第二十二話 神の国の実態
(うん? ああ・・・・・・)
目が覚めたときは、そこは現代でのことであった。最も眠りから覚め、目を開けても、彼の視界には闇しかないのであるが。
地面に置かれた毛布らしき所で寝ていたらしい勝太郎。
(さっきより気温が下がって、湿度も上がっている。ということは夜か? ・・・・・・うん? 手錠がなくなってる? まあいいか・・・・・・)
両手の手錠が外されていたため、今度は両掌を叩いて反響定位を行う勝太郎。するとそこはどこかの広い部屋だと判る。
周りには何かのガラクタのような、幾つもの器物が無造作に転がっている。部屋の奥の方に、二人の人間の存在が感じられる。
その人間は、勝太郎が手を叩いた音を聞いて、彼が目覚めたことが気づいたようだ。
「勝太郎さん!?」
「お目覚めになられましたか!? 大丈夫ですか!?」
驚いて駆け寄ってくる二人=ラチルとウィリアム。それに勝太郎は、特に体調が悪くないので、呆気なく答えた。
「ああ、特に何も元気だぜ」
「ええ、そうみたいね・・・・・・あんな酷い傷が、もう治ってるし。回復魔法が効かないと思ったら、とんでもない身体ね」
「治ってる? ああ、そういえば、あんなに身体中痛かったのが、もう引いてるな」
「それだけじゃないわよ。破れたり汚れたりした服も、もうすっかり綺麗になってるし。まあ、私達の服も、自己修復機能付きだけど。でも顔とか肌についた血は、そのままね。お風呂に入った方がいいかも・・・・・・」
「そうなのか? そういえば俺の顔から血の臭いがするな」
目隠ししている勝太郎には、鏡と向かい合っても、自分の身体の状況を自己判断できない。
今の彼は、魔人に付けられたあれ程の傷が、すっかり綺麗に消えている。傷跡などもなく、まるで生まれてこの方、傷を負ったことがないような身体であった。
衣類も同様だが、自身の身体に付着した汚れは自己清掃できないようで、彼の顔にはべっちゃりと、泥沼につっこんだように汚れが付いている。
戦後に倒れた彼を、ずっと気遣っていた二人は、五体満足元気な様子の彼を見て安堵していた。
「俺はあれからどのぐらい寝てた?」
「あれから三時間ぐらいかしらね? いやいきなり倒れるから、私ら心配で気が気でなかったわよ・・・・・・。まあ、全然大丈夫だったみたいだけど」
「ところでお前・・・・・・もしかして俺の鉢巻き取ったか?」
「えっ? その目隠しのこと? 服は一度脱がしたけど・・・・・・それは取れなかったわね。なんなのそれ?」
何故か目隠しのことを気にする勝太郎。二人は彼を介抱しているときに、何故かその鉢巻きだけは、まるで彼の皮膚の一部であるかのように張り付いて、全く取り外すことができなかったのである。
「ああ、取れなかったならいいんだ。取れちまったら、それはそれで大変だし・・・・・・」
「大変って・・・・・・?」
「ああ、まあそろそろ俺のことも話した方がいいかな? そういやラチル、お前ウィリアムに、この国のこと詳しく話したか?」
ウィリアムには、魔人と聖者、そしてディークの罪に関して、大雑把なことは話した。だが勝太郎が気絶すると直前までは、まだ詳細なことは話していない。
「いえ・・・・・・まだ話してないわ。私達、勝太郎さんのことで一杯一杯で・・・・・・話してる余裕もなかったし」
「じゃあ、そっちから話しをしてやれよ。俺ら今日会ったばかりで、お互いのこと全然判ってないし。それに・・・・・・もしかしたらお前らとは長い付き合いになる可能性があるし・・・・・・」
「可能性って・・・・・・私はもうその気だったけど? まあ・・・・・・ウィリアム君はいいかしら?」
「ええ・・・・・・こちらからもお願いします。この国のもっと詳しいこと・・・・・・教えていただけませんか?」
今までおざなりになった、この三人のお互いの情報整理。そのためにまずはウィリアムに、ラチルは先程も勝太郎にした、ディーク神聖王国の、これまでの詳しい経路を話し始める。
