第二十四話 アマテラス大陸
「はあ、はあ・・・・・・くそ、ここはどこだ?」
とある森の中での出来事。時間は朝方。朝日が昇り始め、世界が明るくなり始めた森の中で、一人の女が、弱々しい声で悪態をつきながら歩いている。
その女は、赤い髪と、白人のような白い肌をした人間である。声からして結構若いと思われるが、整えられていないボサボサの髪と、女性の身だしなみを気にできる生活ではなさそうだ。
そして何年も洗っていないような、ボロボロのシャツと、Gパンぽいズボンを履いている。
まるで浮浪者のような外見。靴も泥まみれで、どれほどの間、森林の中を歩いているのであろう?
そしてその腰には、ディーク王国兵士が使っていたのと同じ、ロングソードが差されていた。
顔つきは端正で、恐らく美人なのだろうが、この身なりでは、その女の魅力を見いだすことは難しい。またその女の着ているシャツには、ディークの紋章が描かれた、赤いネクタイが巻かれている。
その女は、どこを目指しているのか? それともどこにも行く当てもないのか? フラフラと適当に、この広葉樹の森の中を進んでいる。
朝霧が消え始め、眠りの時間の終わりを告げる鳥の鳴き声が鳴り響く。木々の枝には、リスの親子が仲良く木登りをしているのが見える、実に豊な自然の森。
その森の中の日の当たる場所には、山草を食べる兎の姿も見えた。草や枯れ葉を踏みつぶしながら進む女が、その兎の姿を見ると、先程までゾンビのように虚ろだった目が、急に鋭くなる。
「はぁああああっ!」
そしてそこに勢いよく駆け出す女。兎がそれに気づいて逃げだしたと同時に、彼女は腰にある剣を抜き放つ。
そしてその剣の鋒を、森の奥に逃げようとする兎目掛けて、思いっきり投げつけた。槍投げの一流選手のような、見事な投擲。その剣は、銃弾のように勢いよく、真っ直ぐに飛び、そしてその兎を背中から串刺しにした。
背中の肉と剣身が同化し、血を撒き散らしながら、地面を転がり、そしてそのまま動けなくなる兎。
そこに歩み寄り、その兎に突き刺さった剣の柄を掴み、兎の身体を串に刺さった団子のように持ち上げた。どうやら彼女はここで狩りをしているらしい。
(食べ物はとれたか・・・・・・それと今日の寝床はどうするか?)
周りを見渡しても、山小屋らしき者はない。しかたなく彼は、近くの大木の幹に座り込み、先程捕らえた兎を捌き始めた。
(くそっ! ディークの三等騎士である俺が、どうしてこんな惨めな思いを!? くそっ、蛮賊共め! 今に見ていろ! いずれ本国に帰って、あの時の借りを何倍にも返して・・・・・・)
『そうだ! あの時の屈辱を忘れるな! 我らディークの神聖なる力は、決して蛮族には負けない! ロアの加護を得た我らの偉大なるお力で、このアマテラスの者全てを、地獄に送るのだ!』
(そうだ! 俺たちは神聖なる存在だ! あんな汚れた者達に負けるなど、決してあり得ない! ・・・・・・えっ!?)
そう心の中で悪態をついている最中、女はふと違和感を覚えて、辺りを見回した。
「・・・・・・気のせいか? おい、誰かいるのか? いやいたら困るか・・・・・・」
心の中で思ったことに、途中で誰かから励ましの言葉を貰ったかのような錯覚を受けた女。だが周りを見ても、この森には彼以外に人の姿がない。
どこかに隠れて見張っていると考えたとしても、今聞こえたような気がした言葉の内容は、どうも不自然である。
(いかんな・・・・・・もしかして幻聴まで聞こえるようになったか? この俺としたことが)
釈然としない物を感じながらも、女はその場で、あまり美味しくなさそうな、生の朝食を始めるのであった。
「うわっ!? えっ!? もう着いたの!?」
「そりゃあ転移だからな。一瞬で付くのは当たり前だ」
その時と同時刻に、勝太郎・ラチル・ウィリアムの三人も、目的の場所に到着していた。ただし本人の言うとおりに、転移魔法で来たので一瞬の旅であるが。
「俺は一度行ったことのある場所なら、こうしていつでも飛べるんだ。とりあえず、あの土地にいるのは少し不味いから、しばらく離れていた方いいと思うんだ」
場所はとある農地の中。森林に囲まれた土地の中に、綺麗に区画された水田が広がっている。
まだ稲が育ちきっていない、その幾つも並んだ四角形の水辺には、サギなどの鳥が歩き、獲物の魚を探している。
また人が離したものと思われる鴨が、水田の水の上を浮きながら、そこに生えている雑草を食べている。
