第2話 光と影を追って (Part1)
「私」は神の手によって作られた。
「僕」はローベの村で生まれた。
「私」は戦うために、この世に生を受けた。この世を混沌へと飲み込まんとする「邪」を振り払う光として、長い時間を生きた。
「僕」は子供のころ、近くの遺跡でよく遊んでいた。この時の思い出から、歴史とか考古学に興味を持っていた。
「私」と「邪」の軍勢との争いは熾烈を極めた。身体は傷つき、血にまみれ、数えきれぬほどの人を犠牲にしてしまった。
「僕」は考古学者になるためにずっと勉強に励んでいた。その間に、いろんな友人と出会い、遊び、競い合い、そして別れた。
そして「私」は「邪」を追い払った。そして、「私」を自らの力をこの世から封印するべく永い眠りについた。
そして「僕」はイチセ学園に入学した。そして、「僕」はナギア教授の下に所属して考古学者としての第一歩を踏んだ。
ある日、「僕」は研究室のみんなと一緒にあの神殿の調査に向かった。そこで「僕」は「私」の眠る部屋に着き、「私」を目覚めさせた
「おーい、ハイアット、そろそろ起きなよー!!」
1階から声が聞こえて、僕は夢から覚めた。パンの焼ける匂いが、部屋の中に広がっていた。
*
【流星の使徒】本部、「ギルド長室」にて、各部隊の隊長が横に並んで立っていた。彼らの目の前には、元戦士であることが伺える、がたいの良いやや年配の人間の男性と、若い見た目のメガネをかけた魔族の男性が座っていた。人間の男性はギルド長のスルーム・ジフ、魔族の男性はギルド副長のケイル・サーラ。
サーラが口を開いた。
「それでは、先日の怪物の件について報告してくれたまえ」
「はっ」
ムラーツ機動部隊長が報告書片手に一歩前に出る。
「先日、ルガモル鉱山より出現した怪物、我々が"アグルド"と名付けたその怪物は、目視しただけでも、エルダードラゴンの倍以上の体格を持ち、そのうえ皮膚はまるで黒い結晶に覆われているような、今までに見たことのない異常な存在でした」
少し、ムラーツが息を吸った。
「我々機動部隊はそいつと交戦しましたが、いかなる種類の魔力弾を数え切れぬほど撃っても、大筒砲を2発命中させても、多少ひるむことはあれど大きなダメージを与えることはできませんでした、ダメージと言えるのは、眼を直接攻撃し、視界を奪ったことくらいでしたが、奴の動きは止まりませんでした」
「驚くべきことに、視界を奪われた後も蛇行することなく、直進しておりました」
ムラーツの報告を補填するように、研究部隊長……名はイアマ……が言った。
つづけて、イアマは魔力装置を操作してディスプレイを浮かび上がらせる。ディスプレイにはアグルドの姿が鮮明に映っていた。
「戦闘のあと、わずかに残った破片を調べましたところ、約20,000エーテル、鉱石の3倍以上の魔力を持つ結晶であることがわかりました、そしてこの魔力の属性ですが……」
イアマが軽く息を吸った。ディスプレイにはアグルドの破片が映り、そこから様々な情報が旗上げされていた。
「全く未知の種類であることがわかりました、この世界に満ちる魔力の属性はそれぞれ色分けすることができますが、この魔力は漆黒、何物にもそまらず吸収し、すべてを謎に満ちた闇へと葬ってしまう、恐るべき魔力です」
「それで、どんな種類の魔力で攻撃しても有効打にはならなかったわけか」
しゃがれた声で、ジフは聞くと、イアマは、はい、と頷いた。
「その破片はまだ残っているか? できれば実物を見たいのだが……」
サーラの問われたイアマは、ハンカチで額に出た汗を拭いた。
「申し訳ございません、採取から数日後、霧のようになって消滅してしまいました、残っているのはアグルドの足跡から採取した土の試料のみです」
「もう、ここに見られる以上の情報は見られないということか」
はい、とイアマは苦々しい表情を浮かべながら小さく頭を下げた。ムラーツはそれを横目で見た後、すぐにギルド長たちの方に視線を向ける。
「そして、その黒の魔力に有効なダメージを与えることができたのが……」
「あの巨人というわけか」
ムラーツの言葉を遮るように、サーラが答えた。ディスプレイにはその巨人の姿が映された。
「こちらを見てわかります通り、巨人は我々の約10倍の大きさであり、全身がまるで白金の甲冑に覆われているような姿をしております、一見、華奢に見えますが、アグルドの突進を受け止め、投げ飛ばすほどの力を有しております、そしてアグルドと同様に未知の魔力を持ち、それを弾丸のように射出する、もしくは剣の形にして扱うなど、多様な手段で攻撃します、更に体を発光させ蛍のような粒子へと分散させることも可能です」
ムラーツの説明に合わせて、ディスプレイの画面が次々と移り変わる。
「この魔力ですが、試料が得られなかったため、分析はできませんでした、しかし、いかなる属性の魔法も有効ではないアグルドに多大なダメージを与えたことから、我々は闇を払う光……"白"の魔力と仮称しています」
イアマがやや早口に説明した。じっと黙って聞いていたサーラはムラーツの方に視線を向けて口を開いた。
「彼はいったい何者なのかね?」
「ハッキリしたことはわかりません、わかっているのは、名はルトラ、ということです」
「ルトラ?」
「はい、あの場にいた私の部下たちや騎士団の者たちによると、何らかの通信魔法により、頭の中に直接その名を伝えた、と」
低い声で唸りながら、ジフは話をじっくりと聞いた。ムラーツは続けた。
