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第二十八話 はぐれ人の女

(この足音と体格は・・・・・・熊か!?)


 森林の中を高速で進み、立ちはだかる無数の木々を巧みにかわしながら、あっというまに勝太郎はその現場に辿り着いた。目が見えないにも関わらずこの動き、障害物競走ではぶっちきりで優勝可能であろう動きである。

 その現場には、人と思われる存在と、それを追う謎の生物の存在が感じられる。

 日本のツキノワグマよりも、一回り大きい、四足歩行で動いている生物。そこから動物の毛皮の匂いもした。どうやら人が、動物に襲われているらしい。


「待て! 止まれ!」

「えっ!?」


 熊と思われる生物に追われている人間を助けに、勝太郎がその逃走劇の真ん中に飛び込む。追われている人が驚いている中、勝太郎はその動物に突撃し、手を突き出した。






「おい、大丈夫かお前? 血の臭いがするが、それはお前の血じゃないよな? じゃあ怪我はないのか?」

「あっ、ああ大丈夫だ。こっちも少し危なかったが、この通り無事だ。それでお前は?」


 勝負は呆気なく付いた。その熊らしき生物は、勝太郎の張り手一発でひっくり返り、森の奥へと逃げ去っていた。

 襲われていた人物に話しかける勝太郎。その人物は、細身の体格で、勝太郎より身長が高いようであった。声からして、若い女性であろう。


(失礼だが、酷い臭いだな・・・・・・。何日も風呂に入ってないみたいな? もしかして浮浪者か? しかし腰に何か差してあるが・・・・・・山刀にしては少し長いような? もしかして剣か?)


 姿が判らない相手に、そう観察する勝太郎。こんな山奥に武器を持って、何日も遭難している感じの人物。明らかに訳ありな雰囲気がした。


「お前遭難してるのか? 村まで送ろうか?」

「いやそれはいい。ところでお前、もしかして目が見えないのか?」

「うん? まあそんなところだが・・・・・・」

「そうか・・・・・・」


 何かを考え込んでいる様子の女性。その呼吸音は、どうも安堵しているように見えた。


「それよりお前・・・・・・さっきも言ったが、血の臭いが付いてるぞ。それは誰の血だ? まさかこの辺りで、人一人やったのか?」

「なっ、違う! これは兎の血だ! さっき近くで捌いて、俺が食べたんだ! そしたら、血の臭いに誘われたのか・・・・・・あの狼が私を狙って来やがった・・・・・・」


 何と先程勝太郎が追い払ったのは、熊ではなく狼であった。勝太郎が反響で感知した大きさは、ヒグマと変わらないレベルの大きさであったが・・・・・・


(さすが異世界・・・・・・あんな大きな狼がいるのか?)


 まあどっちが正しくても、危なかったのに違いはないが。そしてその女性の回答に、勝太郎は首を捻る。


「兎を生で食べたのか? ・・・・・・えらい厳しい生活なんだな、お前?」

「まあ、そうだ。俺もこれまで色々あってな・・・・・・」

「そうか・・・・・・とりあえずここにいるのは危険だ。今から俺が泊まっている寺に送るぞ。俺が頼めば、何か奢ってくれるだろうし、風呂だって用意してやる。じゃあお前、俺の手を掴め」


 女性に向かって、手を差し出す勝太郎。すると何故か女性が慌て始める。


「えっ!? いやいい! 俺はちょっと、そういう人のいるところは・・・・・・」

「何でだよ? 別に好きで、こんなところで原始人みたいな生活してるわけじゃないだろ? 別に後から何か請求したりはしないから・・・・・・」

「そうじゃないんだ! 判った、私の事情を話そう・・・・・・」


 そうして女性は語り始めた。彼女の言う素性は、大体次の通り。

 女性の父親が、賭博で莫大な借金をした。その借金を手に、家を取られ、自分も人買いに売られそうになった。それで彼女は、その借金取りから逃げだし、現在この人目を忍んで各地を放浪中だということ。

 マイナーなドラマにありそうな、簡単で王道の設定である。そしてその話しを、勝太郎はあっさりと信じた。


「それはまた・・・・・・過酷だな。それで人のいるところに出たくないのか・・・・・・」

「ああ、そうだ・・・・・・それで俺は、大陸の向こうへ逃げようと思って、この国でゼウスの国と船を出し合っているという、外ヶ浜町を探している。どうにかその船に忍び込んで、この大陸から離れれば、あの借金取りからも逃げ出せると思ってな。でも途中で、この林の中で、右も左も判らなくなってな・・・・・・それで今はこの様だ」

