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第二十七話 風呂場

 さて場所は変わって、寺の浴場にて。

 素材は檜かどうかは判らないが、香りの良い木造の部屋は、そこそこ広い。一度に5人ぐらいは、一緒に風呂洗いができそうである。

 ちなみにこの寺の風呂には、旅館のような男女の区別はなく、それは時間制であるようだ。このアマテラスの慣習では、古来の日本のように混浴ではないらしい。


 鬼の顔をした石像の口から吐き出される湯が、四角形の広い湯船に浪波と流れ、満杯になった辺りで、その湯の流入は止まる。どうやらこれは温泉ではないようで、源泉掛け流しとは行かないようだ。

 その中に裸体のラチルが、白い湯煙に包まれながら、湯に浸かっている。この時間に風呂に入っている。


「ふぁああああっ~~~」


 その久しぶりの湯に浸かって、ラチルは欠伸と安堵の息を、同時に発したような声を上げる。そしてふと、周りを見渡して、誰かいないか見回していた。


(誰も覗いているわけないわよね・・・・・・。千里眼の気配もないし。まあここは破廉恥者ばかりの神殿とは違うんだし、当たり前か・・・・・・)


 大勢の兵士や神官が、自分を下心ありの目で見ていた環境を思い出して、彼女は今までにない安堵の息を流す。そして彼女は、今日一日のことを思い返していた。


(それにしても、こんなに事が進むなんて、夢みたい。聖者を一人救うだけでも、私一人じゃ無理だと判ってたけど・・・・・・まさかあんな凄い人が、手を貸してくれるなんて)


 彼女の望みを叶えたのは、あの異世界から来たという少年。彼の存在が、彼女の絶望的な状況を、全てひっくり返した。

 同胞のウィリアムに、ディークの真実を伝えて救い出しただけでない。今こうして、安心して過ごせる居場所まで手に入れたのだ。勿論いつまでも、ただで泊めてもらうわけにはいかないだろうが。


 あのディークという地獄のような世界から、実に簡単に脱出できた。しかもそこは、彼女自身できるなら行ってみたいと思っていた、少し憧れを抱いていた、西方の大大陸のアマテラスである。


(カーミラって人のことといい・・・・・・何か色々複雑な事情みたいだけど、勝太郎さんが犯した罪って、何なんだろう? 本人がああして認めるぐらいだから、そんなに酷いことだったの? 知らない方がいいのかしら?)


 出会ったばかりのヒーローが抱いているという汚点。それを知りたいような、知りたくないような、妙な気分でいた。


(まあ、それはいいとして・・・・・・これどうしよう? もし勝太郎さんがこれ見たら、汚く見られるかな? いや、元々も見えないからいいのかしら? でも放っておくのも・・・・・・)


 一ヶ月以上、まともに手入れをしていなかったラチルの身体。湯船から見える、彼女の生足には、一月間脱毛していない分、ボウボウに伸びた臑毛の姿がある。

 確かにこれを見て、幻滅する男はいるかも知れないが・・・・・・

 さてそんなどうでもいいことに、思考が偏っていたときだった。


『ディークの姫君・・・・・・まさかこんなところに現れるとは・・・・・・』

『何故お前は蛮族と馴れ合っている!? 奴らは敵だろう!?』

『目を覚ませ姫様! 奴らを信じてはならん! いつか裏切られ、その清いお身体を汚されるぞ!』


「何が姫様よ? 人違いだわ・・・・・・。大体ディークの奴らの方が、よっぽとど私を汚しそうな感じだったけど・・・・・・あら?」


 思わず独り言を発してしまったラチル。だが急にそのことに気がつき、キョトンとして周りを見渡した。


「誰!? 誰かいるの!?」


 今誰かが、自分に声をかけたような気がした。はっきりと聞こえたわけではないが、誰かが自分に語りかけたような、ぼんやりとした感覚があったのである。

 辺りを見渡しても、その場には誰もいない。ここは変わらず、ラチルの貸し切り状態の浴場である。魔力を探知しても、誰かが魔法でこちらを見ているようにも思えなかった。


(今のは錯覚かしら? 私疲れてるのかしら? ・・・・・・それともやっぱり誰かが、魔法で覗いてた? ここはディークじゃないから、神殿の監視もないし・・・・・・。それで私でも探知できないほどの術士なんて・・・・・・勝太郎がいたっけ? だったらちょっと嬉しいかも・・・・・・なんて)


 結局その妙な感覚の正体は分からぬまま、ラチルは特に何事もなく湯洗いを終えて、ウィリアムが休んでいる宿坊に向かうことになる。






「おや勝太郎さん。今日もまた迷子ですか?」

「いや、そうじゃない。今日は只の散歩だ」


 村の中の集落地を歩いている中で、時折村人から、そんな心配されるような声をかけられる勝太郎。

 ラチル達を別れた後で、寺内で朝食を済ませた勝太郎。彼がその後で何をしたかというと、そのまま寺を出て、村の中を散歩中である。

 特に何か特別な理由があるわけでもない。今の彼は、何もすることもなく、暇だったのである。


(元の世界と違って、ここはネットも漫画もないからな・・・・・・。モルモットという仕事を請け負っている最中だから、仕事で忙しくなることもないが・・・・・・暇すぎるのも考えものだよな。だからって寺に残って、後からガキ共の遊び相手にさせられるのも、ちょっと嫌だしな)


 今の彼は、カーミラからの魔道生体実験の被験者であるため、その謝礼として生活資金も寝床も貰えている。

 勿論後で、その実験の副作用が出ても、向こうは一切責任をとらないというリスクをもっての保護費であるが。

 今のところ、彼の心身には、特に異常は見当たらない。今後どうなるか判らないという不安はあるが、今のところは、彼にとっては、これは実に楽な仕事の最中である。

 そして楽になると、それはそれで小さな問題が生じてくる。


(時間が空いたら、俺は何をすればいいんだよ? 何も見えないんじゃ、この世界を楽しめるものなんて何もないし・・・・・・。これが小次郎が要求した罰か? そう考えれば、軽い罰かもしれんが・・・・・・)


