第11話 悪夢との再会 (Part1)
雑踏の中、僕は立ち止まる。
なぜなら僕の視線の先には、信じられない者が……再び僕の前にいたから。自分もはっきりとわかるほど、眉間にしわが寄る。そいつはシグレ国風の喫茶店に、普通の女のように座っていた。
そいつも、僕の事を見ていた。そして、僕の方に手を振った。
まるで、友達に出会ったかのような笑みを浮かべて。
なるべく平静を保つように、僕はそいつに向かって歩む。そいつの目の前に立つ。
「やあ、ハイアット君、どうしたの、そんな顔して?」
怒鳴りそうになったのを、僕は堪える。
「そんな、立ってないで、こっち座りなよ」
1つ深呼吸して、言われた通り僕はそいつの隣に座った。そいつの表情は変わらない。でもわかる、表情の奥底に悪意が隠されていることを。
「ハイアット君、さっき何してたの?なんかきょろきょろしていたけど?」
そいつはそう言って、ニコニコと僕を見た。
……ふざけるな。
「……全てわかってたんだろう?」
「何が?」
「全部、僕を誘い込むためだった」
「ごめん、何の話なの?ハイアット君?」
とぼけるな。
「んもー、せっかく久しぶりに2人で話せるんだからさ、そんなカリカリしないでよね」
とぼけるな!!
「……カワイイ後輩のハイアット君?」
「……シルヴィエ!!」
*
何日か前のこと。
大陸の東寄り、アイズ国の牧畜地帯。その中の一農場にて。
住家ら、農場主が出てきた。朝日を前にして伸びをする。やや色の明るい髪に少し焼けた肌。典型的な人間の農家の姿。今日も一日、いつもと変わらぬ仕事が待っている。従業員はもう起きただろうか。
そう思った矢先。
「ダイさん!!ダイさーん!!」
慌てた様子で、犬系の若い亜人が走ってきた。そして、そのままダイという名の農場主の手をつかんだ。
「早く来てください牧場長!!大変なんですよ!!」
「なんだなんだ、そんな慌てて……」
「今さっき鳥小屋の方に行ったんです、そしたら変な臭いがしてまして、その出所を探したんですよ、そしたら……」
まだ頭も体も覚めきれていないダイの手を引っ張りながら、若い亜人がまくしたてる。
「ほら、あれです!!」
「あぁ?なんだよ……うわっ!?」
現場についた。その光景を見た瞬間、ダイは完全に目が覚めた。
そこは養鶏場だった。養鶏場の西側の壁のところだった。その周囲には鶏の羽が散乱していた。鶏の残骸もあった。
そして壁には血と肉で文章が書かれていた。
【早く出てきておいで、私の友達】
*
「で、なんであんなことやったんだ?それとあの言葉は何を意味してるんだ?」
アイズ国はリドリーの町、騎士団の詰所の一室で、1人のエルフが尋問していた。傍らにはオーガが1人。尋問相手は犬系の亜人の男。机の上には、先の落書きと、散らばった鶏の写真。
「だから知らねえんだ!! 覚えてねえんだ!! 放してくれよ!!」
「とぼけるな!! 目撃情報も証拠も揃ってるんだ!! 家畜を殺し、しかも厩舎に落書きなんて悪趣味な真似を……」
「信じてくれよ!! 俺はいつの間にか川辺で寝ていて、目が覚めたら体中が血まみれになっていて……本当なんだ!!」
「そんな曖昧な証言を信じられるか……よもや酔っ払っての凶行とも思えないんだぞ」
「信じてくれよ……頼むよ……」
亜人の男の目は涙にぬれていた。とても嘘をついている者とは思えない表情だった。
「そうだ、魔法だ!! 俺は魔法で操られていたんだ!! だから!!」
「検査した結果、君に何らかの魔法がかけられた痕は無かった、それも無しだ」
エルフの騎士が冷たく言った瞬間、亜人の男の目は完全に死んだ。そして、机に突っ伏して、子供のように泣きわめいた。
「……しばらくは牢屋に入ってもらう、判決は数日後に言い渡す」
そういってエルフの騎士が目を傍らのオーガにむけると、彼は泣きじゃくる男を机から引きはがし、退室していった。
