第九話 魔人
(骨は折れたか・・・・・・しかし何だこいつ? 蹴った時の手応えも変だな・・・・・・。それにこいつ、王国兵なのに、具足をつけてないのか?)
手に剣と思われる、棒状の物体を持っているのは判るが、身に纏っている着用物の種類までは判らない。だがこいつは、どうも鎧などの防具を、身につけていないように思えた。
その足を折られた人物は、その場でバランスを崩して倒れ込んだ。勝太郎はそれを見下ろす形になるが、当然目隠しで見えていないので、相手がどんな表情をしているかなど判らない。
「(こいつ全然悲鳴を上げないな。骨折したのに、呼吸音も乱れないし・・・・・・もしかして漫画とかに良くある無痛覚戦士ってやつか?)・・・・・・おい、お前大丈夫か? 意識はあるよな?」
「ギィイイイッ~~」
悲鳴という呼ぶには、随分おかしな奇声が、相手側からの返答だった。これに勝太郎も、ますます首を傾げる。そんな彼の様子を、十秒ほど観察した後、勝太郎はもう一度問いかける。
「悪い、喉が潰れるほどの衝撃だったか? まあ、こっちの話しを聞くようなら、傷を治してやっても・・・・・・うおっ!?」
困惑の次は驚嘆であった。何とその王国兵(?)は、足を折られたにも関わらず、その場で立ち上がったのである。
反響を感知すると、折れた足の形は、元の形に戻っていた。
「おいおいいつ回復魔法を使ったんだ? 俺は全然気がつかなかったぞ・・・・・・。無痛覚な上に、瞬時回復能力か・・・・・・あいつら随分な手練れを刺客に送り付けたもんだ」
「ギギギィイイイ~~! ギィイイイイイッーーー!」
相変わらずの奇声を上げて、勝太郎に攻撃を浴びせ続ける。だが相手の再生力がどれだけ優れていようが、攻撃力が同じなら、結果は同じである。
「さっきから何だよその声? 喉がおかしくなったのとは違うっぽいが・・・・・・。もしかしてやばい薬でもやってたか? おいおいそれは駄目だろうが、ちゃんと自分の健康は・・・・・・うん? もしかして俺らとは言語が違うのか?」
相手から攻撃を受け続けているというのに、随分と余裕で反省の言葉を口にする勝太郎。最もその言葉には一切反応せずに、敵は攻撃行動は続けられる。
「まあそっちから剣を向けた以上は、覚悟してもらうぞ! 命まではとらんが、死ぬほど痛い目にはあってもらうぜ!」
ようやく繰り出される勝太郎の反撃。今度攻撃を仕掛けたのは、足でなく、彼の両腕であった。ただし普通に殴ったのではない。
剣を持った手の手首を掴む。あっさりと得物を持った腕を、勝太郎に捕まえられる王国兵。ゴリラにも負けない握力と腕力で掴まれた手は、自身の意思ではピクリとも動かせない。
(何だこいつの肌? まるで石みたいに冷たいな・・・・・・。もしかして冷え性なのか? 不健康な奴だ)
相手の手首を直に掴み、王国兵の素肌に触れた感触に、ちょっと違和感を覚えたものの、あまり気に留めない勝太郎。
王国兵はもう片方の手で、勝太郎に殴りかかろうとする。だがそれも、右手と同様に、勝太郎のもう一つの手で、手首を押さえられてしまった。
勝太郎に両腕を捕獲された王国兵。体勢だけ見ると、二人が仲良く両手を取り合っているように見えるが、実際にはそんな穏便な話しではない。
「ギギギィイイイイッーーー! ギィイイイーー!」
「無駄だ、やめておけ。カーミラの奴から、チートな肉体を貰った俺に、お前ごときじゃ腕力勝負しても勝てないよ。言葉は通じなくても、このぐらいの力の差は判ったろ? もういいかげん大人しくしろ」
勝太郎の常人を越えた腕力に全く適わず、王国兵は両腕の拘束を解くことができずに藻掻いている。奇声のような謎の言語を上げて、ひたすら脱出しようとして諦めない。
ゴン!
両腕が使えないと判ると、王国兵は勝太郎に頭突きを浴びせた。勝太郎より一回り体格が大きい王国兵の、頭部と思われる部分が、勢いよく彼の額に接触する。
だが剣でも効かない相手に、その程度の攻撃が通じるわけもない。
「諦めが悪いな、仕方ない・・・・・・」
メキッ! メキッ!
勝太郎は敵の両腕を掴んだ自身の両腕の、手首の向きを変えた。
勢いは強くなかったが、重機のような強大なパワーで捻られた王国兵の両腕は、先程の足と同様に、あり得ない方向に曲がる。
勝太郎は相手の両腕をへし折ったのである。
(変な音だな、枯れ木でも折ったみたいだ。骨が折れる音ってのは、こんななのか?)
