第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part3)
「ガボルの村!? 割と近い所じゃねぇか!?」
【流星の使徒】作戦室。ドクマが面食らった表情をした。
「そう、事件が起きた場所はジョア-キン伯爵領内、すなわち我々のお膝元と言っても良い場所にある」
淡々と、されど、熱を孕みながらキリヤは述べる。
「現在に至るまで異常の報告どころか、目立った魔物の被害すら無い村だ、我々にとってさほど注目していなかった……」
「灯台下暗しというやつだな」
キリヤの説明に付け加えるように、ムラーツが一言。
「でも、ですが」
アヌエルが手を小さく上げる。
「デ・イーの時と同様であるとは決まったわけではないのですよね?」
「ああ、そうだ、正確な状況を確かめる為に今、ホシノの式神が飛んで行ってるし、諜報部隊が彗星01を走らせてる」
キリヤが話す横で、ホシノが3つのディスプレイを睨んでいた。ディスプレイが映すのは式神の視界。ジョアーキン伯爵領の風景。
「……それにしても、貴様はどうしてもこうも厄介ごとを持ってくるんだ」
キリヤは視線を横に移し、呆れたように言った。視線の先では、ジョアーキン伯爵がのんきな顔をして座っていた。
「何かね、我がいつも厄介ごとを持ってきてるみたいではないか、別にそればかりとは限らんだろう?」
「少なくとも、貴様がここの長だった時分、貴様が直接引き受けた案件で大事にならなかったものは1つもなかったと記憶してるが?」
「だがその分だけ、この世の平和維持に貢献してきたであろう?」
「……相変わらず口の減らん奴だ」
キリヤは呆れたように息を吐くと、伯爵はムラーツの方を向いた。
「しかし、隊長殿、君の代になって随分とにぎやかな状況になったじゃないか」
「おかげさまで伯爵様、当分は暇となる事はありませんよ」
「はっはっは、それでは私の頃は暇だったみたいに聞こえるなあ」
「聞くところによりますと、噂をきけば自ら出向いて事件に首を突っ込んでまわっていたそうではありませんか、伯爵様」
「それは全くの事実だが、何か悪いことでも?」
「その度にひっかきまわして、今のギルド長と副長、そしてキリヤ君がその後始末のためにえらく骨を折ったと何度も何度も聞きましてね」
そして、ムラーツと伯爵は互いにニイと笑った。
それを見て、ハイアットがフィジーの肘を軽くつついた。
「ん、どうしたの、ハイアット君?」
「あの、隊長達と、伯爵って仲が悪いのですか?」
「いーや、あれはあれで仲いいってことの表れだね、特に副隊長とはかなり長い付き合いみたいだし」
ハイアットはちょっと首を傾げた。
その刹那、アーマッジのコミューナから通信音。すぐにアーマッジはそれを起動させると、諜報部隊のノーグの姿が浮かび上がった。
「はい、こちらアーマッジ」
『こちらノーグ、ガボルの村ですが、村自体は異常が見当たりませんでした、しかし……』
「しかし?」
『昨日、山菜取りに向かった農夫が1名、川で死体となって見つかったそうです、残念ながら既に埋葬されて正確な死因はわかりません』
「村の周辺はどうなんだい?」
『はい、彗星01の車内から、伯爵が見たと思しき兵士を数名を見かけました、しかし、村の中では誰一人として目撃情報がありませんでした』
「それは大体どのあたりの位置ですか?」
『位置にして……ガボルの丘の南西50近辺だったと思います』
「了解、騎士団が動いているという話は?」
『まだ調査中です』
「了解、引き続きよろしくお願いします」
アーマッジがコミューナを閉じると同時に、ムラーツが顎に手をやり、ふむ、と考えた。
「……少なくとも完全に手遅れではなさそうだな」
「ただ、1名でも我が民が犠牲になったのは看過できんな」
伯爵はそう言って、腕を組みながら鼻息を鳴らした。
「ん……?」
ホシノが眉間にしわを寄せて、ディスプレイをにらんだ。
そこに、ムラーツが近寄る。
「どうした、ホシノ君、何か見つけたかね」
「はい、真ん中の画面のこの塔なんですが、」