「ふあ……っと」
エルフは大きく伸びをして軽く首を回すと、席を立ち上がり部屋を出ていった。
*
「いったいぜんたい何なんだよ、これ」
【流星の使徒】本部の作戦室中央の机の上に並べられた写真を見て、ドクマが思わずうなった。机の周りには現場に向かっているフィジーを除く、機動部隊全員が取り囲んでいた。机の写真にはエンヤ大陸の各所の壁や地面に書かれた文……どれも血やら汚泥やらで書かれた……が写っている。落書きの事件は大陸中に広まり、連日どこかが新聞記事にしていた。この奇妙ないたずらは、彼らにとってもはや看過できるものではなかった。
【君のこと待ってるよ】
【早く来てよ、早く会いに来て】
【退屈だよ、遊び相手が欲しいよ】
【おもちゃが欲しい、おもちゃは君だよ】
【君とお話をしたいな、とても楽しいお話】
どれもこれも、誰かを呼んでいるような文。
「誰かに呼び掛けているのは確かよね」
「……というか、それしかわかんねえな」
アヌエルのつぶやきに、ソカワがそれに答える。
「全ての犯行で犯人は捕まってるが、全員別人、しかも決まって犯行時の記憶が曖昧……共通点はこの意味深な落書きだけ、まいったね」
そう言うとソカワがアーマッジの方に向いた。
「諜報部隊の方でもわかんなかったのか、アーマッジ隊員?」
「そうですね……発見場所についても国や地域はおろか周辺状況、それに犯人の特徴、全てに一貫性が無いですし、犯人同士の関係性や接点は全くなし、現場では魔力痕も見当たらず、犯人の特徴とこの字を書くための絵具替わりとなったものしか見つかりませんでしたから」
アーマッジがそう言って軽く肩を竦めた。
「その絵具替わりの成分を分析してもなんにも無し、と……しかし、これがとても偶然とは思えないが……」
続けるようにイディが溜息をつく。それに合わさるように、キリヤが腕を組んだ。
「しかし、偶然なのか、それとも何者かが裏で糸を引いているのか、それすらもわからん、誰が現場に出ても、収穫は無し……まるで我々がおもちゃにされてるようだ、この落書きの文のように」
そう言って、キリヤがまた考えに沈む。
ふと、キリヤの頭によぎる。
ある人物の顔。以前の事件で対峙したあの女。
ハイアット隊員と関係しているらしいあのただならぬ女。あの女なら、自らの証拠を残さずに、このような真似をすることは可能であろう。
だが……証拠がなければ、ただの推測に過ぎない。何よりもあの女の素性は何者なのか、どれほどの力を盛っっているのか、全く分からない。現時点では案にすらならぬ。キリヤは目を閉じて頭をわずかに横に振った。
そして、ハイアットは、机の写真を真剣な、誰よりも真剣な眼差しで見ていた。まるで我が事のように。
「それにしたって悪趣味な真似をしやがる……何かの儀式なのか?」
ドクマが舌を鳴らす。
「儀式にしても幼稚だよな、むしろ質の悪いガキのいたずらだな」
「……そうなのでしょう」
ハイアットが、ドクマに答えるようにつぶやいた。
「あん? 今なんか言ったか」
「こちらフィジー隊員、ただいま戻りましたーっと」
作戦室の扉を開けて、フィジーが入ってくると、すぐに大きなため息をついて、中央の椅子にどかと座った。
「フィジー隊員、ご苦労、だがその態度は慎みたまえ」
キリヤがフィジーに厳しい目を向けた。フィジーは疲れた、というよりもあきれたような様子だった。
「報告します、今回も成果なーし!!」
「まあ、そちらから連絡がなかったから、わかってはいたが……」
キリヤがそういって下唇をかんだ。他の隊員はフィジーにねぎらいの言葉を軽くかけていた。
「そして、今回のお言葉はこちらです!!」
フィジーはカバンから写真を取りだし、机に乱暴に置いた。
【まだかな? 君はまだ来ないのかな?】




