第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part4)
翌日。
よく晴れた日、【流星の使徒】本部より距離約11000の平原にて。3頭の馬と1体の地走竜が緩やかに走っている。
「あーあ! やっとこのクソ貴族と一緒にならなくて済むと思ってたのに!」
馬上で黒豹系の、やや歳を重ねた亜人がわざわざ大声で愚痴た。少しばかり、顔をにやけさせながら。
「失敬な! 我とそんなに一緒がいやか、クライトン君!」
その隣で伯爵が笑顔のまま応える。
黒豹系の亜人はクライトン。【流星の使徒】諜報部隊の隊長である。
「伯爵さんよ、あんたのせいでどれだけ迷惑かけてきたのか、わかってるのか?」
「なんと、我は人助けしかした覚えがないのだが?」
「よく言うよ!」
伯爵の真後ろにはキリヤはいつも通りの落ち着いた、彼女の隣のハイアットは少しばかり困ったような様子。
「あの、副隊長」
「なんだ、ハイアット」
「伯爵様って、一体どんなことをしてきた、のでしょうか?」
キリヤが一つため息をついた。
「まあ、我々の活動で多くの人が助かったのは事実だ、本当に多くの人がな」
「……? それってどういう?」
「あやつが依頼されたと言われた案件がな……どんなに些末な依頼であっても、最後には大概が大災厄寸前の事態になってしまう」
「大災厄、ですか?」
「……思い出すだけでも頭が痛い」
「ああ、ほんっと色々あったよな」
キリヤ達に背を向けながら、クライトンが話に入った。
「なんかの陶器の護送だけと思ったら、大陸中につながりを持つ違法ギルドを壊滅させたりとかな」
「え……ええっ!?」
「それよりもだ、あやつの知り合いの飼い猫探しなんぞしていたら、邪竜封印の解除を阻止した事の方がめちゃくちゃだったぞ」
そう言って、キリヤは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「な、なんでそんな事に……」
「こっちが聞きたいぐらいだ」
「それを見事に解決してきたから、今の名声と、今のこの世界があるであろう、キリヤ?」
誇らしげな調子で伯爵が応えた。
「否定はせん、しかし、貴様の場合何もかもが唐突に、そして急激に事が進んだり事が変わったりするから心臓に悪いのだ」
「しかし今はもうかなり人も増えた、大分楽になったではないか」
「今はそうでも、昔の苦労を忘れると思うか!! しかも、長たる者が率先して事態に首から突っ込む!! 肝が冷えたこと数え切れんぞ!!」
キリヤが思わず叫んだ。しかし、伯爵は意に介さないように笑う。
「……あれ、副隊長?」
会話のある部分に、ハイアットが少し引っかかった。
「ん、どうした、ハイアット?」
「【流星の使徒】って、昔は人数が少なかったのですか?」
「ああ、そうだ、かつては5、6人程度しかいなかった……やってたことは今の機動部隊と同じような感じだったな」
「そうだったんですか……その人数で、それほど大きな事件を……」
「苦労したよ、命を落とす覚悟は、戦争時よりもしたものだ」
「今みたいに人を増やして各部隊に分けるようにしたのは俺が一役買ってるんだぜ?」
クライトンがハイアットたちにに視線を向けた。
「どういうことですか?」
「そん時から、俺は独自で部下、つってもチンピラ同然のガキ軍団だったがよ、そいつらを使って情報を集めてたんだ」
「それが、諜報部隊の前進、という事ですね?」
「ご名答! それと医療ギルドにつながりのあるユーリンとかいたしな、たしかサーラが今の形にしようと言ったんだっけか?」
「うむ、そうだ、数多の活躍のおかげで、我がギルドへの参加希望者も増えたこともあったからな」
伯爵は感慨深げに自ら頷いた。
「言っとくけど、俺が入った時からサーラはずーっと人を増やせ増やせ言ってたぞ?」
「はっはっはっ!! そうであったかな!!」
「増やさなかった理由、知ってるぜ? 人増やすと自分のすること無くなって暇になるのが嫌だったからだろう?」
「おい、それは初耳だぞ!!」
クライトンの話を聞いて、キリヤが怒声を上げた。
「クライトン君、それは違うぞ!! 前線に出られなくなるのが嫌だからであるぞ!!」
「あまり変わんねえよ、クソ貴族」
クライトンが毒づいても、ジョアーキンの楽しげな様子は変わらない。その後ろで、キリヤが燃えるような赤毛をくしゃくしゃと掻いた。