「このディーク神聖王国という国は、女神ロアを崇めるロア教を国教とした宗教国家よ。そのロア教が、どういった経緯でできたのかは判らないわ。聖書とかこの国の歴史書を見ても、自国賛美の内容ばかりで、あんまり信用できないし・・・・・・。ともかくこの国は、自国を神に選ばれた国と主張して、昔から他国を見下しきっていたそうよ。そして多くの国に攻め込み、植民地にして、そこから奪い取ってきた富で、国を豊かにしてきた。特に今のイネス・ディーク聖王が即位してからは、そのやり方がとりわけ過激になったわ。植民地への税が今まで以上に重くなり、つまらない理由で多くの奴隷や植民領民を殺し始めた。更には今まで同じロア教を信仰する国として、友好的に繋がりを持っていた国々にまで攻め込み、植民地を増やし始めたの・・・・・・」
教会の中で、ラチルがこの国の歴史を長々と語る。最も彼女はこの国の極秘情報などを知ってるわけではなく、話せるのは世論でも知られている範囲の物だけであるが。
「そしてディークは更に、ゼウス大陸とは違う、遥か遠い海の向こう、アマテラス大陸にまで侵攻を始めたわ。向こうは純人以外の種が多く住む大陸。奴らが言うところの、低能な蛮族達の国だから、ゼウス大陸の列強国と戦うより、楽に勝てるだろうとか言ったみたいね・・・・・・。でもその愚かな考えが、この国を不幸にも・・・・・・世界全体を見れば幸運だったのかしら? ディークの勢力を一気に転落させてしまったわ・・・・・・」
「それはつまり・・・・・・ディークは戦争に負けたんですか?」
勝太郎は既に一度聞いた話しなので、あまり興味を持たずに聞き流している。そして初めて聞くウィリアムは、これまで以上に真剣に話しを聞き入り、そしてラチルに質問している。
「ええ、そう・・・・・・完膚なきボロ負けよ。超大型魔道船の艦隊二百七十隻に、三十万人の兵力・・・・・・この国全軍事力の半分を、纏めて差し向けたそうよ。そして手始めに、“津軽王国”という、アマテラス大陸の末端の小国に攻め入り・・・・・・そこで艦隊は壊滅したわ。ディークの大艦隊は、津軽王国が差し向けた、たった一隻の軍艦に、完膚なき破壊されて、殆どの兵士がそこで死んでしまったそうよ」
「たっ・・・・・・たった一隻に!? 嘘でしょ!?」
兵力三十万という、大国ならではのとんでも数字が出てきたが、その後の言葉は最もとんでもない。
いったいどれほどの性能の船ならば、数百の艦隊を撃滅できるというのだろうか?
「私も最初は信じられなかったけど・・・・・・どうも本当みたいよ。どうもアマテラスの列強国は、異世界の国と交易を始めたって話があるし・・・・・・そこから買い付けた船じゃないかって言われてるそうだけど」
「異世界? それは初耳だったな・・・・・・」
今まで興味ない様子だった勝太郎が、ここで僅かに驚いた様子を見せた。実は砦へ向かう前に、ラチルから話しを聞いたときは、彼女の口から“異世界”という単語が出てきたことはなかったのである。
「ええ・・・・・・どうもこの話しも本当ぽいわ。それでアマテラスの国々は、今もの凄い勢いで、技術が進歩しているらしいし・・・・・・。まあその話しはいいとして。その敗戦のせいで、ディークは一気に大量の戦力を失ったわ。魔道艦隊を造船するのにも、洒落にならないぐらい国の予算を削ったし。それにその大失態で、ディークは国内外から、一気に威信を落とすことになったの。更にそれに乗じてなのか、偶然なのか判らないけど、ディークに支配されていた植民地の、ディークの主要拠点だった砦や領主館が、次々と謎の襲撃を受けたの」
「謎の襲撃? 植民地民に反乱されたのではないのですか?」
「それも判らないわね。そいつは誰にも気づかれずに、その拠点の指揮官・幹部・精鋭戦士達を、瞬く間に暗殺そうよ。その姿は誰も見ていない。いやいたのかも知れないけど、恐らくそいつは残さず殺されてるわね。各植民地の、百以上の拠点が、僅か六日間で連続して襲われたそうよ。一人につき百人分の戦闘力を持つという精鋭部隊も、誰にも姿を見られずに、あっさり片付けたとか。何者か知らないけど。とんでもない強さよね」
