第二十五話 天勝寺
それから一分も経たずに、一行はその寺に辿り着く。村の集落群の外れに、一つの林が広がっており、その林の中に寺があった。
その寺の門前で、勝太郎が二人にそこの紹介を始めた。
「ここが俺が世話になってる天勝寺っていう寺だ。寺ってのは、お前らの所で言う、教会とか神殿のことな。俺も詳しく知らんが、冥界の鬼神様とかを崇めている寺だそうだぜ」
「これがアマテラスの神殿なんだ・・・・・・やっぱりディークとじゃ、随分雰囲気が違うわね」
「そうらしいな。俺には見えないんで、どう違うのか判らないけどな」
その寺の外観は、まさに日本伝統の古き寺と同じ姿。僅か十段ばかりの石段の上にある、集落より少し高い位置にある建物群。
最初の出入り口には、集落と同じ木造瓦屋根の、八脚門がある。門の両側には、長い塀が伸びており、この林内と、寺院の境内の領域を分けている。
その門の両側の、四柱に囲まれた門の内部には、二つの像が設置されていた。日本の仏教寺院ならば、そこには恐らく仁王像が建っていたのであろう。
だがそこにいるのは、鎧武者のような甲冑を着た、赤鬼と青鬼の木造であった。身長三メートル程の大型の像であり、刀を持ち、睨み付けるような憤怒の表情をし、来客を威圧するようにこの門から出迎えている。
何故仁王ではなく、鬼の像なのか? それは恐らく、ここで祭っているのは仏ではなく、鬼神であるからであろう。
そしてその門の扉は開け放たれており、その向こう側の景色には、芝生の間を石段の通路が通った、広い境内が見える。
そしてその最奥には、これまた仏教寺院と酷似した外観の、寺のお堂があった。
「えっと、これがその鬼神様の像なんですか?」
「うん? この巨人の像のことか? 何度も言うが、俺には大まかな形しか判らないから、答えようがないよ。この位置にあるから、仁王像じゃないのか?」
「えっと・・・・・・すいません、そうでしたね」
目の見えない勝太郎に、一々風景の質問をしてもしょうがない。一行は門を通り、寺院の中に入っていった。
林の中を塀に囲まれた境内内には、中々見応えのある和風庭園が広がっていた。いくつかの種類の木々が、数十本ほど生えており、その中には枝葉が盆栽のように、綺麗に剪定された物もある。
石段通路の左手側には、石垣の淵で固められた池があり、その中には鯉と思われる魚が数匹、元気に泳ぎ回っていた。
寺の中なのに、外の林との区別がつきにくいような、自然を感じさせる庭である。
「あら勝太郎さん、おかえり。その人達は?」
「ここの新しい客だ。これから院主(=住職)さんに頼んで、しばらく泊めてもらうよう頼むところだ」
その庭の中で、落ち葉を履いている、作務衣と胴着を会わせたような作業服を着た中年女性が、勝太郎と言葉を交わしていた。
先程の女性といい、勝太郎はこの辺りでは、かなり交流ができているようであった。
やがて本堂の前に辿りつく一行。この寺院の領域の中でも、とりわけ大きな和風建物。一階建てだが、瓦屋根がヤケに大きく、面積も広い。
その本堂の正面入り口は、何故か格子のついたガラス張りの、スライド式の扉であった。
カラン! カラン!