「そして彼はアグルドを退治すると、我々に対して敵対行動を見せずに去りました、彼の思惑はわかりませんが、少なくとも現状では我々の敵ではないと考えております」
「……その根拠は?」
サーラがムラーツに問うた。
「もし、彼が敵であれば、わざわざ我々の味方となって安心させてから、というようなまだるっこしい真似はいらないでしょう、あの力をもって蹂躙したらよいだけですからな」
ムラーツの答えにサーラは、なるほど、と答えると、顎に手を添え、少し思索した。
「彼が味方であるにせよ、敵であるにせよ、今後も引き続き、調査を行いたいと考えております」
そう述べると、ムラーツは一歩下がった。
「……町や民間人の被害はどうかね?」
「町の被害は皆無、騎士団所属の14名があの戦闘の余波で負傷しましたが、全員軽傷、実質的な被害はないと言ってもよいでしょう」
ギルド長の質問に、救護部隊長……名はユーリン……は淡々と答えた。それを聞いてジフは小さな笑みを浮かべた。
「それはよかった……それでは次の件に移ろうか」
ジフの話に促されるように、諜報部隊長……名はクライトン……は応答し、ムラーツと同じように、報告書片手に一歩前に出た。それと同時に、ディスプレイにはディン・ハイアットの写真が映された。
「はい、ルガモル鉱山崩落の唯一の生存者である、ディン・ハイアットの件です」
クライトンは一呼吸おいて、話をつづけた。
「彼は王立イチセ学院のナギヤ考古学研究室に入ったばかりの新人研究員で、方々を調査した結果、能力も、性格も、そして血縁もごく普通の善良な人間の青年であることがわかっております……ただ一つ例外を除いて」
「例の異常な回復能力、か」
サーラが答えると、クライトンは、ええ、と首を小さく縦に振った。
「その彼が、ラムべ町からゴラン町へと避難する最中に忽然と姿を消したのです」
ディスプレイには搬送に使われた16と横に数字が書かれた馬車と、その騎手、付き添っていた看護師の写真が映された。
「アヌエル隊員とこちらの同乗していた看護師の証言から、こちらの馬車に乗ったことは確かです、搬送時、アヌエル隊員はアグルドの撃退に向かい、看護師に彼の付き添いを任せました、しかし、彼女の証言によりますと、途中で急激な眠気に襲われ、馬車の中で眠ってしまったようです、そして、目覚めた時には彼の姿はなくなっていたということです」
クライトンがの顔が少し険しくなった。
「戸の鍵はかかったままで、窓が1枚開いていたということですが、この写真を見たらわかります通り、とても出入りできる大きさではありません、更に、この馬車の騎手も誰かが馬車から降りていったような物音は聞こえなかったと証言しています、看護師と騎手が手引きして彼を逃した、という事も、3人それぞれが面識が全くないこと、逃がしたことにより看護師と騎手に何ら利益が考えられないことから、まずありえないと考えられます」
「……転移魔法か」
ジフが表情を変えないまま答えた。
「であると思われます、しかし、そうなるとやはり彼の素性に大きな謎が残ります、彼は特別に魔法を学んだ経験はないですし、先ほど申しました通り、いたって平凡な人間であることが様々な情報からわかっております……そうなると、あの回復能力も含め、ルガモル鉱山で彼の身に何かがあったのかもしれません、そのルガモル鉱山も復旧に何年かかるか……」
「と、なると、もはや本人の口から聞くしかないわけか」
そういうことです、とサーラに対してクライトンは答えた。
「それに加えて、なぜ、彼が搬送の途中に消えたのかについても聞かなくてはならないでしょう、現在、彼の行方については近辺に駐在している騎士団と協力し、我々諜報部隊が捜索しているところ……」
いきなり、扉をノックする音が聞こえた。ジフが、入れ、と一言かけると、諜報部隊副隊長が入ってきた。
「失礼します、重要な報告があってきました」
どこか緊張した様子で、副隊長は咳払いした。
「……現在捜索中のディン・ハイアットの消息がわかりました」
部屋にいたほとんどの人が、その報を聞いて驚きの表情を隠さず、どよめいた。そんな中で一人、ムラーツはにやりと笑った。
「噂をすればなんとやら、だな」
その様子を見て、クライトンは軽くため息をつき、誘われたように口角を小さく上げた。
「全くだよ、それで、彼は今どこにいるんだ?」
クライトンに促され、持っていた報告書を読み始めた。
「彼は現在、タクティア国のベルクラ町にあるパン屋にて住み込みで働いています、従事している仕事としては2輪車によるパンの配達で、主に近くの教会が運営している保育所と孤児院への配達を行っています」
「接触はしたのか?」
クライトンの問いに、副隊長は首を横に振った。
「いえ、彼自身との接触はまだです、明日に向かおうと思っております」
「それなら、アーマッジ隊員も同行させてくれないか?」
ムラーツはクライトンに目を向けて頼んだ。
「別に構わんが……何か目的でも?」
「アヌエル隊員を通じて我々の方も関わってたんでね、こっちもなるべく早く情報が欲しいんだよ」
「……わかった、アーマッジ隊員も同行させるように」
「はっ!!」
クライトンに対して副隊長が短く応えると、すぐに部屋を出て扉を閉めた。彼が部屋を去った後、ジフがテーブルに肘をつけたまま手を組み、また、低い声で唸った。
「未知の怪物、未知の巨人、そして不可思議な人間……これらが一緒に出てきたのは偶然なのか、それとも……」
「それを解明するのも我々の役目じゃありませんか」
ムラーツの答えに、ジフは思わずニヤリと笑った。