「六日・・・・・・」
この数字にウィリアムも驚く。もしこれが単独犯であるならば、単純計算で、一日で二十以上もの砦を襲ったことになる。しかも誰にも目撃されずに一瞬でである。
「やったのは何者で、いったいどのぐらいの人数で、どういった手段で暗殺を実行したのかは判らない。でもそれで各植民地の統制は、大きく乱れたわ。何しろつい最近、本国が大敗して、軍に大損害を受けたばかりだからね。これを機に各植民地で、一斉に反乱が起きたわ。それどころか、本国内にいた奴隷達も一斉に決起。その結果、ディークは全ての植民地と、本国領土の三割を失ったわ。この一連の事件は、アマテラス侵攻の失敗から、わずか一ヶ月の間に起きたそうよ」
つい最近まで、ゼウス大陸内で最強レベルの国として力を振るい、富と力を思いのままにしていた豊かな大国。
それが僅か一ヶ月で一気に殆どの力を失ったのだ。日本の平氏政権を遙かに凌ぐ、猛スピード転落である。
この早すぎる衰退に、当時のディーク聖都の貴族・都民の間では、事態を受け入れられず、連続して報じられる敗戦をデマだと信じ込んだ。
報道関係者が虚偽報道の罪で次々と処刑されたという。だがそんなことをしても、事実を曲げることはできない。
「土地を奪い返された挙げく、元々の領土さえ次々と奪われていく中で、ディークはある決断をしたわ。それがあの魔人を防衛戦力に使う事よ」
「そういえば・・・・・・あの魔人って結局何なんですか? ただ国の威信を高めるために、僕たちみたいな者を育てて、無駄に手が込みすぎてるんですが・・・・・・」
「理由は二つあるみたい・・・・・・一つは神聖魔法を使える人間が、国内にどんどん減っていったこと。大昔は神聖魔法は神に選ばれた者が使える力とか言って、その力を見せつけて国の威信を高めてたみたいだけど・・・・・・それがどんどんいなくなっていった。神聖魔法は、心の穢れた者には使えない魔法。それを使える者がいなくなるということは、つまり国内に心の清い者は、一人もいなくなっているということ。ディークがしていることを賞賛している者に、当然そんな心の清い者などいるはずがない。それはつまり、国のしていることの正当性と、神聖さが失われているということを、国民に疑われかねない」
ディークは自国こそが世界の中心であるとし、それ以外の全てを者への迫害を認可している。そんな苛烈な差別制度に恭順しては、とても清い心の人間など育たないだろう。
神聖魔法を、神の使いの力と言いふらし、国の力の象徴としていたディークにとって、これはかなり不都合な話しだろう
「だから私らみたいに、国の実体を知らさせずに、大昔のロア教の教義だった、全民平等と慈悲の教えを、幼少の頃から教え込まれて、神聖魔法を習得させるようになったの。国の穢れを隠して育てると言うことは、本国は自分達のしていることが、元々の宗教教義に反していることを、認めていたことになるわね・・・・・・。その最初の教義ってのは、どのぐらい昔のものなのかは知らないけど・・・・・・」
「それじゃあ魔人は?」
「魔人は元々、聖者とは別口で造られたものよ。最初は他国を攻め滅ぼすの戦争兵器として造ったみたいだけど・・・・・・でも後になって、それがあまり役に立たないと判ったの。あいつら不安定で、時々暴走して、敵味方関係なく攻撃を繰り返したそうよ。しかもその魔人の多くが、私らが使う神聖魔法に弱くて、実に簡単にやられちゃうからね。他国を攻撃させるために差し出した怪物が、他国の神聖魔法の使い手に浄化されちゃったりしたら、神の国を自称していたディークの面目は潰れるわ」
ディークがあのおぞましい怪物を操り、そして他国の魔道士が、あの神聖なる光で、その邪悪な怪物を滅ぼす。
それでは見た目完全にディークが悪魔で、攻め込んだ国が天使のようである。まあ実際そうなのであるが・・・・・・




