第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part8)
「だからあんたと仕事したくなかったんだ!!」
クライトンが叫んだ。場所は見張り塔……いまやそれは、巨大な土塊兵士の角……の上。腰のバックルに収納された鉤縄を塔の一番上に引っ掛けて、落ちないようなんとかこらえていた。
その横で、ジョアーキン伯爵は笑っていた。
両者とも顔は傷と汗と土でどろどろになっている。
「あっはっはっは!! 何をそんなに怒っている、クライトン君!! 大当たりではないか!!」
「こっちとしちゃ大外れだよ……あんたに来いと言われた時点でな!!」
「仕方ないではないか!! テイジフはもう年、セハラン君は他国との調整で忙しいらしかったからな!!」
「くそ、あの野郎……役割押し付けたな、っと!?」
塔が大きく揺れた。
土塊の兵士が歩みを始めた。歩みの先にはガボルの村。
1歩1歩、進むたびに、ずしずし、と地盤がめり込む音がする。一見すれば緩慢でも、その巨体故に、1歩があまりにも大きく、着実な速度で、村へと近づいている。
その1歩のたびに、伯爵とクライトンの2人が振り回され、傷つき、力を奪われていく。
「くそ、地上にも降りられねえ、部下を呼ぶ間もねえ……!! 落ちるしかねえ!!」
「諦めるでない!! これぐらいの危機、何度もあったが、今の今まで生きてきたであろう!!」
「今まで運がよかったんだ……尽きちまったんだよ!!」
「尽きるものか!! それこそ、流星が尽きぬようにな!!……ん!?」
伯爵が力強く叫んだと同時だった。
何かが彼らの視界の端に入った。
彼らがその方を向くと、弧を描きながら何かが飛んでいた。
それを見て、伯爵がまた破顔した。
「はっはっ!! 本当に流星が来たか!!」
それは人間大の光の球体。
それは、巨人の頭部、角のようになった塔にめがけて、飛んでいっていた。
巨人は腕を水平に振り回し、それを迎撃しようとする。それを光は下をくぐるようにかわすと、巨人の周りを腰元よりぐるりと旋回していく。
光の球体が肩ぐらいまで登ってきた。
すると。
ひゅんひゅんと、巨人の肩口から大量の矢が光の球めがけて放たれた。巨人の肩口には何人もの土塊でできた弓矢兵。
しかし、光の球は何本もの矢をバチンバチンと弾き飛ばし飛んでいく。それでもグラグラと揺れている。必死にこらえているように。徐々に高度を上げていく。
「クライトン君!! あの流星は一体何なんだ!?」
「俺たちの敵ではないな!!」
「むぅ!? ハッキリと申したな!!」
「類似の情報を星の数ほど知ってるんでね!!」
光は塔の近くに到達した。塔にぶら下がる2人の真ん前。
だが、
いきなり土塊の巨人が頭を大きく振った。
伯爵も、クライトンも、その勢いに耐えられるはずなく、断末魔と共に空中に投げ出された。
光の球は、ひゅるると音を立てて、速度を上げる、落ち行く2人めがけて。
光のその体を少し膨らませ、2人の身体を包んだ。
そこに巨人の手が迫る。
ぐん、とおもいきり角度をつけて光は上昇する。
風の圧力が光を押しやる。間一髪の回避。
光はすぐさま巨人から離れていった。すこし、よたよたと、それでも全速力で。
キリヤがもたれる木の傍についた。すると、光が3つに分裂し、地面に降りた。
「うおっと」
「おうわっ!?」
その内2つの光の中からクライトン、ジョアーキン伯爵が現れた。
「ここは……キリヤ!! おい、しっかりしろ!!」
クライトンはすぐにキリヤの方に駆け寄り、頬を軽く張った。
その間に、光は再び飛んでいった。
「しかし、我らを助けたあれは一体なんなのだ?」
「伯爵、あんた絶対名前は聞いたことがあるだろうよ」