「しかも、サーラめ、わざわざ外部から人材をもってきおって、我が機動部隊長に納まってもよかったのに!!」
「貴様がならなくて心底よかったよ」
キリヤは伯爵に険しい視線をあびせる。
その横で、ハイアットがまた、疑問の視線をキリヤに向けていた。
「……隊長って、副隊長より後に来たのですか?」
「そうだ」
「なんで、自分より後に来た方に、隊長の座を譲ったのですか?」
「それは私の意向だよ……私は武芸全般と前線での指揮であれば隊長に勝る自信はあるが、政治的な事柄は全くの苦手だ……それに私以上にムラーツは勘がよく働き、柔軟性がある、人をまとめる立場としては最上の存在だよ」
「そう、ですか」
ハイアットが納得した様子を浮かべた、やはり少しぼんやりとしながら。
「ならば、我の上の立場としての評価はどうだ? 政治もできるし、戦闘も自信があるぞ?」
「貴様はまず自分がどれだけの立場であるかをだな、」
「おい、ちょっと待て」
クライトンが皆を制止する仕草をした。それに合わせて全員の馬が止まる。
4人行く先に、3人の人影。その背に、見張り塔がそう遠くない位置に見える。
「我が仇め、また出てきたな」
前を出ようとする伯爵を、やめろ、とキリヤが制する。
「話を聞いた騎士団かもしれん、変に動かん方がよい」
「いや、キリヤ、騎士団の歩兵が一朝一夕でここまで来れるか?」
クライトンがキリヤに言うやいなや、3人の人影がこちらに早足で向かってきた。
あの時と同様、どこかぎこちなく。
「……クライトン、向こうの見張り塔までどれくらいになる」
「ちょいと待てよ、キリヤ」
クライトンが魔石を内蔵したの双眼鏡を取り出し、そこから見張り塔の方を望んだ。
「約2000、だな、ついでだがあいつらの顔も見た」
「どうだった?」
キリヤの問いに、クライトンは軽く頷いた。
「顔が無い、伯爵の見た通りだ」
場の空気が、一気に冷えこんだ。
キリヤが伯爵の方を見る。
「どうする伯爵よ、迂回するか?」
「愚問だな、突っ切る!!」
「……了解」
キリヤが諦めに近い表情を浮かべたと同時に、伯爵は馬を蹴りつけ、一気に加速する。それに続くように、2頭の馬と、1体の地走竜も駆けだした。
4人と3人の距離はぐんぐんと縮まる。その間に各々は武器を持つ。伯爵とキリヤは剣を、クライトンとハイアットは魔装銃を。
兵士たちの方はすでに、剣や槍を構えて振り上げていた。
そして、お互いが正にぶつかり合う寸前、
【流星の使徒】の4人が2人ずつ、左右に分かれた。
そのまますれ違う瞬間、伯爵とキリヤの剣が振るわれる。
彼らが通り過ぎると、2体の兵士がそれぞれ、頭と肩口がすっぱりと切り裂かれた。
「よし突破した!! 皆の者、このままいくぞ!!」
伯爵が威勢の良い声を上げる。
その中で、キリヤはじっと剣を見ているのを、クライトンは気が付いた。
「どうしたキリヤ?」
「……剣に血が付いてない、手ごたえはあったはず」
「はあ!?」
クライトンが驚く間に、また兵士共が現れた向こうから走ってきた。今度は、6人。
「若造!! 合わせんぞ!! 俺は左3人、右3人は任せる!!」
「了解!!」
ハイアットの馬が、クライトンの馬の横についた。クライトンとハイアットが銃口を前に向ける。
「撃て!!」
クライトンの掛け声と共に、銃声。
1、2、3。火属性の弾が計6発。ものの見事に6人全員の頭部に当たり、全員が倒れた。
「よしよし、全速前進だ!!」
「……危ないです!! 伯爵様!!」
ハイアットが何かに感づいた瞬間である。
さっきまで倒れてたはずの兵士がむくりと立ち上がり、伯爵達に飛びかかってきた。
兵士たちは走っている馬共に弾き飛ばされた。しかし、4人の乗る馬と地走竜も驚き、しばし荒馬のように辺りを跳ねまわった。
「うわっ!?」
その内、ハイアットが振り落とされ、彼の馬は元来た道へ去ってしまった。
しばらくして、彼らの乗る物も落ち着いた。
「大丈夫か、ハイアット!?」
「なんとか、平気です、副隊長……ですが……」
彼らの周りには、6人の兵士の形をした、ボロボロに崩れた土塊が残っていた。
「ははーん、ゴーレムの類か、これなら切っても血が出ないわけだ」
伯爵がそう言った瞬間、後ろの方で馬の叫び声が聞こえた。
4人が振り向くと、3人の兵士……うち2体が首が無い……がこちらに向かってきていた。
「猶予はないか、ハイアット、後ろに乗れ!!」
「了解!!」
ハイアットがキリヤの地走竜に乗ると、一斉に駆けだした。