また不思議に思いながらも、勝太郎は相手の手首を解放する。相手はまた倒れるかと思ったら、後ろ側に数歩後退している。両腕を折られたことに対して、特に苦しんでいる様子はない。
「両手をやられたら、もう回復魔法は使えないだろ? もういい加減諦めな。大人しくしてれば、その折れた足を治してやってもいいぞ」
だが相手は諦めなかったようだ。無言で十秒ほど待つと、敵はまた攻撃を繰り出した。
最初と同じく、片手で持った剣でである。使えないはずの腕を、敵は何故か平然と繰り出しているのである。
(何だ? 今確かに腕を折ったはずなのに、もう治ったのか? 回復魔法なんて使ってないよな? ・・・・・・ていうかそもそもこいつ、本当に人間か?)
ここでようやく、今対峙している相手の異常性に気がついた勝太郎。そしてそれに気がつくと、今までの余裕の感情が消えて、相手に対する警戒の感情が強まる。
「しょうがないな・・・・・・さすがに殺しはしたくなかったが・・・・・・おりゃあっ!」
繰り出される勝太郎の、加減なしの正拳突き。その一撃は、敵の腹部に命中した。ただの殴打ではすまない。砲弾のように強力で、かつ鋼鉄のように固い勝太郎の拳が、その敵の腹にめり込んだ。
銃弾が当たったかのように、彼の拳の先が、敵の腹の肉を潰し、体内を貫く。そして潰れた卵黄のような、ぐちゃぐちゃした感触を、勝太郎は拳から感じ取る。
そして拳に粘着質な何かを付着させたまま、勝太郎は拳をめり込んだ敵の身体から引き抜いた。
(このぐちゃぐちゃしたものは血か? しかし血の匂いがしないが・・・・・・てまだ生きてるのか?)
腹の肉に大きな損傷を受けたのに、敵は一時怯むだけ。敵は再び攻撃を繰り出そうとしたが。
「ホーリーレーザー!」
するとそこに、敵意外の新たな者が、そこに現れた。それはかなり若い、性別の分かりにくい子供のような声で、その場に甲高く響く。
(何か飛んできたような音と、空気が少し暖かくなったような? ・・・・・・何だ!? 呼吸音が消えた! 死んだのか!?)
何が起こったのか判らない勝太郎。その場で地面を強めに踏んで、足音からの反響で、さっきまで王国兵がいた場所を知覚する。
(何だ? 死体にしては変だな・・・・・・)
その場には小さな土山のような、謎の塊が落ちている。これが先程までいた王国兵だろうか?
しかしそれは人の形をしていなかった。不思議に思いながらも、腰を下ろしてそれに手を触れようとすると・・・・・・
「触れない方がいいですよ。それ泥の塊ですから・・・・・・」
「うん?」
そこでかけられる声。それは先程の謎の声の主であった。ここに来て初めて、話しの通じる相手が現れたことに、勝太郎は少し喜ぶ。
「おう・・・・・・やっとまともに話ができる人と会えたよ。しかし泥? ここに今人がいたんだが?」
「人じゃありません! ていうか気づいてなかったんですか!? 今あなた魔人に襲われて、すごい危なかったんですよ! 間一髪で、私が神聖魔法で浄化しましたから、助かりましたが・・・・・・」
「魔人? モンスターだったのかこれ?」
ここに来て初めて、今まで自分が相手してきた者が、人間でなかったことを知る勝太郎。実際は間一髪どころか、何度も斬られているのだが。
「はい、やはり目が見えないんですね・・・・・・。ここ一帯は魔人達が巣くっているので、とても危険です! この近くにいる魔人は、私が大分浄化しましたが、先程のような取り残しがいないとも限りません。私が安全なところまでお送りしますので、着いてきてください」
少し慌てた口調で、避難を呼びかけ、勝太郎に手を差し出すその人物。だが勝太郎は、すぐに状況を把握できなかった。
「はあ・・・・・・えっと・・・・・・」
「ああ、すいません! 目が見えない方と会うのは初めてで・・・・・・私が今から手を取って、道案内しますので」
そう言って、その人物は勝太郎の右手を握り、彼を引っ張っていく。どうやら彼が、差し出された手が見えていないから、反応に困っている者と思っているらしい。
「おいおい、どこに行くんだよ?」
「私が今お世話になっている、ディーク神聖王国軍の砦です。あそこなら安全でしょう」
「砦? 近くに村とかはないのか?」
「ここが村ですよ。この辺りにいた人々は、魔人達から避難して、今は一人も住んでいません。そちらの事情は後で伺いますので、今は急いで!」
どうやら本心で、彼が魔人との戦いに巻き込まれるのを、心配して言っているようだ。彼は大急ぎで彼の手を引っ張り歩き続けて、彼の目的地へと向かう。
(こいつ子供だよな? それに神聖魔法って・・・・・・まさかこいつが?)
反響音で相手の体格は大体判る。それに足音の軽さや、彼の声を聞いても、対象が自分より体格の小さい、子供であることが判った。
それに勝太郎は、この人物の存在に、既にある程度の心当たりができていた。




