第十一話 避難所
「ここがこの地区の軍事の中心点の、アドレー砦です。待ってください、今砦の方々と、勝太郎さんのこと、話しをつけてきますから」
「ああ・・・・・・頼む」
馬車から出て行くウィリアム。勝太郎には、外の様子は判らないが、恐らく近くに砦という大型の建物があるのであろう。
馬車の御者は、先程から一言も言葉を発しない。勝太郎は彼を無視して、外から聞こえてくる音に、耳を傾けてくる。
「はい、そういうわけで・・・・・・たまたま迷い込んだ異国の方らしくて。一先ずここは危険なので、避難所まで送り届けてほしいんです」
勝太郎の超人的な聴力が、百メートル以上離れた所で行われているウィリアムと兵士の会話を、馬車の壁越しに聞き取る。
どうやらしばらくして、向こうと話がついたらしい。こちらにウィリアムが戻ってくる足音が聞こえてきた。
「避難所まで送って貰えるそうです。でも、少しの間、砦の方で身体検査をしたいそうで、少しの間砦の方に来てもらうそうですが・・・・・・」
「ああ、判った。ありがとうな・・・・・・」
馬車から降りて、ウィリアムの隣に立つ勝太郎。そしてその場に駆けつけてきた数人の人間(恐らく王国兵)が、彼を囲うようにして寄ってくる。
民間人の保護と言うには、どうも殺気立っている感じだ。
「私はこれから、討伐任務の経過報告に行くので、ここでお別れです。勝太郎さんに、ロアのご加護があらんことを・・・・・・」
「なあウィリアム・・・・・・お前自分のしていることに、今まで疑問を感じたことはないのか?」
「えっ?」
この場で別れの挨拶を告げるウィリアムに、勝太郎がかけた唐突な質問。これにウィリアムは、疑問の声を上げた。
「疑問って、何のことです?」
「お前が今までしてきたことが、本当に世のためになってることかってことだよ・・・・・・。生まれた頃から親の顔も知らない、少し前まで外の世界もよく知らずに、今まで育ってきたんだろ? それってどう考えたって変だろうが。自分の守るべき国のことを、何も知らされないなんてさ。そんな自分もよく判らない世界で、ただ言われるがままに働いててたんだぞ」
「変って? いえ、それは私の修行のために仕方なくとしか?」
唐突な問いに、困惑しているらしい言葉。どうやら彼は、言われたように、自身の周りに不審を感じたことがないらしい。
「はあ・・・・・・じゃあもう一つ。お前は自分のしたことで、民から感謝の言葉をもらったことがあるのか? そもそもこの国の民が、どういった人なのか、きちんと見たことがあるのか? 修行を終えた後は、よく外に出てたんだろ?」
「いえ・・・・・・そういえばないような? 民の姿も、遠くから何回か見たことがあるだけでしたし・・・・・・。任務の時以外は、ずっと砦の中にいましたし・・・・・・」
「ほう・・・・・・それは故意に、人から遠ざけられてたんじゃないのか?お前は今まで、ほんの僅かでも、変だと思ったことはないのか?」
「ええと、それは・・・・・・まあちょっと・・・・・・たった今感じたような?」
困惑しながらも、これに肯定するウィリアム。自分の生活環境の異常点に関して、今ここで堂々と問いかけられて、今初めて感じたらしい。
「それじゃあ自分でよく考えてみろ・・・・・・そのよく知らない祖国を、本当に信用できるか? 目の見えない俺でさえ、この国が変だってわか・・・・・・」
「おい、お前! 少し黙れ!」
すると勝太郎を囲っていた王国兵達が、その会話を遮るように叫び出す。その口調には、少し必死さが感じられた。
「貴様いきなり聖者様に何て口を! 恥を知れ!」
ゴン!