そして森林がある方から反対側の、遙か向こうの景色を見ると、そこには集落と思われる建物の数々。
さらにもっと向こう側を見ると、この水田よりも広大の青の世界。それは地平線の向こうまで広がる、海である。
どうやらここは森林と海に囲まれた、農村地帯であるよう。
その水田の地帯を横断するように、集落のある方向にまで広く長く伸びた街道。そのど真ん中に、勝太郎達一行が突然に、まるで風となっていたかのように姿を現したのだ。
「そうですね・・・・・・しばらくあの領地は大騒ぎでしょうし。僕たちはいない方がいいでしょうね。それでここはどこなのですか? ディークの領地ではないですよね? さっき下宿先とか言ってましたけど・・・・・・」
勝太郎の説明に納得しながらも、少し不安げに質問するウィリアム。確かにここがディーク領内だとしたら、例えあの領地から離れていたとしても、彼らにとっては危険地帯に違いはない。
「ああ、大丈夫だ。ここはディークじゃない。それどころかゼウス大陸でもないぜ。ここはアマテラス大陸の、津軽王国って言う国の、黒神村ってところだ」
「「えっ!?」」
その場所を聞いた時には、二人は先程の転移以上に驚き、目を丸くしていた。
そうここはアマテラス。彼らの間でも、これまで散々話題に上がっていた、ディーク衰退のきっかけの一つである、ゼウスとは遥か離れた大陸の名前であった。
「アマテラス!? ここってあのアマテラス大陸なんですか!? そういえばこの不思議な池、ゼウスでは見ないような・・・・・・」
「まあな。驚いたか? 俺の転移魔法は、大陸間さえ移動できる程凄いんだぜ。ちなみあの池は田んぼって言って・・・・・・」
「いや、待って! 確かに大陸を飛んだの凄いけど・・・・・・それよりも、勝太郎さん! あなた確か、自分はアマテラス人じゃないって・・・・・・」
「ああ、そうだ。さっき言ったろ下宿先だって。俺は一応、あの村に住処を貰ってるが、別にここの出身ってわけじゃないよ。とりあえず村まで行くぞ」
勝太郎を、アマテラスに近い又はそれに影響を受けた国の生まれだと思っていたラチル。
だがここでいきなり、アマテラス本土に連れてこられたのである。ラチルの困惑を他所に、勝太郎はさっさと付いてこいと言わんばかりに、早歩きでその街道を進んでいった。
「ちょっと待ってよ! ていうかあなた一人で行ったら迷うでしょ!」
「大丈夫だ、見えなくても、道順ぐらいは判る」
「いやでもあなたさっき、砦までの道を迷ったんじゃ・・・・・・」
「あの時は・・・・・・あそこが初めて通る道だったからだよ。とにかく来いよ。俺が部屋を貰っている寺まで行くぞ。話しはそこでだ」
「えっ、あ・・・・・・はい」
色々判らないところがあるものの、とりあえず二人は大人しく、勝太郎の後ろを追って、黒神村の集落へと進んでいった。
その村の集落は、ゼウス大陸にある町や村とは、大きく異なる物であった。
集落にある、数百にも及ぶ数の民家。瓦という変わった部品で造られた水切り屋根があり、壁には白や灰色の漆喰で塗り固められた、建物の数々。中には壁も扉も、全て造られた、完全木造建築物もある。
各々の建物の扉も、アラン村と違って、開閉式のドアではなく、スライド式である。硝子と思われる物が張っており、木や竹などで造られた格子のような物が、扉の壁に貼られている。
集落の中にある街灯は、石灯籠のような形で、その中に電灯と思われる物がついている。
日本人の感覚からすれば、ゼウス大陸が洋風ならば、こちらは和風といった感じの町並みである。
そしてそれは、村の中にいる、人々の姿も同じであった。いや、正確には同じではないか? 人々の身なり意外にも、ゼウス大陸とは異なる物がある。
「あら? 勝太郎さん、もう帰ってきたのかい? 長旅になるようなこと、言ってたけど・・・・・・」
「長旅って言っても、ここを長く離れるって意味じゃないよ。転移魔法を使えば、いつでも日帰りで帰れるんだし」
「ああ、そういえばそうだったね。ははっ、あんたと話すと、普通とちょっと感覚が狂っちまうよ。それでその人達は? 向こうの国で、彼女でもできたのかい?」
陽気に優しげな口調で話しかける一人の中年女性。最後に茶化すようなことを言っていたが、どうやら勝太郎と顔見知りらしい。
見ると周りの通行人も、何人か勝太郎に軽く挨拶している。だがその人々は、外観が、衣装も種族も、ゼウスとは全く違っていた。
(勝太郎に似た感じの服装・・・・・・それにこの人達の姿は・・・・・・獣人?)
