じられない口調で話している。
口調も僅かだが間延びしているような、何か怠惰的な雰囲気が見られる。それに違和感を覚えながらも、ラチルは彼に問いかけた。
「ところでその本は? アマテラスでは勉学を、そうやってされるものなんですか?」
「いいやまさかぁ。これは勉学の本じゃなくて、漫画ですぜぇ。今他の奴らは皆、学校やら法事の仕事やらで、出て行ってますからねぇ。その間に作務をサボって、漫画を読書中なんですわ」
「そうですか・・・・・・」
若干呆れたが、これは別にラチル達が説教するような話題ではない。だが今の話しで、どうやら寺には、この伊助しかいないようである。
「そういや勝太郎さんは? 勝太郎さんも寺にいないんですか?」
「うん? そういやいませんねぇ? さっきあの人が、お二人が寝ている宿坊に行くのを見かけましたが・・・・・・」
「そうですか・・・・・・」
それに二人は少し困った。彼女らの目的は、ディークにいる、他の聖者達を救出すること。だが今は、まだあの大陸には行けない状態である。
今の彼女には、これからしばらくの予定がない。さっき寺の仕事をさせるかどうかの話しをしていたが、現在その話しをする僧は、その仕事をさぼっているこの伊助だけである。
二人が困っている様子に、伊助は察したようだ。
「あっ、そうだ・・・・・・だったら今から、寺と村の案内をしましょうかい? 二人とも転移でこちらに急に来て、ここらのこと全然知らないでしょうし」
「えっ、いいんですか?」
「ええ、勿論ですぜぇ。後で仕事サボってるのばれても、お二人から案内を頼まれたって言えば、言い訳が立ちますしねぇ」
どうやら双方にとって、利のある話題だったようだ。ラチルとウィリアムは、伊助に連れられて、寺の中に歩み出た。
寺の各地にある堂塔や、庭などを見せられたラチル達。二人がその次に伊助に案内されたのは、本堂の裏側にある学校である。
「へいこれが家の寺が営んでいる、天勝学校ですぜぇ。この村にいる、六から十二の子供らが、ここで色々勉強してますぜ」
「へえ、これがアマテラスの学校なんだ・・・・・・。ディークの学校とはちが・・・・・・いやそもそも私、ディークの学校なんて、見たことなかったわ」
時代劇などで描かれる、日本の江戸時代の寺子屋は小ぶりな感じであるが、こちらはそれよりも遥かに大きい。現代の学校と似た、縦長二階建ての建物である。
教室の窓と思われる硝子の壁が、全階に一列に並んでいる。それ以外の壁は白い漆喰で塗り固められている。
屋根は瓦の切妻屋根になっている。どうも現代日本の学校を、強引に和風にしたような印象がある建物だ。
そしてその校舎と繋がって、体育館らしき建物があり、それらの側には運動場と思われる、草の生えていない、土が剥き出しになった広間があった。
ちなみにこの学校に、プールはないようである。
勝太郎はこの場に何度も来ているが、その全景を見たことはない。もし彼がこの形だけ和風で、現代日本とあまり変わらない学校施設を見たら、どうコメントしただろうか?
「今はまだ、子供らが学んでる間なんで、あまりここに立ち入らない方がいいですねぇ。後校舎の中は、関係者以外は出入り禁止なんで・・・・・・」
「ええ、それはそうね。皆さんの学問の邪魔をするわけにも行きませんし」
「じゃあ、あとこの寺で見てないところは・・・・・・ここの左手側の、林を通る道を抜けると、霊園がありますが見ますか?」
人を案内するには、ちょっと気が引けるのは墓場。それのことを、伊助は少し控えめに、そのことを話す。
「ええ案内して下さい。アマテラスの霊園・・・・・・元聖職者の私も少し興味があるわ。・・・・・・それにしても、子供達が学んでいるすぐ側に、お墓場を置いているんですか?」
「ええ、寺が学校やってると、大体そんな感じになりますねぇ。良く子供らが、霊園で遊んでますよ。時々お供え物をくすねることもあるみたいでぇ。それに子供の遊びで壊れたり、落書きされた墓を直すのも、俺らの仕事ですしねぇ」
「罰当たりですね・・・・・・」
伊助に連れられて、天勝寺の寺院墓地にやってきたラチルとウィリアム。そこは日本の墓地と、殆ど変わらない光景である。
幾つもの道筋が、蜘蛛の糸のように細かく伸び、その道の通る両側に、無数の墓石が立っている。その数は千を有に越えるだろう。
日本の墓石とは、デザインに僅かに違いがあるものの、基本的な形態は同じである。一部の墓石の墓前には、花やお供え物が添えられている。
そしてそのお供え物を、この辺りの林に住んでいるらしい狸が、美味しく頂いている最中であった。
「こらっーーー! またこの泥棒が!」
伊助がその狸を一喝すると、狸は大急ぎで墓前から走り出し、林の方へと逃げていった。彼らにとって、この墓地は、良質の食糧産出地であるようだ。
「ああ、またこんなに散らかしやがって! 後で掃除が大変なんだぞ、主に俺が・・・・・・」
その獣と僧の喧嘩を除けば、とても静かで、どこか風情のある墓地。今墓参りに着ている者はいないようで、ここにはラチル達三人しかいない。
同時に夜になれば幽霊が出てきそうな、少し不気味な雰囲気のある墓地。先程狸が食い荒らされた所を除けば、掃除が行き届いており、清潔な墓場であった。
実に和の雰囲気がある、日本人にとっては、なじみ深い風景の墓地であった。
勿論ここに勝太郎と同じ日本人はいないし、異人であるラチルとウィリアムには、この無数の墓石が立ち並ぶ光景は、少し異様に見えるだろう。
「ここがアマテラスの墓地ですか・・・・・・やっぱりディークとは少し違うわね」
「ラチルさん、ディークのお墓場を見たことがあるんですか?」
「ええ、教会から脱走して、あちこちの村を住み替えていたときに何度かね・・・・・・。あれにはここと同じで、綺麗な石で墓を造ってるところもあったけど。中には木の棒を一本刺しただけの、粗末なものもあったわ・・・・・・。しかし凄いわねこの数、これ全部このお寺で管理してるの?」
「まあねぇ。葬儀と墓を建てて稼ぐのが、俺たちの仕事だからねぇ。そういえばあんたらディーク人だったけ? それじゃあ、ちょっと面白いもの見せてやるよ」
伊助が二人を連れて、その墓地の奥にまで案内する。墓地の道を進み、大小様々な数の墓石を通り過ぎる。
途中で墓石の間から、蛇が出てきて、二人を驚かしていた。周りが自然に囲まれているせいで、この墓地に暮らす動物も多いようだ。そして墓場の端にある、ある墓石を伊助は指差した。
「これは・・・・・・周りとちょっと違うけど何?」
他の墓石とは、少し離れた位置にある一つの墓。周りに墓とは距離が置かれており、この墓場の中で、これだけが孤立しているように見える。
その墓は形も大きさも違っていた。ここの墓の多くは、重ねた二つの台座の上に、長方立方体の塔のような形状の墓石が立つ、和型であった。
だがその墓は、石版のような形状の石が、縦に置かれている形状。他の墓と比べると、手抜き感が見える。
そして全体的な大きさも、他の墓石よりも、大分大きい。
これらの特徴は、ここの墓場の中で、明らかに浮いていた。そしてその墓石の石版の表面には、何も書かれていなかった。
他の墓石には、きちんとどこかに、埋葬者の名前が彫られているのに、これにだけ何も書かれていないのである。