光が巨人に飛び込んでいく。光を迎撃せんと巨人は腕を振り回す。それをさらりとかわし巨人の頭上を跳び越すと、光は大きくなり、そして形を変えていった。
地上に降り立ち、光が弾ける。
現れたるは白銀の巨人。
「ルトラ、だよ」
ルトラはすぐさま体勢を整えると、土塊の巨人に向かった。土塊の巨人もまた、ルトラの方を向くと、そちらに歩む。背丈は、一回り、土塊の巨人の方が大きい。
ルトラは頭上で、両手を組むと、小さな動作で瞬時に何かを巨人に向かって投げつけた。それは光の楕円盤。それが巨人の両足首に当たると、橙の光が巨人の両方の脹脛を包み、巨人が動きを止めた。
すかさず、ルトラは両手をがっしりと組むと、体全体を使って腕を振るう。青白い光弾が、軌跡を残しながら巨人に向かって飛んでいく。
着弾。爆発。そして砂煙。
砂煙が止んだ。巨人はいつの間にか、巨大な盾を構えていた。無傷。
ならばとルトラは巨人の方に駆け、おもいきり飛び上がると、体を回して盾を蹴り飛ばした。ひゅうんと盾は飛び、近くの丘に突き刺さり、ボロボロと崩れ去った。
着地して体勢を崩したルトラの頭めがけて、巨人は右腕を伸ばす。それに対して、ルトラは左腕を上げて受け止める。
もう一方の、巨人の左腕が円弧を描いて襲い掛かる。それも、ルトラは同様に右腕で受け止めた。
両者の力が拮抗し、互いの動きが止まる。
すると、突然、ルトラの視界いっぱいに土塊兵の姿。
その剣が、ルトラの左目に刺さった。
ルトラは思わず両腕を引っ込めた。それと同時に、巨人の両腕が、ルトラの頭をおもいきり挟んだ。両腕が開くと、ルトラは力なくふらつき、そこに、巨人の掌がルトラの頭を打った。衝撃音が響く中で、ルトラは勢い良く倒された。
頭が揺らぐ感覚をこらえながら、ルトラはすぐに身を起こした。
その時、ルトラは唐突に顔を抑え、何かを払いのけた。すると今度は炎のような髪の毛や、白金に輝く体中を掻きむしるようにした。
ルトラの顔に、髪に、そして甲冑のような体の節々に、何体もの土塊兵が取りついていた。さらに、ルトラが接している地面からも続々と、土塊兵がルトラに取りついていく。
ちょうど、人の体に大量の蟻が登っていくようであった。
僅かな攻撃が、無数に体中を突き刺す。その痛みに、ルトラは悶えた。そこに、土の巨人の右腕がルトラの首を刈った。
地面に転がるルトラに向かって、ずし、ずしと足音が近づく。逃げる余裕はない。
そして、巨人がルトラの頭を踏みつけた。
ルトラはその足首をもって必死に足掻く。ミシミシという音がなっていた。ルトラの身体には絶え間なく人間大の土塊兵が群がっている。
少しづつ、ルトラの腕の力が抜けていっていた。
「本部応答せよ、本部応答せよ」
伯爵がコミューナに呼びかける。コミューナからホシノの姿。
『こちら本部……って伯爵様!? 御無事でしたか!?』
「うむ、我は至って好調だ、隊長はいまいか!?」
『ここに』
写像がホシノからムラーツに変わった。
「ムラーツよ、あのルトラとやらを支援するよう部下に指示してくれまいか」
『言われずとも、もう指示済みですよ』
ムラーツがニヤリと笑った瞬間。
巨人とルトラの頭上に大きな魔法陣が現れた。そして輝きだすと同時に豪雨が魔法陣から降り注ぎ始めた。
そして、2匹のワイバーンと1人の翼人がその豪雨の付近にいた。
イディ、ソカワ、そしてフィジー。
「僕があいつを誘導する、ソカワ、フィジーはルトラの援護を!!」
「了解!!」
「了解!!」
イディの言葉に、残る2人が威勢よく応えると、それぞれ上下に散っていく。
「はっはっは!! さすが我の後任だ!!」
『先読みのできない者に、隊長は務まりませんよ』
豪快なジョアーキン伯爵に対して、ムラーツはニヤリと笑った。