ホシノの示した画面には、ツタに囲われた塔がある森に囲まれた小高い丘。さきほどノーグが言っていたガボルの丘。戦争時代に建てられた見張り塔が目印である。
「この中に人影が見えたんです」
「浮浪者とかではないのか?」
「もうしわけありません、そこまでは……この1匹を使ってちょっと中の方を見てみましょう」
「そうしてくれ」
真ん中の画面がドンドンと塔に近づいていく。一番上の窓の方に向かっている。
あっという間に、いよいよ窓の中に入ろう所まで近づいた。
その瞬間だった。
「うわあっ!?」
ホシノが叫ぶと同時に、いきなり画像が乱れ、なにも映らなくなった。そして、ホシノは目を抑えて突っ伏した。
「大丈夫かホシノ君!?」
「はい、なんとか、これぐらいなら……」
「1匹やられたか……ホシノ君、撤退だ」
「了解」
少し悔しそうな声をホシノが漏らすと同時に、ディスプレイはすべて消えた。
「とりあえず、あの塔を探りに行くより他無いか」
ソカワがぼそりと言うと、アヌエルが彼の方に向いた。
「それに限らないわ、塔の周辺ですでに異変が出始めてる、あの丘全体で何かが起きていると考えるべきね」
「いずれにせよ、」
話に割り込むように、ムラーツが話し始める。
「早急に我々【流星の使徒】はこの事態の打開に行かねばならない、件の丘の調査はもちろんだが、既に村の方へに危機が迫っている、防衛と潜入、同時にする必要があるだろう」
「諜報部隊とも協力が必要ですね」
そうアーマッジが言うと、その通りだ、とムラーツは頷いた。
するといきなり、伯爵が立ち上がった。
「そうなると、誰があの丘に潜入するか決めなくてはならぬな!」
伯爵は胸を張り、機動部隊の面々を見回した。隊長、副隊長を除き、皆、呆気にとられた。なにせ、伯爵にやる気がみなぎっていることが明白だったから。
その様子に、キリヤが苦々しい表情で浮かべた。
「……貴様、聞くまでもないとは思うのだが、この部隊に交じって丘に行く気か?」
「答えるまでもないだろう?」
キリヤは、声が出るほど大きくため息をついた。
「貴様、相変わらず自分がどういう立場にあるかわかっていないのか」
「わかっているとも、我は【流星の使徒】の初代ギルド長であり、ここの領主である」
「最前線に出るべき人間ではないだろう、全く!! 貴様と共にいた時、どれだけひやひやしたことか!!」
「何かね? 創設者であり支援者であり、更に上官というべき我の意向に逆らうというのかね?」
「だからこそ忠告してるんだ!! 貴様は昔っから自分が万が一の事態になったときの危険性を考えなさすぎる!! そしてこの話はすでに1000回以上はしている!!」
机を叩いて怒鳴るキリヤに対して、伯爵はへらへらとしたままであった。
「まあまあ、ここは隊長の御意向を聞こうではあるまいか、どうかね、現隊長殿?」
「……キリヤ君、もしここで拒否したら、伯爵殿はどうするんだい?」
「勝手についてくる」
「ならば、公式に臨時隊員とした方がましだな」
その瞬間、伯爵の笑い声が、作戦室内に響いた。
「よーっし決まりだっ!! 我が部隊の面子は……」
伯爵はじいっと機動部隊員の顔を見た。ある者は緊張した、ある者は呆れたような、ある者はもう慣れたという面持ちを見せている。
「おし、決めた!! キリヤ!! またかつて見たいに参ろうか!!」
「……了解」
半ば諦めに近い表情を、キリヤは浮かべた。ドクマの方から、やっぱり、という声が聞こえた。
「それと、だ」
伯爵がぽんと音を立てて両手を腰に当てた。
その視線の先には、
「新人のハイアット君!! 君はなかなか面白い者であるな!! 一緒に行こうではないか!!」
「……えっ、あ、は、はい!!」
少し間を置いて、ハイアットの声。周りの面々は、彼以上に驚いていた。
「さて、と、クライトン君にも声をかけようか、それでは諸君、また後で!!」
高らかに言うと、そのまま伯爵は部屋から出ていった。
「……ホント、あの人の下には着かなくてよかったよ」
ムラーツが笑いながら言った。