「いてぇ!?」
その場で勝太郎の頭を、思いっきり殴打する王国兵。だが逆に王国兵が悲鳴を上げている。恐らくこの王国兵は今、鉄より頑丈な勝太郎を殴ったことで、拳を痛めて悶えている思われる。
「ちょっと!? 何をしてるんですか!?」
この王国兵の行動を見て、ウィリアムは驚くと同時に、怒りの声を上げた。
「いててて・・・・・・いやしかし、こいつは突然、ウィリアム様と王国を冒涜するようなことを・・・・・・」
「今のどこが冒涜ですか! ただ私の仕事のことで、質問しただけじゃないですか!」
「いや、しかし・・・・・・申し訳ありません」
激怒するウィリアムの言葉で、その王国兵は、渋々といった様子で、勝太郎に謝罪の言葉をかける。
「何だか申し訳ありませんでした勝太郎様・・・・・・ですがここでお別れです。機会があったら、またお会いしましょう」
「ああ・・・・・・またな」
そう言ってその場で二人は別れることになった。聞こえてくるウィリアムの呼吸音と足音が、どんどん遠ざかっていくのが判る。
そして何か扉を開け閉めする音が聞こえると同時に、彼の気配は完全に消え去った。
「おい、蛮族! 両手をこっちに出せ!」
ウィリアムがこの場から完全にいなくなった後で、彼を囲う王国兵の一人が、明らかな敵意を含んだ声で、勝太郎に命ずる。
それは民間人の保護と言うより、補導する犯罪者のよう。勝太郎は特に驚きもせず、反抗もせずに、言われた通りに両手をキョンシーのように差し出した。
ガチャン!
そして聞こえるのは、鈍い金属音。それと同時に勝太郎は、自分の両手に、何か冷たいものが、手首に巻き付くように接触したことに気づく。
「これは手錠だよな? てことはこの砦じゃ、俺は犯罪者扱いか?」
「ああ、そうとも。この砦だけじゃない。貴様ら蛮族は、世界の全て、存在そのものが大罪人よ!」
そう言って嘲笑うような口調で、王国兵達は、乱暴な手つきで勝太郎を連れ出した。
ガチャン! ガチャン!
「おい、お前! うるさいぞ!」
その後勝太郎は、砦に連行されていく。その道中で、勝太郎は頻繁に、自分に手首にかけられた手錠の鎖を揺らしていた。
軽めの振動なので、音はそれほど大きくないが、それでも連続されると王国兵には不快であるらしく、怒鳴りつけられている。
(ここはどこか、大きな建物の通路の中だな。周りにいる武器を持った連中も、急に数を増えてるし。やはりあの村で起こった件は、既に知られているっぽいな)
手錠の鎖の音によって発生する反響で、勝太郎は目が見えないにも関わらず、自分の周辺の様子を細かく把握していく。
やがて勝太郎は、階段と思われる段差を降り、地下へと向かっていった。
「細かい鉄の棒が組み合わさった壁が、幾つもあるが・・・・・・やはりここは牢屋か? しかし随分と広いな。それに古い血の臭いも随分とするが・・・・・・。それに随分と弱々しい呼吸音が百人分以上・・・・・・もしかしてここは拷問場か?」
何の説明もなしに、この部屋が何なのか判った勝太郎に、王国兵達は一瞬驚いた。だがすぐに元の調子になって、見下すような口調で答える。
「いいや、ここが避難所さ! 税金も払えない屑共を、慈悲深くも匿ってやってる、神聖なる場所よ!」
その言葉に、周りの王国兵達も、クスクスと笑い始めた。
「避難所? てことは・・・・・・ここにいるのは、魔人に襲われた村の住人なのか?」
この場所の鉄格子と思われる壁がかけられた部屋にいる者達。呼吸音からして、かなり衰弱しているのが判る。
もしかしたらもう呼吸をしていないもの=死体もかなりの数あるのかも知れない。
「ああ、そうとも! 魔人共に村を追われたこいつらを、我ら神聖なる軍隊が、助けてやったのさ! 我らはその当然の見返りとして、五億ゼンの謝礼を求めたが、何とこいつらそれを拒否しやがった! それどころか、これまでの重税で、もう殆ど財はない。村をなくした自分たちは、これ以上の収入を得られないから、それも助けてほしいと言ってきやがった! 何という信じられない悪党共だ! 助けてやった恩を棚に上げて、更に我らに金を要求しようとはな!」
「その五億ゼンってのは、どのぐらいの金なんだ? それは一般人でも払えるレベルなのか?」
