第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part5)
その日、ガボルの村は物々しい雰囲気が漂っていた。
朝の早いうちから、【流星の使徒】がこの村にやって来た。先日に起きた、丘へ山菜取りに出たある村の男が亡くなった件で、色々と聞いて回っていた。そして、日も最上に登り切っていない時分、村の広場にて、村長が直々に宣言した。
村に危険が迫っており、指示があるまで、出入りを禁ずることを。
長らく平和だった村に異例の事態が起こった。
今、【流星の使徒】の面々と村の若い衆が、村の中を、あるいは上空を、険しい目つきをしながら回っている。
「おう、何か異常はなかったか」
ドクマが、村の青年に話しかけた。
「はい! こっちはなにもありません!!」
「了解、こっちも異常は無しだ……すまねえな、迷惑かけちまって」
「いえいえ!! 僕は【流星の使徒】の皆さんとご一緒できてうれしいぐらいですよ!!」
「ははっ、そいつぁうれしいや」
目を輝かせる青年に、ドクマも顔をほころばせる。
「それに、僕らとしてもすごく不安に感じていたんです、変な音がずっと鳴ってるとおもたら、この間みたいな事も起こりましたし……」
「それは本当に済まない、こんな近くでな」
「そんな!! 僕らが能天気すぎたんですよ!!」
青年が困り顔で手をばたつかせてると、コミューナから着信音。それが聞こえると、すぐに青年は押し黙り、一礼してそそくさとその場を去った。
コミューナを起動すると、アーマッジの姿。
「こちらドクマ、どうした、アーマッジ」
『こちらアーマッジ、先遣部隊が先ほど、伯爵を襲ったものと同種の存在と交戦した模様です』
「早速おっぱじめやがったか、あのトンパチ領主様が……大丈夫だったのか?」
『幸い、ハイアット隊員の馬だけがやられたそうです、相手は土でできたゴーレム、それも相当な数がいるようです』
「術者がいるってことか、俺らの近くで仕込むとは、結構な肝っ玉だぜ」
そうドクマが舌を鳴らした瞬間。
緊急事態を告げる、角笛のけたたましい音が村中に響き渡った。
一瞬の沈黙、そして、ざわめき。
ドクマのコミューナの映像が、アーマッジからフィジーに移り変わった。
『こちらフィジー!! 緊急事態発生!! 件の見張り塔の方から、数百人の軍勢がガボルの村と【流星の使徒】本部の方角に進行中!! すぐに戦闘態勢をとってください!!』
「はあ!? いきなりどえらいことになってるじゃねぇか!!」
『こちらアーマッジ!! 先遣部隊への連絡はこちらで行います!!』
『こちらノーグ!! 騎士団へ急ぐよう連絡しました!!』
コミューナからの声が、村の中の状況と同じように慌ただしく錯綜していった。
*
『状況は以上です、隊長』
「ご苦労、ペイティ、そっちはまかせたぞ」
『隊長もご武運を』
コミューナの通信が切れる。それとほぼ同時に、クライトンがため息を零す。
丘の麓、草木が茂る中、伯爵、クライトン、キリヤ、そしてハイアットの4人が進んでいた。
目標の見張り塔を見上げる位置まで彼らは来ていた。しかし、既に4人の顔色には疲労がハッキリと浮かび、彼らの装備についた傷、そして地層竜と馬の様子からも路ほどの厳しさが見て取れた。
そんな状況にあっても、伯爵は余裕を称えた笑みを崩さなかった。
「こんなことになるならば、初めに翼人達を派遣すればよかったな」
「初めからそう言ってただろうクソ貴族、昔からの仲間と共に行きたいと言ってごねたこと忘れたとは言わせんぞ」
「こんな時にそいつに食って掛かるなクライトン、体力の無駄だぞ」
キリヤに諭され、クライトンが舌打ちする。
「はっは、懐かしいやり取りだな、キリヤ君」
「事態は急を要してるんだ、貴様も暢気にするな」
その刹那。
一本の矢がひゅうと飛び、クライトンの耳辺りをかすめた。クライトンの馬が驚いて前足を上げた。
「ちっくしょう!! 油断ならないな!!」
