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序章

 コツン! コツン!


 そこは日本という国の中にある、とある地方都市。都会ではないが、田舎というわけでもない。ごくどこにでもある、ごく普通の町にて。

 その町の多くの商店が建ち並ぶ、中央通りで、事が起こった。


(何だよ、このやかましい音は?)


 道路には車が幾つも通り過ぎ、歩道には結構な数の人が行き交う中で、騒音と言うほどではないが、妙に耳に付く音が、人々の耳に飛び込んでくる。

 一番近くでそれを聞いた男が、不愉快そうにその音が聞こえてきた方向に振り向いた。

 その男はその日嫌なことでもあったのか、それ以前から苛立った様子であった。そしてその音を聞いて、更に苛立ちを高めている。


 そこにいるのは、歩道の脇の方を歩く一人の人物がいた。青いフード付きのパーカーを着た、十代半ばほどの少年である。

 その少年は目の焦点が合っておらず、しかも歩き方もおぼつかない、危なっかしい動きである。そしてその少年は、視覚障害者がよく使う、一本の棒=白杖を片手に握っていた。

 その少年はその白杖を、歩道のアスファルトに、何度も突きながら、前を進んでいる。


 彼が歩く度に聞こえる、白杖を打つ音に、振り向いた男だけでなく、周りの通行人達も、かなり不愉快そうに、そして見下した目で、彼の側を遠回りに避けながら歩いていた。


 その少年は、ある場所で足を止めた。そこはバス停であった。彼はそのバスに乗る予定だったのであろうか?

 少年は白杖を打つのを一旦止めて、そのバス停の時刻表が書かれた看板の前で止まっている。


 そして彼は、自分の顔をその時刻表の紙の、すぐ近くまで近づけている。この時の少年の目は、先程と違ってちゃんと焦点が合っており、その時刻表をマジマジと見つめていた。


「次のバスは・・・・・・十二時・・・・・・」


 ひっそりと小声で呟かれた独り言。だがその言葉が、大きな事を起こした。

 その声の瞬間に、さっき彼に振り向いた男が、ガツガツと地面を踏み叩くように進みながら、その少年に近づいていった。


「おい、お前・・・・・・見えてんじゃねえかよ!」

「・・・・・・えっ?」


 少年に向けて、怒気を含んだ声で話しかける男。その声に、少年は驚いて男に振り向くが・・・・・・


「さっきからカツカツと、やかましい騒音公害起こしてる思ったら、とんだ詐欺師だな! そうやって見えないふりしてれば、周りからチヤホヤされるとでも思ったのか!?」

「いや、その・・・・・・」

「ドラマでも見て悪知恵を思いついたか、クソガキが! そんな芝居して、よほどのかまってちゃんか? ならこの俺がお相手してやるよ。世の厳しさって奴を教えてやろうじゃないか!」


 突然怒鳴られて怯え震え上がる少年。男はそんな少年の白杖を、強引に奪い取る。


「おらっ!」


 バン!


 そしてその白杖で、その少年を殴りつけた。避けることも抵抗することもできずに打たれた少年は、固いアスファルトの上に叩きつけられて転倒する。


「おお~~い皆! ここに詐欺師がいるぞ! 杖でガツガツ物を叩きまくって、目が見えない振りして、実はしっかりとバスの時刻表を読んでいた、迷惑者の大嘘つきがいるぞ~~~!」


 そして周囲の人間に目掛けて、高らかに声を上げる。それを聞いた大勢の通行人達が、一斉にその少年に注目され始めた。


「ええ、見えない振り? マジであの子が?」

「うわっ、最低・・・・・・そんなことをする人が出てくるなんて、本当の障害者の人達が可哀想だわ・・・・・・」

「へえ、これが詐欺師かぁ~~初めて見るわ♫ ほらほらこっち見て、記念撮影♫」


 弱々しい動きで立ち上がる彼を、大勢の人達が侮蔑の声を向ける。まるで珍獣のように撮影する者や、終いには石を投げる者まで現れた。

 そして少年は、そんな彼に反論することもできずに、そのままヨロヨロと、その場から逃げるように歩き出した。

 持っていた白杖を奪われた彼の足取りは、先程よりずっと不安定であった。その途中で彼は、ガードレールにぶつかって、再び倒れ込んだ。


「おやおや、まだ盲目のふりを続ける気か? バーカ、もうお前みたいな嘘つきの事なんて、誰も信じやしないぜ! それでもまだ人を騙したいなら、そのまま車にでも轢かれてみたらどうだ? そしたら凄い演技派と、少しは褒めてやるぜ!」


 少年を叩いた男が、どうにか再び歩き出した少年に、先程奪った白杖をブンブン振り回し、そう下卑た声を上げて見送った。

 自分は悪事を暴いたヒーローになった気になって、有頂天になっていた彼は、自分のしたことに、間違いあったとは微塵も思っていなかった。


 それから十数分後のこと。この町で一人の“弱視”の視覚障害者の少年が命を落とした。

 白杖を失い、方向感覚が狂った上での道中での、トラックに轢かれての交通事故死であった。



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