「おいおい、それじゃ密入国じゃないか? 借金取りに捕まる前に、警察に捕まるぞ?」


 借金取りから逃げるための、彼女の目的に、勝太郎は少し驚く。

 この国の異国との貿易港がある外ヶ浜町。そこの港のセキュリティの程は知らないが、そんなことしても、すぐに見つかって捕まるだけとしか思えない。


「判っている! でも私には、そうするしかないんだ! ・・・・・・それで少し頼みがあるんだが・・・・・・お前、私を外ヶ浜町まで連れて行ってくれないか? 勿論人に見つからないようにこっそりと・・・・・・。今はまだ報酬はやれないが、あっちに行って、生活の目処が立ったら、いずれ礼を送るからな。今日ここでお前と会ったのも、何かの縁と思っては・・・・・・駄目かやはり?」

「駄目かって、そんないきなり・・・・・・ていうか借りがある奴に、いきなり犯罪の片棒を担がせるのかよ?」


 今助けて貰った直後の、初対面の人物に、いきなり密航の手伝いを頼む女性。

 普通ならば、かなり図々しく失礼だが、勝太郎は呆れているものの、特に気を悪くする様子がない。それどころか、彼は割と真剣に、この女性を助ける方法を考えていた。


(俺の転移を使えば、こいつが望んでいる異国に行けるが・・・・・・俺が行けるのは、一度でも行ったことがある場所だけ。そして今行けるあの土地は、今砦の壊滅で、相当混乱してるはず。とてもそんなところに、身寄りのないこいつを、放り出すわけにはいかないか・・・・・・。だとしたら時期を待って、俺があっちに送り届けて、それからあの領内から離れた、安全な所に連れ出すしかないな。今のディーク領内に、安全な所はないから、ずっと遠くの国外になるが・・・・・・。かなり手間がかかる仕事になるな。ラチルからも、何か文句言われるかも知れないし・・・・・・。いやその前に確かめることがあるな)


 別に密航という犯罪を犯さなくても、勝太郎の力があれば、異国へと簡単に飛べる。だがその前に、彼女にそこまでして手を貸す意味があるかどうか、その判断を決める必要がある。


「失礼だがお前・・・・・・ちょっと顔を触らせてくれないか?」

「えっ?」


 今の話しの流れから、急に繋がりの見えない、おかしな頼みをする勝太郎。以前のラチル同様に、この女性も首を傾げていた。


「いや、別にいいが・・・・・・何故? 今の話しと、何か関係があるのか?」

「ああ、ある。じゃあ、早速・・・・・・」


 そうして勝太郎は、目の前の女性の顔を、掌と指で探り始める。これも前のラチル同様に、動物を愛でるような手つきで、女性の顔の額から顎まで、揉みながら触れている。


「へえ、すごい美人じゃないか。ラチルよりも、ずっと綺麗かも。判った、お前に協力しよう」


 そして顔を触って、彼女の容貌を確かめたところで、実にあっさりと、今日の夕飯を決めるかのような軽いノリで、彼はそう口にした。


「えっ、ラチル? ていうか何故? 顔を触れただけで、協力してくれるの?」

「そりゃあ、何か善いことをするにしても、やっぱ相手はいい女の方がいいだろ? 女なのに、一人称“俺”とか、男勝りなのも、結構好みだぜ。そりゃ人助けもやりがいがあるな♫」

「はっ、はあ・・・・・・そうですか」


 何ともおかしな理由で、この女性の強引な内容の頼みを、引き受ける勝太郎。これに今度は、女性の方が呆れているようである。


「じゃあ今から、外ヶ浜町に?」

「いや外ヶ浜にも行くことも、密航も必要ないぜ。とりあえずお前、何か食べるか? さっき腹の虫が聞こえたが、さっき言ってた兎も、充分食べれてないんだろ?」

「まっ、まあ・・・・・・途中で虎に取られたからな」

「よしじゃあ、これから村から食べ物を持ってくるから、ちょっと待ってろ」


 そして勝太郎は、その場から転移魔法で、女性の前から姿を消した。







 そして場所は、あの村の商店街に移る。勝太郎は先程も通った、この場所に転移していた。


「うわっ、びっくした! 勝太郎さん、また神出鬼没ですね・・・・・・」


 商店街にいた人々も、彼の転移に一瞬驚くものの、すぐに平静に戻っていく。どうやら彼の能力は、村中に広まって知られているようであった。


(さてここからが正念場。滅茶苦茶恥ずかしいが・・・・・・これも人の命がかかってるしな。善行を積むには、多少の恥も我慢しないと・・・・・・)