 この世界にも実は日本の漫画に似たような文学はある。だが残念ながら勝太郎は、それを見て楽しむ術はない。

 勿論芸術品を見たり、町や自然の風景を眺めて楽しむこともできない。これは勝太郎に限らず、この世の全ての、視覚障害者が抱えている不幸であるが。


(店に行って、何か食べるか? いや、さっき食べたばかりだし、少し時間を空けた方がいいな・・・・・・。それに俺今は一人だし・・・・・・)


 この身体になった最初の内は、食事で度々ミスをした勝太郎。魚を頭や骨ごと食べたり、味噌汁の椀を持ち上げたときに零したりと、結構恥ずかしい思いをしている。

 今は目が見えない環境にも慣れたので、そういったミスはあまりしなくなった。だがその時のトラウマから、それでも一人で食事をするのは、結構勇気がいる。


 村の中の民家の合間を通る街道を過ぎると、途中で時々良い匂いがしてきた。

 勝太郎の知識内では、ここは恐らく、村の商店街の中。左右に商店と思われる建造物の存在が、両側に一列ずつ、綺麗に立ち並んでいるのが見える。


 その中に、焼き鳥屋か焼き肉屋かは不明だが、肉を焼いた料理の匂いが、彼の嗅覚に感知されるのだ。

 目の見えない勝太郎には、そういった情報は分かるが、それらの商店の細かい外観や、どんな店が建っているかは、全く判らない。

 そのため、どこに行けば、何が買えるのか判らないので、一人で買い物もできない。人に聞くということもできるが、それは本人が、恥ずかしい行為な気がして、できなかった。


 そこは田舎の商店街としては、結構大きい。この黒神村の人口は二千人程度。現代の地球人の感覚だと、小さな集落だ。

 だが日本がまだ、機械を使えなかった時代の集落と比べると、かなり大きな集落である。このアマテラスの村落は、このぐらいが一般的であるという。それだけ国が豊かと言うことである。


「あら勝太郎さん、今日はお一人でお買い物ですか? 大丈夫ですか?」

「何か用がある店があるなら、案内するぞ。どこに行きたいんだ?」

「・・・・・・いや大丈夫だ。ただ適当に散歩しているだけだから」

「何だいその手に付いてる手錠みたいなの? もしかして誰かに、無理矢理つけられたのか?」

「いや、これは俺が好きで付けてるんだ。これの音が嫌なら、すぐに取るが・・・・・・」


 道行く人が、実に親切に、目の見えない勝太郎に声をかけてくる。何度も断っているが、新しい人が出会う度に、似たようなことを言われていた。

 皆良い人なのは判るが、勝太郎にとっては、少々手間がかかる対応を、何度も繰り返すことになる。


(参ったな・・・・・・皆優しいのは良いが、少々うざったい。それに少し耳が痛くなってくるわ・・・・・・。どうして“あの時”に、俺はこういう当たり前の対応ができなかったのか・・・・・・)


 目の見えない者に優しくするという当たり前の行為。それを自分が受けると、どうも心の中の古傷が抉られる勝太郎。

 勝太郎は、人のいるところにあまりいたくなくて、彼は逃げるように、そこから立ち去っていった。






(で・・・・・・なんで俺は林の中に来ちまったんだか・・・・・・)


 彼は今、森林の中と思われる場所に来ていた。

 反響で読み取れる、木々と思われる、柱状の物体。足下から感じられる、土と枯れ葉の匂い。頭上に広がる、大きな傘のような存在(木々の枝葉)からは、鳥のさえずりまで聞こえてくる。

 そして辺りには、人間らしき者の気配はない。その代わり動物らしき気配はある。


 村の集落地を抜けて、農地の街道を進んでいった勝太郎。当然そうなれば、辿り着く先は、林か海である。

 潮風の匂いを辿れば、どこに海があるのかは判り、彼は何となく、そっちに行くのはやめておいた。


(あの足音と呼吸音は・・・・・・狐か? 駄目だな、すぐ見える位置にいるのに、これじゃあ相手が、狐か猫かも判らないな。まあ、しばらく森林浴といくか?)


 目が見えないのでは、動物や植物の観察もできない。もしかしたらここで、珍しい動物や植物と対面することもできたかも知れないが、彼にはそれを識別することは不可能だ。

 彼が森林に入ってできるのは、ただ森の匂いを楽しむことのみ。彼はそれも仕方ないと思いながら、適当に森林の中を歩いて行った。


(奥まで進んでいっても大丈夫だよな? 迷ったら転移魔法で帰れば良いだけだし・・・・・・。しかし刺激がない生活も面白くないよなやっぱり・・・・・・あいつらには黙って、先にディークに行ってみるか? ここにいても、何か面白い事件なんて・・・・・・おや?)


 彼の耳にある声が聞こえてきた。常人ならば、まず気がつかないだろう、遠方からの声。その森の奥から、人の声が聞こえてきたのだ。

 別に森林の中に、人がいても不思議ではない。この世界でも、山菜採りなどをするものがいてもおかしくはない。ただその声の内容が、彼に引っかかった。


「くそっ! 来るな! いやっ!」


 そういう必死な声と、何かに逃げるように、全力で走る足音。それとは別に、その人物をっていると思われる、別の足音も聞こえてきた。

 その足音はかなり大きく、明らかに人の者ではなかった。勝太郎はその声と音を聞いた瞬間に、即座にその場へと全力疾走していった。



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