彼らは皆、勝太郎と同じ着物姿であった。この中年女性は、少し派手な花柄がついた、赤い着物を着ている。他の村人達も、同様に着物姿である。
ただし古来の日本の着物と、少し違ったデザインがあるものが、幾つかあった。
着物の首元部分に、まるで襟のような無駄な布地がついている服。
フードのパーカーのような、頭に被る布地が、首の後ろ側についている物などである。
また彼ら履いている履き物は、下駄でも草履でもなかった。まるでシューズのような、歩きやすい靴である。
一見純和風の着物だが、細かく見ると、まるで地球の近代世界のような特徴が、所々に混ざっている、妙な風景だ。
そしてこの村人達の身なりは、日本の時代劇で見る百姓のような、薄汚れたいかにもな貧乏ぶりが感じられる物ではない。
この中年女性の着物も、他の者達も、高級品と言った感じではないが、そんなに安物でもない、結構綺麗な布地の服である。よく見ると、村の民家の数々も、結構な大きさで、庭も壁も綺麗に整えられている。
見たところこの村は、人々はかなり豊かな生活を送っているようだ。貧困真っ只中のゼウスのアラン村とは、文化的な部分以外でも、随分と雰囲気が違う。
そしてもう一つ目を見張る部分が、この村にいる者は、ラチル達以外は純人(=普通の人間)ではなかったこと。
村人達の尻からは、何と尻尾が生えているのだ。まるで爬虫類の、種類的には鰐に似た、ヒレヒレの鱗が生えた長い尻尾が、着物から袴から出てきている
軽衫を履いている物は、その軽衫に穴が開けられて、そこから尻尾が伸びている。そしてその尻尾は、生物的に動いており、これは装飾品ではなく、彼らの肉体の一部であることも判る。
そして彼らの着物から出ている部分。彼らの顔の頬の部分には、まるで何かを貼り付けたように、爬虫類系の鱗が付いていた。
そして今、勝太郎と会話しているこの女性。喋っている間に、口の中が度々見えているのだが、その口は全てが鋭い犬歯であった。
鋭く尖った槍のような刃が、まるで鋸のように無数に立ち並んでいる。まるで鰐か肉食恐竜のような口だ。もし人があれに噛まれれば、相当痛いであろう。
この女性は、実に親切っぽく微笑んでいるが、その口の中を見ると、それだけで威圧されているように錯覚してしまう。
そして彼らの両腕にもびっしりと鱗が生えている。通常の人間ならば、体毛が生えているであろう、腕の肌の半分の部分。
そこには毛は一本も生えておらずに、爬虫類のような鱗が、まるで籠手のように生えそろっている。
そして彼らの指先には、鋭い黒い爪が生えていた。あまり長くはないが、人間の爪とは違う、鳥や恐竜のような尖った爪。
それを含めて、彼らの腕を見ると、まるで怪獣のような腕である。袴や軽衫とシューズで見えないが、恐らく彼らの脚も、似たような感じなのではないだろうか?
「いや、今のところ彼女じゃない。こいつらはあっちの国で、悪い奴らに追われの身になってたんで、俺がここまで連れてきた」
「そうかい、それは大変だね・・・・・・あっちの大陸は、酷い荒れてるって聞いたけど」
「ていうか“今のところ”って・・・・・・」
「ああ、酷い有様だったぜ。まあしばらく寺に頼んで、預けて貰おうと思ってるが・・・・・・」
ラチルが勝太郎の発言の、どうでもいい部分に突っ込むが、見事にスルー。
「あんた達もこれからがんばんなさいね・・・・・・。この国は今はとても平和だけど、危険が全くないわけじゃないし。少し前に、異国からの悪い軍隊が、ここを攻めようとしたしね・・・・・・」
「えっ、ああはい・・・・・・それは聞いてます」
そう言って軽く挨拶を交わし終えた後で、一行と女性は、その場から離れていった。その村の道中で、勝太郎が小声で彼らに囁く。
「ここでは異国の人間てのは教えてもいいが、ディーク人てのは秘密にした方がいいぞ。少し前にそこから軍が攻めてきたせいで、そっちの名前に皆過敏だしな」
「ええ・・・・・・ていうかそういう説明は、もっと早くするべきじゃないの?」
「今そのことに気づいた。とりあえず、寺はあっちの方角だから・・・・・・」
勝太郎達一行が、その寺という場所に、再び歩き出したとき、先程別れたばかりの女性が、何やら慌てた口調で、後ろから大声を投げかけてきた。
「ちょっと勝太郎さん! お寺はそっちじゃないよ! そっちとは全然反対だよ!」
その言葉を聞いて、勝太郎は慌てて、反対側に振り向く。
「えっ、マジ? こっち?」
「多分そうかと・・・・・・それっぽいのが見えてるし」
ウィリアムが言うように、その寺の建物と林は、この村の街道で、こちら側からも見える位置にあった。
だが生憎、その一目瞭然の地理に、勝太郎は感知することはできなかったが。
さっきまで自信満々に道案内をしていた勝太郎は、やや恥ずかしげにしながらも、女性に礼を言って、その道に向き直って進んでいった。




