第2話 光と影を追って (Part2)
「おにいさん、今日もありがと~!!」
青年が軽い木製のフレームと金属製の車輪でできた2輪車に乗った瞬間、子供たちの元気な声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、孤児院の玄関先で子供たちがわちゃわちゃと全身を使って手を振っていて、それに囲まれるように年配の修道女が微笑みながら手を振っていた。それを見て、青年もにこやかな顔で手を振り返すと、ペダルをこぎ始めた。2輪車のチェーンホイールについた魔石が橙色に淡く光り、2輪車の動きを加速させた。2輪車の後ろの荷台には【北斗商会】と書かれた大きな箱。
傍には広葉樹が並び、点々と住宅が見える街道を、ハイアットは軽快に走っていく。広葉樹は生い茂り、道は木漏れ日が模様を描いていた。木々の間から、農作業する光景。
孤児院も遠くなり、もう少しでベルクラ町の繁華街に差し掛かろうかという所だった。
脇の小さな道から2人の人物が、ハイアットに近づき、手をあげて掌を彼の方に向けた。1人は小柄なエルフ、もう1人は若い兎系の亜人。
「すみません、ちょっと時間、よろしいですか?」
エルフの青年に呼び止められ、ハイアットは怪訝な表情で、2輪車の速度を緩めてそのまま降りると、そのまま2輪車を押して2人に歩み寄った。
「……なんでしょうか?」
「えっと、君がディン・ハイアット、でいいんですよね?」
自分の名を言われ、ハイアットは妙な間をあけた。
「はい、僕がディン・ハイアット、ですが……?」
「僕は【流星の使徒】のヴィンス・アーマッジです、歩きながらでもよろしいんで、ちょっと話をしませんか?」
呼び止めた2人の胸元には【流星の使徒】のシンボルマークが虹色に光っていた。
*
「いやぁ、こいつが何かしでかしたってわけじゃあないのかぁ、それはよかったよかった!」
焼きたてのパンの香りが立ち込める【北斗商会】の店内で、ふくよかな体の人間の中年男性である店長が快活に笑った。それを見て、アーマッジと連れの諜報部隊員……名はノーグ……もつられたように笑みをこぼしたが、ハイアットは少し困ったような表情だった。
アーマッジは軽く咳払いし、店主の顔を見た。
「……それで、隊商から彼を引き取った、ということは本当なんですね?」
「引き取った、っていうか押し付けられたって感じだな!あの狸爺、厄介ごとになるとおもってたな~」
店主はいたずらっぽく舌打ちし、大げさに悔しがるようなそぶりをした。
「あぁ、そうだ、もうこいつを引っ込めてもいいかい?次の配達もあるし、休ませないといけないからねぇ」
「それなら、かまいませんよ、貴方の方ももう質問はございませんので」
アーマッジが答えると、ハイアットは小さく頭を下げ、そそくさと奥のトビラに入っていった。店主の方も仕事に取り掛かるのか、すぐそばの工房の方へと戻っていった。アーマッジとノーグは振り返り、2人並んで店の隅に移動した。
「整理しましょうか、ラムべ町の治療所で目覚めてから避難するまでの間は意識があった……しかし、避難の最中からネロウグの平原に放り出されたところまでの記憶がない、そして隊商に拾われ、その後、隊商のリーダーのつてで配達職員としてこの【北斗商会】に雇われた……やっぱりどうも記憶を失ったってところが気にかかるな」
アーマッジは小さくため息を吐いた。
「どう考えても転移魔法ぐらいしか考えられないよ」
「アーマッジ隊員、彼に同行している間、コミューナで魔力の波長を診ていましたが、反応は一般人のそれと同じでした、転移魔法がつかえるとは、とても……」
「そうか、うーん……」
話しながら、2人は他の人の邪魔にならないように店のパンを見ながら動く。
「アーマッジ隊員、くだらない考えかも知れませんが、高位の魔法を扱える何者かが馬車に侵入、彼をさらったのかもしれません」
「それだと、誰が彼を狙ったのか、どうして彼を平原に放ったのか、理由が成り立たないよ、ノーグ隊員」
ノーグは照れくさそうに頭を掻いた。
「……やはり、彼を本部に連れていきましょうか」
「うん、彼を本部に連れて行っても良いか、僕はムライツ隊長に聞いてみる、君はクライトン隊長に……おっと、すみません」
ちょうど店に入ってきた30代ぐらいの女性に2人はぶつかりそうになったことを詫びると、相手も、いえいえ、と深く頭を下げた。
次の瞬間だった。
「え……? ひっ……きゃあああああああああああああああ!!!?」
店に入って来たばかりの女性が、突然発火した。
2人は思わず後ろに飛びのいた。周りにいた客がその異常を見て、金切り声を上げ、奥に入っていたハイアットと店長が慌てて入ってくると、そのまま絶句した。炎に包まれた人が、踊るようにもがいている。
アーマッジがすぐさま魔装銃を取り出し水魔法のモードへと切り替えると、シャワー状の流水を勢いよく火だるまになった女性に噴射した。火はすぐに収まったが、女性はすでに赤くただれた無残な姿に変わってしまっていた。
「……!?」
その時、ハイアットは何かを察知した。そして、そのまま店から飛び出した。
「君!? ……僕は彼を追いかける、被害者のことは任せた!!」
ハイアットの後を追って、アーマッジも外に出た。【北斗商会】の周りは騒然となっていた。必死に人込みをかき分けると、何かを追いかけるように大通りを走るハイアットの後ろ姿が見えた。追うようにアーマッジは走りだした。
何事かと走る2人を周りの人々が見ていた。
「待ってくれ!! おーい!! 君、何を……」
遠くの方で、断末魔が聞こえた。通りの真ん中で、また一人発火していた。伝染するように悲鳴が次々と響き渡り、それと同時に野次馬が集まっていく。その中で、ハイアットが聴衆の1人につかまっていた。
「すみません、どいてください!! 僕が対処します!!」
人込みを分けて、アーマッジが入ると先ほどと同じように鎮火させた。人々は呆然と、黒焦げになった人を見た後、明らかな憎しみをもって、捕まったハイアットの方を見た。
「俺は見たんだ!! こいつが人を焼くところを!!」
「そうだ!! 【流星の使徒】、こいつをやっちまえ!!」
「皆さん、ちょっと、落ち着いてください!!」
怒声を上げる聴衆をアーマッジは一喝した。周りは静かになったが、殺気が充満していた。ハイアットは呆然とした目つきでアーマッジを見ていた。
「……ディン・ハイアット、すみませんが、僕たちと同行してくれませんか?」