「はっは、元暗殺ギルド出身のエースも老いたか!! おおっと」
伯爵が話す間にも矢が2本、3本と飛んでくる。その中似合ってキリヤは黙々と弓を引き、その後ろでハイアットが魔装銃を構える。
キリヤが矢を放つ。
矢はまっすぐに木々の間を抜けていき、途中で緑色の炎を上げ、3つに分かれた。
そして、命中する音。その直後に、全身が蔦に絡まれた弓矢兵3体がよろよろと茂みから現れ、転んだり木々にぶつかったりして、そのままただの土塊になった。
その光景を前にしながらも、ハイアットはその奥を睨む。瞳は金色。
そこに移るは、夢を構える人型の魔力。色は黒。忌まわしき色。右手の痣がうっすら光る。
銃を撃つ。1、2、3。アタッチメントは青色、水の魔石。しかし、銃の弾には、ルトラの力も込められている。
鈍い命中音と共に、兵士の体がボロボロと崩れ去った。
「よし、一気に行くぞ!!」
伯爵は馬の横腹を蹴り、勇壮な叫びをあげて駆けだす。その後を、3人が続く。
ただ、ハイアットの金色の瞳に移る人型の魔力は減っていない。周りを見渡すとむしろ、増えている気さえする。
「副隊長!!」
「なんだ!!」
「様子がおかしいです、敵の個体が減る様子がありません!! 事前に作られたゴーレムとはとても……」
ハイアットが言い終わる寸前。
唐突に、4人の目の前で、土が波のようにせり上がってきた。馬と地走竜は体勢を崩し、4人は地面に投げ出された。
「くそっ、何が起こった!?」
「キリヤ君、倒れてる暇はないらしいぞ!!」
彼らの周囲、土がまるで沸き立つように動きだした。すると、そこから何本もの手が生え、そこから這いずりでるように人……土でできたややでっぷりとした人の姿が現れた。そして10人近くの人型が立ち上がると、ボロボロと土が崩れていき、鎧を着た兵士の姿をした。
「なるほど、この周辺の土地丸ごと敵の術中という訳か」
キリヤの言葉に、ハイアットが小さく頷いた。
「はーあ、テイジフとセハランも連れてくりゃ良かったな」
ため息をつきながら、クライトンは銃を改めて構えなおす。それを伯爵はニヤニヤと見る。
「あやつら、国との連絡が忙しいとぬかしておったよ」
「はっはあ、お前から逃げたんだな、そりゃ」
刹那、周囲の土塊の兵士が襲い掛かった。
クライトンが1発、発砲し、正面の相手の首を吹き飛ばすと、ほぼ同時に左手から斬撃をかわす。その直後、ぐいと体をひねって自分の右肘を相手の首元に振るう。すると、肘あての部分から短剣がとびだし、相手の頭半分を跳ね飛ばす。
そして、腰から居合抜きのように短剣を抜くと、そのままひゅうと音を立てて飛んでいきもう1人の土塊兵の首に刺さった。そこに、追撃の銃弾。
土塊兵の剣とキリヤの剣が弾きあう。幾何かの弾きあいのあと、つばぜり合い。そこに、キリヤの背中に槍の1撃。
寸前、キリヤが体をひらりと右にかわすと、槍は土塊兵の腹部に深々と刺さった。そして、キリヤの剣が2回、振るわれた。
ぼと、ぼと、と土塊兵の首が2個落ちた。
伯爵に向かって斧が振り下ろされる。伯爵はそれをいなすと、土塊兵を思い切り蹴飛ばす。すると、体勢を崩した土塊兵はもう一人の土塊兵にぶつかった。その瞬間を狙い、伯爵は魔法銃を撃つ。
伯爵は威勢の良い掛け声とともに、とどめとばかりに剣を構え2体まとめて胸元を刺し貫いた。
その伯爵に対して、別の土塊兵が弓を引く。
だが、銃弾が頭を貫き、ボロボロと体が崩れた。撃ったのはハイアット。
その近くには剣を持った土塊兵が2体。うち1体が正にハイアットを切ろうとしている。
振り下ろされる瞬間、ハイアットはごろりと前に回ってその一撃をかわすと、瞬時に短剣を取り出し、もう1体の脇腹を斬りつける。ルトラの魔力を込めて。そしてすぐに振り返って、銃弾を1発。
2体の兵士が崩れた。
「あらかた片付いたな!! 急ぐぞ、皆の者!!」
伯爵の号令と共に、各々が馬と地走竜に飛び乗り、嘶きと共に発進する。
その後ろで、数人の土塊兵が弓矢を放っていた。
敵の本拠地はもう、すぐそこ。