 彼は一つ深呼吸して、そして先程彼に話しかけた村人に、自分から声をかける。


「なあ・・・・・・ちょっと食べ物を買いたいんだが・・・・・・場所を案内してくれないか?」


 勝太郎は、通りすがりの村人に、恥で震えながらも、頭を下げてそういった。






「おう帰ったぞ」

「うわっ!?」


 勝太郎が林の中の、あの女性の側に戻ったときに、今度はこちら側からも、驚きの声が上がる。転移魔法で突然姿を現した彼に、女性は大層驚いている様子である。


「今のは転移魔法か? サムライよ、お前只者じゃないな・・・・・・」

「まあな。ほら食べ物持ってきたぞ」


 勝太郎は女性に、先程商店街から購入した物を、袋ごと女性に差し出した。

 勝太郎には、それが何なのか見ることはできないが、勝った店の者の話しだと、それらは唐揚げの串刺し・野菜系弁当・ハンバーグ・牛乳瓶の四種であるという。

 和風国家の食品店に、ハンバーグという名の商品があったことに違和感を覚えた勝太郎。最も、それが彼の知る日本でのハンバーグと、同じ物であるかどうかは、彼には知ることはできない。

 ただそこから、上手そうな焼いた肉の臭いがするのは、感じられた。


「ああ・・・・・・すまない。ではいただこう」


 全く遠慮せずに、奪い取るような少々荒い手つきで、女性はその食べ物袋を彼の手から受け取った。そしてガソゴソと袋を漁る音の後に、その中の物を食べているらしい動作と音が感じられる。

 長いこと碌なものを食べていなかったらしい女性は、それをかなり豪快にあまり味あわずに、次々と口の中に入れている様子。

 さて恐らくは、中のものを半分ぐらい食べたであろう辺りで、不意に女性が勝太郎に問いかける。


「そういえばサムライ。お前はどうしてここにいた? お前のような子供が、目が見えないのに、こんな所で一人で。まあ転移魔法が使えるなら、遭難の心配もないだろうが・・・・・・。しかし別に山菜採りという別けでもなさそうだな」

「特に意味はない。適当に森の中を散歩してただけだ。あと俺はサムライじゃない。名前は山田 勝太郎だ。お前は?」

「ああ、俺はジェーン・バーニーだ」


 ここで互いに名乗りあう二人。だが女性=ジェーンの名乗った名に、勝太郎は首を傾げた。


「アマテラスでカタカナの名前も珍しいな。お前実は異人なのか? だったら貿易船の入船許可も、すぐに貰えそうだが・・・・・・」

「えっ!? あっ、いや、そうではない! 俺の母が異人でな、それでこんな名前を貰ったんだ」

「そうか・・・・・・まあここで純人を見かけるなんて珍しいと思ったが、ハーフだったのか」

「俺が純人だと判るのか?」

「ああ、音の反響で、大体の周りの形が判る。お前、そこら辺の鰐人と違って、尻から尻尾が生えてないからな」


 このアマテラスは、純人=普通の人間は、人口割合の一割以下しかおらず、殆どが獣人である。だが全くいないわけではない。

 特にこの津軽王国は、ゼウス大陸の国と交易をしているために、そこからきた純人が時々見かける。そのためにここに純人がいたとしても、特に不審に思うような要素はなかった。


「それでさっきの頼みなんだが・・・・・・お前今転移魔法を使ったな? だったら外ヶ浜町まで飛ぶことは・・・・・・」

「ああ、それは必要ない。俺の力があれば、ゼウス大陸まで、一直線まで飛べるからな」


 食べ終えた後で、礼もろくに言わずに、さっさと先程の請願の続きを口にするジェーン。それに勝太郎は、その言葉に、普通の人ならば驚愕物の事実を、あっさりと口にした。


「ゼウス大陸まで転移を? 俺は転移魔法に関して詳しくないが・・・・・・それはとんでもないことではないか? 大陸間を移動するなど・・・・・・。転移とはそういうものなのか?」

「ううん、違うみたいだな。院主様に聞いたら、そこまで飛べる術者は、アマテラス大陸でも数人程度しかいないとさ。ゼウスの方では、どうなのか知らないけど、相当凄い術みたいだぜこれ」

「ほう・・・・・・お前はその数人の一人というわけか。先程狼を素手で倒したことといい、大した強者だなお前は・・・・・・」


 ジェーンの口にする勝太郎への評価の言葉は、台詞だけ聞くと褒めているように聞こえる。だがその口調には、相手に対して皮肉るような、やや妬みが感じられた。


「ただ今はやめた方がいいぜ。俺が行けるゼウス大陸の土地は、今相当荒れてるだろうし。しかも魔人っていう化け物まで彷徨いてるからな。少しの間待って、何度か様子を見て、そこが少し収まってからがいいぜ。さすがにあんたを、死地に放り込むわけにはいかないし・・・・・・」

「そうか判った。では時が来たら頼む」


 相変わらず人に頼むようではない口調で、承諾の言葉をあげるジェーン。とりあえず二人の話しは、そこで収まったようだ。



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