第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part9)
戦いの場で、豪雨が土塊兵の体を徐々に溶かす。そこに魔法弾の雨あられ。ルトラにとりつく兵士は次々に崩れていく。豪雨をまわりを、フィジーと、ソカワの乗るワイバーンが旋回する。
「大分掃除できたか、フィジー!?」
「一旦はね、でもそう言ってる間は!!」
視線の先に、地面から次々と生える土塊兵。雨に濡れて、ドロドロと醜い姿。
「……もうちょっと行きますかっ」
銃を構え、ソカワはワイバーンを横腹を蹴った。
ソカワとフィジーが下降してゆくその上を、イディの駆るワイバーンが渦を巻くように昇っていく。その渦の中心はルトラを踏みにじる土の巨人。巨人の視線がイディを追いかける。
魔装銃のアタッチメントを変更する音。特殊アタッチメントに変更。
「耳栓用意!!」
銃を構えたてに巻かれたコミューナに、イディが叫ぶ。それと同時に、土の巨人が右手を振り上げる。
「音裂弾発射!!」
引鉄を引くと、イディのワイバーンは瞬時にその場を離れた。弾はまっすぐに土の巨人の頭部へと飛んでいく。
そして、巨人の頭部に着弾するか否かの所で、弾は破裂した。銅鑼と火山噴火の音が混ざったような音響があたりを揺らした。
巨人の重心が後ろに傾く。雨にぬかるんだ土の足が、ルトラの頬の上を滑った。
土の巨人が後ろに倒れ込んだ。そこから蹴りだされるように、ルトラが横に転がっていき、豪雨の範囲外に出た。体の金属的な光沢と、燃える様な色の髪は、泥で茶色く汚れていた。目の金色の輝きは失われていない。
すぐさま体制を片膝立ちで整えると、両手を組み、力を籠めた。
雨が止んだ。
ぬかるみの中、土の巨人はよたよたと立ち上がった。周りの土塊兵と同じように、表面がドロドロに溶けていた。
それに向かって、ルトラは両腕を思い切り振った。組まれた両手から、青白い大きな光弾。巨人の胸部に当たると、轟音と共に爆発が上がった。
胸部が崩れる。そこから、紫の炎に包まれた目玉……キリヤとハイアットが見たアの目玉がむき出しになった。
ルトラが立ち上がると、巨人に向かって駆けだした。
どっ、どっ、どっ、と音を立て、ルトラが走る。光る右の拳を握って。
そして、彼の左足が巨人のすぐ手前に着地した瞬間、ルトラは右腕を振り抜いた。
ルトラの右腕が、土の巨人の胸から背中を完全に貫いた。
腕を引き抜くと、その穴から紫色の煙がびゅうびゅうと吹き出し、巨人は膝から崩れ落ちた。煙が収まると、巨人の身体は土砂崩れのように瓦解していった。そして、ただの土になった。
「どうなることと思ったが、見事に決めたものよの」
ジョアーキン伯爵が鼻息を鳴らした。それとほぼ同時に、ルトラは光の粒子となって去っていった。
キリヤのコミューナに通信が入った音。
『こちらアーマッジ、敵軍が全滅しました!! 我々の勝利です!!』
「……了解」
キリヤは静かに答えた。
「いやはや、今回も実に面白き事件であった、多少はヒヤッとしたものだが、終わりよければ万事良し、最後にあれを間近で見せてもらった、金を払っても良いぐらいであるな!!」
「……ホントにもうこれっきりにしてくれ」
伯爵が、いつものように豪快に笑う横で、クライトンが力なくため息をついた。
「だけど、ちょっとばかり楽しかったよ、クソ貴族」
「おお!! クライトン君、なんと珍しい!!」
「キリヤはどうだ?」
問いかけられて、キリヤは軽く微笑んだ。
大小さまざまな理由で喧嘩ばかりした事、幾度となく命を落としかけた事、それでも共に戦い続け、生まれた信頼の事、最後には皆で笑ってた事、全てが写真のように、思い出された。
「ああ、あんたとの久々の仕事、悪くはなかったな」
「ぬう、もうすこし褒めてくれんか、キリヤ君」
「これでも大分評価した方だぞ」
「はっは!! 厳しい所はホント相変わらずであるな!!」
伯爵の声と共に、他の2人もつられるように笑みをこぼした。
ふと、伯爵が気付いた。
「む……そういやあの新人君はどうした!? 巻き込まれたでしまったか!?」
「しまった!? 今すぐコミューナで連絡する……」
キリヤがコミューナを起動させようとしたのと、ほぼ同時だった。
「……おーい!!」
馬と地走竜の足音と、誰かが呼ぶ声。伯爵達がそちらに向くと、地走竜に乗って手を振るハイアットの姿。後ろには、馬が2頭。
ハイアットの身なりは、ぬかるみに転んだように泥だらけだった。
「おお、生きておったか!! 新人君!!」
「ははっ、肝が冷えたぜ」
2人の男が安堵の笑みを浮かべた。
「あの新人君も我に似て、悪運の強いやつであるな!!」
「悪運……か」
「……どうした、キリヤ君?」
キリヤだけ、怪訝な表情を浮かべていた。
「何でもない、お前に似てほしくないと思っただけだ」
*
彼女の視線はあまりにも鋭かった。
「まだ黙るか、伯爵を巻き込んだ時だ、あのシルヴィエという女との会話、ルトラと同様の傷……なにより朧気ではあるが、君が光になっていくの私は見た、証拠はそろっているんだ」
淡々と、副隊長は述べる。
それでも、僕は……
「僕は、人間です……ルトラでは、ありません」
「……そうか、まだ否定をするか、何故そこまで頑ななのだ?」
ルトラ……私が人間として現世に存在しているという事、それだけでこの世を乱す原因となりかねない。私の力を欲しがる者はこの世にごまんといる……その話は幾度となく聞いている。
だが、私の力はこの世界のためだけにある……そうこの【流星の使徒】と同じように。
そして、何より……
「僕は、ディン・ハイアットは人間として生きてきた、いきなり、人間ではないなんて言われたら……誰だって……!!」
いきなり、鐘の音が鳴った。緊急収集の合図の鐘。
『全部隊副隊長級以上の隊員は、今すぐギルド長の部屋まで集合してください、繰り返します……』
ホシノ隊員の声が、辺りに響いた。
それが聞こえた時、副隊長の視線の鋭さが少し緩んだ。そして、溜息をついた。
「ハイアット隊員、今のところはこの件については不問とする」
「……はい」
「だが、私の疑問は晴れたわけではない、また別の機会にこの話をしよう」
「……はい」
僕が応えると、副隊長はその場を立ち去った。
僕は、その後ろ姿を見守るしか、できなかった。