「そうだな・・・・・・大体俺の給料の三千年分ってところか? まあ命を救ってやった恩としては、実に安い対価だな! はっはっはっはっ!」
わざとらしく大きく笑い声を上げる王国兵達。その言葉からして、こいつらは最初から、民を守る気持ちなどないことが判る。
「そんな大罪人共には、当然の報いを与えてやったよ! 若い女と子供は、全て奴隷市場に売ってやった。体力がありそうな奴らは、王都での重要な職務を与えられ、そこで死ぬまで精一杯奉仕するという、実に崇高な役目を与えられた。ああ、あんな大罪人に、あのような神聖な任務をお与えになるとは、聖王様も何と慈悲深い方なんだ~♫ 他に使えなそうな奴らは、ここで地獄の苦痛を味わいながら、ジワジワと死んでもらうことにした! まあすぐに死刑にしない分、我らの聖王様にも劣らぬ慈悲深さには、女神ロアも大変感動しておられるだろうな!」
こちらを挑発するような、明らかに勝太郎の怒りを煽ろうという意図が見える言葉。勝太郎はそれに動揺せずに、黙って静かに話しを聞き続けている。
この反応にそいつはご不満なのか、更に追加して彼に言葉を浴びせる。
「(ちっ、意外と動じないな。それじゃあ・・・・・・)ちなみにあそこにいる奴、まあお前には見えないだろうが、あの牢に入っている男は、お前と同じでな!」
「俺と同じ?」
「ああ、俺たちの同胞が、あいつの母親を天に召してやったら、馬鹿みたいにワンワン泣きやがって・・・・・・それどころか王国に罵声を浴びせやがった。役に立たない老いぼれを、親切にも掃除してやったのに、何という無礼! だから軽い罰として、こいつの両目をかる~く焼いてやった! 俺はその場を見てないが、その時の叫び声は、蛙のように甲高くて面白いものだったそうだ」
「ああ、その現場は俺も見たぜ! マジあれは最高だったぜ!」
その場で高笑いを上げる数人の王国兵。その声と呼吸音を、勝太郎は冷静に聞き分けていた。
(ここにいる二十一人の内、ノリノリで笑ってるのは五人。興味なく黙っているのが六人。罪悪感からか、少し震えて、呼吸が変に乱れてるのが十人か・・・・・・。同じ王国兵でも、どうやら人それぞれ、心情が違うようだな。まあ、だからって許されることじゃないが・・・・・・)
「まあ、おかげでこいつも母親同様に、役立たずのゴミに成り果てたわけだがな! 目が見えなきゃ、碌に働けないし、この国に貢献することもできないだろうが!」
「きゃはははっ、本当マジでゴミよねこいつ~~! 目がない奴なんて、この世にいても意味ないじゃん! ぶっちゃけ、目の後から臭い匂いがしてきそうで、汚いったらありゃしないわ! ああやだ! もうここから目玉の腐った匂いがしてきたわ! 女神ロア様! どうかこの粗大ゴミを、この世から浄化してくださいませえ~~♫!」
「全くです! 見えない奴、聞こえない奴、そんな粗大ゴミみたいな人間は、皆死ねば良いですよ! 勿論貴様も含めてな!」
バキィイイン!
調子よく笑い合う王国兵達。だがその高揚した笑いは、突如固い金属音と共に、一瞬で沈められた。
「えっ、嘘でしょ!? あれって魔力強化された、特性の手錠じゃ・・・・・・」
一人の王国兵が、驚愕と共に、親切な説明付きの動揺の声を上げている。何が起こったのかというと、勝太郎が両腕を左右に離し、自身にかけられていた手錠の鎖を引き千切ったのである。
説明によると、この手錠は特別製だったらしいが、勝太郎にとっては、藁のように簡単に千切ることが出来た。
この時の周りの王国兵達は、一体どんな顔をしているのであろうか?
それは勝太郎には知ることはできないが、恐らく驚愕のあまり固まっているのであろう。事実、彼らはまるで石像のように、勝太郎の方に顔を向けたまま動かない。
「ちょっと挑発しすぎたなお前ら・・・・・・。正直ここにいる奴ら、俺には関係ない奴だし、さっきあいつから聞いたこの国の歴史を考えれば、それほど肩入れする気にもなれなかったが・・・・・・。だが今のお前らの言葉に限っては・・・・・・この俺をブチ切れさせるには十分すぎた! 目が見えない奴はゴミだと!? だったらお前ら全員、この場で俺がゴミにしてやるよ!」
最初は静かな口調で、だがすぐに口調が荒々しくなり、激昂の声を上げる勝太郎。本人の言うとおり、王国兵達は、彼らを怒らせすぎたようである。