一行を連れてきた僧が、その扉の側に、屋根のはみ出した部分からぶら下がっているものを引っ張り、そして振る。それは神社の賽銭箱の前にありそうな、紐付きの大きな鈴であった。
「ちょっとあの丸いのは何? 何かぶら下がって、変な音が出てるけど・・・・・・」
「ああ、あそこには鈴があるらしい。寺に客が来たことを告げるためのものだ」
「へえ・・・・・・アマテラスの鈴って、あんな感じだった」
まるで魚の口のように、切れ込みが入った、大きなボール状の鈴。そこから発せられる綺麗な音を、ラチルは気に入ったのか聞き入っていた。
「ねえあれって、寺だけにあるものなの?」
「うん? いや多分、あちこちにあるぞ。確か装飾用の鈴とかもあるはずだ。俺の世界の和風観が通じるならな・・・・・・」
鈴を見るラチルの様子は、ただその音が気に入ったというより、そこに何か思うところがあるように見えた。
「成る程・・・・・・ディークに操られた聖者を助けるために・・・・・・判りました。このお二人は、ここで預かりましょう」
床に畳が貼られた、本堂の外陣にあたる広い部屋にて、勝太郎達を含めた、数人の人物が、向かい合って話している。
勝太郎が向き合って話しているのは、この寺で働く僧侶達三名。その内の勝太郎と向き合っている三人の、真ん中にいる老年女性がこの天勝寺の院主である。
ここの院主は女性であった。女性の僧というと、日本人ならば尼僧を連想するが、この女性はそれとは大分身なりが違う。仏教の袈裟とよく似ているが、少し派手な紋様が書かれた僧衣である。
その模様は、どうやら多種多様な、動物のシルエットが、星空のように無数に描かれているらしい。ここは建物も僧も、仏教寺院と瓜二つに見えて、微妙な点で差異が見える。
「悪いな急に人を押しつけて・・・・・・生活費とかに問題があったら、俺が少し狩り場に行って・・・・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよ。二人の客人の世話ぐらい、大した出費ではありません。鬼神様から命じられたこの使命、私どもの力でしっかり勤めさせてもらうつもりです・・・・・・」
「でもこれから先、また新しく聖者を、ここに連れてくるかも知れないぞ? そうしたらあまり余裕もなくなるんじゃないのか? カーミラから、追加の礼金は貰えるのか?」
「ふむそうですね・・・・・・」
「とりあえずまずはこの二人に、この寺の仕事でもさせたらどうだ? タダ飯ぐらいってのも、恰好が悪いしな。料理とか掃除とか、こいつらにもやれる事って結構あるだろ?」
勝太郎と僧達が、この二人の聖者の対応に関して、どんどん話しを進めていく。
そんな中、急に彼らにとって未知の土地であるアマテラスに連れてこられて、初めて見る不可思議な建物内に入れられて、そして見知らぬ人物に、自分達の未来を託されている二人。
ラチルとウィリアムは、話しに入ってくる隙を見つけられず、ただ黙って成り行きを見守っている。
ちなみに勝太郎と僧達は、お寺らしく、正座で座りこんで話し合っている。だがラチル達は、その作法に慣れないのか、椅子のないこの畳部屋で、胡座をつけて座り込んでいる。
「あの勝太郎様・・・・・・そろそろ僕たちも、話しをしていいですか?」
「えっ? ああ、そうだったな」
「そうですよ。先程から勝太郎様が、一方的に喋って、このお二人の意見を無視していませんでしたか?」
ここでようやく話しに入ってきたウィリアム。
本堂に入った途端に、今面を会わせている僧達と会ったら、勝太郎達は急に二人を置いてけぼりにして、話しを進めてきたのである。これには院主も少し呆れているようである。
「ふん、さっき俺を無視してくれた礼さ」
「何があったか知りませんが、つまらない事情であることは判りますね。先程から失礼しましたねお二人方。私は高橋 水奈子。ここの院主を勤めております」
ここに来て二人と話しをする院主=水奈子。ちなみにこの世界の僧侶は、法名などはなく、本名を名乗って、僧として働いている。
「はい、私の名前はラチル・パイパーといいます。どうぞお見知りおきを・・・・・・」
「私の名前は、ウィリアム・ギャレットといいます。いきなり押しかける形になって、すいませんでした・・・・・・」
「ほほっ、いえいえ、別にいいのよ。今日からここを我が家と思って、遠慮しなくて良いのよ。でも急に慣れない土地で過ごすのも大変でしょうし、少しの間寺の者に、案内でも・・・・・・」
「それだったら俺が・・・・・・」
「勝太郎様には無理でしょう? いつも目隠ししていらっしゃいますし、先程も道を間違えたと聞きますし・・・・・・」
水奈子の最もな突っ込みに、少しショックを受けている勝太郎。
「ですがその前に少し休んだ方がいいですわね。お腹は空いてませんか? ディーク人のお口に合うかは判りませんが、色々お出しできますけど・・・・・・」
「いえ、それは別にいいです。さっき食べましたし・・・・・・」
随分とした親切ぶりに、少々戸惑いながらも、失礼のないよう口調に気をながら、断る二人。実際彼らは、勝太郎が寝ている間に、あの教会で食事(盗品の野菜)を終えている。
あっちでは夜であったため、夕食のつもりだった。だがこちらでは、大陸を飛んだせいで、地理の関係か、時刻が異なっており、今は朝であった。
「でも確かに今日は色々あって疲れました。驚くようなこと、次々と知らされて、まだ心が落ち着いてないっていうか・・・・・・では厚かましいですが、ここでお休みさせて頂いていいでしょうか?」
「待って、その前に大事な話が終わってないわ!」
早速休憩に入ろうとするウィリアムに、ラチルが少し慌てて止めの言葉を入れた。
「大事な話?」
「勝太郎さん、あなたの話しをまだ聞いてないわ。こっちに来たら教えてくれる約束でしょう? そろそろ聞かせて。結局あなたは何者なの?」
今までずっと(といっても会ってから一日も経ってないが)、勝太郎が口にしなかったこと。その核心を、ラチルははっきりとここで問いかけた。




